13 絶望の戦い(うっかり☆)
旅程はつつがなく進行していた。
出会うモンスターは、軒並みその難易度的に《嘲笑う鬼火》に敵うものではない。
剣が、刀が、弓が、魔法が、全裸がそれらを簡単に打ちはらう。道中、パーティープレイの練習がてら一緒に戦う事が多くなったブロッサムは、ひしひしとその強さの違いを感じていた。
自分が数十回叩いて何とか倒せるものを、彼らは一撃で屠っていくのだ。その違いは、目に見えて大きい。
それでもブロッサムが嫌な気分にならなかったのは、生来の負けず嫌いのおかげだろう。
追いつきたい。
ただその一心で戦鎚を振るい、時に相手の攻撃を惹きつけ、弾く。
いくら上位プレイヤーに守られているとはいえ、その戦闘はブロッサムにとって過酷だったし、全員がそう思いつつも、敢えて彼女を矢面に立たせた。
実際に戦ってみなければ、腕は上がらないからだ。
……が、正直、それを指示したコウも想像出来なかった。
(本当に、逸材だな)
ブロッサムの背中を眺めながら、心の中で感嘆の声を漏らす。
正直、トーマやマミの言葉は、話半分という程度にしか飲み込んでいなかった。前者は情のようなものが混じって冷静な判断ではないだろうし、後者は適当な事を言うことが多いからだ。
彼女がギルドに入る経緯になったPvPも、確かに凄い事だったが、起こり得ないことではない。ビギナーズラックの可能性は否定出来なかったのだ。
初めての長期移動と、慣れないパーティープレイの中でもへこたれない彼女を見ていれば、その曖昧な評価もより明確になっていく。
……これは確かに、化けるかもしれない。
「どう、ブロッサムちゃん、良いでしょ」
先頭からいつの間にか隣に移動してきたマミに、コウは頷く。
「ああ、そうだね、正直ここまで使えるとは思っていなかったよ」
1プレイヤーであるコウではなく、リアルで人を扱う事に慣れている“軍師”であるコウの言葉は、少し相手を突き放したような言い回しだった。
情がない訳ではないが、評価を与える側に立つと、どうしても壁を一枚作ってしまう所が彼の悪い部分ではある。
だから、一言多い。
「でも、まだちょっと見定め切れない部分はあるかな。
僕らは結構無茶する場合が多い。
おそらく勝てないだろうと思われるモンスターやプレイヤーに挑む状況ってのが、意外とあるからね。そういう相手に対して、今と同じように戦えるのかは、気になるところかな」
PKプレイヤーや、《銀鎧騎士団》の中堅魔術師など、まだ脅威としては低い。しかもどちらも、助けてくれる誰かの存在があった。
1人ではどしようもない……いいや、仲間がいても無理だと思えるほどのモンスターやエネミー、トッププレイヤー。そういう敵と会った事は、まだない。
ゲームなんだからリセットボタンを押せば良い、なんて簡単な話じゃないのだ。一度負ければ取り返しがつかない事もある。
《嘲笑う鬼火》はトップギルドとは言い切れないお祭りギルドだが、多くの功績を挙げ、時に危険なイベントや仕事を行う場合も多い。もしも重要な状況でおかしい事になったら、困るのだ。
強大な敵に、臆さず戦えるのか。仲間を見捨てずにいられるのか。冷静な判断が出来るのか。そのような状況にまだ置かれていないブロッサムの行動は、未知数だ。
「むぅ、逃げたりするような事はないと思うけどえ。彼女、責任感はあるみたいだし、何より彼女の根性や勇気を、見ていない訳じゃないでしょ?」
「平時と緊急時では、性格が変わるのは珍しい事じゃないからね。それに、僕が言っているのは、今までにない状況だ。ここまでの評価とは別だよ」
仲間の事を軽んじる言葉に、心外だと眉を顰めるマミ。
仲間の事であっても妥協せず、一種冷徹に言うコウ。
この両者がいるからこそ《嘲笑う鬼火》は曲がりなりにも上位ギルドとして立っていられるのだ。どちらが欠けても、このギルドは纏まらない。
マミだけれあれば、空中分解。
コウだけであれば、もっと堅苦しいギルドになっていたかもしれない。
彼らのおかげで、天秤が不均衡にならないと言えばいいだろう。もっとも、こうして口論のようになる事も、珍しくはないのだが。
「まぁ、どちらにしろ見捨てる訳じゃないし、どちらにしろそういう部分を見るのは、まだ先の話だろう。焦らず、ゆっくり見ていければ良いし、彼女を悪く言うつもりはないよ」
そう言って、コウはこの話を完全に打ち切った。
こんな所で喧嘩をしても意味がない話だ。言葉の通りでもあるし、何より無理に話をすればマミが暴走するのを分かっているので、敢えてここで止めたのだ。
知り合って9年、交際を始めて5年近く。マミのそういう性格を、コウはよく理解していた。
……だが、
「……ん〜、勇気を試す、かぁ」
彼にも予想が付かない所があるからこそ、プレイヤー、侍ガール☆マミは侮れないのだ。
◯
