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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
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10 渓谷の入り口






 ――崖。

 そのものズバリな言い方かも知れないが、まさしくそこは断崖絶壁。〈アンメアリー号〉どころか、【始まりの街】にある城すらも超えて高々と聳え立つそれらは鋭く、侵入を拒むような威圧感があった。


「【要害の谷】。〈ベヒモス〉の進行経路、ざっくり言えば彼らと対峙する為のインスタンスなんだが……その前段階に、ここを突破する事を求められる。

 だから、どんなに早くても、1日はこの渓谷を歩かないといけない」

「凄いです……随分前に家族といった巨大迷路を思い出します」


 コウの説明に、ブロッサムはそんな事を言った。

 幼少期に行った場所はこんなに壮大ではなかったが、今よりも小さいブロッサムにとってあそこの壁だって十分脱出不可能な巨大な壁に見えた。

 思わず口を開けて呆然と眺めている彼女に、コウは笑みを浮かべる。


「多分、君が想像しているより迷いはしないさ。何せここは、迷宮区(ダンジョン)じゃなくて解放区フィールド設定だからね。地図も買ったし、面倒な場所じゃない」


 戦闘区域にも、また2つの種類が存在する。

 ダンジョンとは、地下深くに眠る迷宮だったり巨大な遺跡跡だったり、戦闘よりも探索に重点が置かれる場所。フィールドはずっと前からブロッサムが戦っているような、拓けた場所を指す。

 もっともシステム的にその呼称が設定されているわけではなく、あくまでプレイヤー達がなんとなくそう呼び始めたのが定着したのだが、ここではあまり関係がない。


「まぁPT用モンスターが結構多いし、ランクもそこそこだから、面倒であるのは確かだけどね」

「……それって、ソロで狩りにきた人はどうするんですか?」

「ソロの人は、殆どの人が市場に出回ったベヒモス肉を食べるよ。そっちの方が、旅費と比べると出費を抑えられるからね」


 1人で運転するような乗騎では、旅費がバカにならないのだ。それなら素直にクエストを受けないのが、頭の良い判断だと言えるだろう。

 ……まぁ、偶にそういう無理ゲーを楽しむ馬鹿もいるのだが。


「さて、ではブロッサムくん。ちゃんと地上移動用の乗騎アイテムは持ってきたかな?」

「はい、持ってきました! ちゃんと普通の〈馬〉を購入しました!」


 教師然とした仕草で話すコウに、負けずにブロッサムも生徒のように手を上げながら、アイテムボックスを開く。

 戦闘用ポーションなど様々なアイテムで圧迫されてはいるものの、その中にはキッチリ乗騎用アイテムを入れていた。

 アイテム名は、至極単純な〈馬〉である。

 動物系乗騎アイテムは、ある程度安価で購入できる。アイテムとしてのメンテナンスは少々面倒ではあるものの、どこでも購入可能な上、乗らない時はアイテムボックスに入れておける便利なアイテムだ。

