22 美食の街
なんとかいつも通りの時間に更新できました。
では、楽しんでいただければ幸いです。
――さて、〈ベヒモス〉との戦闘は終わった。
これでこのイベントはハイ終了、一件落着、とは行かない。
このイベントのメインは、“戦闘”にはない。
多くの者がそう勘違いしてしまうのは、戦闘をメインコンテンツとしている【ファンタジア・ゲート】プレイヤーにとって仕方がないが、そこが主題ではない。
ではどういう事なのか。古来からよく使われる言葉を、今回は引用しながら話そう。
『遠足は、帰るまでが遠足』であるのと同様に、
このイベントは――『食べるまでがイベント』なのだと。
街は賑わっていた。
普通こう表現すると、人は雑多な印象を持つものだ。個々人が個々人の好きな事をしており、人が集まっているという事以外には統一性がないと。
この街の賑わいは、それらと別種のものだ。
ここには、2種類の人間しかいない。
『作る者』か『食べる者』かだ。
空中には香辛料やソースなどの調味料、肉や魚、野菜などの様々な食材の、煮える匂い、焼ける匂い、炊ける匂いが舞い踊り、見えない絵の具で絵画を作る。
店舗を持つ店から、屋台、もしくはもう焚き火を作ってその場で似ているだけの場所まで、並んでいる物も多種多様。
だが、全員が何かを作っている。
材料も、道具も、値段も、店員の数も何もかも違いはあるが、皆が“料理”を生み出している。
テーブル席に座って落ち着いて食べる者、道端に座ってがっつく者、他の店を冷やかしながら食べ歩く者まで多種多様。
だが、全員が何かを食べている。
食べ物の種類も、食べ方も、味も、値段も何もかも違いはあるが、皆が“料理”を食べている。
そう、ここは料理の天国。
【ファンタジア・ゲート】中の全ての料理が集まり、全ての料理人が通い、大半のプレイヤーが娯楽として訪れる街。
ここに来ない者、ここを知らない者が、この世界で食道楽を気取れない、食通など言語道断。
《クラン・食い倒れ》の本拠地。
【食い倒れ商店街】に、《嘲笑う鬼火》のメンバーは降り立った。
「……なんか、良い所ですね、ここ」
人がごった返す街の中を移動しながら、ブロッサムはぼそりと呟く。これだけ人が多ければ、当然騒がしいはずなのに、前を歩いていたトーマの耳にはしっかりと届いていた。
「なんだ、お前もサマサみたいな大食いキャラに転職か? まぁ、どれもこれも美味そうなのは確かだけどなぁ」
「そういう意味じゃありませんよ、もう。そりゃあ、美味しそうですけど、そうじゃなくて、」
からかい混じりの言葉に、ブロッサムは怒ったような素振りだけ見せると、直ぐにまた楽しそうな笑みを浮かべる。
「――皆幸せそうだし、良い所なんだなって」
食事は人を笑顔にする。美味しい食事、見栄えの良い食事であれば、尚更だ。
作る者も味わう者も、皆一様に幸せそうだ。口に広がる美味に頬を緩め、その頬の緩んだ姿を見て、また頬を緩める。
幸せの連鎖反応が起こっているこの場は、ブロッサムにはまさに天国のように見えた。
「……ったく、お前は本当に、良い奴なんだなぁ」
今度のトーマの言葉には、からかいの意味合いが混じらない。他人の幸せを羨み、妬まない彼女には好感が持てたからだ。
……まぁ、言動はちょっと小っ恥ずかしいものだったが。ブロッサムの耳がほんのり赤らんでいるのも、幻覚ではないだろう。
揶揄い過ぎて、折角の日を台無しにしては可哀想だ。そう思って、トーマは何も言わなかった。
「と、ところで、ご飯を食べるならば、別にイワトビさんが作っても良かったのでは? 何でここにしたんですか?」
恥ずかしさを誤魔化すようにブロッサムが訊くと、トーマは肩を竦ませる。
「まぁ、別にそれでも良かったんだが、そうなるとイワトビがサマサ専用の肉焼き機になる可能性が高……いや、確実だからな」
断言してしまえるあたり、彼も付き合いが長い証拠である。次々と消費されていく〈ベヒモス〉肉が眼に浮かぶ。
