12 焚き火の告白
「あの、先程からブロッサム殿が私に近づかないのは、何故でしょうか?」
「それはそうよ、変態に近づきたい女子なんていないもの」
「マーリン殿、流石に酷い言い草ですぞ。
そもそも、私だって脱ぎたくて脱いでいる訳ではないのです。単純に脱いだ方が強いからこそ、その選択肢を選んでいるに過ぎない」
「だから! その発想がもはや変態だって言ってんのよ!!」
焚き火を囲んでの談笑には、そのような喧嘩腰の問答も混じってはいるが、それもどこか親しみからくるものだと察する事が出来るだろう。
〈ゴメズ・タルタロス〉を倒した後、そのままテントなどを準備し、モンスターの近づかない簡易安全域を製作する。
《嘲笑う鬼火》の面々はいつもの食事の後、用事がある数人を除いて、のんびりと談笑するという流れになった。
VRとはいえ、焚き火を囲むというのは、悪くない雰囲気だと言えるだろう。皆、離れがたいのだ。
マミやコウ、それにトーマも含めた数人の男性プレイヤーがいなくなり、残っている男性プレイヤーは、少し離れた場所で共に座っている善良とビックマウンテンのみ。
焚き火の直近に座っているのは、マーリン、クリアリィ、ネオ、ブロッサムの4人だけだった。
マミとサマサを除いた、《嘲笑う鬼火》の女性メンバー達だ。
「ったく、本当、なんでこう《嘲笑う鬼火》の男性メンバーって、殆ど変態に近いんだろうねぇ」
「戦い方が特殊っていうか、何かで1番になりたいって気持ちが強いんでしょうね。善良みたいなストレートに変態って感じはないけど、皆似たり寄ったりよ」
「まぁ、拘りたいのは分かるっすけどね」
女3人集まれば姦しいなどと言いはするが、実際ブロッサム以外の3人はコーヒーの入ったカップ片手に、よく話している。
この状況になって小1時間、ゲームの話からリアルでのオシャレの話まで、話題は尽きそうにない。
……その中に、ブロッサムはどうも入って行きづらいのだ。
時々ネオやクリアリィは話題を振ってくれているが、そもそもオシャレもしない。
ただゲームもそれほど知識がないブロッサムには、何を話せばいいか分からず、曖昧な言葉を言ってしまうだけだった。
(……もうちょっと、うまく喋れたら)
無い物ねだりだと分かっていても、思わずには居られない。両手で握り込むように持っているブリキ製のカップを、強く握る。
「……ねぇ、ブロッサム」
そこでネオでもクリアリィでもない、凛とした女性――マーリンの声が、ブロッサムに矛先を向ける。
「あ、はい!」
「なんでちょっと姿勢正すのよ、こっちが悪い事してるみたいになるじゃない」
緊張するブロッサムに呆れるように溜息をこぼす。本人も自分で緊張させる理由が分かっているのか、その皮肉げな様子は鳴りを潜め、むしろ申し訳なさそうな色を瞳に移す。
……のを、クリアリィもネオも見えていた。
素直じゃないな、という2人の内心に気付かず、マーリンは言葉を続ける。
「一度聞こうと思ってたんだけど……あんたなんで、このゲーム始めたの?
聞いてると、VRゲーム自体した事が無いのよね? そういう子って、よっぽどのことが無い限りやらないような気がするんだけど?」
現代では、VRが当たり前になっているものの、それはゲームとして当たり前というだけだ。
若者であればやっている人間も多いが、年齢層が上がれば上がるほど、プレイヤー人口は少なくなるし、どんなに若くても、やらない人間はやらない。
嫌な言い方だが、所詮ゲーム。娯楽だ。息抜きでやる人間は多いが、時間をかなり取られるVRMMORPGをやる人間は、やはり少数だ。
VRに慣れて居ない人間であれば、なおさら敷居は高かっただろう、とマーリンは思ったのだ。
そんな彼女の言葉に、ブロッサムはほんの少し言い淀んでから、ゆっくりと口を開いた。
「……最初は、あんまりやる気がありませんでした。
兄が、懸賞でハードとソフトを手に入れたんです。兄は兄で持っていたので、私に譲ったんですが……その、ご存知の通り、私には色々ありましたから」
一緒に戦ってくれた人間以外のメンバーは細かい事情を知らない。ブロッサムがいじめっ子と決着をつけた、程度にしか思っていないだろう。
それを曖昧なままに話し、ブロッサムは言葉を続ける。
「ゲームなんてやったって、現実がどうこうなる事はないし、別に現実逃避する程じゃない、と思っていました……学校の時間だけ我慢すれば、それで良いって」
自分が我慢すれば。
榊原の言葉を流し、心を押し殺していれば、何の問題にもならない。そう思っていたし、実際それまでは、何にも問題はなかった。
ただ、自分がどんどん、どこかの底に落ちていっている感覚が、あっただけ。
今にして思えば、それは相当危険な状況だったのかもしれないが、その時はそれが最上の答えだと思っていた。
助けを求めて、誰かに迷惑をかけたくなかったし、誰かを心配させたくもなかったから。
