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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
48/94

17 激戦は暗雲へ






「――《ホエール・ハウンド》!!」

「さあ、ロックに決めるよ!!」

「全員、散開!!」


 ビックマウンテンの、〈ベヒモス〉に負けない咆哮と、クリアリィの合図で始まった音楽、そしてマミの合図は、ほとんど同時と言っていいほど近しかった。

 その瞬間、全員が目的の場所まで走り始める。

 最初から素早いトーマの背中を追うように、ブロッサムも走った。

 ――そこは、まるで大型工場のような騒々しさだ。

 巨大な四つの足が規則通りに動き続け、重機のように道を慣らし、物音はそれだけで周囲に振動と大きな音を与える。

 その間を通り、ビックマウンテンのヘイトコントロールのお陰か、それとも単純に大きすぎるからなのか、思ったよりすんなりと、右後脚まで辿り着く。

 脚は巨大な幹、その爪はもはやそこら辺の岩石よりも大きく、硬そうだ。

 それに恐怖するブロッサムは、そこにはいない。


「――トーマさん、先行きます!!」


 その言葉とともに、立ち止まっているトーマの横をすり抜ける。

 別に、ブロッサムが早まった訳ではない。トーマが臆した訳ではない。全ては、事前に打ち合わせしあった事だった。

 脚が持ち上がり、そこに一つの空白が生まれる。ブロッサムどころか、ビックマウンテンすら入っていけそうな、巨大な空白。



 その端に滑り込み、ブロッサムはそのまま――巨大な脚で行われる踏みつけ(スタンプ)を受け止める。



「グッ――だりゃあ!!」


 ガリガリと削れるHPと武器、食いしばった自分の歯の音を聞きながら、無理やりその攻撃の軌道を捻じ曲げる。

 ――《パリィ》

 ダメージを殺す事は出来ないそれは、無駄なように思えても、大きく違う点が存在する。


 1つは、〈ベヒモス〉のバランスを崩す事。

 これにより、体はブレ、進行する過程で生まれる踏みつけは、暫くなくる。


 そしてもう1つ――ブロッサムのスキルが発動する。


 ……スキルの発動を誘発させる。これは珍しい手法ではない。善良の全裸などもこれに含まれるそれは、一定条件を満たさなければ発動しないスキルを利用する上で、必須と言える手法だろう。