「――ここが、戦う場所、ですか?」
縦に割った蟻の巣のような渓谷を歩いていると、辿り着いたのは、その中でもぽかんと空いた大きな広場のような場所だった。
荒野だからか、チラチラと雑草が生えているばかりで、他のものは何もない、がらんとした場所だった。
「ここは、ようは最終的に〈ベヒモス〉がやってくる場所なんだよ」
「そっか、最後はここに来るんですね……フレーバーとはいえ、ちょっと可哀想ですけど」
ベヒモスは大群で移動する。この渓谷をではなく、少し離れた平原をだ。
何を思っているのか、時々群れを離れ、ここに迷い込んでしまう個体が存在する。
大きな群れを攻めるのは難しいが、1体だけならばそれほど難しくはない、だから先住民はこの方法で〈ベヒモス〉を狩り、開拓者もその方法を真似ている。
というのが、設定だ。
ようは迷子になってしまった〈ベヒモス〉を殺して食べるという……これだけ聞くと非常に残酷に見えるが、狩猟方法としては間違っていない。
「あはは、ブロッサムちゃんも、だいぶこの世界に慣れてきたんだね、良い意味で」
「?」
コウの言葉に首をかしげると、コウは満足げに微笑んだ。
「データだから、所詮ゲームだからなんて言わず、設定を理解しつつ、しっかりこの世界を楽しむ……これが、VRゲームの正しい遊び方さ」
《嘲笑う鬼火》の決まりと一緒で、この世界を楽しむ最良の方法。この世界を実際にある場所だと、自分に思い込ませる事。
VRゲームに慣れていないブロッサムだからこそ、飲み込みが早かったのだろう
「さて、楽しんでいる所悪いけど、そろそろ戦闘準備に入るよ〜。皆、事前に指示した通りに動いてくれよ」
コウの言葉に、皆が思い思いの返事をしながら散開する。
イワトビやネオは、主装備を準備し、皆とは違い、ベヒモスが進行して来る道に先行する。
彼らがまず最初に威力偵察を行い、その姿やHPの数値をコウに報告するのだそうだ。同時に来るまでに、イワトビが大量の罠と爆薬を使って、ここに来る前にダメージを稼ぐ。
他のメンツは、当然戦いに備える。ポーション類を補充し、自分の武器を調整し、意識を戦闘のそれに切り替える。
こういうものも、イワトビやネオが立っている威力偵察を同じく、重要なものなんだと、コウに教えられた。
その中でも、仁王は別個の役割を持っている。
戦闘能力という観点では《嘲笑う鬼火》最弱の彼は、鞄などの荷物や戦闘に使用しないアイテムを一括管理し、攻撃されないように大人しくしているのだ。
戦えないとはいえ、これも任務。他のメンバーも別に彼を責めるような様子はないし、仁王自身もそれが当然と言わんばかりだ。
……話によれば、そもそもそういう役割を持っているプレイヤーがいるのだという。
主に測量士がその役を負う場合が多いのだが、ようは長旅でアイテムボックスを圧迫させないように、荷物持ちを買って出る人材が必要なのだ。
初心者プレイヤーの最初の仕事になる場合も、多いんだとか。
「でも、そういう意味では私がやった方が良いんじゃないですか?」
初心者というのであれば、スキルランクはさておきまだプレイ1ヶ月のブロッサムが引き受けないというのも、どうにも居心地が悪い。
そう思って聞いてみれば、コウは冷静に答える。
「いや、今回はブロッサムさんに、大型モンスターとの戦闘ってのを経験して貰いたいからね。
何より、荷物持ちなんてさせられないくらい、君には戦闘の才能がある……少なくとも、戦闘力ほぼ0の仁王よりもずっと強い」
「じゃかぁしいわコウ! 本当の事を言われたら傷付く人間もいるんじゃぞ!」
コウのある意味ひどい言葉に反応する仁王の格好は、随分愉快な事になっている。皆が管理していた鞄や背負い袋を引き受け、身体中につけているせいか、布の雪だるまのような風体だ。
その姿に思わず笑ってしまいそうになるが、失礼になると思って必死に笑いをかみ殺す。
「だいたい、戦闘能力って言えばお前もじゃろうが! 直接的な攻撃力は高くないじゃろ!」
「僕はその分支援に回れるからね。仁王は何か出来る?」
「出来ん!」
その肯定は、ネガティブな言葉を肯定しているとは思えないほど力強かった。
「そういう事。とりあえず、仁王は大人しくしておいてね――さて、皆準備は良いかな?」
全員が、頷きを返す。
ビックマウンテンは大きな2枚の盾を。トーマは2本の槍を、マミは刀を、マーリンやサマサは杖を、善良はむしろ何も着ておらず、コウは本を片手に持っている。
ブロッサムも、愛槌〈ぶちぬき丸〉を握り締める。
「よし、良さそうだね。じゃあ、マミ、頼むよ」
「あいあい!」
マミがウィンドウを開く。
――前述した通り、このイベントは難易度を選択する事が出来る。
ここで最低レベルの1パーティー用か、最高レベルの100人用か、もしくはその中間の選択肢を選ぶ。
