23 祭りは中から楽しもう
先ほども言ったように、〈ベヒモス〉肉は高い。
勿論、高価とはいえ単なる食材アイテム。様々な武器防具に使用出来る素材アイテムや特別ドロップとは比べるべくもない。
1つや2つ、あるいは10や20であれば、『小金を稼いだ』程度の端金。
――ところが、この数が3桁になってくると、大きな金が動く。
おまけに、〈ベヒモス〉肉はその希少性と美味さ故に、《料理》スキルを持っているプレイヤーが高価に買い取る時もあるのだ。
しかも、これはシーズン中の話。〈ベヒモス〉が登場しない時期の肉の高騰は、うなぎ登りと言っても良い。
アイテムが腐る事はないのだから、シーズンをズラして売れば、かなりの財貨を稼ぐ事が出来る。
つまり、大量の〈ベヒモス〉肉は、それだけでも『金の卵』のようなものなのだ。
……それを、タダで引き渡すなど、正気の沙汰ではない。
「……何が狙いだい?」
笑みを硬直させ、混乱しながらも、ビリーは笑顔で問いかける。
それだけの物をタダで渡そうなどと、それなりの理由がなければあり得ない話だった。
幸い、と言って良いのか分からないが、ビリーは生産系プレイヤーの重鎮と言って差し支えない位置に立っている。
この世界の中で発生した『生産職連絡会』という、生産をしているプレイヤー限定で展開された横の繋がりの中でも、強い発言権を持ってる。
もしゲーム内での生産・経済を利用するならば、彼の地位を利用するのは、利口なやり方だろう。
そうだと思っていた。
破格な報酬は、それ以外に理由がないと。
――しかしその言葉に、マミは人懐っこい笑みを浮かべた。
「狙い? 決まっているだろう、そんなの――パーティーさ!!」
――はい?
ビリーだけではない。
店の料理人、配膳を行なっている店員も。
一心不乱に食事を楽しんでいたはずの客も。
当事者達である筈の《嘲笑う鬼火》の中にいるブロッサムですら、意味が分からないという感情を隠さない。
というか、隠せない。
こいつはいったい何を言っているんだ。
「いや〜、考えたんだよ。
それなりに食べるメンバーがいるとは言え、私らだけでこの〈ベヒモス〉肉を消費するのは難しい。ずっとコレって訳にはいかないしね。
かと言って、市場を混乱させるのだって、別に私らの本意じゃない。正直お金なんて、稼ごうと思えばいくらでも機会があるしね」
それは……真実だろう。
《嘲笑う鬼火》は、様々な業界に顔が効く一流プレイヤーの集団だ。
傭兵家業然り、攻略然り、PvP然り。
全員で取り組めば乗り越えられないものはないだろうし、その過程で〈ベヒモス〉肉以上の稼ぎがないとは断言出来ない。
何せこの世界は広大だ、何が起こるか分かったものではない。
だが、だがだ。
そんな上級プレイヤーであっても、この〈ベヒモス〉肉の利益は惜しい筈なのに、それをタダで渡すと宣言したマミの笑顔は崩れない。
むしろ、輝かしいものだ。
「そこで思いついたんだよ。振る舞い酒ならぬ、振る舞い〈ベヒモス〉肉をね!!
――聞いてくれ給え諸君!!」
近くの固定された棚に飛び乗り、大きく声を上げる。
全員が、彼女に釘付けになっているのを確認してから、マミは大きな声を上げる。
「美食とは、食べる事が楽しみじゃないだろう!
目で味わい、音や匂いも味わうものだ。ならば、1番最高の味わい方は何だと思う!?」
まるで政治家の演説だが、これはそのものズバリであったなら、こうも話を聞こうとは思わなかっただろう。
美味い飯がただで食えそうだったからか? いいや、そればかりではないだろう。
――祭りの気配。
この【ファンタジア・ゲート】のプレイヤーで、その気配に眉一つ動かさない者は、余程の変人だろう。
それはどんな美食よりも、プレイヤーにとっての大好物だ。
「――皆で食べる事! それこそ、料理を楽しむ最高のスパイスだと思わないかね!!
