15 戦いの鏃
大きな唸りを上げて、足が落とされる。
単なる踏みつけと侮ってはいけない。その巨大な前脚で放たれるそれは、簡単な丘くらい更地に変える威力を持っているように見える。
実際、防御力の低いイワトビや、防具などつけていないウルっちにとっては、一撃でHPを全損してしまうほどの威力を持っている。
……もっとも、その攻撃は決して速いわけではない。
「はいバックオーライ!」
『ウォウ!』
イワトビの合図と共に、ウルっちと彼は威力圏外に逃げる。数泊遅れて、ちょっとした岩石の如き足は大きな地鳴りを伴って、先程まで2人(1人と1匹)がいた場所に着地した。
大きな威力を伴っていたところで、当たらなければ意味がない。
速度や回避力に重点を置いているイワトビと、速さに重点を置いて作られているウルっちでは、その攻撃は当たるはずもないのだ。
「ふぅ……でけぇ〜」
見上げながら、イワトビは改めて、ロールプレイを忘れて零す。
1人のプレイヤーがどうこう出来るレベルのサイズ感ではない。見ただけ、退治しただけでも絶望感が大きすぎる。
データ的な意味でも、視覚的な意味でも、このモンスターはヤバい。
あまりにも、無理ゲーだ。運営何考えてんだ、とイワトビは内心で文句をたれる。
……そんな風に思いながらも、アイテムボックスを開いて罠を張り、時々挑発系スキルを使っている所は流石だ。
「ウルっち殿も、めげないでござるなぁ」
果敢にも〈ベヒモス〉の足に挑んでいく〈高魔狼〉のウルっちを、視界の端に捉える。
『ッ、――『ウォオォオオォオォォオオォォ!!』』
咆哮と共に発生する衝撃波が、〈ベヒモス〉の足にぶつかる。
〈高魔狼〉の攻撃には、物理的なものと魔術的なものが存在する。
爪や牙、あるいは体当たりで直接攻撃したりするだけではなく、その咆哮や、時に発せられる風の弾丸を武器に使う、優秀なモンスターだ。
攻撃力も高く、モンスターにもよるが、先ほどの一撃などノックバックと共にHPの2割を消失させる威力を持っている……はずだった。
その攻撃は結局、〈ベヒモス〉の表面を軽く削り、足のHPを少々減らした程度にしか効果はない。
破格だが、やはりバフが乗っているプレイヤーの攻撃に比べれば、見劣りしてしまうのは仕方がない。
それでもウルっちは怯む事なく、果敢に攻め入っているのは、テイムモンスターといえど賞賛に値するだろう。
プレイヤーであるイワトビなど、ちょっと心が折れかけているのに。
「まぁ、しょうがないでござる……拙者のお気にの罠、せいぜい足を遅らせる程度でしかないでござるし」
爆弾をいくら投げようと、いくら凶悪な罠を張ろうとHPに劇的な変化はなく、状態異常はその大きな体故なのか即座に回復される。
彼の言葉の通り、ほんの数分、下手をすれば数10秒時間を稼ぐ程度にしかならない。想定していた大きさを超えているのだから、罠とて効果がない物ばかりだ。
――だが、それで良い。
自分達は、主力部隊が来るまでの足止め担当である。
倒せないのは分かっているし、倒せないのはしょうがない……なら、自分の役目を全うする事こそ、この場で1番重要だった。
「それに、今のメイン火力は明らかに、」
その言葉の途中で、幾本もの光が、イワトビの頭上を飛ぶ。
エフェクトを発生させて飛翔するその“矢”は、重ね掛けされている所為で、もはやSF映画に登場するような光線と化している。
それが〈ベヒモス〉の目にクリティカルのエフェクトを発生させながら着弾し――瞬間、炸裂する。
爆裂石という、衝撃を加えると爆発する石を鏃に使用した〈爆裂矢〉の影響だろう。
『パモ゛オォオオォオォオォォオオォ!!!!』
奇怪な絶叫が、渓谷中に響き渡る。大きな体であっても、弱点を突かれればその激痛は計り知れないのだろう。
目に刺さった棘が炸裂するなんて、人間であっても想定しているものではないのだから。
「……やっぱり、ネオ殿でござろうなぁ」
挑発系スキルを使用し、ネオにタゲがいかないように調整しながら、ほんの少しだけイワトビの言葉に、悔しさのようなものが混じっていた。
矢は飛翔する。
その効果を発揮するのも待たず、何度も何度も番え、射続けるその姿は、まるでそのような機構で作られた物であるかのように、一切のぶれる事もなく、一切遠慮される事もない。
その大きさに反して何1000……いや、下手をすれば万にも届く程の矢を保管している矢筒の中から、軽い手つきで使用する矢を選択し、弓に番える。
その間、ネオの心は無心そのものだった。
普段の笑顔や人懐っこさ、そして明るさなどは、見る影もない。
鋭い眼光は、もはや狙いを定めている場所を離れようともせず、姿勢には一本の芯があるかのように歪みない。
