24 現実でお会いしましょう!
「うーん」
鏡の中で、しかめっ面の桜が唸る。
ブラウンのロングスカートに、白いTシャツ。上にはニット生地のカーディガンだが、フードが着けられている。
お洒落な部類……に入っているものの、桜はいまいち納得がいっていないのか、唸りながら何度も回り、それと呼応して鏡の中のブロッサムも回る。
まるで自分の尻尾を追いかけている犬のようだ。と、からかい屋の統児なら言うのだろうが、今一緒にいる彼はそんな事は言わない。
しばらく悩んでみてから、桜は振り返る。
「――ねぇ、お兄ちゃんどうかな?」
後ろのベッドに腰掛けている兄は、小さく溜息をつきながら頷く。
「うん、可愛い、可愛いよ桜」
心からそう言っているつもりなのだが、桜はどうにもしっくりこない。
「お兄ちゃんはなんでもそう言うんだから……もうちょっと派手な方が良いかな?」
もう一度鏡の中の自分を見てからそう言うと、朝也は顔をしかめる。
「それ以上に派手にすると、悪目立ちしかねないからやめなさい」
「ロングじゃなくてミニに」
「絶対やめなさい!」
露出を増やそうとする妹を、兄は必死で止める。
兄妹としては仲が非常に良い香納兄弟らしいやり取りであるものの、それにしてもこの情景は、普段であってもあり得ないと言えるだろう。
まさか妹からファッションの相談を受けるとは、朝也も思っていなかった。
いや、それ以上に、
「まさか、《嘲笑う鬼火》でオフ会とはな……」
彼からすれば、そちらの方が異常事態のように思えた。
「オフ会しようぜ!」
マミが開催し始めた〈ベヒモス〉肉祭りも、そろそろ三時間を超え始めた頃。そう言いだしたのは、やはりマミからだった。
「随分急な話だな」
と答えたのは、やはりコウだった。
「そういうの、マミは嫌いなんだと思っていた。今までそういう話はなかったしね。
そもそも、やる必要性ある?」
……VRMMOが流行り始めてから、オフ会というものは衰退の一途を辿っていた。
何せVRの世界で会うのは現実で会うそれと、あまり違いはない。
むしろゲームの中と現実世界を区別する為や、犯罪に巻き込まれないようにする為という観点から、オフ会というものを蔑視している人間もいるくらい。
今も文化としては残っているし、開催するギルドやパーティーが存在しないわけではないが、それでも少数派と言って良いだろう。
そんな空気の中、オフ会を言い出したマミは不満げな様子だ。
「なに、嫌なの?
MMORPGというものが隆盛を極めた時から、否、ネット社会というものが形成されてからオフ会は言わば社交場のようなもんだよ?」
「まぁ、否定はしないけど……というより、マミ。
縛られた状態では、説得力がないよ」
マミは現在、店の梁に宙ぶらりんで簀巻きにされている。
いざ〈ベヒモス〉肉を食べようとなった途端、メンバー全員(ブロッサムやサマサなどを除く)に拘束され、あっという間にこの状況になったのだ。
それから、ずっとここだ。
お酒どころか〈ベヒモス〉肉の一欠片も食していない。むしろ、目の前で見せつけられているので、蛇の生殺しのような状況だ。
「あんたらがこんな風にしたからでしょ!?」
「それを言うなら、君が最高難易度の〈ベヒモス〉を呼んだせいだろう? 自業自得だ、自業自得」
コウのその言葉に、全員がうんうんと力強く首肯する。これは流石に、優しいサマサやブロッサムも、それを擁護出来るような状況ではない。
何せこれは説教の代わりに言い渡された罰なのだ。
実際迷惑をかけられたのだし、今日はこの状態がずっと続くと思って良いだろう。それが不満なのか、それともただ単純に退屈なのか。マミは子供のように口を窄める。
「皆優しくないなぁ……まぁ、確かにあれは私が悪かったけど、私だけ楽しい思い出来ないのは嫌なの!
だから、オフ会をします!!」
「提案から断言になってるね……」
もはやこのようになっているマミを止められるとは、コウも思っていない。それでも、オフ会を開くにはそれなりに大きな問題があるのだ。
「全員が全員、同じ地域に住んでいるわけじゃないんだから、そんなに無理言わないでくれよ」
コウ、マミ、トーマ、ブロッサムは一度会っているから、そう難しくはないだろう。
それにイワトビや善良は関東に住んでいるらしいので、ギリギリ集まれない距離ではない。マーリンやサマサ、クリアリィなどは都心だから、問題にもならない。
だが、ビックマウンテン、ネオ、仁王の3人が問題だ。
話の端々に登る程度なので断言はできないが、ネオも仁王も地方在住、ビックマウンテンは日本中移動する仕事らしいので、そもそも捕まえるのが難しいのだ。
現実の世界で1箇所に集まるのは難しい。
……そう思って言った言葉に、マミは笑い始める。
さながら、悪事を企んでいる魔女のような引き笑いだ。
「ヒヒヒ、私がそこまで考えていないと思うてか!
