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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
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「このお馬鹿!」

「何考えているんですか!?」

「何こんな時に茶目っ気出してんだ馬鹿ギルマス!」

「阿呆! 最高の阿呆じゃ!」

「アンタどうしてこう、冷静に考えるって事が出来ないのよ!」

「……マミ、これは僕も擁護できない」

「全く同意見ですな」

「………………愚か」

『あぁ〜、やっぱそうっスか〜、なんかそういう気がしてた〜……誰か〜、私とイワトビ君の分まで蹴り入れといてくださいっス〜』


「え? え? え!?」


 状況が理解出来ていないブロッサムと、傍観者に徹しているコウ、善良、ビックマウンテン以外の人間が、マミを取り囲んで糾弾する。

 時々、ヨヨヨと言いながら泣くフリをしているマミを足蹴にしているが、今回は流石に誰も咎めようとしない。


「だってだって、皆だって普通の難易度じゃ楽しめないだろうなぁ〜って思ったからさぁ! ほら、スリリングさがあった方がテンション上がるじゃん!」

「スリリング過ぎるだろう! 何が悲しくって、こんな勝算が0に近い戦いをしなきゃならないんだ!」


 普段は冷静でいるコウも、今回ばかりは怒り心頭だ。

 単純に戦うだけなら大いに結構だが、10倍の戦力で倒すことを前提にされたモンスターを、まともに相手に出来るはずもない。

 相変わらずボコボコにされているマミを放置し、コウは次の行動に移る。


「チッ、しょうがない、逃げ切れるか分からないが、可能性にかけるか」


 こちらはまだ遭遇すらしていていない。イベント用モンスターにこの方法が取れるかは分からないが、攻撃も発見もされずにとっとと逃げる以外に選択肢がないのだ。

 まだ戦闘行為を行なっていないならば、まだ間に合うかもしれない。逃げる事を想定していなかったせいで、そのような部分は情報不足と言わざるを得ないが、今はそんな事を嘆いている暇はない。

 無駄死にするのは、ゲームであってもいいわけがない。

 まず、荷車などの大きなものは放置で良いだろう。壊される可能性もあったので、高級なものを使っていないのが幸いした。

 荷物は……高価なアイテム以外は放置し、高価なものはアイテムボックスに入れて軽くする。そうすれば普通の馬でもとっとと戦闘区域から離脱出来るかもしれない。

 不幸中の幸いと言えば良いのか〈ベヒモス〉はその圧倒的な巨体の所為で、動きが鈍重だ。本来ならば今の会話の間にやってきそうなものだが、未だに震動だけでこちらには姿を見せていない。

 今逃げれば、まだ間に合う


「ネオ、イワトビと撤退の準備を! このまま全力で逃げるぞ」

『……あ〜、それはちょっと、無理そうっスねぇ』


 どうしてだ、とコウが聞き返した瞬間、

 ――〈ベヒモス〉の足音とは別種の振動が、響き渡った。それと同時に、チューバなどの重低音の管楽器が、同時に吹かれたような暴音が、渓谷中に木霊した。

 誰が確認しなくても分かる。

 これは苦悶の咆哮だと。


『……と、このように、今イワトビ君が張った罠が作動したっス〜、数ドット程度ではありますけど、ダメージ思いっきり入ってるっスねぇ〜』

「――もっと早く言えよ!!」


 思わず絶叫する。

 やっている事が全て裏目に出ているのだから、もはや何をどうすれば良いのかも分からない状況だ。

もはや、逃げる事すら叶わないだろう。

 通常のフィールドならば、相手が追いかけてくる距離は限定されるので、逃げ切る事は可能だったかもしれない。

 既にここはイベント用のフィールドに作り変えられている。他のプレイヤーが入る事が出来ないようにされているそこは、《嘲笑う鬼火》全メンバーも、出る事が出来ないのと同義だった。


