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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
49/94

18 窮地は






 ――『ブレス』。

 人はこう聞くと、ドラゴン系のモンスターの姿を思い浮かべるが、そんなものは過去のファンタジーで登場しただけのイメージでしかない。

 この世界(ゲーム)でいう所のブレスは、『限られたモンスターが保有する、全体、あるいは広範囲での攻撃手段』を指す。

 ウルっちが放った咆哮も、大きな鳥のモンスターが翼を振るって生まれた衝撃波なども、広義的に見れば『ブレス』に該当するのだ。


 それを念頭に置いて考えれば、先程〈ベヒモス〉が放ったソレもブレスだった。


 周囲の大気を一気に吸収し、鼻を真下にして放たれたブレスは、そのあまりの勢いに、立っていた者全てを吹き飛ばした。

 ダメージと〈硬直〉、擬似的な〈酩酊〉と周囲の意思疎通を妨害する〈難聴〉のBSを与えるのだ。

 本来ならば、事前情報として揃えておくものだが、今回ばかりはそう簡単にはいかなかった。情報があったとしても、この狭い通路で対応するのは難しいだろう。

 広場であれば、有効範囲外まで退避する事は難しい事ではない。

 しかしこの狭い通路では、とてもではないが回避出来るような場所は、どこにも存在しないのだから。


 ――景色は、文字通り死屍累々だった。


 四肢のHPを削っていた者、つまり地表にいた殆どのプレイヤーのHPが根刮ぎ奪われ、生き残った者も立ち上がれずにいた。

 元々HPが少なかったり、防御力に難があるプレイヤーは、体の上、ちょうど心臓の真上に、蝋燭の火にも似た青白い揺らぎを浮かべ、ピクリとも動かない。

 死んでいるのだ。

 プレイヤーは、死ねば一定時間、アバターの上に人魂の炎を灯して存在する。

 その間に〈回復魔術〉で使われる蘇生魔術や、〈復活薬〉を誰かが飲ませれば可能ではあるが、そうでなければ、そのまま人魂とアバターは消え失せ、前に滞在していた安全域に引き戻される。

 そこでようやく、プレイヤーの死に戻りが決定するのだ。


「………………大丈夫、か?」

「え、ええ、」


 〈ベヒモス〉の攻撃を正面で受けていたビックマウンテンの後ろで、サマサは小さく頷く。彼のすぐ後ろにいたからこそ、彼女は死ぬ事を免れたのだ。

 もし、ほんの少しでも離れていれば……防御力の低い完全回復職の彼女がどうなるかなど、想像するのは難しくない。


「っ、安全確認!」


 繋がったままの通話欄に目を通す。そこには、通常の表示を受けている者と、名前の前にばつ印が付いている者の2種類が表示されちた。

 ばつ印が付いている者は……当然死んでいる。

 目の前にいるビックマウンテン、自分、そして後ろで呻いているクリアリィなどは、幸いにして無事。 クリアリィなど死んでもおかしくはなかったのだが、どうやらビックマウンテンが正面で防御したおかげで、その恩恵があったのだろう。

 次に生き残っているのは、コウとマーリンあ。2人はブレスの範囲外だったのだから当然だ。

 前衛組は……その半分に、ばつ印が付けられていた。

 防御力の低いイワトビと、そもそも魔術での範囲攻撃が防ぎようのない善良、防御より回避に重点を置いているマミなどだ。

 ネオは……幸い生きている。おそらく、どうあっても回避出来ないと悟ったイワトビが身代わりになったのだろう。

 ウルっちはテイムモンスターの所為で確認する事は出来ないが、十中八九死んでいると見て間違いはない。

 というより、彼らは厳密には死を経験せず、『瀕死』という状態異常で一定時間固定されてしまうだけだが。

 そして、トーマとブロッサムは、




 ブロッサムの名前の上に、ばつ印が付いていた。




 トーマがどうやって回避したのか、それは分からない。だが、結果はもう目に見えている。あとは行動するだけだ。


「――《ロングレンジ・ヒール》! 《ロングレンジ・ヒール》!」


 アイテムボックスからMPを回復させるアイテムを取り出しながら、回復魔術を連発する。異常状態回復する効果まで添えられた遠距離用のそれは、強力だがその分多くのMPを消費する。