「それに、〈ベヒモス〉肉は期間限定の最高食材。
どうせなら超一流のお店で食べてみたいってもんだろう? イワトビの腕が悪いとは言わないが、あいつは一流ではあっても“超”は付かないからな。
勿論、他にも理由がない訳じゃないが。」
「そうなんですか。とすると、ここに行きつけのお店があるんですか?」
「ああ、――とっておきのな」
トーマはそう言って、ゆっくりと足を止めた。よくよく見てみれば、《嘲笑う鬼火》のメンバー全員が止まっている
――そこは、様々な料理店並ぶこの街でも、一際大きな建物だった。
様式は、正直分からない、というより、ごちゃ混ぜだった。
屋根は日本様式の瓦の上に、インド様式の丸いドームのような物を乗っけているし、土台には西洋風の煉瓦だ。
おまけに本来鯱が乗っている場所には、右に色鮮やかな龍、左に灰色のガーゴイルが乗っている。
欲張りな建造様式で、人気のない遊園地のハリボテを思い起こさせるそれは、思い起こさせようがどうしようが、目の前にしっかりと立っている。
掲げられる看板には、金色の文字でこう書かれている。
『クラン・食い倒れ直営店『食堂・ぜんぶ』』と。
「……えぇっと、トーマさん。ここはいったい何屋さんなんですか?」
ごった煮すぎてもはやジャンルすら分からない。洋食なのか和食なのかの判断すらつけられないのだから相当だ。
「何屋さんなのか、か……難しい質問だな」
あっさり答えてもらえると思っていたのに、トーマはどこか遠い目をする。
困っているとかトラウマを思い出しているというより、いったいなんと言えば良いか困っている、と言った様子だ。
そんなトーマに変わって、イワトビが仮面の奥から話しかける。
「強いて言えば、あれでござろうな……『めちゃくちゃ上手い手作りで、どんな料理も作れる食堂』みたいな?
ジャンルを一切無視して、単純に『美味い物』を出すのがここの店長の信条だそうで」
「っていうより、ありゃあ単純に美味いもん作れりゃ何でも良いって集団だからなぁ。そういう意味じゃ、俺らよかイカれてんな」
「それ、本人に言ったら怒られますよ。あの人怒ると怖いんでござるから」
そんな2人の言葉に、ブロッサムは思わず固唾を呑んで聞いてみる。
「そ、その人はいったい、どなたなんですか?」
「――【ファンタジアゲート】に君臨する美食の帝王。
《クラン・食い倒れ》ギルマスの、ビリーって奴」
店の中はとても騒々しいが、それは雑踏とは少し違った。
置かれている椅子に座っている何十人という客は、誰もお喋りに興じる人間がいないのだ。
ただ、一心不乱に食べている。
口を食べる事以外に使う事が勿体ないと言わんばかりに、口を開けば新たな料理を口に運び、人によってはその美味さに感動し、涙を流している者もいる。
食器の奏でる音。それはまるで洗練された楽団のように統一されていた。
本当の美食というものを食べると、人はもう何も言えなくなってしまうのだ。脳がシステムを通じているこのVRという世界では、特に顕著な現象と言えるだろう。
そんな変わった状況の中を、マミは気にせず先陣を切り、注文を受ける厨房カウンターに首を突っ込んで、直ぐそばにいた料理人に声を掛ける。
「ちょっとそこの君、総支配人呼んでくれるかな? 《嘲笑う鬼火》のマミが来たって言えば、すぐに分かると思うから」
どうやら食材の仕込みを行なっていたその料理人は、少々面倒そうな顔をしながらも、素直にマミの願いを聞き、即座に厨房の奥に引っ込んでいった。
1分か、2分か。どちらにしろそう時間をかけずに、呼ばれた男は現れた。
――巨体。
上背があり筋肉質なビックマウンテンとは違い、こちらは贅肉の塊のような男だった。
身に纏っている純白のシェフコートとコック帽を見逃していたならば、大きな達磨にでも見えたかもしれない、と思えるほど。
……いや、もっと似ている物がある。
尖った頭、頬の端まで笑みを浮かべられているその口元は、そのギルドの名前に由来する人形と、近しい場所に置いてある幸運の神に似ている。