よって《嘲笑う鬼火》のギルドマスター、侍ガール☆マミが宣言する!
今から我がギルドの殆どの〈ベヒモス〉肉を無償で提供し、食材〈ベヒモス〉肉を使用した料理に限り、無料食い倒れ祭りを開催する!!」
一瞬の静寂――のちに、
『オ――オォオォオォオオォオオ!!!!!』
店の中を大歓声が満たす。
食器を鳴らす静かな音は鳴りを潜め、老若男女関係なく、全員が歓喜の吠え声を上げる。
宴だ、飲み会だ、どんちゃん騒ぎだ!!
その歓声には、それら全ての意味が籠っている。
「あ、勿論、それ以外の飲み物やら食い物はタダじゃないからね? きっちりお金払う事!!」
その絶叫の中でマミがそう付け足すと、軽快な動きで棚から飛び降り、ビリーに微笑みかける。
「……どうよ?」
「いやどうよって……交渉も終わっていないのに、勝手な事するなぁ」
もはや呆れて笑いが止まらない(徹頭徹尾、彼は笑顔なのだが)と言った様子で話すビリーだったが、その言葉の端々には愉快だという感情が溢れている。
――これは『料理人』としても『商売人』としても最高の結果だからだ。
誰よりも美味い物を出していると胸を張って言う《クラン・食い倒れ》としては、最高の美食を提供できるというのは無常の喜びだ。
それが期間限定の最高食材、しかもこの場にいる全員を笑顔に出来るというのは、無常の喜びと言っても過言ではないだろう。
そして『商売人』としては、マミの付け足した言葉に大きな意味を持つ。
これだけ大きなお祭り騒ぎなら、客の気も大きくなるというものだ。〈ベヒモス〉料理をタダにした所で、飲み物や他料理の売り上げだけでも、1日で稼ぐ量より多い。
むしろタダで受け取ったものをタダで提供するのだ。損失はそう大きくならない上に、むしろ利益が跳ね上がる。
「勿論、あの話は君らは例外なんだろう? 何せ〈ベヒモス〉肉の提供者だ。他もタダにしろ、くらいだったら悪い話じゃないかもね」
「当然。ここの全員が腹一杯食べた所で、〈ベヒモス〉肉は消化しきれない――その余剰利益を考えれば、それくらいはサービスしてくれないと」
子供のような笑みを浮かべている女の抜け目のなさに、ビリーはコロコロ笑う。
そう、一筋縄ではいかないのだ。このゲームのプレイヤーが考える“普通”など、《嘲笑う鬼火》はあっさり超えてしまう。
だからこそ、ビリーは彼らが大好きだった。
その行動が、時に吉にも凶にもなり得ると知っていても。
「ああ、分かった、分かったよ――交渉成立だ」
そう言って、ビリーとマミ。
《クラン・食い倒れ》のギルマス《暴食料理人》と、《嘲笑う鬼火》のギルマス《首刈り》は、固い握手をしたのだ。
◯
「――おい、なんだよ、ブロッサム。そんな渋い顔して」
固い握手をしている2人を見守っていたトーマは、どこか納得行かないという表情を浮かべているブロッサムに声をかける。
ブロッサムは、一瞬返事をするべきか考えた。自分の考えているこれを素直に言うには、どこか戸惑われたからだ。
何せ、これはただのワガママなんじゃないか、と思えたからだ。
……それでも、ブロッサムは一度意を決すると、口を不機嫌そうに窄めながら答える。
「だって……また私には、何も言われませんでした。折角自分で狩った肉なんです。せめてこうやって放出するなら、賛否くらい聞いて欲しかったです。」
「……ああ、なるほど」
自分だけまた除け者にされた気分になったのだ。それを素直に言うと、トーマはどこか納得するように頷きながらも、その表情には笑みが浮かんでいた。
彼女にとって、今回の〈ベヒモス〉肉は大きな戦果だっただろう。それをこんな勝手されたと思ってしまえば、そりゃあ怒りもする。