 小瓶に入った薬剤を煽りながら、それを連発し続ける。今は、生き残っている者を助けるのが優先だ。

 それを一通り終えると、今度は蘇生魔術の準備をする。

 ――蘇生魔術の効果は劇的だ。死からプレイヤーを生き返らせるだけではなく、そのHPを全快にした状態で復活させるのだ。HP1で復活させる薬とは段違い。


 問題は、MP。


 1回使う毎に莫大なMPを消費するそれを、アイテムも駆使しても、蘇生可能時間以内で使えるのは――3回。

 そして自分の持ち物にも、皆に支給されたアイテムの中にも、〈復活薬〉など存在しない。あんな高価な物を配ろうとは思わなかったし、前提として必要ないと判断されていたから。


「……嫌なのよね、いっつもこういう選択させられるのって」


 一体誰を切り捨てるのか。

 そればかりを考えなければいけない、回復職の暗い一面が、サマサを苛んだ。






「――ん゛っ、イッテェ……」


 倒れ伏した大地に向かって最初に言ったのは、泣き言にも聞こえるようなトーマの声だった。

 痛みが10分の1に制限されている世界であっても、これだけ強力な一撃を喰らえば、痛がりもするだろう。何せ全身を強打するなど、なかなか経験がないのだから。

 その痛がる声も、まるで自分には篭ったように聞こえる。BS〈難聴〉の所為だろう。

 既に〈ベヒモス〉は進行を再開していた。こちらからの攻撃が一時的に止んでいる所為なのか、ズンズンと広場の方向に歩み、トドメを刺そうとはしない。

 そもそも、あの広場で倒す事が当たり前なのだ、よっぽど攻撃されない限り、向こうからここで戦おうとはしないのだろう。

 そんな事をぼうっとする頭で考えながら一度だけ大きく振り、自分にも聞こえるように、不自然な大きな声を上げる。


「ブロッサム、――ブロッサム!」


 声は聞こえない。

 BSの所為ではなく、本当にどこからも返事は返ってこないのだ。

 どこにいる。こんな強力な攻撃だ、ブロッサムも無事では済まなかっただろう。ただでさえ少ないHPで戦っている彼女では、なおさら。

 自分だって、こうやって生き残っている事自体奇跡――、


「――嘘だろ、おい」


 そこでようやく自分の馬鹿さ加減に気付いた。

 トーマは敏捷特化の回避系ダメージディーラーだ。滅多な事では攻撃を受けず、防御をぐらいならば回避を選ぶ。そうした方が、より生き残りやすいからだ。

 だから、範囲攻撃などの回避出来ない攻撃が来た時、普通は壁役の背後に隠れ、一時的に守ってもらう方法を選ぶ。

 ……そう、守って貰わなければ、こんな状態でトーマが生き残っているはずがない。

 視線は前に持ち上がる。

 見たくなくても、見なくてはいけない。




 ――そこには、ブロッサムのアバターが転がっていた。

 その胸から、死んだ事を証明するエフェクトを浮かばせながら。




「――クソが!」


 口に昇ったのは、罵倒だった。

 守ってくれたブロッサムに対してでも、ましてやそんな攻撃を行った〈ベヒモス〉に対してでもない。

 自分自身に。

 自分が導いていた後輩に守って貰うなどという、間抜けな事を無意識にでもしてしまった自分に、酷く腹が立つ。

 それが合理的な方法だ――それが分かっているからこそ、余計に。


「[――マ、トーマ聞こえる!?]」


 ようやくBSが自然解除されたのか、耳元で様さの声が聞こえる。


「――ああ、聞こえる。死人の数は分かったんだろう?」

「[……ええ、マミと善良、それにイワトビも死んでるわ。ただの風だったのが幸いだったわね、庇われた人間は、ギリギリ生き残れたけど。

 ブロッサムちゃんを入れて、4人ね]」


 その言葉に他意がないと分かっていても、ほんの少しだけ拳に力が入る。それが悟られないように、平静を保った声で答える。


「そっか……じゃあ、今の状態でもブロッサムが蘇生されていないのは、そういう・・・・・なんだな?」

「[……ええ、そうよ]」


 たったそれだけで、サマサが何が言いたいのか理解する。

 回復魔術でも限度はある。それが魔術という区分である以上、どうしてもMPの壁は大きい。この段階でも組成が受けられず、ブロッサムが倒れたままという事は、彼女に割けるMPがもう無いのだろう。


