20 最後の一撃(ラストアタック)
――コウに指示されたのは、しっちゃかめっちゃかな作戦だった。
まるで現実味がなく、いや、そもそもゲームでもそういう事が出来るのかと思える程のものだった。
このゲームは、高さがある攻撃に攻撃力の上昇ボーナスが付く。
そんな言葉で納得してしまったが、普段であれば『だからってこれは無茶苦茶です』と言う所だろう。
――それでも、やれたら格好良いよね、と思ってしまったブロッサムは、相当染まってしまっているのだろう。
「よーい……ドン!」
開始の合図は、間の抜けたものだった。
《極地の猛攻》の効果を受け、赤いオーラを纏っているブロッサムは、サマサの言葉だけで疾走する。
体は羽根のように軽い。
クリアリィのバフにより、重力は柵どころか、道端の小石にすらなり得ない。走っているだけで、ほんの少しだけ体が浮いてしまえるほど。
目の前に迫ってくるのは、ビックマウンテンの背中。
「行きますよビックさん!!」
「………………オウッ!!」
その背中に踏み切り、まるで跳び箱を飛ぶようにその背中に足を掛ける。
一瞬だけ早く下にブレていた視界が、より早く下に流される。
単なる屈伸運動。
だがステータスを強化され、力だけは有り余っているビックマウンテンの屈伸はまるでバネのような伸縮性を帯び、それだけで、ブロッサムの体をあり得ないほど加速させる。
作戦の詳細は、ようは多段ロケットのそれだ。
先にジャンプしている仲間の協力などを受け上空に上がり、その落下の勢いを利用して攻撃力を倍以上に跳ね上げる。
それだけならただ魔術で一時的な足場を作れば良いかもしれないが、それでは十分な加速と高さを持てない。誰かが押し上げなければいけない。
それをしてしまえば、ブロッサムの攻撃が最後の攻撃になるように威力を底上げする事も出来る。
未だ中級程度のスキルしか持っていないブロッサムでも、諸々の要素を足せば、それが可能になるのだ。
――それにしても、あまりにも無謀。
作戦、というか単なる遊び。時々動画サイトに載っているような、思考実験的な無茶振り。実戦でやるような人間はいない。
それでも、《嘲笑う鬼火》はやるのだ。
『面白そうだから』という単純な理由で、たとえ危機迫る状況だったとしても、やってしまうのだ。
(あぁやっぱり怖い!――)
現実ではあり得ない速度で射出されたブロッサムの中には、恐怖しかない。
人間がここまでの速度を持って、こんな長距離を移動する事など、本来ならあり得ないのだ。
体を軽くされ、攻撃力を上げられ、ステータスが強化されていようとも、体に襲いかかってくる衝撃と勢いは相当だった。
――それでも、ブロッサムは目を閉じなかった。
目を閉じたら、全てが無駄になるから。
ある程度の場所まで跳び上がると、そこには善良とマミがいた。
ここからどうする気なのだろう。
上がる事は分かっていてもその方法を知らされていないブロッサムは一瞬不安に駆られるが、マミはそれを無視して叫ぶ。
「ブロッサムちゃん!――防いで!!」
「な――はい!」
『何を』と聞く前に体が自然と動いた。上空を背に、〈ぶちぬき丸〉を構える。
そこに――刃が触れる。
さながら、球を打ち上げる打者のような仕草。
「おっしゃ、頼んだ善良!」
「承知いたしまし、――タァ!!!!」