 本来ならかなりの無茶だ。攻撃する意図があって振るわれていないからこそ、ある程度威力が抑えられているが、普通ならば死んでいてもおかしくはない。

 このパリィも、彼女の防御力と、パリィへの絶対的適正――そして彼女自身の勇気で、ギリギリ可能に出来る程度。奇跡にも近い応酬。

 それを、刹那を掴み取る才能と、根性だけで叶えた。


「ッ――《スマッシュ・ブロウ》!!」


 体の芯から湧き上がる力をそのままに、ブロッサムは横薙ぎに振るわれた戦鎚の切っ先を、巨大な脚に叩きつける。

 鉄を殴るかの如き轟音と共に、極彩色のエフェクトが明滅した。

 クリティカルだ。

 攻撃力の上がったブロッサムの戦鎚は、物の見事にそのHPを削る。

 それでも、100分の1にも満たない消失量――それに、トーマが追い打ちをかける。


「――シッ!!」


 鋭く吐かれた息と共に、槍が何度も彼の手で往復する。風の魔術によるバフ効果と、彼のスキルのお陰で、速さはもはや天井知らずだ。

 瞬く間に往復された槍は、一息に都合24回の刺突と斬撃を、クリティカルのエフェクトと共に放つ。

疾風。

 彼の用いている《風魔術》のスキルの名の通り、目に見えず、いつの間にかやってくる攻撃は、その一撃毎にHPを削っていく。

 スキルレベルが満たないブロッサムがバフ全開で削ったHPよりも遥かに多い量を、一瞬で奪っていく。

 このゲームは、鍛えれば鍛えるほど常人の枠を超えていく。レベリングに縛られる、単調なRPGとは違う。

 ランク、ステータス、プレイヤースキル。

 それらが三位一体となれば、それだけで強者殺し(ジャイアントキリング)が可能になるのだ。


「うっし、間違いなく効いてる――このまま、一気に押すぞ!」

「はい」


 長い時間をかけて培った連携ではない。

 それでも、トーマとブロッサムの呼吸は、ピッタリと合わさっていた。

 双槍が舞う。

 戦鎚が唸る。

 交互に攻撃しながら、確かにHPは削れ、視覚的にも〈ベヒモス〉の足はボロボロになっていった。







 散り散りになった仲間たちが、〈ベヒモス〉の四肢の皮膚を叩き、肉を削ぎ、骨を叩き折る。その様相は派手で、一説の叙事詩を絵画にしたかのような勇壮さを描いている。

 ――しかし、重要なものは目に見えないものだ。

 華やかな戦い、攻撃に目が行くのは、人間であれば当然。それでもなお、その攻撃の地盤を支えている者達が、ある意味この戦いの覇権を握っていると言っても過言ではない。


「――フンッ!」


 豪快な暴音を纏って放たれた巨大な長鼻を、ビックマウンテンはその巨大な盾で受け止める。

 そう、巨大な盾。

 その手の中には2枚の盾は存在せず、彼の巨体すら覆い隠さんばかりな大きさの盾が、城壁の如く盤石に、防御を固めていた。


 ――合体武器。


 ある種、ゲームなどの二次元系の趣味に精通している人間にとってはロマンであり、同時にこの世界(ゲーム)では作るのが難しい。

 二刀流用の剣のように同じようなものを作る、というわけにもいかない。

 最初から組み合わせるという事を前提にして作られるそれらは、『別れている時』と『合体している時』には、システムから別物として扱われる。

 そうなると、作り手にとっては大きな負担になる。一つの商品を作り上げるのに、2つも3つも作っているのと変わらない労力が発生するのだ。


 それだけならば、まだ趣味人などの好事家が作っている事は多い。

 ところがこの『合体武器』というジャンルは、扱いが難しいのだ。


 合体させる為には一度装備を外し、その設定を行ってからもう一度付け直すという工程が必要で、戦闘中にそれを行える余裕はない。

 それでは、利点は半減というものだろう。

 だから、使い手は非常に少ない。

 その少ない中の一人が、ビックマウンテンだった。


『パモ゛オオォオオォオオオォオオォ!!』


 激しい咆哮と合わせて、もう一度鼻での打撃がビックマウンテンを襲う。

 もはやそれは攻撃という域を超えた、一方的な暴力に等しい。一撃で並みのプレイヤーであれば、HPを全損して死に、壁役(タンカー)を担うプレイヤーでも、HPを大幅に削られるような攻撃。

 何十人と壁役のプレイヤーが呼吸を合わせ、同時に受ける事を前提としている攻撃――それを、


「ォオオオォオオォオオォオ!!」


 ビックマウンテンは、一人で完全に受けきる。

 彼のスキル構成は極めて単純だ。

 特殊スキルも持ってはいるが、それは特殊スキルの中でも非常にポピュラーで、他にも多くのプレイヤーが取得している場合が多い。

 イワトビのようにトリッキーでもなければ、善良のように特異でもない。そもそも彼には、他のメンバーが持っているような変わった才能など持ち合わせてはいない。


 ただ、堅牢である。


 それを愚直なまでに追求していった結果、武器を捨て、盾だけを持ち、自分に攻撃を集中させ、護るという結果に繋がっていっただけ。

 突飛なものは必要がない。

 守れるだけの力さえあれば、彼にとってはそれで十分。

 その為に、この合体する盾は必要だったのだ。

 合体盾〈アイゼン〉。

 二枚の時は、攻撃の誘導に重点を置き、小回りの効きやすい特性を盛り込み。

 一枚の大盾の時は、強力な一撃、大きな敵から身を守りやすいような特性を作る。

 伝説の職人の名を欲しいままにする仁王の特注品であるこの盾は、ビックマウンテンと多くの修羅場を渡り歩き、その度に自分と仲間を守ってきた。

 そして、今もその大きな攻撃から、彼の身を守り続けている。


 ――勿論、それにも限界はある。


 いくら堅牢な盾や鎧が彼の身を守ろうとも、その攻撃は強く、余波として生み出された風でさえ、さながら嵐そのものだ。

 鎧の上から強打してくるそれは、徐々に、確実に、彼のHPバーを削っていく。

 死はゆっくりではあるものの、ビックマウンテンに近づいていた。

 ――それを、押しとどめる者がいた。


「――〔癒しよ、全ての者に、それに見合った祝福を。《パーソナル・ヒーリング》〕」


 優しい声が、その場全体に響く。近くにいないはずなのに、側に寄り添っているかの如く、耳朶を打つ慈愛の声は、仲間の体力(HP)を回復させる。

 それだけならば、回復役(ヒーラー)としては当たり前の行動だっただろう。しかし一人一人の回復量を比べてみれば、きっとその“当たり前だ”という感想はひっくり返るだろう。