 見捨てられたのだ、ブロッサムは。

 嫌な言い方だが、結果だけを正確に伝えればそういう事だ。


 今ここで中級者にも届いていないプレイヤー1人と、明らかに戦力になる上級者プレイヤー1人、どっちを復活させた方が有益かなど、目に見えている。

 勝つためならば、多少のリスクは甘受しなければいけない。

 ……そこまでブロッサムが考えられるかは分からない。

 ゲームの中であっても、見捨てられるというのは、あまり良い気がしないものだ。死んだ経験のない初心者には、尚更辛い。

 もしかしたら、落ち込んでしまうかもしれない。

 そこまで行けば、もうトーマがお節介を焼く立場ではない。もうブロッサムの問題で、自分が口を出してはいけない。

 ……と、普通ならば思うのだろう


「[あとで私の方からちゃんと埋め合わせは、]」

「いいや、その必要はないよ」


 申し訳なさそうな声に、トーマはそう答えながら、指先を操ってアイテムを1つ取り出す。

 高級そうなガラス瓶に入っている、紫色の薬品。

 ――〈復活薬〉。

 もし何かあったら事だと思い、昔手に入れたものを個人的に持ってきていたのだ。価格にして1000万Mの高級消費アイテム

 流石にトーマであっても、おいそれと手に入れられる物ではないし、簡単に使えるものではない。

 ――だが、トーマは普通ではないのだ。

 普通でないほど、お人好しなのだ。







 ――真っ暗な空間。光源のない水の中に揺蕩っているような、奇妙な無重力の感覚と安心感の中に、ブロッサムは浮いていた。

 ここがきっと、死んだ後と生き返る前の間なのだ。そう思い至ったのは、やってきてすぐだった。

 悲しさも驚きもない。あるのは、妙な納得だけだった。

 そう思えているのは、このゲーム中の死に苦痛がなかったからと言うのは、大きいだろう。吹き飛ばされた! と思った時にはもうこんな空間にいたのだ。

 まるでショートカットされたような錯覚さえ感じる唐突さなのだから、悪感情よりもむしろ『思ったより呆気なかったな』くらいしか感想が湧いてこなかった。

 ……次にブロッサムの心の中に浮かんだのは、ほんの少しの後悔だ。


(これ、多分終わったらめっちゃ怒られるよね……)


 『初心者が、何生意気な事してんだ!』なんてトーマの声が脳内で再生される。勿論妄想だが、案外似たような事を言うだろう。トーマはああ見えて、意地っ張りで優しいのだ。

 ヘマをやらかした云々ではなく、きっとブロッサムが恐怖しないかを心配してくれているだろう。心を煩わせてしまうのではないか。

 ――後悔している事はそこだけ。

 自分が身を持って彼を庇った事を後悔しているかと言えば、さらさらそんな事はないのだ。

 あの中で、ブロッサムは絶対に助からない。

 範囲攻撃が来ると分かった瞬間、考える間も無く体が動いたが、きっと考えていたならば、そう考えていただろう。自分が生き残らないのであれば、自分よりずっと強いトーマが生き残るべきだと。


(まぁ、ちょっとは貢献出来たしなぁ)


 数は少ないが、〈ベヒモス〉には確かにダメージを与えた。

 このままの流れで行けば、あの人達であれば勝てるだろう。あの範囲攻撃などをどうするのかなどは、ブロッサムの少ない知識では分からないが、きっとやってくれるだろう。

 何せ、彼らは自分が想像しているよりもずっと強かった。

 道中の戦いでも、〈ベヒモス〉との戦いでも、それは見て入れば分かる。

 自分では想像出来ない強さで、自分が肩を並べるなんていうのは烏滸がましいと感じてしまうほどの差がある人達。


 あの人達なら、1人欠けたくらいであれば、大丈夫だろう。


 自分はギルドタウンで、皆の帰りを待っていれば良い。幸い、ブロッサムは一度も他の街に入らなかったから、一直線で帰っていける。

 これが、自分の役立つ、数少ない方法なのだ。




 ……本当に、そうだったのかな?