その刀を後押しするように、善良の脚が蹴り上げる()。
元々あった加速が、マミと善良の蹴りにより、更に加速し、背中越しという状況ではあり得ないほど吹き飛ばされる。
彼らはその勢いで下に落とされるが、その顔はどこか満足げだった。
防御もあってダメージはないが、なんて無茶苦茶な方法だろうか。
「なんっ……ばっ……!」
『なんて馬鹿な打ち上げ方ですか!?』という弱音を吐く余裕もない。その中で状態を無理やり起こし、何とか足を下に向けるのが、精一杯だった
景色はより早く、ブロッサムを置き去りにしていく。
自分が、何か途方もなく小さい何かに思えてくるほど早く、遠い。
その恐怖心さえ、もうブロッサムの中では燃料にしかなり得ない。
熱が、心の炉に火を焚べる。
体の芯から四肢の末端に至るまで、その熱はブロッサムに力を与える。
既に両断された鼻は遠く、ネオに潰された目も超えて、丁度背中に降り立てるような高さに届く。
そこで
「――《エアライド》、《圧風凌ぎ》《風の申し子》!」
コウの宣言とともに、クリアリィのバフによって軽くなった体が、体が更に軽くなる。射程圏内に入ったコウのバフだ。
もはや羽根どころではない。砂塵のように風に吹かれてしまいそうな程、鎧を着ている筈の体は軽やかだ。
――それを、支える物があった。
2本の斬撃槍が交差し、足場のような物を形成する。
そこに、足が触れた。
「――おう、新人」
時間は、刹那にも近かった。
それなのに、時間はまるで止まっているようにゆっくりで、トーマの表情まで見る事が出来た。
笑顔。
ギリギリで、あまりにも愚かな作戦で、失敗したら不味い状況なのにも関わらず、彼は勝気な笑みを浮かべている。
それは、仮想現実のアバターな筈なのに。
本物の戦士の顔つきをしているようだった。
「――楽しんでこい」
――自分はなんと答えただろうか。
はい、と言ったように思えるし、そんな余裕ありませんよ、と答えたようにも思える。
時間が滞留するような幻覚を覚える景色の中で言った言葉だったので、内容は判然としない。
それでも、自分は、ブロッサムは確かに、
心の底から笑ったような気がする。
――速度は増し、周囲の景色を見る暇もないほど速く、高く上がる。
巨大だと思っていた〈ベヒモス〉も、こうなれば一個の岩石のようなものだった。もうまともに動く事も出来ない、ただその体を砕かれるのを待っているかのような。
あまりにも、鈍重。
「……っ!!」
〈ぶちぬき丸〉を、上段に構える。
耐久値は残りわずか。一撃でも攻撃を行えば、あっという間に修復が必要になるだろう。もしかしたら、そのまま修理不可能な所まで行ってしまうかもしれない。
仁王から破格の値で貰った武器。短い期間でも、一緒に死地を乗り越えた相棒だ。
(――ごめんね)
それだけ心の中で思うと、腕に力を込める。
……加速は収まり、既に下方に向かっていた。
流れていった景色は、逆再生のようにブロッサムの元に返ってきて、また自分を置き去りにしていく。
「怖い」
奥底にいる臆病な自分の声と合わさるように、戦士としての自分が声を上げる。
「――恐いっ」
世界全てが、〈ベヒモス〉の背中が、恐ろしい唸り声を上げて迫ってくる。恐怖の声を上げて逃げたいのに、逃げる事は出来ない状況。
それでも、カッカと燃える。
熱はカッカと嗤う。
だってそうでしょ?
