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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
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9 葛藤と苦悩






 ――ゲーム世界で2日目を迎えた《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》メンバーの旗艦〈アンメアリー号〉の旅路は、特に書き記す必要性がないくらい、順調だった。

 そもそも空の上で地上に住んでいるモンスターやエネミーとは出会わず、コウの綿密な下調べと旅程計画のお陰で、空を活動の中心に据えているモンスターなどとも遭遇しなかった。

 空を飛ぶ乗騎アイテムを個人で持っているメンバーがいないし、空を飛ぶモンスターは大概が上級モンスターである。飛び道具を持っている人間も少ないこの《嘲笑う鬼火》では対応が難しい。

 だからこそ、コウは安全に行ける航路を見つけたし、それでも船長であるネオと一緒に常に警戒に勤しんでいた。

 勿論、手持ち無沙汰で、全員が何もしていなかったわけではない。仁王は全員の武器の手入れなどを怠らなかったし、イワトビは何やらアイテム制作をしていた。

 他のメンバーもリアルでの都合や、その他様々な雑事を熟していた。お酒を呑んでいたトーマですら、『悪い、これから部活の練習なんだ』と言って、アバターを残して離脱した。

 基本街などの安全域でのログアウトでは完全に姿を消失させるが、それ以外のログアウトにはアバターが残る。

 故に、このような船や一時的・擬似的に安全域を作り出すアイテム……簡単に言えばテントなどを使う。

 だから、この船には現在寝ているアバターが多く、動いているプレイヤーも殆どが、何かしらやるべき事に従事していた。

 ……マミとブロッサム以外には。


「ムゥ、ムムム……」

「なんだいブロッサムちゃん、難しい顔をして。もしかして便p「それ以上言ったら怒りますよ」冗談冗談〜怒んないでよ〜」


 甲板の縁から流れる景色も絶景ではあるが、やはり殆ど一日中見ていれば飽きてくる。

 相変わらず酒を呑んで高笑いを上げているマミを尻目に、ブロッサムは小さくため息を吐いた。


「にゃ〜、せっかくのゲームなんだから、溜息なんて吐かない方が良いよ〜、もっと楽しもうよ〜」

「……私はマミさんみたいに、お酒も飲めないし、他の人みたいに生産スキルもありません」

「そりゃあ知ってるよ〜」

「……いいえ、分かっていません」


 マミの言葉に、珍しくブロッサムの言葉は真剣で、頑なだった。

 流石のマミも、その声色で少しだけ酒瓶を傾ける手を止め、優しい目でブロッサムを見上げる。

「……にゃ〜、ブロッサムちゃんは何か悩み事かにゃ? お姉さんにちょっと相談してみなよ」

「相談って……」


 隣に座り込んでいるマミの言葉に、ブロッサムは思わず半眼で見てしまう。


「酔っ払いに、ご相談するような事はありません」


 実際は、他人に悩みを話す事に抵抗感を感じているからなのだが、それを言う事すら躊躇われたブロッサムは、ほんの少し棘のある言い方にすり替えてしまう。

 そんな懐疑的なブロッサムの言葉を、マミはそれも大人の余裕と言わんばかりに、笑って受け流した。


「あはは〜、やだブロッサムちゃん超厳しい。

 でも、酔っ払いだからこそ話して見る価値があるかもしれないよ〜、どんな暴言だって笑って流せるし、相手にとって都合が悪けりゃ忘れる。

 これほど楽な相談相手、いないんじゃないかなぁ」


「む……そういうもんですか?」


 ブロッサムの釈然としない言葉に、


「そういうもんなんですっ」


 とマミは楽しそうに答えた。

 それだけで、信用度はガクッと下がった……のだが、このまま胸の中でモヤモヤ溜め込んでも、仕方のない事なのも事実。

 ブロッサムはしばらく遠くの景色に目を向けていると、意を決したように話し始める。


「……さっきも話したように、私は生産スキルを持っていません」

「ん? まぁ、そうみたいだね」