「……でも、何となく気になってですね、ゲームのホームページを見てみたんです。
そしたらそこに、こう書いてあったんです――『新しいナニカを見つけよう』って」
本当に、気まぐれだった。
プレイする気は無かったけど、時間もあったし、何となくどんなゲームなのか気になっただけ。
だが、トップページに記されているその言葉は、ブロッサムに――いや、香納桜に、ほんの小さな期待を与えた。
もしかしたらその『新しいナニカ』の中に、『新しい自分』もあるのではないか。
虐められて、惨めな思いをして座り込んで、耳を塞いで自分の心の声を無視して、何もかも我慢している〝だけ〟だった自分以外の、自分が。
それは結果だけ見ればちゃんと見つかったし、今にしてみれば相当運が良かったのだろう。
でもその当時は途轍もなく曖昧な期待感と興奮が、強く桜の背中を押していた。
だから一気に設定や必要書類の記入や送付を済ませ、ゲームにログインしたのだ。
「……本当は、全然納得してなかっったんだと思います、そんな自分に。だからここで、もっと違う自分になりたい! って思ったのかもしれません」
焚き火の周りには、薪がパチパチと弾ける音しか響いていない。
いつの間に話を始めたマーリンだけではない、クリアリィやネオ、話を聞いているのか、善良やビックマウンテンも、ブロッサムの話を聞いていたからだ。
「……って、あはは。よく考えてみれば、バカですよね。ゲームでそんな大仰な事考えるなんて」
そんな空気に、思わず乾いた笑いをあげて誤魔化す。
なんていう、重たい話をしてしまったんだろう。
せっかく良い雰囲気で談笑していたのに、それをぶち壊すような真似をして、自分は本当に空気が読めない――というところまで考えていると、マーリンが徐に立ち上がった。
「――私がゲームを始めた理由はね。
男よ」
……焚き火の周りは、別種の沈黙が支配した。
ネオやクリアリィだけではない。厳密には会話に参加していない善良やビックマウンテン、誤魔化そうとしていたブロッサムさえも思う。
――こいつ何言ってんだ、と。
そんな空気を無視して、マーリンはペラペラと話を続ける。
「私の元カレがゲーマーでね、一緒にやろうよって誘われたの。
まぁ彼にしてみれば、趣味を共有したいって気持ちがあったんだろうし、私もその頃は彼に好かれたい一心だったから、慣れないVRでも頑張ってランク上げして、一緒に冒険とかしてみたわ」
「ちょっと、なんの話?」
「でも、ある日悲劇が訪れたわ」
「話聞けよ」
クリアリィの言葉でも、マーリンのマシンガントークは止まらない。無表情のまま話しているのが、何となく恐怖心を煽られるのは、気の所為だろうか。
気の所為だと、思いたい。
「――彼氏がドン引きするぐらい、私がこのゲームにハマってしまったの。
だって楽しいんだもの。直接戦いたくないって意味で魔術師になってみたんだけど、範囲魔法で敵を一瞬で殲滅するのってストレス解消になるし、爽快感っていうの? そういうのが癖になっちゃったの。
そのおかげで、肌艶が良くなるし。
でもね、そんな時に彼氏に言われたの……『そんな怖い一面があるなんて知らなかった』って」
悲劇――なのか?
マーリン以外の、その場にいる全員がそう思ったのだが、鬼気迫る勢いで話しているマーリンにそう言えるような勇者は、この場には1人もいなかった。
「それから、私はさらにこのゲームにのめり込んじゃったの。
おかげで、ちょっと有名になるくらい強くなっちゃって……その頃に、このギルドにスカウトされたのよ」
「……えっと、それで? なんでこんな話になったんスか?」
「深い意味はないわ」
ネオの言葉に、マーリンは潔く断言する。
「ただ、他人に話させておいて、自分が言わないなんて卑怯だなと思っただけよ」
なんて男らしいのだろう。言ったら怒られそうだから言わないが。
「……でも、こういう事よ。
あんたの言うように、これはゲームなの。やろうとした理由なんて十人十色。あんたみたいに重い理由でやる人間もいれば、私みたいにしょうもない理由でやる奴もいる」
マーリンの目は、真っ直ぐブロッサムに向けられていた。
今までまともに見てくれなかったのに、今日は真っ直ぐに、ブロッサムの心を捉えるように真っ直ぐで、真剣だ。
「その気持ち、大事だったんでしょう? だったら、自分で『バカだ』なんて言うんじゃないの。
あんたのそれも、大事なんでしょう? 自分が自分をバカにするなんて、1番やっちゃダメなのよ」
「――あ、」
思わず声を上げる。
さっきまでの話は、それを言いたかったのかもしれない。
実に回りくどいものだったが……それでも、胸を張って話す彼女の姿を思い出してみれば、理解は出来る。
どんなに他人にとってバカに見える理由でも、自分に自信を持って言えるのであれば……それは紛れもなく〝大切な物〟だと。