こんなの――まるで物語のワンシーンみたいじゃないか。
「――ぶち抜けェエェェエェエェエェエェエエェ!!!!」
全ての重力と全ての力が合わさったブロッサムが、〈ベヒモス〉の背中に衝突する。
奇しくも、トーマが散々攻撃を行った究極の弱点に、重々しい一撃を内包した〈ぶちぬき丸〉は着弾した。
皮も、
肉も、
骨も、
防御力も、
ブロッサム自身へのダメージも、
一切気にせず放たれたそれは、
火山の噴火にも等しい勢いで“爆ぜた”。
生き物の生々しい破壊の音と、衝撃が放った轟音で、周囲の音は一瞬で吹き飛ばされた。何が起こったのか、どうなったのか、ブロッサムには知りようがない。
そんな状況でも閉じられなかったブロッサムの目は、確かに認識したのだ。
〈ベヒモス〉の残り少ないHPが0になる瞬間を。
――〈ベヒモス〉は、もう倒れる事すら出来ない。立ち上がる事が出来ない四肢だったのだから、当然だろう。
そのままブロッサムを背中に背負って、ゆっくりと重々しく、体を大地に沈めた。
ドシンという、ただそれだけの効果音だけを残して、かの巨獣は死んだのだ。電子の砂塵に端からなっていくのが、その証拠だろう。
呆気なく思えるだろう? その呆気ない終焉は、しかし奇跡とも言えるものだ。ブロッサムがほんの少しでも躊躇すれば、ほんの少しでも力を弱めれば、こんな終わり方は出来ない。
このやり方は理論上可能であるだけで、その理論から半歩でもはみ出せば成功しないようなものだった。
それを成功させたのは、間違いなくここで終わらなかった。
もう一度言おう、何度でも言おう。
なんて無茶苦茶なのだろう。
「――っ、ブロッサム、無事か!?」
なんとか着地に成功していたトーマが、疲れた体を何とか動かし、その砂塵の中を進む。
死んだのか、生きているのか。
それだけが心配で、必死に声を張り上げる。
――その言葉に答えるように、烟る空気の中からゆっくりと手が上がる。
もはやボロボロになってしまった、鎧の籠手と、修復不可能になり、ただの棒切れに成り果てた〈ぶちぬき丸〉だった。
「――とーま、さん」
HPは、軽く小突かれただけでも無くなりそうな程か細い。
それでも、晴れていく砂塵の中で、ブロッサムは笑顔だった。
「勝ちました、よ」
残っている自分のリソース全てを賭けた攻撃を、彼女は成功させたのだ。
それを誇らしげに話す彼女は、もう仲間の事を思い過ぎて不安に思っている少女ではなかった。
たった1人のプレイヤー。
窮地を楽しみ、ただ力を振り絞って勝利を勝ち取った、一端の戦士の顔をしていた。
「……おう、そうだな」
トーマが笑顔を浮かべて返したのは、たった二言程度だった。
そのたった二言に万感の想いを込めた。
もう、手を引いてばかりではいられないな。そんな気持ちを込めながら。
「いやぁ〜……上手くいくとは思ってなかったね!」
「……はぁ!?」
ブロッサムが合流して最初に発せられたマミの言葉は、ブロッサムにとって信じられない言葉だった。
てっきり成功するという大前提があったからやったのだと思っていたのだ。というか、思っていたからやったのだ。
その前提が終わった後にひっくり返されるなんて、心臓に悪すぎる。
「じょ、冗談ですよね? 上手く行くと思って、皆さんやっていたんですよね!?」
集まった全員を順に見ながら言うブロッサムの言葉は――物の見事に黙殺された。
ビックマウンテンは何も言わず腕を組み、
ネオやイワトビはあらぬ方向に視線を逸らし、
善良とサマサは笑顔が硬直したようだったし、
マーリンとクリアリィは聞いていないフリをして、
仁王、マミ、トーマに至っては下手な口笛を吹いて、
発案者のコウ自身も、片眼鏡を直しながら神妙な顔をしている。
「え、嘘でしょ、嘘といってくださいよ!!」
「……いや、誤解しないでほしい、ブロッサムさん。これは決して無計画と言うわけではないんだ」
片眼鏡を何度も執拗に直しながら、コウが答える。
「そもそもラストアタックを君に持っていってもらうのは皆で決めていたし、あの方法もまぁなんか面白そうだし、ああいうのもあるんだと知って貰いたかったから事前に決まってたんだよ?