――かつて、インド神話に登場するアルジュナは、師に問われた時、『鳥しか見えません』と答えたという。
彼女の姿は、まさにその体現と言えるだろう。
現実でも使用出来るから、と選んだスキルがその実、彼女の才能にピッタリとはまったのだ。
『パモ゛オオォオオォオオオォオオォ!!!!』
絶叫と同時に、長い鼻が、ネオにダメージを与える効果範囲ギリギリのところを掠め、隣の岩を破壊した。
ネオを狙った訳ではない。痛みでのたうち回っているだけの、偶然が引き起こしたもの。仮に当たらないと分かっていても、恐怖し、脊髄反射的に避けてしまいそうになるものだ。
――それでも、ネオは避けようとしない。
少しも体を震わせず、いいや、そもそもそんな攻撃がやってきた事など気付かない(・・・・・)と言わんばかりに、視線すら彷徨わせる事はない。
「――《アロー・レイン》!」
特定の矢を選び、放つ。
先ほどの〈爆裂矢〉とは違う色合いの羽根を持つそれは、空中を切り裂く音を鳴らしながら、〈ベヒモス〉の体に飛来し――空中で分裂した。
《弓術》スキルの基本的なアーツに分類される範囲攻撃は、彼女の高いスキルランクも相まって、何100本とその量を変え、威力も効果範囲も拡大していた。
名の通り、それは矢の雨。
降り注ぐそれを振り払う術を持たない〈ベヒモス〉の体表に次々と矢が生え、一本数ドットという少量ではあるものの、HPを削る。
それだけでも、ただ一本の弓としては脅威的な威力と言えるだろう。
このゲームでのスキル《弓術》は、威力が重要視されているスキルではない。
属性攻撃《貫通》の威力としては《銃術》に勝てず。小回りやどんな物でも投げられる利便性では《投擲》スキルには届かない。
ならば、何が利点か。
『攻撃速度』と『アーツの再使用の速さ』である。
《弓術》はスキルランクを上げていけば、現実のマシンガンにも負けないレベルの速度で連射する事が出来る。アーツのクールタイムは、最短で数秒というものも多い。
速さ。
トーマが10秒で何十回と槍を振るう間に、ネオはモンスターを矢で作られた剣山に変える事が出来るのだから、その速度は比類なきものだ。
「――――――」
彼女は何も言わず、時には呼吸すら忘れて矢を射る。
自分の取り柄はこれだけだと、いいや、自分はこれでこそ最強だと自負するように、怯まず、真っ直ぐに矢を射続ける。
リアルでの彼女を知っていれば、それは当然と言えるだろう。
普段は快活で、ともすれば明る過ぎるくらいの彼女は、弓を持つだけでそのスイッチを切り替えてしまう。
それは仮想現実でのロールプレイではなく、現実でもそうだというだけの話だ。
彼女の最初から持ち合わせている素養なのだ。
――しかし、限界は存在する。
威力はそう高くはなく、それは防御を抜けるものではない。
いくつか視覚を潰したところで〈ベヒモス〉の猛進は止まらず……そして、いくらイワトビが挑発系スキルを使用していたとしても、そのターゲッティングにも限界があるという事を。
『パ――モオオォオオォオ!!』
咆哮とともに、長い鼻がネオに迫る。今度こそ偶然ではない、ネオを狙った、意図的な攻撃。
剛風と共に迫る鼻を、彼女は避けようともしない。気付いていないのか、あるいは気付いていても動けなのか。
どちらにしろ、狙って放つ事に重点を置いている彼女の構成では、とても避けようがない速度で、防ぎきれようもない威力。
だから、彼女はそのまま圧殺される――かに、思われた。
「――〔かの身を守る、魔力の盾よ、ここに在れ! 《シールド・ヴェール》!!〕」
半透明の膜のようなシールドが、ネオを包む。
轟音。小さな丘を平地にならし、山を穿つ威力が、そんな音と共にネオと衝突する。
……土煙が晴れれば、そこには無傷のネオが立っていた。半透明の膜が彼女の身を守り、物理攻撃を無効化したのだ。
魔術師プレイヤーにとっては、基本の魔術。物理攻撃を防ぐ《シールド・ヴェール》は、事前呪文の追加により強化され、たった一撃ではあるものの、その攻撃を防ぎきったのだ。
「――お待たせ、ネオ。怪我はしていないでしょうね」
その魔術を放った女性、マーリンの言葉に、ネオは言葉もなく頷く。
戦っている最中は、意思疎通などそれで十分なのだ。
「そ、良かった。じゃあ、悪いんだけど離れていてくれるかしら」
杖を振るい、敵――〈ベヒモス〉にその切っ先を向ける。
「ここからは、私達のターンだから」
後ろにクリアリィとコウを控えさせ、そう宣言した。
――魔術を強化する方法はいくつか存在する。
