16 大魔術と危険な作戦
――声が3つ重なる。
1つ目の声は、マーリンだ。自分の頭の中にある魔道書を開き、その中でもさらに効果的な雷属性の魔術の詠唱を続けている。
「「「〔――神は言った、『雷霆は我が名、我が怒り』〕」」」
2つ目はクリアリィだ。不思議なリズムと、周囲に発生する音符のエフェクトが彼女の姿を彩り、マーリンの魔術とシンクロするように同じ文言が組まれる。
――《歌唱魔術》のアーツ《輪唱》だ。
発動させれば、他者の魔術の詠唱を重ねる事が出来、その魔術を強化する魔術への支援魔術だ。同じく詠唱を唱え、魔力を消費する事により、マーリンの魔術は数段威力を上げる事が出来る。
「「「〔故に力は重く、その火雷は全ての物を焼き尽くす〕」」」
そして3つ目の詠唱は――コウ。彼の周りにもまた、クリアリィと同じく音符のエフェクトが纏われ、その低音の響き良い声がまた、マーリンの魔術を強化している。
「「「〔今我、神威を持って敵を討ち払わん〕」」」
《書記魔術》は、他の魔術系スキルで作られているアーツを擬似的に利用出来る。《輪唱》はスキルランクⅤで取得出来る魔術なので、彼の魔術の適用内だ。
つまり、これでマーリンの魔術の威力は格段に跳ね上がる。
「「「〔これぞ雷帝の怒り――猛れ《ボルティクス・レイン》!!〕」」」
呪文は完璧な状態で発動される。
――閃光と、遅れてやってくる雷鳴。
先ほどと同じ雷が何条も降り注ぎ、その身体を荊の如く串刺しにし続ける。絶叫は雷鳴の中に消え、もはやこちらには届かない。
味方を殺さず、然りとて敵の軍団を屠る。
本来は範囲魔術に重点を置いている彼女の魔術は、強化されていなかったとしても、その一撃で軍団を打ち払う。
彼女のその姿を、誰が呼び始めたか、人は『1人マップ兵器』と呼ぶ。
……本人はそう呼ばれて良い顔はしないのだが。
何はさておき、そんな彼女を中心に構成された魔術は、〈ベヒモス〉のHPバーの半分を消し去り、完全に一本目消失させた。
「……あぁ、しんど!」
力には代償が伴う。その功績の代償も、また大きいものだった。
MPを失った事により、擬似的な倦怠感が3人を襲った。
クリアリィとコウはあくまで補助だったせいか半分程度で済んでいるが、大元を司っているマーリンのMPは完全に無くなった。
キャラクターを鍛えている彼らのMPは膨大だが、その膨大なMPを消費しなければ相手を削りきれないというのは、敵もかなり強力だと言えるだろう。
アイテムボックスの中から取り出したMPポーションを煽りながら、〈ベヒモス〉を睨みつける。
多少焼け焦げてはいるが、その動きは健在だ。むしろようやく効果が大きいダメージを受けたからか、その動きはより力強くなっているような気さえする。
「ちょっと、本当にこれ勝てるの!? 私らのMPだって回復させるのには限度があるのよ!?」
MPポーションを飲んだところで、回復するのは全体の3分の1。あの魔術を何度も撃つ事を考えれば、持ってきたポーション類だけで回復させるのも限界がある。
そもそも、ポーションとて万能ではない。連続で飲もうとするとシステムに制限され、次のポーションを飲むのに数分待たされるのだ。
HPならば回復魔術の使い手などがいれば、それでも良いのだろう。ポーションをあくまで補助という扱いにすればいいのだ。
ところが、MPは回復魔術で回復出来ない。
戦闘から離脱して回復させるか、ポーションの制限時間を待たなければいけないのだ。
強力であるが故に、制限はあまりにも大きい。
しかも、クリアリィには全体支援の仕事もある。もう先ほどの完全な攻撃には、参加出来ないだろう。
「いや、これで大丈夫。そもそも、このまま魔術でごり押し出来るとは思っていないから」
そんなマーリンの不満そうな顔に、コウは笑顔を向けた。
情報そのものは少ないが、コウとて何も調べずにここにいるだけではない。興味本位とは言え、大規模人数用の〈ベヒモス〉情報も、触り程度は知っているつもりだ。
このまま何事も無く、魔術を連投出来るのであれば、4本目くらいまでのHPバーは、案外時間をかけずに削る事が出来るだろう。
……その最後の1本が問題だ。
〈ベヒモス〉は、変身する。
一定のダメージを受けると、命を永らえる為に表皮が変質し、攻撃がほとんど通らなくなる上に、暴走するのだ。
もはや自分の体が傷つくのを避ける必要性はなくなるのだから、それは当然でもあるのかもしれないが……その表皮の変質が問題だ。
魔術が一切効かなくなるのだ。
本当に、これを作った運営はバカなのかもしれないと思えるほど、魔術耐性が上がる。その所為で、最後の戦闘で魔術師は援護に回るしかない。
それでも、推奨人数に達しているグループで戦闘を行えば、勝てるだろう。何せ挑んでいる人数が違うのだから。
極少数で挑んでいる《嘲笑う鬼火》には辛い現実だ。
「――まぁ、そこら辺も考えていないわけではないんだけど、」
ウィンドウを開いて、通話を繋げる。しばらく鳴った呼び出し音の後に、通話が繋がり、明るい声を耳元で感じる。
