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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
42/94

11 全裸(?)の英雄






 ――通常《格闘》スキルは、それほどダメージを与えられる戦闘スキルではない。


 《格闘》スキルの取得を前提とした特殊武器を使用していない限り、つまり無手である限り、一応《破砕》属性であるはずのそれは、あまり強力な武器とは言えなかった。

 それに、初期の【ファンタジア・ゲート】プレイヤー達は不満を漏らしていた。

 何せVRゲームが様々な形態に進化している現代の流行りの中には、VR格闘ゲームという特定ジャンルが存在する。

 キャラのアバターを自分の感覚で操作出来る格闘ゲーム。古くから存在するそれを好むゲーマーは多かった。

 そしてこの格ゲーというものは、大半のキャラクターが“無手”なのだ。別の武器で好んだ“武器”を使いたがる人間は多かった。

 何より、自分の拳のみで戦うというのは、時代を通しても変わらない、男の子の浪漫だったからというのも、否定出来ないだろう。


 運営も、そこを理解したのだろう。

 何度目かのアップデートの時に、無手格闘にテコ入れを行ったのだ。


 スキル《(オーラ)》。

 特殊なオーラを体に纏う、あるいは攻撃や防御の瞬間に展開する事によって、MPを消費する代わりに一時的な力を得られるスキル。

 しかも武器には使用不可、無手でのみ使用を許可されているとくれば、無手格闘を使っていたプレイヤーの多くが歓喜した。

 もっとも、そのスキルに問題がなかったのかと言えば、嘘になる。


 このスキルには、使用例が2つ存在した。


  全身に纏わせ続け、バフのように運用する『纏型』と、攻撃や防御の瞬間だけしようする『発勁型』の2つだ。

 もはや古典となりつつある某漫画の影響か、殆どのプレイヤーが纏型を使用した。実際、そちらの方が利点が多いと思えたのだ。

 ところが、この纏型は、非常に動き辛かった。

 まるで服を何枚も重ね着して体を動かしているような違和感は、とても耐え難く、繊細な動きを必要とする前衛戦闘において、致命的な欠陥だと思えるほどだった。

 それについて何人かのプレイヤーが運営に直接不満を述べたようだが、『仕様です』という分かりやすくも残酷な一言で断られ、改善はされなかった。

 とうとう、無手格闘を行なっていたプレイヤーの殆どが発勁型を使用するようになり、それが無手格闘のオーソドックスになっていった。


 ――しかし、1人だけ、運営すらも斜め上の発想を捻り出したプレイヤーがいた。

 彼曰く、




『重ね着したように感じるならば、逆に服を脱げば良い』




 厳密に言えば、善良は全裸ではない。流石に観衆の目が光っている場所で全裸になるのはシステムが許さないのだ。

 故に、初期設定画面にも表示されているインナー……俗称『パンツ』はちゃんと履いている。

 だがそれすらも、肌の色に合わせて変えられていれば、遠目から見れば完全に全裸。それを恥ずかしげもなく堂々と仁王立ちしている姿には、一種の誇らしさすらあるように思える。

 アバターとして作られたその肉体は、大昔に作られた彫刻を思わせるほど素晴らしいものだ。筋肉の一筋一筋が見事に鍛えられ、その立ち姿だけでも芸術を感じる


「――いや感じられたとしてもアウトですから!!」


 思わず自分の心の声(モノローグ)にツッコミを入れながら、ブロッサムは両手で自らの目に蓋をする。

 見ていられない。正しい意味で、見ていられなかったのだ。


「なんでこれから戦うって時に脱ぐんですか!? 意味が分かりません!! 善良さんは変態なんですか!?」

「ああ、いや、一応擁護しておくけど、彼は決して変態じゃない。服は事情があって脱いでいるだけで、別に脱いでる自分を見せつけたい訳じゃない」


「でも全裸です!!」


「厳密には全裸ではないけど……ああ、うん、そうだね、ぱっと見は完全に変態だよね」


 恥ずかしさと混乱で叫ぶブロッサムに、宥めているコウ以外も、全員が苦笑を浮かべている。

 もう慣れたものなのか、恥ずかしがっている人間はブロッサム1人だけで、女性プレイヤーですら呆れているだけで、眉ひとつ動かしていない。


「コホン、とにかく、彼のスキルにあれは必要なのさ。

 《氣》もそうだけど、彼の得た特殊スキル《無垢の象徴》は、防具を着用しない代わりにステータスがかなり上昇するスキルなんだ。だから、防具は脱ぐ必要性はある」

「でも、肌着代わりの服まで脱ぐ必要性はありません! しかもわざわざインナーを肌色にまでしてるんですか!?」

「それは、……本人曰く、『服を着ていない感覚を視覚的にも伝えなければ』って、」


 病は気からと言う通り、自分の感覚から整える人間は多い。

 服を何重にも着ているような感覚ならば、服を脱げば良い。しかしシステム上パンツを履いているというのは、どうしてもその感覚を阻害する。

 ではどうするか。

 そうだ、肌色に染色してしまえば、より服を着ていないという感覚に近づける!