「おまけに、コウさんみたいに頭が良いわけでも、ネオちゃんみたいに船が動かせるわけでもありません」

「そうだね〜」


「……おまけに、単純な仕事もありません」

「うんうん」


「…………私は、ここで役に立っているんでしょうか」


「うんう……ん?」


 ブロッサムの最期の言葉に、マミは首を傾げて見上げる。下からでは上手く観察出来ないが、その真剣さだけは伝わってくる。


「せっかく、ギルドに入ったのに……私、皆に迷惑かけるばかりで、全然、役に立ってないです」


 最初のブリーフィングだって、まだゲームに慣れていないブロッサムの為に割かれた時間だった。

 今回船で動く事になったのも、半分は言い過ぎでも、3分の1くらいは、1度もイベントに参加した事がないブロッサムの所為であるのは、否定出来ない。

 最初に着いた街で戦闘訓練をしてくれたのも、マミが街には入れず手が空いているという事もあるだろうが、新人に合わせるのは手間だっただろう。

 そして今、手が空いて暇を持て余している――いいや、これは【ランプ・タウン】に入ってからもずっとだった。


 必要にされていない。

 むしろお荷物になっている。

 自分は本当に、ここにいて良いんだろうか。


 楽しければ楽しいほど、優しくされて嬉しければ嬉しいほど、不安は募っていくし、考え込んでしまう。暇なので、余計にそれは深まっていく。


「……えぇっと、つまりアレかい? ブロッサムちゃんは役に立たなきゃいけない()と思っているのかい?

 最初に言った言葉を、君はもう忘れちゃったの?」


 マミの驚きの言葉に、ブロッサムは心外だと言わんばかりに振り返った。


「だって、皆さん何かしらお仕事してます! 自分だけこんな、こんな暇で、お客様扱いされてたら、いつまでも、いつまで経っても――、」


『仲間のように扱いされない』


 そんな言葉を吐き出そうとして、飲み込んだ。

 だってこれは、ブロッサムの我儘だったから。助けて貰って、ギルドに誘って貰えて、色々教えてくれて、面倒を見てくれて。

 ここまでして貰っているのに、これ以上何かを求めたら、きっとそれは我儘だから。


「……ハァ〜、マジか。ブロッサムちゃん、マジでか。マジでそんな風に考えていらっしゃいましたか」


 マミの言葉には驚きと呆れの両方が混じっているような気がして、ブロッサムは気恥ずかしそうに、被っている兜を目深く被り直した。


「……すいません、ワガママが過ぎますね。こんなに良くしてもらっているのに、こんな、」

「あぁ、違う違う。そういう意味で言ったんじゃないよ。なんていうか、拗らせてるなぁと思ってさ、『いじめられっ子』を」


 酒瓶をアイテムボックスに押し込め、マミが立ち上がる。体から酒が抜けきっていないせいで顔は紅潮しているが、その表情は先程と違って、真剣そのものだった。


「いじめられっ子を、拗らせる、ですか?」


「そーそー、拗らせてる。思いっきり拗らせてるよ。

 無償の親切とかに慣れてなさ過ぎて、逆に悪い事してる、阻害されている気分? になっちゃってるんだって。普通だったら軽くありがとうって言う程度の事を、大恩みたいに言っちゃって」


「そんな事は、ない…と、思います……いや、おそらく……あるいは、……」


 自信を持って否定しようとしたのに、言葉はどんどん曖昧に、尻すぼみになっていく。口を開く毎に、否定の気持ちよりも納得の方が強くなっていく。

 言われてみれば、そうなのではないか、と思えてくる。


「そもそもだ、君は大きく間違っているよぉ、ブロッサムちゃん」


 マミは縁に手を乗せ、上空にしては弱く、爽やかな風で頬を冷ましながら、ブロッサムに話し始める。


「そもそも、私達は、君に役立って貰う為に、ギルドに入れた訳じゃない。前提を間違えないでくれ。

私達は、私達全員は――『君といると何か楽しいかも』って思ったから仲間に入れたのだよ!!」


 漫画的表現をするならば、ズビシッ! という効果音が付きそうな程力強い言葉と行動だ。

 あんまりにいきなり過ぎて、ブロッサムは縁に肘を突きながら、ポカンとしている。


「……あの、いえ、確かに初心者ですから、技能を期待してってのはないでしょうけど、」


「そーゆー意味ではないブロッサム隊員、いい加減気付きなさい!