それを選ぶ権限があるのは、ギルマスであるマミだけだ。
ウィンドウを確認し、一瞬逡巡するマミだったが、
「――ほいな」
すぐに候補を見て選択する。
その瞬間、地面が震える。
途中で出会った〈ゴメズ・タルタロス〉の時よりもなお大きいその震動で、もはや地震と形容しても良い程の振動だ。
何せ近くの小石が一定の間隔で跳ねているのだ。まだ遠くにいるにも関わらずその震動をここに届いているという事実が、これからやって来る〈ベヒモス〉の大きさを表している。
巨大な敵が来る。
一歩一歩、着実にここに向かっている事が分かるその存在感。それだけで、空気は自然と引き締まり、全員が戦闘用の表情になる。
――1人を除いて。
「……おかしい」
コウが戸惑うような声を上げる。
「今回の難易度は2パーティー用。大きさだって大した事はないはずだ。
なのに今の段階からこんなに振動するなんて……」
ウィンドウを開き、音声通信を斥候のネオに繋げる。通話前に設定されているスピーカーフォンのお陰で、鈴が振られるような呼び出し音がこの広間に数秒間だけ鳴り響き、すぐに通話が繋がった。
「ネオ、状況を『ヤバいっスヤバいっス、マミさんいったいどんな難易度選んだんスか!』
コウの言葉を遮って、ネオの絶叫が広場いっぱいに広がった。普段から明るく飄々としている彼女の声では想像出来ない程、焦りと動揺を含んだものだ。
「落ち着いて、ネオ。状況を詳しく教えてほしい。大きさは分かるかい?」
耳鳴りを我慢しながら言われる冷静な言葉にも、ネオの動揺は収まらない。
『いやいや、大きさって……ここの谷から頭が出てるっス! ビル何10階建てって話のレベルですよ!』
「なっ……そんな筈は、」
すぐに近くの壁を見る。
そこそこ大きな〈アンメアリー号〉を超え、もしかしたら【始まりの街】にある城と同じくらいかもしれない、というほどの高さの絶壁。
それを超えるというのは、もはや難易度的にあり得ないというだけではない。普通に倒せるレベルを超えている。
コウは、即座にアイテムボックスからもう一冊本を取り出した。
自分が攻略や戦闘に必要な情報を集めている、個人的な資料集のようなそれを必死で捲り、〈ベヒモス〉の項目を見ながら口を開いた。
「HPバーは何本見える? 僕達の難易度だったら、多くても3本な筈なんだけど」
モンスターのHPは個々のモンスターに設定されているのだが、大人数で倒す事を前提に作られたモンスターのHPバーは1本とは限らない。
その膨大な生命力を表現する為に、2本、3本と表示しているのが当たり前だ。時によっては、部位それぞれにHPが設定されている場合がある。
今回《嘲笑う鬼火》が設定した2パーティー対応ならば、2本、多くても3本のHPバーが出現している筈だ。
……いや、だった、が正しい。
『――見えていないのがあるかもしれないっスけど、10本見えますね。
四肢に1本ずつ、頭部に2本、本体に至っては4本あります。数値だけでも、私らじゃ普通のやり方じゃ削れない量っスよ』
ネオの報告は、あり得ないものだった。
いくら多少のランダム性があるとは言え、設定された難易度を超えてしまっていた。もはや、裸足で逃げ出すレベルだ。
――大ギルド対応の100人以上推奨。
最高難易度の〈ベヒモス〉が出現したのだ。
「……………………」
コウと共に、その場にいる全員が絶句する。
もう勝てるとか勝てないとか、そういうレベルの物ではない。“無謀”という言葉がそのまま現実に出現している錯覚さえ感じる程の、圧倒的な敵。
《嘲笑う鬼火》とて、トップギルドに数えられる場合もある、猛者の集まりだ。無理無茶無謀な戦闘は、今まで経験しなかった訳ではない。
それは無謀だと分かって突っ込んでいるのだ。死に戻りの覚悟も決めての戦闘だ。
――これは違う。降って湧いたような天災に動揺しない人間はいない。
「……どういう事だ? マミ」
コウは振り返る。
「〜♪」
必死で口笛を吹きながら、視線を全力であらぬ方向に向けているマミに。
「……正直に言え、いいや、吐け」
「ちょっ、吐けって犯罪者じゃないんだから。
ほら、コウ言ってたじゃない? 勇気を試すとかなんとか、だからこう、ほら、ノリで」
明らかに動揺しているマミに、コウは痛くなってきた眉間を揉みながら訊く。
「で、何をしたんだ?」
――マミは、笑みを作った。
舌を出し、申し訳なさとそれを誤魔化す笑みを浮かべ、ついでに何故か顔の横に横ピースを乗せて……それは、昔のネットスラングから現代に至るまで存在する、とある言葉を体現していた。
――『てへぺろ』だ。
「ごっめ〜ん……気分で最高難易度選んじゃった☆」
次回の投稿は11月22日の20時に行います。
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