4 強さの階
彼の言い分はこうだった。
しばらく一緒に行動して、自分がブロッサムにこのゲームに必要な知恵、戦闘のコツ、彼女の適正に見合ったスキル構成などを教えてくれる。
勿論、選択権はブロッサムに委ねるが、トーマ自身はこのゲームをプレイしてそれなりに長い。たとえ彼と同じ戦い方を選ばなくても、知識は役立つだろう、と。
その言葉は、この世界では右も左も分からないブロッサムにとっても、『渡りに船』な提案だった。
ブロッサムはトーマに鍛えてもらい、のちのちトーマに恩を返す。
契約書などを持ち出して結ぶような大仰なものではないが、この口約束というがここではそれなりに効力を発揮するのだとか。
……不安感は拭いきれないが、金銭を要求されているわけではないし、何よりも後払い。おまけに頼れる人間が殆どいないのだから、選択の余地はない。
そう考えて了承したが、トーマは苦い顔で『……他人にはそうやって即決するな。いつ騙されるか分からない』という理不尽なお言葉を頂いた。
さて。出された料理を片付け(結局ブロッサムもいくつか貰った。想像以上に美味しかった)、トーマが先導するような形で連れてこられたのは、街の中心部に建てられている建物だった。
一言で表現するなら、道場のような印象の建物だった。
洋風の世界であるはずなのに、どこか日本の息吹を感じる造りになっており、平屋ではあるものの入り口付近からでも感じられる広さおかげか、何倍にも大きいように感じる。
大きな門構えの上部には、大きく赤い文字で【訓練所】と書かれてた看板が飾られている。
「ここが、【訓練所】……広場からめちゃくちゃ近いじゃないですか」
感動とともにこぼしたのは、落胆の言葉だった。
来てみれば、城の前に造られた広場……ブロッサムが最初にログインした場所から数メートルも離れていない。ちょっとでも意識してみれば、すぐに見つけられただろう。
私はいったい何を見ていたんだろう。
自分の観察力と落ち着きの無さに、肩を落としてしまう。
「初めてのVRなら、まぁその感動は分かるよ……バカだな、と思うけどな」
「容赦ないですね!!」
ブロッサムの非難にも、トーマは何処吹く風だ。
「事実だし。それより、ほれ、とっととスキル取得しに行くぞ」
それだけ言うと、トーマは臆する事なく中に入っていき、ブロッサムも慌ててそれに付き従った。
中に入れば、壁が無く風通しが良いはずなのに、妙に熱のこもった空気が流れていることに気づく。
教官のようなNPCに教えられ剣を振っているプレイヤー達や、藁の的に弓を言っている人たち。巨大な武器を必死に教官に振るっている人など、種類は実に多種多様だ。
「うわぁ、いっぱい人がいる。皆必死そう……」
「ここは初心者がまずやってくる場所だからな。毎日のように増えるプレイヤー達を対応してるんだから、賑わいも相当だろう。ここでしばらく訓練してれば、ランクⅢくらいにはすぐなるしな
もっとも、新しい簡単なスキルを取るのにも使うから、初心者ばっかりじゃないけど」
説明に、なるほどと頷いておく。
道理で、外から見たときより広いように感じるわけだ。収容人数が多くなければ、対応しきれないプレイヤーも出て来てしまうから。
「えっと、ここでは近接とか、体を使ったスキルを取得出来る、ですよね?」
道中説明された内容を反芻するように聞いてみると、トーマは「そうだ、」と頷いた。
「魔術は【魔術師協会】、他の生産スキルは各商工会で取得出来るようになってる。お前が魔術師になりたいなら、あとで寄ろう。
魔術師とはいえ近接の心得がないと最初は苦労するからな。魔術師でもオーソドックスな《杖術》とか《棒術》を取得しておいた方がいい」
「《棒術》はわかりますけど、えっと、《じょうじゅつ》って、」
「そういうのは教官NPCに聞け――ほら、ちょうど来るぞ」
そう言って指さされた方向を見ると、こちらに近づいてくるNPCを見つける。
――ゴリラだ。
160cm程度のブロッサムの頭2つ分は大きな身長と、それ以上の人数を合わせないと足りなそうな横幅。しかもそれが筋肉と剛毛に覆われているのだから、ゴリラのようだと思っても仕方がない。
しかも、分厚いたらこ唇に広いおでこ、おまけに眉間にしわを寄せているんだから、全身に毛が生えて顔が黒かったらあ、もはや完全にゴリラだ。
「『おう、訓練所に何の用だ、若造ども!』」
まるで大きな車のエンジン音のように低く荒々しい言葉に、身を竦める。トーマは気にせず彼に声を掛けた。
「おうゴリ官。久しぶりだな」
ゴリ官ってなに?