ただ、あまりにも〈ベヒモス〉が大きくて必要な高さを稼ぐのに苦労したっていうか、正直このままやったら『あれ、ブロッサムさんひょっとして死ぬんじゃね?』と思わなくもなかったけど。
君の才能に賭けたんだ。まぁ全部上手く行かなきゃ詰んでたし、上手くいくのも確率としては1割も無かったけど。
だから、無計画って訳じゃないんだよ、うん」
「それを人は無計画と呼ぶんです!!」
ほぼ一呼吸に言われた言葉に、遠慮なく怒鳴った。
〝けど〟という但し書きがつく計画など、ろくなものではないのだ。
「酷いです! 皆さんが堂々とやってるからてっきり私、自信があってやってるんだと思ってたのに!」
「自信がなくても、堂々とするのは得意だからな、俺ら」
「胸を張って言える事じゃないですからね!?」
なぜか誇らしげなトーマに、さらに腹がたつ。
そんな危ない橋を渡らされていたと思うと、もはや涙すら出てこないのだ。
「まぁ、ブレスの防げた時点で、あとは全力で叩き潰せば良かったからね、あれぐらいやった方が楽しいだろう?」
マミの表情は、まるでとある古典童話に登場する笑う猫のようだ。いやらしいと言ってもいい……のだが、その言葉で、ブロッサムは何も言えなくなった。
確かに、楽しかった。
途中までは普通に怖かったはずなのに、いつの間にかあの状況を楽しんでいたし、何の根拠もなく上手くいくと思っていた。
脳内麻薬でハイにでもなっていたのか、あの時の自分は、もはや“香納桜”でも“ブロッサム”でもなかったように感じる。
さながら、ちょっとした戦闘狂。狂戦士もびっくり。
普段からのストレスがそうさせたのか、それとも元々持っている素養だったのか。ブロッサムはまたも頭を抱える結果になる。
「そ・ん・な・こ・と・よ・り! ラストアタックのボーナスはどんなの!? ねぇねぇ、お姉さん達に見せてヨォ!!」
マミの言葉で、全員が興味深そうな視線をブロッサムに向けていた。
それなりに高名なモンスターやエネミーにトドメを刺せば、特殊なアイテムが手に入る。
と言うのは、もはや【ファンタジア・ゲート】のみならずどのVRMMORPGにおいて常識と言っても過言ではないだろう。
そういうのがパーティーやギルドの不和を呼んだりもままある事ではあるが、ラストアタックボーナス制度が廃れる事がないのを見れば、やはり魅力的なものなのだろう。
まだブロッサムは物申したい事が沢山あったのだが、そんな視線を向けられれば、それらも引っ込んでしまうというものだ。
少し口を尖らせながら、ブロッサムは開きっぱなしだったドロップボーナスの画面を見る。
表示されていたのは、アイテムボックスを埋め尽くす程の〈ベヒモスの肉〉や、〈ベヒモスの牙〉や〈ベヒモスの毛皮〉だったが、その中に1つだけ異色の物が混じっている。
アイテム名は、〈ベヒモス・ハンマー〉という何のひねりもない名前だった。
「2パーティー用の〈ベヒモス〉ではドロップしない奴だね」
手元にあった情報収集用の本を開いていたコウの言葉で、全員に視線に、さらに期待が篭る。
絶対数の少ないレアドロップ。勿論、毎年開かれているイベントなのだから、市場には多少出回っているのだろうが、絶対数はそう多くないだろう。
ブロッサムは、何も言わずにアイテムボックスのウィンドウを開き、その〈ベヒモス・ハンマー〉をタップして、物質化させる。
――それはさながら、『ミニ〈ベヒモス〉』と言ったところだろう。
長い鼻と体は柄になっており、デフォルトされた牙が正面に来ている。最終形態で鱗のように変化したそれは、一つ一つが軽く浮いているようなデザインになっている。
大きさとしては、もう使い物にならない〈ぶちぬき丸〉より一回りは大きい。
データとしては、〈ぶちぬき丸〉よりもずっと良い。
初心者から中級者用に作られたあれと比べるのもなんだが、攻撃力は軽く3倍、耐久値は非常に高い上に、要求スキルランクも《戦鎚術》ⅤからⅦまで。
武器として持ち替えるには絶好のものだったし、本来の難易度で想定されているランクに該当するのだから、丁度いいと言えば、丁度いい。
それを見たブロッサムの第一声は、
「だっ――ダサい!」
だった。
少なくともブロッサムが求めるような“可愛らしいもの”ではなかった。
――誰が予想しただろう。
それを言った瞬間――全ての景色が灰色に染まるなどと。
次回の投稿は11月26日の0時に行います。
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