ちょっと情報収集しておいたんだけど、ネオは今度東京で部活の練習試合があるらしい!」
マミのその言葉で、全員の視線がネオに向く。
その視線が恥ずかしいのか、マミにバラされたのが恥ずかしいのか、飲酒もしていないのに、ネオの顔がほんのりと赤らむ。
「ええ、まぁ、そうっスね。来週の三連休の間、合同練習と練習試合があるっス。
余裕はありませんけど、少しなら自由時間も取れると思うっス」
「な!?」
「なって……じゃあビックはどうなんだい? 流石に難しいんじゃないかな?」
コウが今度はビックマウンテンに水を向ける。
ネオのように学校の用事だというのであれば来れるだろうが、ビックマウンテンは社会人。それなりに柵も多だろう。
そう思って訊いたのだが、兜の隙間から起用に酒を飲んでいるビックマウンテンは、ほんの少し沈黙を保ってから、
「………………多分同じタイミングで、東京に、寄れる」
とだけ答えた。
来週の三連休という部分で、どうやら彼の中での予定を確認したようだ。
「なるほどね。じゃあ、仁王は?」
「もぐもぐ、なんだ俺か?」
〈ベヒモス〉肉を嚥下してから、今度は仁王が口を開いた。
「俺はそもそも、それなりに金もあって自由が効く身分だからなぁ。
来週の三連休なら今んとこ予定もねぇし、まぁ、合わせようと思えば東京くらい行けるぞ?」
「あぁ……いけちゃうんだ……」
何となくコウが肩を落とす。
別に彼とて、オフ会が嫌というわけではない。一応反省させている最中のマミの提案に乗っかるのが良い事なのかどうか、分からなかったからだ。
懸念されているメンバーが『来れる』と言っている以上、考慮に入れない訳にも行かない。
実際見渡してみれば、集まるのに支障がないメンバーは全員、納得したように笑みを浮かべたり、頷いている。
なんやかんや自由で、面白い事の好きな連中だ。それに忌避感を覚えるような人間はいないのだろう。
こういう機会もなかなかないのは、事実だ。
「……わかった。僕が時間と店を調整しよう。
皆、あとで連絡先交換ね〜」
その場では、それだけで話が終わった。
――問題は、ブロッサムだった。
(――皆に会える)
現実で仲間に会う。
それは凄く楽しそうだ! と思っている反面、不安に思う部分も、ないわけではない。
(……え、どうしよう。
何着れば良い? どうやって挨拶しよう?「初めまして」じゃないけど、でもいきなり馴れ馴れしく話しかけちゃいけないような気がするし、でも距離を感じさせるとやっぱり気を遣わせちゃうし)
……不安、というより、滅茶苦茶テンパっていた。
マミやトーマに会った時はそうでもなかったが、何せあの時はそんな事を考えている余裕というものがなかったからだ。
いざ余裕がある時にそんな風になってみれば、やはり緊張してしまうのだ。
そして、時間は現在に戻ってくる。
靴を履き、感覚を確かめるように、爪先をコツコツと玄関の床に軽く打つ。
下ろし立てのスニーカーは可愛らしく、それでいて気取った印象はない。
「もう外に出るのか? 確か、マミが迎えに来てくれるんだろう? 待っている間くらい、家の中にいれば良いじゃないか」
壁に肩を預けながらそう言う朝也に、桜は鼻息を荒くしながら振り返る。
「そんなの申し訳ないよ。やっぱり外で待ってないと」
「生真面目だなぁ。何時くらいに帰ってくるの?」
「う〜ん、夕飯までには帰ってくると思うよ」
腕に付けられているお気に入りの時計を見てみれば、時間はまだ10時を半分ほど過ぎた時間。
ネオが学校行事という形で来ているので、夜は時間が難しい。
そうでなくても、《嘲笑う鬼火》のメンバーにはブロッサムも含め未成年もいるのだ、あまり時間はかけないだろう。
「それは良かった、遅いと心配だからね。
あ、そうだ。夜に帰ってくるなら大丈夫だろうけど、一応これ、渡しておくね」
そう言いながら、デニムの後ろポケットに入っていた物を桜に渡す。
それはスプレーだった。蛍光色の黄色と黒で彩られたそれは、鞄などにも取り付けやすいようにかストラップが付いている。
それだけなら、オモチャで売られているキーホルダーに見えなくもない。可愛らしいとは言い得ないが、あり得ないと断言出来ない程度には、自然なものだ。
……その真ん中に堂々と『防犯用! 催涙スプレー!!』と書かれていなければ。
「……なにこれ、お兄ちゃん」
「見れば分かるだろう。催涙スプレーだ」
「なんでこれから友達とご飯食べるのに、こんなのがいるのよ!」
スプレーを押し付けてこようとする兄の腕を必死で押し返す。
そんな桜の姿を見ても、朝也の剣幕と考えは変わらないようで、腕の力は一向に緩む事はなく、むしろ徐々に強くなる一方だ。
「良いかい桜、男は基本的に狼だ。
いくらゲーム内で親しい友人だったとしても、現実でどんな男かなんて分からないだろう? だから何かあった時、ちょっとでも触れて来ようものならこれで撃退だ!」
昔から存在する防犯グッズだが、持っている人間を見た事がない。それが身内の手の中にあるというのは、ちょっと現実味がない。
もっとも、これもまた、現実だったが。
――香納朝也。
普段こそ普通に接しているが、これでもそれなりのレベルのシスコンである。
「いやいやいや、統児さんの時はそんなもの持たせなかったじゃない!」
「あれは事後報告だっただろう!?
いや、そもそも彼奴が1番怪しい。何をしてくるか分かったもんじゃない!」
「統児さんはそんな事しません! 優しくて紳士なんです!」
「そういう奴の方が一番信用出来ないんだ!」
もはや押し問答というより、手押し相撲の様相を呈し始めた頃、家の中に軽快なチャイムが響く。
その後、マミと一緒に顔を出した統児に、『妹に手を出すなよ』と朝也が牽制し、桜が赤面するまでに、そう時間はかからなかった。
次回の投稿は11月28日の0時に更新を行います。
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