魔術師プレイヤーが必須とされるアイテムやアクセサリー、杖などの装備を強化していくという簡単なものもそうだが、1番重要なのは【詠唱】というシステムだろう。
保存アーツや一言技名を叫ぶだけで発動する魔術は、発動速度がはやく連射が効く反面、威力は大きく損なわれる。
そんな魔術が、その魔術に適応する文言を盛り込んだ【詠唱】を唱える事によって、魔術は上手くすれば2倍、3倍の威力を発揮するようになるのだ。
もっとも、その問題は大きい。
長くすれば長くするほど発動に時間がかかるのも当然だが、何よりその文言は長ったらしく、覚えるのが困難なのだ。
ある程度その魔術に関係する文言が入っていれば、どんな魔術も発動するが、その場で即興で言葉を作れる人間は稀だ。
故に魔術師プレイヤーは、使用頻度の高い物を保存アーツに保存し、長大な魔術は本などのカンペを持って使う。
本などは、ページなどをシステムでマーカーしておけば、索引で1発で引き当てられるのだから、簡易の保存アーツ枠だと言っても間違ってはいないだろう。
杖と本を持ち戦う姿。これが【ファンタジア・ゲート】では一般的な魔術師の姿だ。
――例外はどこにでも存在する。
「〔――雨纏し雲よ起これ、今からここに雷霆を呼ぼう〕」
マーリンは本を持たず、杖一本だけで着弾点を指定しながら、スラスラと呪文詠唱を始める。その流暢な流れは、いまこの場で即興で作っているとは思えないほど淀みなく、迷いもない。
……それもそうだろう。彼女は即興で呪文を作っているわけではない。
ただ頭の中で作ってあるものを、そのまま暗唱しているだけだ。
マーリンは、昔から暗記が得意だった。
一度読めばどんな内容も頭の中に留めておく事ができるし、自分で作ったものだって一度ノートに書いてしまえば覚えられる。
それはあまりにも行き過ぎた、一種の特殊技能と言っても差支えがない程のものだった。
「〔太陽を隠し、水気を呼び起こし、天の雷はかの敵に振るわれる〕」
……もっとも、現実で役立つ事など滅多にない。
学生時代は勉学に困る事はなかったものの、社会人になってしまえば、役に立つとは思っても、それでなにか出来た事はない。
むしろ、覚えている事で不利益を買った部分もあるのだから、差し引きは0だと言っても、間違ってはいないだろう。
「〔――その雷を持って、我が敵を打ち払え〕」
――でも、この世界ならば、この【ファンタジア・ゲート】の魔術師としてならば、その能力も十全に働く。
本をめくっている間に敵に攻撃される事はない。覚えている事を言えば、そのまま力は振るわれる。
マーリンにとって、この場はもっとも自分を活かせる場所だった。
「〔――《ライトニング・ストライク》!!!!」
最後に魔術名を唱える事で、呪文は完成する。
天上から降り注ぐのは、一条の雷。
天の神が振るう槍のごときそれは、激しい放電音と衝撃音を同時に伴って、〈ベヒモス〉の体の芯を撃ち貫いた。
『パモ゛オォオォオォオオォオオ!?』
1番大きな絶叫が、渓谷いっぱいに響き渡る。
イワトビの罠も、ウルっちの咆哮も、ネオの弓も決してダメージを与えなかったわけではないが、それは文字通り巨象に蟻が挑むような、そんなレベルでの話だ。
今撃ち抜いたそれは、巨象すら打ち抜ける、鋼の弾丸よりもなお強力な一撃だ。
それに絶叫を上げぬはずはない。
……ただ、
「……ちょっと、本当に電撃属性って彼奴に効くの!? 全然HP減ってないんですけど!?」
マーリンの声には、ちょっとした悲壮感すら伴っている。
雷を発動させる文言が3つ、それを強化する為の文言が4つ。
計7つのワードで構成された呪文で生み出された魔術は、MPを半分近く消費するというデメリットは存在するが、一撃で大型モンスターを屠れる一撃だ。
それでも減ったHPは、1つのバーの10分の1程度。
全く効果がないとは言えないが、それでも簡単に倒せるモンスターではない事が、ここに証明された。
「魔術への耐性が思った以上に高いね……こりゃ、正直僕らも全員でかからないといけないねぇ」
「えぇ〜……私、皆に支援用の歌披露しなきゃいけないのに……」
コウは笑いながら、クリアリィはどこか面倒臭そうに、自分達も準備を始める。
クリアリィはいつも通り、マイクスタンドのような杖を――そしてコウは、一冊の本を取り出していた。
デザインは地味であるものの、その重厚さと古めかしさは、一種の威圧感さえ感じさせる、魔道書らしい本だった。
――ここからが、《嘲笑う鬼火》の魔術師陣営の、真の実力の始まりだった。
次回の投稿は11月23日の20時に行います。
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