ゴリラっぽい教官だから?
思わずそんな事を考え始めるが、そんなブロッサムの失礼な考えを見咎めることはなく、ゴリラのような教官のはフンッと荒く鼻を鳴らす。
「『性懲りも無くまた来たのか青二才! 何の用で来た!』」
「ああ、いや、俺の用事じゃないんだ……ほら、何か話しかけろ」
小突かれて慌てて一歩前に出る。
もう少しよっても良かったが、相手の圧が凄過ぎてこれ以上は無理だ。
「えっと、初めまして! スキルを取りに来ました!」
相手の威圧感に負けないように大きな声を出してみると、教官はまたもフンッと鼻を鳴らし、生温い風を出す。
「『おう新人、よくぞ来てくれやがったな。俺の名は〈ゴリウス〉! ここで教官長をしている者だ!』」
――ゴリラのような容姿で、名前がゴリウスで、渾名がゴリ官。
そのキーワードだけでも思わず吹き出してしまいそうになる。運営はいったい何を考えてこんなキャラにしてしまったんだろう。
「えぇ、あ、はぃ、よろしゅくお願いしますぅ」
笑いをこらえるのに必死で噛んでしまったが、NPCであるゴリ官――もといゴリウスは気にしていない。
「『スキルを取るならば、まずはスキル一覧を`――』『何か新しいスキルを取得しているようだぞ、確認してから俺のところに来い馬鹿者が!』」
――え。
最初はスキルを取得させてくれる流れだったのに、無理矢理切り替わったように唐突に拒否された。
「えっと……」
不安になってトーマの方を見ると、彼もまた驚きから目を見開いていた。
「……何度か試してみろ」
「は、はい!」
向き直って、
「あの、スキルを取りた」
「『何か新しいスキルを取得しているようだぞ、確認してから俺のところに来い馬鹿者が!』」
「いえ私スキル取るのは初めて」
「『何か新しいスキルを取得しているようだぞ、確認してから俺のところに来い馬鹿者が!』」
「話を聞い」
「『何か新しいスキルを取得しているようだぞ、確認してから俺のところに来い馬鹿者が!』」
ダメだ。最初に話したNPCと同じように、全く同じ話しかしない、一見非常に不気味な状況になっている。
「トーマさん、これってどういう事なんでしょう? 私、ここに来るの自体初めてだから、新しいスキルなんて取りようがないのに……」
「……いや、いくつか可能性はある」
未だに驚きや動揺が抜けていない表情で「取り敢えずシステム画面の、スキル項目を確認してみろ」とだけ言われる。
スキルなんて取れるはずがない。さっきまでフィールドにいたのだから。トーマの言葉に半信半疑になりながらウィンドウを操作し、【スキル】の項目をタッチする。
並びは大きく変化していない。アクティブ項目には最初から置かれている《剣術Ⅰ》が、パッシブ項目には《軽装Ⅰ》と《窮地の猛攻Ⅰ》――、
「ん?」
もう一度見直す。
《窮地の猛攻Ⅰ》って、なに?