 馬をアイテムボックスに入れられる、などと非現実的にも程があるが、そこは流石にゲームである。

ブロッサムの態度に、コウは満足気だ。


「よろしい。ここでケチって〈ロバ〉や〈駄馬〉を購入すると、流石に行程を合わせるのが大変だからね」

 乗騎アイテムは、その価格と性能があからさまに比例する。〈ロバ〉や〈駄馬〉は最低価格の乗騎アイテムだが、非常に移動速度が遅い。

 そこまでかと試しにブロッサムも乗って見たのだが、あれだったら水上のアヒルボートの方がいくらかマシである。

 対して、〈翼竜(ワイバーン)〉や〈鷲馬(ヒポグリフ)〉などのアイテムであれば、購入価格も維持費用も馬鹿にならないし、そもそも市場に出回る事そのものが滅多にない。

 それに見合って、移動速度がかなり早いが。


「これはそういう早い乗騎アイテムだったら、どれくらいかかったんでしょう」

「ここまで1日もかからなかっただろうね。ここから先は飛行系乗騎は使えないから、どっちにしろ此処までだろうけど」


 コウの言う通り、此処から先のフィールドに入るには、それなりの決まりがあるらしい。

 その地域を支配している人間が決めたり、フレーバーテキスト的にはそういう土地なのだとされ、移動方法を制限される事は多い。

 分かりやすい例としては、水中などだろう。

 水中の中で《水泳》や《潜水》などのスキルが無ければ、まともに動く事が出来ない。進めなくはないが、もたもたしている間にHPを削られていき、最終的には死んでしまう。

 まぁ流石にこれは極端な例だが、そういうフィールドは珍しくないのだろうだ。

 毒の沼もあるのかなぁ、と少々妄想しながら、ブロッサムは自分が持つように指示された鞄を手に取る。

 ――アイテムボックスは万能ではない。

 その容量に限界があるし、何より取り出すためにウィンドウの操作をしなければいけないのだから、戦闘しながらは難しい。

 では急にポーションなどのアイテムを即時に使用できるようにするには、どうすれば良いか。そう考えて作られたのが、鞄やポシェットなどの、簡易アイテムボックスだ。

 アイテムボックスほどの容量がない代わりに、アイテムを即座に取り出す事が出来るし、整理も楽だ。故に長い旅をする時、アイテムボックス以外にこのような鞄などを持つのは、一般的なんだそうだ。

 実際ブロッサムが見渡せば、全員様々な形の鞄を背負い、あるいは肩にかけている。


「さて、荷物はこれで。戦闘の時には安全な場所に置くか、少人数で相手にする。

 船にはロックをかけて出掛けるから、何か要らない貴重品などあるならしまって置くように。20分後には、ここを出発するからね〜」


 コウがそう言うと、各々が返事をする。

 今までの船の上も楽しかったが、大地を踏みしめて歩くのも、また旅の醍醐味だ。


「――よっし」


 気合いを入れて鞄を背負い直すと、皆の元に歩き始めた。




 ――と、考えていた自分を、今なら全力で殴り飛ばせるかもしれない。


「VRなのに、なんでちょっと、疲れるんですかね〜」


 燦々と照りつける太陽。その所為で喉が乾く……ような気がするし、どこか気だるい疲労感が体を支配している……気がする。

 どれもこれも、錯覚のように曖昧だが、それでも体はだんだん重くなり、思うように動かなくなる。

 チラリと右端を確認すると、汗を掻いた人のアイコンが点滅している。


「バットステータス〈疲労〉だな。動き続けると、軽度だが行動阻害が与えられる。

 それなりにスキルを上げたり、体を動かすと厳密な数値は見えないが、ステータスも上がるから、かなり初期にしか発生しないタイプのBSだ」

「そこまでリアルにしなくても良いじゃないですか!! しかも、ただ馬に乗っているだけなのに!」


 涼しい顔をして少し右前を歩いているトーマに、恨みがましい視線を向ける。

 ブロッサム達は当然、乗騎アイテムである馬に騎乗しているのに、その疲労感はどことなく理不尽だったからだ


「いやいや、そう言われてもな。戦闘で体を動かすんじゃなくて、長時間の移動や戦闘に関係ない肉体労働で発生するもんだからな。馬に乗ってたって、変な筋肉使うんだからそりゃあ、疲れるってもんさ。