「[はいはい、こちら貴方のマミさん! ご用件がある方は、数字の1を]」
「冗談を言っている場合じゃないぞ、マミ」
通話口の相手に、その冷静とも言える姿勢を崩される事もなく、コウは話し続ける。
「これから作戦を伝える……君ら向けの、ある意味非常に簡単な仕事だ」
「[ほうほう、そりゃあ有り難いね――で? 何をすれば良いんだい?]」
その言葉に、コウは人知れず笑みを浮かべる。
――それはまるで、敵を目の前に歓喜する狂戦士の笑み。
何せここまでワクワクする敵というのも、珍しいのだから。
「――広場に来る前に、あの怪物の四肢と鼻を壊してくれ」
――本来の〈ベヒモス〉戦であれば、この渓谷での戦いはいわば前哨戦のようなものだ。広場来るまでにそれなりにHPを削り、広場でトドメを刺すというのが普通だ。
特に大人数を駆り出さなければいけない最大難易度の〈ベヒモス〉を相手にするには、この渓谷は狭すぎる。せっかく集めた大軍が機能しないのは厳しいだろう。
もっとも、それはあくまで大軍の常道。人数の少ない自分達では、普通に戦っているだけでは勝てない。
ならばどうするか。
狭い渓谷の中で、〈ベヒモス〉を嵌め殺す。
これだけ狭い所為か、そういう風に作られているのか、〈ベヒモス〉の攻勢は思ったより低い。
ここであれば、防御や回避は容易な上に、逃げる心配もない。相手は反転出来ないほど巨大で、バックするなんて発想はないのだから。
その間に、四肢と鼻のHPを削り切り、部位破壊の恩恵を得る事によって、この場に釘付けにするのだ。
そうすれば、敵は達磨のようなもの。その場で動く事が出来ない、良い的だ。
「変身したところで、その状態であれば暴れる事も難しいだろう。幸い、部位に設定されているHPバーは1本ずつだしね」
「[それでも、結構な量だよぉ、1つ1つ潰していくのは、流石に時間もかかるしにゃ〜]」
「ああ、その心配はいらないよ」
難色の言葉に、コウは笑顔を浮かべる。
「最初から分散してもらうから」
「[……なんて?]」
「だから、最初から分散してもらう。人選は任せるけど、こっちからはネオとクリアリィを寄越す。
散発的な攻撃をすれば、タゲは取りづらいだろうし、尚且つ総時間的には早くHPを削れるだろう? 四肢を潰せば鼻は物理的に近くなるから、攻撃も当たるだろうし」
「[………………]」
事も無げにそう言うコウに、通話口のマミは絶句する。
簡単に言っているが、それは全員で1本ずつ潰すより、遥かに難しい事だ。
いくらメンバーが強いとはいえ、大型モンスター1体分のHPを消費するのには、相当な時間がかかる。人数が減れば尚更だ。
それを、あの広場に来る前に潰せと。
鬼畜な命令だと思えるだろう。
――しかし、コウにはそうは思えなかったのだ。
クリアリィの全体支援と、回復役にサマサがいるのだ。攻撃は上がり、ポーションを飲む時間は大幅に削減される。
何より数こそ少ないが、前衛に立つメンバーは、コウが考えられる中でも最高の戦力だ。
絶対にタゲを外さないだろうと断言できる壁役、ビッグマウンテン。
一撃が即死攻撃になり得るマミ。
爆弾などで表皮を砕けるイワトビ。
一点の攻撃力があるネオ。
彼女に付き従う高ランクのテイムモンスター、ウルっち。
《嘲笑う鬼火》最強の善良。
最速名高いトーマ。
そして潜在能力が高いブロッサム。
これらのメンバーが揃っているのだから、部位破壊を行うくらいは難しい事ではない、と。
「[……うん、考えは分からなくはないけど。
――流石《智脳》。酷い命令だよ]」
「その二つ名で僕を呼ばないで欲しいんだけどね……で? 出来るの? 出来ないの?」
片眼鏡を直しつつ言われたコウの言葉に、電話口の女性は、
「[――アハッ]」
楽しそうに。
心の底から楽しそうに。
「[――出来るに決まっているじゃないか]」
笑った。
◯
イワトビとネオが、左前脚。
善良とウルっちが、右前脚。
マミは一人で左後ろ脚を担当。
そして、トーマとブロッサムが右後ろ脚を担当する。
ビックマウンテンは出来るだけ正面に陣取り、鼻の攻撃を引き付け、全員にタゲが周らないように調整。その背後で、クリアリィが全体支援を、サマサが全体の回復を担当する。
その間、マーリンとコウはMPを上手く運用しながら、本体への攻撃を続ける。
タイムリミットは、本体のHPが3本消え、変身するまで。それまでに担当する脚を潰し、即座に鼻を潰しに行く。
それが成功しなければ――勝利は絶望的。
「――ッ」
〈ぶちぬき丸〉を握っている手に力を込めすぎて、嫌な痛みが手全体に広がる。
視界に入ったのは、あまりにも巨大過ぎる敵だった。動く山そのものであるそれは、今も自分に迫ってきている。
……怖い。
まさかここまでの敵だとは、ブロッサム自身思ってもいなかったのだ。
首が痛くなるほど大きい。
その眼光は鋭く、こちらへの殺気がありありと見える。
見たことも無い大魔術にも怯まない防御力は、城塞に等しい。
――勝てるのか?