「えっと、トーマさん、これなんでしょう?」
「これなんでしょうって言われてもな……他プレイヤーのスキル構成を聞いたり、メニュー画面を覗き込むのはマナー違反なんだぞ」
声がする方に振り返って見ると、先ほどまでこちらに体を向けていたはずのトーマは、今ではあらぬ方向を向いている。
変な所で律儀だな、と思いながら、
「大丈夫です。どうせ初期スキルが大半ですし、大丈夫ですよ」
と言う。
ブロッサムの態度が気に入らなかったのか、それとも何か別の理由を持っているからなのか。こちらにも聞こえるように溜息を吐くと、彼は振り返ってこちらの画面を覗き込んで来る。
「この、《窮地の猛攻Ⅰ》ってやつなんですけど、私全然知らなくて……どういうスキルなのか、分かりますか?」
「名前だけじゃ、聞き覚えはないな、まぁスキルなんて多すぎて、覚えている奴の方が稀有だが……もう一度タップしてみろ、多分説明が書いてあるから」
素直に頷いて、名前の書かれている場所をタップする。
『《窮地の猛攻Ⅰ》特殊条件「⑴戦闘中にHPが一割以下になる」「⑵⑴の状態のまま長時間戦闘を行う」で取得可能。
効果:HPが1割以下になると、攻撃力・攻撃速度・防御力が10%上昇する。』
「――なるほど、特殊スキルか。そりゃあ聞き覚えがない訳だ」
「とくしゅスキル、ですか?」
ブロッサムの困惑の声で、彼女が理解していない事を察したのだろう。トーマは姿勢を元の状態に戻しながら答える。
「スキルには、いくつかの取得方法がある。【訓練所】やなんかの施設で得られる、【通常スキル】。1つのスキルをランクアップさせて変化させる【派生スキル】。
そして特殊条件をクリアする事で取得可能になる【特殊スキル】だ。
特殊スキルは簡単には取れない。絶対数も少ないし、取得方法や効果がバレれば、皆挙って取ろうとしたり、対策を練ったりする。だからあまり公にされないんだ。」
「すっごく特別って事ですか?」
「あぁ〜、そうでもない。何せ10万人もプレイヤーがいるんだからな。
スキル取得方法を公開しているプレイヤーもいるし、上位プレイヤーになると1つか2つは持っている奴もいる。プレイスタイルに合わないと、スキルホルダーの肥やしだがな」
そう言われて、ブロッサムは道すがら教えてもらった事を思い出す。
スキルには先ほど説明された3種類の取得方法だけではなく、もっと別の種別が存在する。
【アクティブ】と【パッシブ】だ。
【アクティブ】は能動的にプレイヤーが行動すると熟練値が溜まったり、効果を発揮したりする。
対する【パッシブ】は基本的に自動的、もしくは永続的に効果を発揮するスキルの事をさす。ブロッサムで言えば、前者が〈剣術〉、後者が〈軽装〉だ。
それをそれぞれ5つ設定できる枠に収める事で熟練値を貯める事が出来、効果を発揮する。
では、その他、その5つの枠に収まらないスキルはどうするか。
全て【スキルホルダー】に収められる。
【スキルホルダー】はスキルの熟練値蓄積と、効果発揮が行えない代わりに、取得したスキルを無制限に、永久的に保存する事が出来る。
ランクを上げたいのならば、その中にあるスキルを効果枠に収まっているスキルと交換するのだ。
つまり、この〈窮地の猛攻Ⅰ〉は【特殊スキル】で【パッシブ】に分類されるスキルで、今はスキルホルダーではなく、【パッシブ】の効果枠にしっかりと収まっている。
「おそらく空き枠があったから、自動的にここに収まったんだろうが、迂闊だった。これは流石に予想していなかったなぁ」
「まずいんですか?」
「いいや、そういう訳じゃない。むしろ、これ結構効果高いぞ。
ランクⅠの段階で効果10パーだから、これからレベルを上げていけばかなり有用なスキルになる。プレイスタイルが決まっていないなら、それに合わせられるしな。
ただ……、」
悩ましい表情をしながら、顎に手を当てる。
「これをメインに据えると考えると、お前のプレイスタイルがほぼ決定しちまうからな……自由度って意味じゃ、大幅ダウンだ」
「……あっ」
指摘されて初めて理解する。
この効果を考えると、それなりにダメージを受ける立場にならなければならない。