 対象のHP総量、スキル構成に合った回復量を、前衛に立つギルドメンバー、総勢8人分それぞれ用意して回復する全体回復魔術など、普通は存在しない。

 刻一刻と変化する状況を想定しながらそれを行うなどと、正気の沙汰ではないのだ。

 それを、《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》唯一の癒し手、《慈母》サマサは平然と行えるのだ。

 ビックマウンテンには、1番大きい回復リソースを与えて全快させる、だけではない。

 他のプレイヤーにも戦闘に支障がない回復量を与え、ブロッサムに至っては、〈極地の猛攻〉を途切れさせない割合ギリギリを見計らって回復する。

 全体を一律で回復させてしまう並みの回復役と比較しても、手腕と範囲、そして許容しうるリソースが、あまりも膨大だった。

 彼女がその魔術を披露すると、一定数のプレイヤーが術式を教えてほしいと懇願し、彼女は笑顔で答えるだろう。実際、多くの者にこのアーツを伝授した。

 それでも、今を持って使い手は彼女しかいない。

 いや、彼女にしか出来ない(・・・・・・・・・)のだ。


「………………感謝」

「うふふ、いいえ、私の役目ですから」


 ビックマウンテンの短縮された感謝の言葉に、サマサは穏やかに微笑んで答え、その合間に全体の戦闘の推移を確認する。HPを回復する回復職である彼女は、戦場のモニタリングも、その仕事の1つなのだ。


(――このままなら、勝てるわね)


 お騒がせギルドといっても、《嘲笑う鬼火》の戦力は一線級。ただの上級プレイヤーではなく、最前線をいくプレイヤー達にも負けない一流のプレイヤーの集団だ。

 いくら敵が強大とはいえ、強大である“だけ”ならば苦はない。HPを削っていくだけの作業であれば、時間はかかるが確かに可能だ。

 これだけ呆気なくHPが削れているという事を見ると、もしかしたら自分が想像していたものよりも、〈ベヒモス〉は弱かったのかもしれない。

 ……と、普通のプレイヤーならば楽観視する所なのだが、サマサの心には逆に不安にも似た苦い感情が灯っていた。


 弱い、弱すぎる。


 前述した通り、《嘲笑う鬼火》は一線級のプレイヤー、あるいは一線級になれる才能を持つプレイヤー達の集団だ。驕りでも傲慢でもなく、そこは間違いない自負している。

 そんな一線級のプレイヤーが12人集まった程度(・・)で、この巨大モンスターが倒されるはずもないのだ。

 敵は、〝そういう相手〟すら勘定に入れて生み出されたモンスターなのだ。


 何か裏があるのではないか。

 何か、大事な事を忘れているのではないか。


 そんな不安が、頭の裏にこびり付いて、どうしても離れてくれない。

 ――不意に、彼女の横を風が通り抜ける。突風と言っても差し支えがないそれに上体を軽く崩しながら、サマサは視線を上にあげた。

 巻き上げられた小さな草木が舞い、それが、




 ――〈ベヒモス〉の鼻に吸い込まれるのを見る。




 サマサはその光景を見て、逡巡する暇すら見せずに、すぐさま全体通話の画面を出し、全員に強制的に連絡を繋げる。一刻の猶予も残っていないと言わんばかりに、緊急通話の回線を開いたのだ。

 画面操作出来ない状態の時に強制的に話をさせるこの機能は十全に機能し、通話はすぐに開かれた。

 誰かが、どうしたと声を上げる前に、サマサは悲痛の叫びのような声を上げる。




「全員警戒!――『ブレス』が来る!!」




 その言葉とほぼ同時に、




 風の暴力が、辺り一面を吹き飛ばした(・・・・・・)






次回の投稿は11月24日の20時に行います。

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