「……まぁ、そんな壮大な意味でもなく、アンタのそれは別に悪い事じゃないわ。
新しい経験をして、新しい自分を見つけたいなんて、誰でも考える事なのよ。別に、それを恥じて生きていく必要性はないの」
「そ、そうですよね、なんかすいま「謝らないで。別の言葉があるでしょう?」――はい、ありがとうございます」
態度は相変わらず、ちょっと険があるのだが、その言葉に思わず笑顔が浮かんでしまった。
『素直じゃない』……そんな確信めいた予想が、頭の中を過ってしまったから。
「……なによ、ニヤニヤしちゃって。変な子。
そもそもねぇ、あんたこんなに喋ってるのに、ちょっとも会話に入ってこないじゃないの」
「あ、すいません、私、オシャレもゲームもあんまり分からなくて……」
「後者はさておき、前者は女として壊滅的よ」
「そうっスよブロッサムちゃん! 華の女子高生! 大人の男が金を払ってでも仲良くしたいって奇跡の年代なんスから、女子力は上げていかないと」
「ネオ、それはちょっとやばい。発言としてアウト」
「でも、なら今度、服でも買いに行きながらファッション講座でも開きましょうか?」
「あ、それは良いね。ブロッサムちゃんをマネキンにしちゃうぞ!!」
「え、あの、その……お手柔らかに?」
「ブロッサムちゃんの言質、いただきました〜」
焚き火の周りは、相変わらず姦しい。
3人のみならず、そこに4人目が加われば、尚更だった。
◇
「――で、どういうつもりだったの?」
「……何がよ」
ブロッサムが離席して、まだ1分と経っていない状況で、クリアリィが口を開いた。
「だって、あんたブロッサムちゃんの事毛嫌いしてたじゃない。てっきり私は、あんまり好きじゃないんだと思ってた」
「……別に、そういう訳じゃないわ」
「ふぅん、じゃあ買い出しの時、トーマになんか言われた? あの子も、お人好しだから」
「関係ないわよ」
ハッキリと否定するマーリンに、クリアリィは肩を竦める。
「じゃあ何でよ。あんたも頑固な部類だし、考えを改めるなんてよっぽどでしょう」
「何よそれ、貶されてる……まぁ、そうね。彼女の話を聞いて、ちょっと思った事がいくつかあったのよ」
足を組み直し、揺らめく焚き火を見つめる。
「……まず、『あぁ、この子普通の子なんだなぁ』って事」
本当に、普通の子だった。
変人奇人揃いの《嘲笑う鬼火》の中にあっても、普通。悪口でも何でもない、むしろ良い事だなぁと思った。
少々気弱だが、優しくて、周りに気を使えて、良い事で素直に喜び、悪い事には義憤を感じる、普通の女の子。
それはマーリンが若い頃立っていた場所だったし……もはや遥か彼方に去ってしまった時だった。
羨ましい……というのとは違うが、似ているかもしれない。
あまりにも心根が綺麗に育っている少女を見て、自分は何でこうなっちゃったかな、という後悔に近い念を感じる。
そして感じるからこそ……何となく、構いたくなるのだ。
「それと、」
「それと?」
「――『やっぱり、セラとは違うんだな』って思ったの」
セラは、本当に強い子だった。
悩みや問題は自分で解決させるような子だった。よくトーマや、幼馴染のクリス、そしてギルドメンバーを巻き込む癖に、厄介事は全部1人で何とかしてしまう。
近くにいながら、1人でいる。
強くも……弱い。そんな少女だった。
翻って、ブロッサムは全然違う。
確かに弱いだろう。おどおどして、周りを気にし過ぎて立ち止まって、よく膝を折ってしまう子なんじゃないかな、と思う。
でも、目を見れば、それが違うと分かるだろう。偽るのが下手くそな少女だから、見ていればすぐに分かる。
彼女は、奥底では折れない。
他人の力を借りてかもしれないし、背中を押して貰わなければいけないかもしれないが、それでも心の底は強いのだ。
膝を折っても立ち上がれる。
目をそらす事だけはない。
もっと言葉を単純化してしまうならば――根性があるのだ。
それを――マーリンは知らない。あの《嘲笑う鬼火》が復活を飾ったPvPでも、今までも、まったく見れていなかった。
……セラと混同していたのは、他の誰でもない、自分だったのだ。
「だから、ちょっと言ってみたくなっちゃった。それだけよ」
「……ん、そっか」
マーリンの言葉に、クリアリィはからかう事もなく、素直に頷いた。
後悔なのか、あるいは反省なのか。彼女がどんな脳内会議を繰り広げているかはわからない。だけど、もう長い付き合いになっているクリアリィには分かる。
この横にいる、素直ではない魔女は、こうやって考えてしまうほど、優しい女性なのだと。だから、余計な事は言わない。
彼女だったら、ブロッサムと仲良くやっていける気がしたから。
次回の投稿は11月22日の0時に行います。
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