後ろで安全に戦う事を前提としている遠距離武器系や魔術スキルは間違いなく、相性が悪いだろう。逆に攻撃される可能性がある前戦職系のスキルの方が絶対に良い。
……つまり、魔術師になって美麗な魔法を撃ったり、弓矢を華麗に放つ事は出来なくなるのだ。
「しかも、これは結構危ない戦い方を要求されるスキルだ。HP一割以下の状態で戦い続けるのは、精神的にもよろしくはない……つまり、」
言い澱むトーマが何を言いたいのか、大凡察する事が出来る。
さっきの……【ファイティング・ボア】の時のような戦いを、何度もしなければいけない。スキルのランクを上げるなら、わざとそういう状況()に持っていく事も、しなければいけない。
傍から見るそれは、さながら自殺志願者に等しい姿になるだろう。
毎回のようにボロボロになり、戦闘の度にデスペナの危険性を感じ続けなければいけない。
……だから、トーマも強引には勧めないのだ。
彼から見れば、メインに据えるべきものなのだろう。だがそれは、初心者どころかVRゲームに対してすら素人の自分には、あまりにも酷だと思っているに違いない。
だから、彼の表情は今までにないほど、こちらの様子を伺うような優しい表情に見えた。
「どうする? お前が嫌なら、スキルホルダーに移したって良いんだ。さっきは本気で遊ぶとは言ったが、ゲームだ。お前の好きな戦い方をする方が、1番良いと思う」
その言葉に、ブロッサムは再度画面に目を向ける。
《窮地の猛攻Ⅰ》……初めて自分が取得したスキル。
――自分が変化していると、現実の自分とVRゲームの自分とは違うのだという、勲章のようなスキル。
それを捨てるどころか無駄にするというのは、あまりにも悲しい選択のような気がする。
それが他人にとってはあまり良い選択肢ではないとしても……このスキルを中心にして何かを得られるならば、
ブロッサムは、それを選んでみたい。
「……2つ、聞きたい事があります」
「……ああ、なんだ」
ブロッサムが背負う真剣な空気に、トーマも厳格な表情で答える。
「私には、度胸がある、大したもんだって言いました……私には、戦える才能がありますか?」
「――ああ、俺はあると見た」
一瞬の空白だけ空けて、トーマは断言する。
「この世界の戦闘で一番大事な素養は、「攻撃に対して目を逸らさない」事だ。ブロッサムは、その素養があると、俺は思っている」
トーマの言葉で、胸の奥に火がつくような感覚がした。
手のひらでそれを抑えながら、再び口を開く。
「――じゃあ、このスキルを中心に構成して、鍛えて、頑張って頑張って頑張ったら……私は、強くなれますか?」
……その言葉には、長い静寂が付き纏った。
トーマは口を開く事を戸惑っている。これから先のゲームの仕方を一変させるような台詞を言う責任という名の重みは、きっと相当だろう。
しかし、彼もまた、自分よりずっと長くゲームをプレイしているプレイヤーだ。こんな場面もきっと珍しくはないのだろう。
しばらく口を開いたり閉じたりを繰り返すが、観念したように言葉を紡ぐ。
「断言は出来ない。どういう努力なのか、どれくらい時間がかかるのかも分からない。
――でも断言するよ。正しい努力をすれば、お前は凄いプレイヤーになれる」
「……そうですか」
その背中を押すような言葉で、ブロッサムの覚悟は決まった。
……覚悟。
なんて現実の自分とは縁遠い、そしてゲームの中でも違和感のある言葉なのだろうか。
いつもイジメられ、それを流すように生きている自分。
遊戯と和訳されるような、真面目さとは程遠い舞台。
――しかしそれでも、ブロッサムには大いに関係する言葉であり。
――しかしそれでも、桜には本物同然の場所だった。
「――トーマさん。私に戦う力をください。
――強くなる方法を教えてください。《窮地の猛攻Ⅰ》と強くなる方法を」
宣言は荒げられる事もなく、静かで小さく、この場にいるたった一人の見届け人にのみ伝えられた。
にも関わらず――それは桜\ブロッサムの言葉の中で、一番強いものになっていた。
次回の投稿は11月3日の0時に行います。
『《勇者》ト《眷属》ノ物語』もどうかよろしくお願いします。
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