「――えっと、状況がよく分からないんですが、」


 阿鼻叫喚の状況で、1番新人であるブロッサムが口を開く。


「とにかく、めちゃくちゃ強い敵が来ていて、倒せない確率の方が高くて、逃げるのも難しい……んですよね?」

「……その通りだよ。そこの馬鹿の所為でね」


 皆に罵倒され、蹴りまで入れられて寝転がっているマミを指差すと、ブロッサムは小さく頷いた。


「つまり、もう結構ヤバい状況ですか?」

「ヤバいね。そりゃあ、諦めて死に戻りでもすれば良いのかもしれないけど、アイテムはさておき、熟練値を奪われるのは痛いかなぁ」


 モンスターやエネミーなどのMOBに倒されれば、アイテムをランダムで喪失するだけではなく、スキル熟練値を10%ほど消失する。

 中堅などの、まだ必要熟練値が大きくないが、上位プレイヤーのカンスト間近な熟練値を失うのは痛い。リカバリーには、それこそ多くの時間を必要とするだろう。

 死ねなくはないが、死にたくはない。

 それが本音だろう。だが、それ以外に選択肢がないのもまた事実だ。


「……あの、これは私が無知だから言える事なのかもしれませんけど、」


 ブロッサムの言葉は続く。

 自信がなさそうな言葉とは裏腹に、視線は妙に真っ直ぐに、コウを捉えて離さない。


「――絶対に、勝てませんか?」


 たったそれだけの言葉で、ブロッサムが何を言いたいのか分かる。

 ようは、難易度がそれほど高いのか、絶対に不可能なほどなのか、と彼女は聞きたいのだろう。しばらく逡巡すると、コウは眼鏡を直しながら言う。


「……『絶対』ではないね」


 総勢12人、データ的には中級プレイヤーに分類されるブロッサムと、戦闘はからっきしの仁王を差し引いても10人の上位プレイヤーが揃っている。

 しかも、誰も彼もその筋では一流のプレイヤーばかり。直接的な戦闘能力がない人間もいるが、綿密な組み合わせを行えば、相乗効果も合わさって、単純に10人だけだとは言い切れない。

 もしかしたら、10倍の戦力差を跳ね除けられるかもしれない。

 それでも、今持っているアイテムも全部注ぎ込んで、ようやく“かも”とつけられる程度の、低い可能性にしかならない。

 何せ、相手は100人のプレイヤーを相手にする事を考えて生み出されたモンスター。

 HPを削るにしても、そのような相乗効果などを最初から織り込み積み。それの防御力を突破するには、相応の労力が要るし、その為の資材も何もかも、今は足りていない。

 だが、絶対ではない。あれもモンスター。倒される事を前提としている。

 ――絶対に倒せないモンスターなど、いないのだ。


「僕らの持っているリソースを全部使い切って、可能性を上げる事は出来る……でも、それも限界がある。今の情報だけで考えると……勝率は1割にも届かないよ」


 勝率1割。

 情報を集め、安全に戦いを進めるのが当たり前のこの世界ゲームでは、滅多に見られない、最低の勝率かもしれない。


「……それは、私も含まれた上での勝率ですか?」


 戦鎚を握っている手の力が強まったのを知らせるように、ギリッと、彼女の手元から音がする。


「……いいや、含まれていない。気を悪くして欲しくないんだが、君が入った所で、1分上がるくらいだね。」


 いくらスキルランクが上がっているとは言え、初心者である事実は変わらない。

 彼女が奮戦しても、1分……パーセンテージに置き換えれば、1%しか上昇しないのは、事実だった。

 勿論、土壇場で彼女の才能が炸裂してくれるなら、もう少し色をつけても……だが、そんな不確かなものに数値を割り振る事は出来ない。

 冷たいが、しょうがない話だ。

 この場合、マミが全面的に悪いのだ。ブロッサムが悪いなんて話ではないし、コウもただ事実を述べているに過ぎない。

 ――それでも更に、ブロッサムの手に力が入る。


「……あの、こんな役立たずな立場で、こんな事を言うのは、あまりにおかしい話なんですが、」


 ネガティブな言葉に、トーマやクリアリィなどの、言わば人が良い部類の人間が口を開くが、それをコウが手を上げて制止する。

 ――聞いてみたいのだ、彼女の口から。


「――ここで黙って、何もしないと言うなら、私は嫌です」


 瞳は真っ直ぐだが、そこには誰にも向けられていない。

 当然だ、彼女は誰に怒っているわけではないのだから。

 ただ、『勝てない』、そう断定された事実に、彼女の心が奮起しているだけなのだ。たとえそれが事実で、ブロッサム程度が頑張ってもひっくり返す事が難しい状況だったとしても……。