「アハハ、名前を聞いて驚いたよマミ! 随分ご無沙汰だったじゃないか!!」
その笑顔に見合った大きく、大人にしては少々甲高い笑い声を上げながら、男――ビリーがこちらに近づいてくる。
「ごめんね、ここ最近は忙しかったから。急に呼び出して大丈夫だった?」
「ああ、丁度手が空いた所だったんだ、気にするなよ。聞いているよ、《嘲笑う鬼火》復活だろう? 初っ端からずいぶん派手に暴れたみたいじゃないか。
また君らの活躍が見れると思うと、僕も嬉しいよ」
マミと笑顔を向け合うその姿は、どこか暖かい遠縁の叔父との再会を思わせるような、どこか暖かい空気が流れている。
しばらくお互い笑い合うと、彼の目はそのままブロッサムの方に向けられる。
「おお、君が《嘲笑う鬼火》の新人さんだね?」
「は、はい! ブロッサムと言います、どうかよろしくお願いします!」
緊張気味に返事をすると、彼はにこやかな笑みをさらに柔和な物に変える。
「そんなに緊張しなくたって良いさ。
マミとは昔から付き合いがある、《クラン・食い倒れ》のビリーだ。気楽にビリーと呼んでくれ」
――気楽になんて呼べそうにもない。
優しそうに見えるが、目の前にいるのは料理一つでトップギルド入りした、有名ギルドのギルドマスターなのだから。
だけど、ここまで言われて何も返さないわけにはいかない。取り敢えず、ぎこちなくではありながらも笑みを浮かべる。
それを見て、彼も満足したらしい。ウンウンと頷くと、またマミに視線を戻す。
「で、マミ。君がこの時期にここに来るって事は、〈ベヒモス〉だろう?
〈ベヒモス〉肉を提供してくれるなら、僕が直接振る舞うよ」
その言葉に、マミは笑みを浮かべながら首を振る。
ビリーの笑みとは違い、悪戯を隠す童女を思わせる、茶目っ気のある笑みをだ。
「いいや、ビリー、実はそれだけじゃないんだよ。
買って欲しいんだ――参加人数100人推奨の、巨大〈ベヒモス〉の肉の山をね」
……マミのその言葉で、全ての音が消失する。
食器が触れ合う音も、咀嚼し、嚥下する喉の音も。
何もかもが。
マミの衝撃的な言葉に、全員の視線と耳が、彼女の元に集結する。
「……ごめんマミ、ちょっと聞こえなかったなぁ、今なんて言ったんだい? 100人推奨の巨大〈ベヒモス〉? 冗談も大概にしなきゃ」
ビリーの満面の笑みは消えない。ただ、凍りつき、その細められた目の奥にある目からは感情が消えているだけ。
そんな彼の異変など意に返さず、マミは言葉を続ける。
「冗談じゃない。今さっき、最高難易度の〈ベヒモス〉を12人で倒してきた。
なんだったら、運営にでもなんでも確認してみれば良いじゃないか。連中、チートでも使ったんじゃないかって滅茶苦茶驚いてくれたよ」
マミに浮かんでいる笑顔は実に挑戦的だ。
二重の意味で、それも仕方のない話だった。
大規模ギルドしか挑戦する気力が湧かないようなモンスターをたった12人で倒したという事実は確かに大きい。
それも、戦闘より生産に命を賭けているビリーにとっては瑣末なものだ。
問題は――その価格。
〈ベヒモス〉肉はその特性上、期間限定のアイテム扱いだ。消耗品とはいえ、それなりの価格がつけられる。
それなりの量を受け入れるとなったら、大金が動く。売り上げも相当だろう。
――独占すれば『商売人』としての旨味は強いが、それなりに気を使わなければならない点も多くなる。
あくまで『料理人』として生きているビリーにとって、それは旨味以上の厄介事なのだ。
「……いや、申し訳ないけど、うちもそんなに資金がある訳じゃないんだ。他を」
当たってくれ。
そう言おうとした所で、マミがビリーの言葉を手で制する。
「まぁまぁ、待ちなよビリー。
条件付きで、タダにしてやっても良いよ?」
次回の投稿は11月27日の0時に更新を行います。
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