もっとも、それは大きな勘違いだった。
「悪かったな、サプライズさ。
それに――別に、お前の〈ベヒモス〉肉は出さなくて良い。お前の分はお前のもんだ」
「え、でも、全部って、」
「言ってねぇよ。マミは“殆どの”〈ベヒモス〉肉って言ったんだ。その残す一部分ってのは、お前の分だよ」
「でも、それじゃあ、皆さんが損を、」
その言葉を言い出す前に、ブロッサムの頭の上に暖かい手が乗る。
どこか優しいその手つきは、もう慣れ親しんでしまったと思えるものなのに、最初にされた時と同じくらいの暖かさと安堵を、ブロッサムに与えた。
「今回の〈ベヒモス〉討伐で、俺ら――つまり、お前の諸先輩方が設定した目的は3つある。
1つ、お前に大規模イベントを楽しんで貰う事。
2つ、お前に大型モンスター討伐を経験して貰う事。
そんで3つ目が、
お前に祭りを楽しんで貰う事だ」
そう言って、トーマはブロッサムの肩に手を置いて、体を店の客がいる方に反転させる。
そこはまさに、お祭り騒ぎだった。
店員が片付けやすいように殆どの客が自主的に皿を片付けたり、思い思い好きな〈ベヒモス〉料理や、それに合った飲み物やお酒類を頼んでいる。
客だけではない。皿を片付けている店員も、その雰囲気を楽しんでいるのか、忙しいのに笑みを浮かべている。
カウンターから顔を出す料理人達も、高級食材を手に触れられると知ったからなのか、皆がやる気に満ち溢れている。
もはや、客も、店員も、料理人も関係ない。
上級、中級、初級のプレイヤーも、男と女も、何もかも関係がない。
楽しい空間。
皆の気分が高揚し、どこか熱が籠った空間。
これぞ祭り、空気そのものがそう言っているようだ。
「な、楽しそうだろう?」
「……はい、そうですね」
「あそこに、お前もこれから混じるんだよ」
「私も、ですか?」
「そりゃあな。今回のお前は主役だ。
〈ベヒモス〉に一撃くれてやったのはお前だろう?」
……なんだか、信じられない。
ブロッサムは――香納桜は、そのお祭り騒ぎの枠外だった。
クラスメイトが、同い年の彼ら、彼女達が楽しそうにしているのを、遠目から黙って見ている。それが彼女の立ち位置だった。
それが当たり前。
それが自分にとっての〝普通〟だった。
――でも、今日は自分が、その中に入って良いんだ。
その楽しそうで、賑やかで、何もかも忘れてしまいそうなほど幸せな場所は、自分の居場所なんだ。
そう思うだけで、ブロッサムの目頭には、勝手に熱がこもり始めていた。
涙がこぼれそうになるのを、必死で堪える。ここで泣いたら、悲しんでいるようにも見えるような気がして、嫌だったから。
だって、自分は嫌じゃないんだから。
全然、全く、これっぽっちも――嫌ではないんだから。
「――トーマさん」
その目頭を、腕で乱暴に拭いながら言う。
「私も〈ベヒモス〉肉、渡します、全部」
思った言葉が、そのまま口に出る。後先考えていない、随分と刹那的な言葉だった。
「……良いのか?
そいつはお前の正当な報酬だ。そいつを溝に捨てるか?」
「そんな事ありません……パーティーに参加するなら、参加料を払わないと。このままじゃ、なんか楽しめません」
ただ、自分が全員でおんぶに抱っこで参加するのは、〝楽しくない〟。
それ以外に理由なんてない。
全力で楽しみたいから、必要なだけ。
「……ああ、そうかい」
トーマはそう言って、また頭を撫でた。
次回の投稿は11月27日の20時に更新を行います。
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