 ふと、そんな思いが胸から溢れる。

 後悔ではない、反省ですらない。

 これはそう――我儘だ。

 もっと長く、皆と一緒に戦いたかった。もっとあの場に居たかった。トーマとの連携はあまりに楽しく、心が熱く高鳴った。

 自分が活躍出来るんだと教えてもらえた、まだまだ全然ダメだけど、それでも戦えると証明出来たと思う。

 だから、これは我儘だ。




「……もっと、楽しみたかったなぁ」




 楽しいあの場が、延々と続いてくれれば良かったのに。

 そんな、いまはもうどうしようもない事を口に出して言う、




「――阿呆、まだまだこれからだ」




「――え、」


 その言葉と同時に、視界は一気に晴れる。

 先程までの暗い海は、もうどこにもない。荒れた赤茶色の大地。もはや〈ベヒモス〉の姿はどこにもない。

 どうやら、先に進んでしまったようで、ここにいるのはトーマと自分だけだ。

 目の前には――呆れ顔の、自分の先輩。さっきの範囲攻撃の所為なのか、ひどくボロボロだ。

 それでも、辛そうな顔1つ見せず、手に持っていた小瓶をさっさと捨てると、そのまま槍を持って立ち上がった。


「おう、おはようさん。のんびり昼寝してる間に、厄介な事になってんぞ。

 とっとと足を潰し行こうぜ。さっきの連絡だと、コウとマーリンが広場直前で足止めしてくれてるらしい。足くらいは早めに潰してやらないとな」


 まるでなんて事もない、と言わんばかりだ。


「……なんで、」


 それだけが、口の端から漏れた。

 どうしてここにいるんだ。

 自分に構っている暇があるなら、先に行っていれば良かったのに。

 そんな在り来たりで、自分らしくない言葉の一端が口に登って来る。

 ……それだけで、彼はブロッサムが何を言いたいのか察したのだろう。どこか居づらそうに、頭の後ろを乱暴に掻き毟ってから、蚊の鳴くような声で返事をする。




「――お前がいないと、楽しくないからな」




 ……ああ、そっか。

 別に役に立ったからどうだとか、もうこの人にはどうでも良いんだ。

 一緒に戦っているのが楽しい。そう思っていたのは、何もブロッサムだけではなかったのだ。トーマも、そう思っていてくれたのだ。

 それがあまりにも嬉し過ぎて、目から水滴がポタポタと溢れる。

 それと同時に――耳元で声が聞こえた。


「[トーマ、ブロッサムちゃん! イチャイチャが終わったなら早く帰ってきてぇ!]」

「[もう無理! もう足止め無理!]」

「[ファイトだマーリン! おい2人とも、新しい作戦もう用意してあるから、早く!]」

「[頑張れよ皆!]」

「[いや仁王さん暇なんだから、アイテム配給急いで!]」

「[ウルっちも復活したっス! 前線復帰!!]」

「[失礼、先程足ゲットしましたよ!]」

「[流石善良殿、生き返ったばっかりで良くやるでござるな……あ、自分アイテム無くなったんで帰って良いですか?……無理ですかそうですか]」

「[ブロッサムさん、回復出来なくてごめんなさいね!]」

「[………………至急]」


 仲間の声が、耳朶を打つ。

 たったそれだけなのに、嬉し過ぎて涙が止まらない。

 誰ももう、自分を責めたりしない。役立つから必要としている訳でもない。ただ帰りを喜んでくれて、ただ自分を待ってくれている。


「……トーマさん。仲間って、こういうものなんですかね?」


 ブロッサムの涙声に、トーマは優しい笑みを浮かべた。


「――ああ、これが仲間ってもんだよ」


 たったそれだけの言葉が、ブロッサムに力を与えた。


「っ――ンッ、ンッ、ンッ、ぷハァ!!」


 アイテムボックスから回復薬を取り出し、一気に煽った。赤い明滅を繰り返していた視界は晴れ、HPは一気に回復される。

 疲れはあるが、立ち上がれないほどではない。〈ぶちぬき丸〉を杖代わりにして立ち上がると、ゆっくりと、だがしっかりとした足取りで前に進む。


「ありがとうございます、トーマさん、皆さん。ブロッサム、ここに戦線復帰です!」


 心を震わせる燃料は、すでに投下された。

 あとは燃え上がるだけだ。






次回の投稿は11月25日の0時に行います。

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