「私も、出来る事は何でもします。勝つ為に必要であれば、どんな事でもします」


 上位プレイヤーであっても混乱する状況で、ブロッサムは妙に冷静だった。

 単に、脅威をうまく理解出来ていないだけかもしれない。

 このような大型の敵に当たったことがなく、まだ自分の頭の中で本当の大変さを理解出来ていないからかもしれない。




「――でも私、負けたくありません」




 ――だが、彼女の言葉は真実そのものだ。

 コンテニュー出来る、また次がある、苦労なんかしていない。だから、ゲームをしている奴は軟弱で、簡単に物事を諦める。

 コンピューターゲームと呼ばれる遊具が生まれてから、散々言われた言葉であり、ゲームというものが当たり前になっている現代ですら、そういう事を言う人間はいる。

 彼らこそ、その本質を理解出来ていない。

 ――ゲーマーという人種は、この世界のどんな人種より、頑固で負けず嫌いだという事を。

 ブロッサムの言葉で、全員の視線が変わる。常に第三者に立って物事を考えるコウでさえ、その瞳に熱を宿す。

 たった一言。

 本当にまずい状況だと理解出来ない少女のたった一言……それは、あまりにも呆気なく、唐突に、状況と、その場にいる全員の心境を変えた。


「……ああ、そうだね。負けたくないね」


 それだけ言うと、コウはすっと視線を正し、この場にいる全員に、通話の向こうにいるイワトビとネオにさえ届くように、声を張り上げる。


「初心者にこう言われて、奮起しないなんて、《嘲笑う鬼火》の名折れだ。

 ――足掻くぞ!」


 ――全員が大声を上げる。

 単なる叫び声だったり、意気込みであったり、気合いを入れる掛け声だったり、統一感はない。

 しかし、それに込められた思いは同じ。

 勝つぞ。全力でやり切るぞ。

 そんなやる気に満ちた言葉だった。


「――ね? 上手くいったでしょ?」


 いつの間にか起き上がっていたマミが、コウの隣でそう言う。

 初めからこうなるだろうな、と予想していたかのような笑みだ。


「……とにかく、お前はこれ終わったら説教と仕置きが待ってるからな」

「なんでー!?」


 どこか余裕綽々な婚約者の笑顔に、軽い苛立ちを覚えたのを隠さないくらいには、コウも怒っていた。







「――聞こえたっスか?」

「……聞きたくなかったでござるけどな」


 イワトビとネオはそうお互いに見合わせてから、もう一度ソレを見上げる。

 ――巨大、などと言う言葉が陳腐に見えるほど、〈ベヒモス〉は大きかった。

 太古の時代に生きていたとされるマンモスと、猪を足して二で割った相貌は、いわば自由に動く山だ。

 こちらが飛び上がってしまうほどの威力を持って動いている足は、現実の重機を鼻で笑ってしまえる程力強く、強い。悪路だった道は、あっという間に整地されていくだろう。

 見つからないように、2人は崖の上に攀じ登れる場所を発見し、何とか崖の上に立っているわけだが、既に地上を遥か下に眺める程度の位置なのに、〈ベヒモス〉の全体像を把握する事は出来ない。

 地を舐める事が出来るほど長く、大樹の幹のように太い鼻。4本の鋭く長い牙。顔を見る為だけに、首を痛めそうなほど高い位置に、怒りに染まった4つの目が爛々と輝いている。


「今、タゲ取れるビックさんと、魔術師三人衆がこっちに先行、他の面々もこっちに向かってるっス。私らは、その間の足止めと、チョイチョイHPを削ってくれれば儲けもん、だそうで」

「と、言われましても……拙者、殺す勢いで罠仕掛けたのに、止まりもしないでござる」


 足元に広がる亀裂を覗くと、今も〈ベヒモス〉の足元で、線香花火のような光がチカチカと煌めき続けている。

 正体は全て、爆薬を使ったイワトビ謹製のトラップだった。

 その一撃だけでも中型モンスターを絡めとり、じっくり殺せるレベルの罠を、イワトビは嬉々として用意したのだが、本物の〝山〟にはとてもではないが勝ちそうにない。

 足は止められるどころか、むしろ最初の一撃以降は悲鳴すらあげず、蹂躙し続け、着実にあの広場に近づいている。


「まぁ、決まっちゃったもんはしょうがないし、イワトビ君も死にたくないっスよね?

 私はいつも通り遠距離に徹するんで、イワトビ君はウルっちと一緒に、アレのタゲ取っといて欲しいっス」


 ネオの言葉に、忠実なる魔狼は即座に従った。

 イワトビの横に付き従うように立ち、自分の何100倍もの大きさを持った巨獣に毛を逆立て、牙を打ち鳴らし、威嚇の唸り声を上げている。

 その姿と、今の方針に、イワトビの心が沸き立たない筈がなかった。


「――まぁ、久し振りに本気でやれる敵ってのも、案外悪くないでござるからな」


 それだけ言うと、イワトビは跳びはねるように崖を降りていき、ウルっちはそれに付き従った。

 猿か、丘陵を生きる山羊のような軽快な後ろ姿を見てから、ネオは弓を肩から外す。

 ――たったそれだけの行動で、スイッチは呆気なく切り替わった。

 普段人懐っこい笑みを浮かべているその顔は、幾千もの戦いを行ってきた優秀な戦士のそれになり、その双眸はもはや獲物に狙いを定めた猛禽類のように鋭い。


「――さぁて、まずは何個か目を潰しますか」


 事も無げに呟いた独り言は、出来ないとは欠片も考えていない、力を持った言葉だった。







次回の投稿は11月23日の0時に行います。

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