 ……現実の格闘家や一定の達人にも、似たような自己暗示は使う者も多く、感情や思いというのが強く影響するVRゲームでは当然の帰結と言えるだろう。

 どちらにしろ、言葉を飾らずに言うならば、変態の発想としか思えない。

 実際コウも最初聞いた時はそう思った。


「まぁ、あんなにふざけた格好だが、強いのは確かだ」


 モンスターが近くにいるとは思えないほど、トーマは呑気な声を出す。力が完全にぬけて、もはやクラゲのようだ。


「そもそも、ゲーム的には『出来るからやる』ってのは、間違っちゃいないのさ」

「じゃあ、トーマさんも早くなるなら脱ぎますか?」

「……脱がねぇな」


 苦笑いを浮かべているトーマに、全員頷く。

 出来るからやる、それにアバターだから恥ずかしくないなんて詭弁だ。

 恥ずかしいものは恥ずかしいし、変態だという事実から目を逸らしてはいけない。


「まぁ、見てろって、お前もちょっとは納得出来るはずだから」







「――《纏》」


 たった一言で、善良の体に赤と黄色の不思議なエフェクトが纏われ、すでに装備を脱ぎ捨てている段階で得た力の上に、体の底から湧き上がる力が被られる。

 それだけで、自分が最強になったような気分になる。


「む、いけませんな、これは」


 頭によぎった慢心を振り払う。

 自分はまだまだ、自分は未熟。そう言い聞かせ、しかし卑屈にはなり過ぎないようにっ調整する。常にフラットに。戦う上で重要な精神状態に整えるのだ。


『ヒヒィイィイィン!!』

『モォオオォオォォ!!』


 そんな善良の内心を察する事が出来ない文字通りの怪物は、咆哮を上げながら善良を睨みつける。

 その目に宿っているのは、目の前の敵を殺す事だけしか考えていない、単純な殺意だけ。理知の色は見えず、モンスターらしいと言えばらしい。

 そんな雷鳴のような咆哮も、害意と殺意に満ちた2対の目は、彼にとって涼しい風のようなものだ。


 ――瞬間、動く。


 微妙なタイミングで、左側から2つの攻撃が飛来する。

 2本の腕での攻撃は、敢えてずらされ、無機な攻撃ではなく、生命感の溢れる縦横無尽な攻撃に変化していた。

 4本の腕で放たれる、時間差攻撃や同時攻撃。それが〈ゴメズ・タルタロス〉のモンスターとしての強みだろう。これにより防御も回避し辛くなり、一気に難易度は上がる。

 おまけに、その攻撃力は高い。

 一撃で初心者のHPを吹き飛ばすその攻撃は、粉砕機の如くプレイヤーの体をミンチにする。豪風を纏って放たれる二撃は、タンカーでも防ぐのは難しい。


 ――それでも、例外は常に存在する。


「ほっ、はっ」


 軽い声。息を吐いただけと言わんばかりのその声と同時に、時間差で訪れる攻撃を片手で受け止める。

そこに、普段では発生しない極彩色のエフェクトが生まれた。


 ――ジャストガード。


 タイミング、防御位置など、条件をクリアする事によって発生する、完全な防御。

 防御しても衝撃などでダメージを受ける可能性があるこのゲームの中で、唯一完璧にダメージを殺す事が出来る方法だ。

 無論、簡単ではない。

 弱いモンスターならばいざ知らず、〈ゴメズ・タルタロス〉の攻撃速度は群を抜いて早い。

 受け止めるべき防御位置は大きくない中で、その攻撃をジャストガードする為のタイイングは非常にシビア。

 時間にして――0.03秒。

 格闘ゲームでいえば、実に1フレーム

 どんなに人間が鍛えても、0.2秒前後が限界の反応速度よりも明らかに早いその極小の時間の中で、彼はガードを成功させた。

 連続攻撃は続く。


 右、左、時に上からや斜め下からやってくる猛攻。


「はっ、やっ、おっと、」


 それを善良は、気楽に防ぎ、その隙間を縫って拳を、あるいは蹴りを見舞っていく。

 それを同じ物理戦闘を行うトッププレイヤー見れば、鮮やかと言わざるを得ないだろう。

 ノックバックを与えないほど緻密に、それでもしっかりと目に見えるほど削られるHPは、彼の攻撃が有効である事を証明している。

 それが同時に、糸を針の穴に通すほど繊細な物である事すら。

 なんて、馬鹿な戦い方だろう。

 もっと効率の良い戦い方は、いくらでも存在する。わざわざこんな困難なプレイングをする必要性はない。

 それでも、彼はきっと笑顔で言うだろう。

 『出来そうだからやった』『強くなる為ならやれる』と。


 あまりにも愚直。


 文字通り、愚かなほど真っ直ぐな彼の考えは、だが真っ直ぐであるが故に、1つの伝説にまで昇華していた。




 ――かつて、とあるレアモンスターがいた。

 〈センジュ王〉と呼ばれる、期間限定で出現したこのモンスターは、小ぶりなビルのような巨体と、全42本から放たれる間断なき連続攻撃を特徴としていた。

 防御に専念しなければあっという間にHPを削られる、もはや回避などという選択肢は一切許さない、鬼畜なモンスターだった。

 勿論、5パーティー以上で狩られる事を前提にしているのだから、当然それほど難しくなく倒せる方法は存在したし、このゲームの多くのプレイヤー達がその方法を選択し、〈センジュ王〉を倒していた。