 何事も経験だ経験。皆、そういうのを経験して、プレイヤーとして成長していくんだ」


 その言葉で前を見てみると、前衛職で動いているメンバーや、普段から体を酷使するような生産を行なっている仁王、後衛でも肉体派のネオなどは、涼しい顔を浮かべている。


「の割には、」


 チラリと、ビックマウンテンが引いている荷車を確認する。


「……慣れていない人間もいるんですね」


 荷車の上には何も荷物が載っていない代わりに、人が乗っていた。

 マーリンやサマサ、クリアリィやコウなどの、魔法を使う後衛職の面々だ。


「あ、あはは、僕らは体を動かすタイプのプレイヤーじゃないからねぇ……自然と他のプレイヤーに比べて、〈疲労〉の影響を受けやすいんだよ」


 眼鏡を直す様も普段は格好いいコウも、今はズレた眼鏡を直す気力もないらしい。さっきまでの教師然とした姿がまるで嘘のようだ。


「否定は出来ないけど、そうやって簡単に荷車に乗っちゃうから鍛えられないんだって。もっと歩こうよ」


 楽しそうに先頭を歩いているマミの大声に、荷車組はどこか苦笑気味だ。

 出来る人間に『努力が足りない』と言われても説得力がないのだろう。


「……あれ、そう言えば、コウさんも後衛なんですね。私てっきり、そもそも戦闘をしない方だと思っていました……もちろんスキル構成を聞いているわけではありません!」


 不思議そうに聞いてみるが、トーマの視線で声が上ずる。そんな姿を、コウは微笑ましそうに笑いながら頷く。


「うん、まぁ、ブロッサムさんの目の前で僕は戦った事はないし、やっている事は文官のそれだから、気になっちゃうよね。

 そうだな、僕は一応これでも、魔術師なのさ。もっとも、使っているのはどマイナーな《書記魔術》なんだけどね」


「しょきまじゅつ、ですか?」


 また聞き慣れない魔術の名前に、ブロッサムは首を捻った。コウはその姿を確認すると、さらに言葉を続けた。


「書いて記す、と書いて《書記魔術》さ。

 スキルランク、例えば僕のランクはⅧなんだけど、その2ランク下、Ⅵランク以下のあらゆる魔術系アーツを本に記録し、使用する事が出来るんだ。

 魔術系アーツを教えられる〈魔道書(グリモアール)〉の製作も出来る」


「という事は……どんな魔術でも使えるって事ですか?」


 保存すれば、スキルに関係なく様々な魔術を使用出来ると言うならば、もはや苦手分野は1つも存在しない。まさに無敵のスキルと言えるだろう。

 創造して思わず目を輝かせるブロッサムに、コウは困ったように顔を顰めた。


「いや、実はそうでもない。

 本に書き記す為には、他の魔術師の協力が必要だし、使えばそのページが灰になる。つまり、使い切りなのさ。おまけに同じ本に同じアーツを保存出来るのは3つまで。

 おまけにMPは相応に消費するから、連発は出来ない。つまり、メインにするのは無駄が多いんだよ。他の魔術のような即応性は、皆無と言ってもいい」


「ちょっと、他の魔術が簡単みたいに言わないでよ……まぁ、《書記魔術》が難しいのは事実だけど」


 コウの隣でマーリンが主張するが、その言葉にはいつもの強気なものではなく、どこか力の抜けた間抜けな声だ。


「つまり、結構難しいんですね」

「そう。だから誰もメインにはせず、詠唱とかが出来ないような状況での補助や、生産スキルと割り切って運用しているプレイヤーもいるね」


 【ファンタジア・ゲート】の全スキル数は、確認されているだけでも2000は下らないとされている。それだけ膨大な中であれば、使い勝手の良いスキル、悪いスキルもある。

 コウがメインに据えている《書記魔術》は、サマサの《大食い》と大して変わらないという事だろう。

俗にいう無駄スキル……というのは言い過ぎにしても、あまり使い勝手の良いスキルとは言えないらしい。


「でも、じゃあなんで、そんなスキルを選んだんですか?」


 難しくなく、それでいて高威力の方がいいじゃないか。そうブロッサム思っても仕方なく、それで言葉が悪く聞こえるようになっても、また仕方ない。

 それが分かっているのか、コウは笑みを崩さない。


「そうだなぁ、まずはそういうのが格好良いと思ったからさ。

 本を開き、その名を告げるだけで数多の魔術を駆使し、仲間を手助けするなんて、ファンタジーの王道じゃないか」

「それは確かに!」


 コウの言った姿は、ブロッサムが慣れ親しんだ魔術師の姿にかなり近く、親近感という訳ではないが、どこか憧憬のような想いを感じざるを得ない。