自分で言い出した事なのに、心の中には不安と恐怖でいっぱいだ。
無知は蛮勇を生む。
どれほど強大な敵であっても、それを知らなければ戦う勇気も奮い起せるだろう。だが、その敵の真実を知ってしまえば……その勇気はあっさり挫ける。
それが分かっていても、周囲は誰も責めもしなければ、逃げる事を勧める人間もいなかった。
怖がるのは、当然だ。誰だってあんな巨大なモンスターを見れば多少なりとも怯むし、それが初心者であれば尚更。
同時に、逃げる事も許さない。知らなかったとはいえ、自分で言い出した事なのだ。遊びだろうと何だろうと、挑むならば逃げる事は許されない。
……だが、ブロッサムの心配は別の部分にあった。
――自分はちゃんと脚を引っ張らず出来るのだろうか。
どんなに取り繕っても、自分がこの中で1番弱い事は理解しているつもりだ。スキルランクも、装備も、ゲームの腕そのものも、誰よりも低い。
初心者なんだからしょうがない……なんて言い訳はしたくないが、実際その通り。
でも、せめて脚だけは引っ張りたくない。
皆の迷惑をかけるような行動は取りたくない。
慎重に、無難に。
ただ頭の中でそう反復していたブロッサムにかけられた言葉と声は、
「――おう、ブルブル震えてんな」
ひどくこの場に不似合いな、優しいものだった。
〈ベヒモス〉を見上げ、凝視しているブロッサムの横で、トーマが槍を振り、調子を確認しながら話しかける。
「震えてませんよ」
「いや、震えてるから。手、震えてっから」
「……そうだったとしても、逃げる事は出来ませんから」
「おう、分かってんな。その通りだ」
「……出来るだけ、脚を引っ張らないように、邪魔にならないようにしますから」
「……あぁ〜、そっちはちょっと違うな」
頭の上に、軽く手が乗り、髪の毛をかき回す。
たったそれだけの行動が、ブロッサムの不安と緊張を一緒にかき混ぜ、溶かしてくれるようだった。
「良いか、ブロッサム。
楽しめ。お前に求めてるのは、それだけだ」
――ああ、なんて優しい言葉なのだろう。思わず涙が流れそうになる。
「別に、役に立てとか、脚を引っ張るなとか、下手こくなとか、んな事じゃねぇ。
考えても見ろよ。『強大な敵』に『心強い仲間』と挑もうってんだぞ。こりゃ、まるでどっかの大作ゲームや長編小説でしかお見かけしないような状況だ。
……そん中に、お前はいる。大体の主人公なんかじゃない、“お前自身が”ここにいるんだ。楽しまないでどうするよ」
その言葉は、まるで砂漠に降る雨だ。緊張で乾ききった心を、優しく濡らしてくれる雨。
それと同時に、胸の奥底でドクンと、何かが跳ねる音がする。
これは――心臓だ。心臓が、これから起こる事に歓喜する。
「勝手も負けても、俺らが楽しめればそれでおしまい、オールオッケーだ。
何せこんなの無茶は久しぶりだしな――ああ、本当に楽しいわ」
周囲を見渡せば、全員が似たような顔つきをしている。
――好戦的な笑み。
勝てないとは思っていない……いいや、そもそも勝つとか負けるとか、そんなつまらない事を一切忘れている。
ただ、目の前の敵と戦うのが楽しい。
ただ、仲間と肩を並べて戦うのが楽しい。
その感情で染まり、不安も、絶望も、動揺も、恐怖も、どこかに消え去っている。
「それにまぁ、コウさんが勝てると言ったんだ、勝てなくはないんだろうさ。
お前の持ち味は、根性と、土壇場での意外性だ。そこを捨てて勝てる相手じゃない。だから、
――思いっきり、暴れろ」
「――はいッ!!」
戦鎚を振るう。周囲に砂塵が舞い上がる。
すでに視線は、自分が潰すべき敵の四肢。
すでに目の奥に恐怖はなく、むしろ熱い闘志が灯る。
「――ぶっ潰してやりましょう!!」
臆病な少女の姿を消し去り、
1人の戦士が立っていた。
次回の投稿は11月24日の0時に行います。
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