 しかし1人だけ、天才(バカ)がいた。


 たった1人で〈センジュ王〉に挑み、全42回のほぼ同時攻撃と言っても良い連続攻撃を全て防ぎきり、現実換算で5時間53分、つまりゲーム時間でほぼ丸1日という激闘の上勝利した猛者。

 脳とアバターが直接連動し、出来なくはないという1フレーム以下の可能性、刹那の世界に足を突っ込んでしまった存在。

 プレイヤーは口々に、様々な美辞麗句を並べる。


『彼は強い』『VRゲームの申し子だ』『最強だ』と。


 だが、と付け、同時に同じ言葉を言う。


『――だが、あの格好は変態そのものだ』と。


 故に人は、善良のプレイヤーネームを音読みし、こう呼ぶのだ。

 尊敬と、畏怖と、多くのネタを含んで。




 《マッパ拳士☆ゼンラ》と。




「――ラァ!!」


 〈ゴメズ・タルタロス〉の攻撃を全て防ぎきり、善良は完全な攻勢に出た。

 拳を振るい、狙った場所に叩き込むというだけの、彼にとっては単純な作業。だが、それは彼にとっての単純作業。

 攻撃を返す余裕を与えないように連続して放たれる拳や蹴りは、一種の芸術性さえ帯びている。

 ノックバックとそのHPの消費速度に、〈ゴメズ・タルタロス〉は混乱し、身を仰け反り、攻撃に転ずる事が出来ない。

 神速の攻撃と的確な判断で行われる、場所も何もかも無視された技術的“はめ殺し”は、それだけで拳と蹴りの牢獄だ。

 VRゲームで頂点は数多く存在するが、彼以外誰も辿り着けない領域。

 彼以外にいないだろう。

 『強くなる』というただ一点のために、文字通り全てを捨てて戦えるのは。


『ヒヒィ――ィン』

『モォオ――オォ』


 悲鳴にも近い絶叫を上げて、〈ゴメズ・タルタロス〉はそのまま、電子の露と消えていった。


「ふむ……まぁ、流石に〈センジュ王〉程ではありませんでしたな」


 時間にしてたった15分の激闘。

 それを涼しい顔で納得すると、善良は静かに礼をして、仲間の元へ戻っていく。


「お疲れ、善良。やっぱり君は強いね」


 労うコウに、善良は謙遜の笑みを浮かべる。


「いえいえ、それほどの物でもありません。まだまだ、先は長い」


 その禿頭も相まって、どこか修行僧に近いその謙虚さは、彼の持ち味の1つだろう


「ふむ……如何でしたかな、ブロッサム殿。こういう戦い方もあるという証明としては、中々に面白いものでしょう」


 善良の言葉に、ブロッサムは気まずそうに視線を逸らしながら頷く。


「あ、はい、そうですね、凄い強いっていうのは、分かりました」


 どこか歯切れの悪い言葉に、善良は困惑する。


「どうしました? もしかして、旅でお疲れなのではないですか? これはいけない、コウ、足が止まってしまった事ですし、工程に支障が出るような事はないでしょう? このままここで休んでいく、というのはどうですかな?」


「ああ、うん、それはまぁ、賛成なんだけど」


 今度は話しかけられたコウも、歯切れ悪く言い淀む。


「多分、彼女の態度は、疲れじゃないと思うんだよ」

「なんと――」


 〈ゴメズ・タルタロス〉は強いという事を差し引けば、極めてシンプルなモンスター。与える状態異常もそれほど無いはずだ。

 もしかしたら、何か善良の知らない要素を持っていたのかもしれない。


「失礼、私が不注意なばかりに……もし良ければ私の状態異常回復ポーションをお使いに、」

「いいや、そういうのじゃ無いんだよ」


 アイテムボックスを開く善良を押し留める。

 そういう事ではない。問題はもっと根本的だ。




「――君が服を着ていないからだよ!」




 コウの言葉で、善良はようやく気付いた。

 そういえば戦った後、服を着ていなかったなと。

 ――《嘲笑う鬼火》最強にして、多くの古参プレイヤーからも賞賛される善良は、しかしやはり、根本的な部分でネジが飛んでいる男だった。







次回の投稿は11月21日の20時に行います。

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