「うんうん、それに……僕は、1人で強くなるんじゃなくて、仲間を強くする事を選んだのさ。それには、このスキルが最適だと判断した」


 次にコウの口に登った言葉は、少し抽象的で、難しい言葉だった。

 どういう意味が、口を開こうとすると、




『――ヒヒィイィイイイィィイィィィィイイィン!!』

『――ンモォオオォォォオオォォォオオオォォオ!!』




 渓谷の狭間に、咆哮が響き渡った。

 《嘲笑う鬼火》の目の前に、何か巨大な影が飛来し、土煙を立てて着地した。


「――全員警戒!!」


 その言葉で、全員が乗っていた馬を降りて、アイテムボックスに収める。

 武器を装備するものは武器を装備し、他に敵の影がないか周囲を警戒する者も自然とその視線や体を動かす。

 ブロッサムも、直ぐにアイテムボックスからハンマーを取り出し、土煙の中にいるだろう敵を睨みつける。

 影は、異形の人を形をしていた。

 ゆっくりと晴れていく土煙の中から立ち上がったのは――双頭の巨人だった。


 右には、真っ赤に目を染めた馬。

 左には、同じく目を染めた雄牛。


 3メートルはあるであろう巨体にその大きな頭を2つ乗せているその姿は、まさしく異形の怪物そのものだろう。

 しかも、それだけではない。その頭の数に合わせたのは、一対の腕の後ろ、人間で言えば肩甲骨の辺りから、もう1本ずつ腕が生えていた。

 手には一本ずつ、大きな木の幹をそのまま荒削りしたような棍棒を持ち、示威行動として振るわれているだけでも、周囲の岩を粉砕している。


「――〈ゴメズ・タルタロス〉。中堅パーティー1つがかなり苦戦する……というより、半分は持っていかれる実力がある。

 腕が多い分、思ったより連続攻撃が早いし、草食動物らしく視界は広いから、死角はないと思った方が良い。ちなみにああ見えて、一応モンスターだよ」


 荷車からいつのまにか降りているコウが、ブロッサムにも分かりやすく説明する。


「……ちなみに半分って、HPですか?」


 淡い期待で聞いてみたのだが、


「いいや、人数さ」


 コウの一言で、シャボン玉のように弾け飛んだ。

 あまりの威圧感に、思わず武器を握る手に力が入る。


「大丈夫、これだけの人数がいれば、結構呆気なく終わるはずさ。皆準備を「待っていただきたい」」


 コウの言葉と全員の動きを、遮る者がいた。

 禿頭の格闘家――善良だ。


「ここは、私1人に任せて頂けませんかな? 久しぶりに、全力を出しますので」


 それは、あまりにも衝撃的な言葉だった。

 いくら上位プレイヤーとはいえ、相手は中堅パーティーで相手にするモンスターなのだ。その攻撃力も防御力も、HPもまた圧倒的だ。

 1人で戦うのは、無茶というものだろう。

 普通だったら止めるはずだ。

 ――もっとも、このギルドは普通ではなかった。


「……そ、分かった。じゃあ全員待機で」


 コウがあっさりとそう言うと、ギルド全体に弛緩したような空気が流れ始める。マミに至っては武器をしまって酒を取り出し、トーマも荷車に背中を預けて完全に気を抜いている。


「え、ちょっと待ってください、止めないんですか!?」


 ハンマーを持ちながら右往左往するブロッサムに、コウが呑気に背中を押す。勿論、方向は敵とは逆だ。


「大丈夫だよ、彼は強い、あれくらいなら1人で片付けられるよ」

「いやいや、パーティー用モンスターですよね!? いくら強くても1人じゃ、」


 そう言っている間に、善良はスタスタと敵に向かって歩き続ける。

 鼻息は蒸気の如き熱を持って放たれ、その筋肉の塊はそれだけで十分な熱量を保有している。力そのものが、蒸気のオーラで再現されているようだ。

 それでも、善良の歩みは全く怯みはしない。

 まず、ウィンドウを操作し、武器であるはずの――籠手を外す。


「大丈夫って断言出来るほど強いんだよ。それに、彼の本気、その、」


 コウが言い淀んでいる間にも、善良はまたウィンドウを操作した。

 今度は、防具である胸当てなどが外され、残すのは私服のように使われる、防御力が0に等しい上着とズボン、そして靴だけだった。

 ――それでも、善良の手は止まらなかった。



「……あんまり、近くで見たいものではないから」




 その私服すらアイテムボックスに収め、




 善良は、裸になった。







次回の投稿は11月21日の0時に行います。

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