 も〜〜〜っとはっきり言うなら、私達は君が『好きになったから』誘ったんだよ!」


「なっ」


 飲酒もしていないのに、ブロッサムの顔が紅潮する。


「す、好きって! そんな大袈裟です!!」

「あはは〜、まぁそうだよねぇ。でも、誇張ではないよ。


 この子なら気を許せる、この子なら迷惑をかけられても気にしない、むしろ迷惑じゃない部分の方が多いかもしれない。

 そう考えられたからトーマはギルドに誘ったんだし、私も承認した」


「それは……でも、それは私が、セラさんに似ていたから、じゃないんですか?」


 セラ。

 《嘲笑う鬼火》に所属していた魔法剣士。

 助けられなかった少女。


 ブロッサムが、あのままでは行き着いたかもしれない末路を辿ってしまった少女。

 そんな彼女にブロッサムが似ていたから声をかけられた。だから助けられ、ギルドに入る事を許可された。

 だから自分は、純粋な意味で、このギルドに認められては――、


「――ブロッサム。それは私に対しても、皆に対しても、そして何よりセラに対して、失礼だよ」


 声色は変わる。

 普段は軟弱という言葉を絵に描いたように緩く、戦闘以外には……いいや、戦闘に対してすら楽しげに、子供のような喜色を見せていた声に、初めて聞く感情が篭る。

 それは、怒気。

 表情には誇りと、そして同じく怒りが浮かんでいた。


「……すいません」

「……いいや、こちらもごめん。君がそういう風に考えてしまうのは、分からないでもないんだ」


 首をすくめ、申し訳なさそうにするブロッサムに、マミはすぐに笑みを浮かべた。先ほどの刃のような怒気は本当に一瞬で、鞘に収められた。


「確かに、きっかけはそうだよ。トーマも私も、正直言って君をセラと同一視してしまったからこそ、君を助けよう、同じ失敗は繰り返さないようにしよう。そう思った。

 でもね、これだけは信じて欲しいんだ――私達は、罪悪感だけで君を仲間に引き入れるなんて事は、絶対にしないって」


 セラはセラ。ブロッサムはブロッサム。

 似ているし、両者とも同じく才能があるが、しかしそれはあくまで似ている部分があるというだけで、同質・同存在であるとは思っていない。

 もっと若ければそんな勘違いをしてしまうのかもしれないが、ここにいるメンバーは社会人が多く、未成年の人間もその殆どが早熟で、頭が良い。そんな馬鹿な間違え方はしない。

 あくまできっかけ……そうでなければ、ギルドの仲間に加えるまではしない。

 だってそうだろう? もし助ける事、支える事だけが目的であれば、マミたち全員が関わる必要性も《嘲笑う鬼火》として関わる事も必要がないのだから。

 適当にサポートして、トーマに全部やってもらう事だって出来たし、トーマだって、ギルドメンバーにそれを話さないようにする事も、簡単だったはずだ。

 だけどトーマは全員にそれを話し、ギルドへの参加を打診するという選択をしたし、マミ達もそれに反対はしなかった。

 彼女が入ってくれれば、彼女と一緒にゲームをしていれば――《嘲笑う鬼火》の1番の活動目的を、皆思い出せると思ったから。

 『最高に楽しくゲームをする』。ただそれだけの事が、今の状況では出来ないと思ったから。


「だから君は役に立っているし、仲間だと思われてないかも〜、なんてお門違いな悩みは持たなくて良いの」

「……そう、かも……知れないですけど、」


 ブロッサムは口籠る。

 そもそも、何をどう『楽しんで良いのか』すら、ブロッサム本人は微妙に分かっていないのだ。少なくともギルドの仕事をしたり、何かの役割を負っている方が、ずっと楽だ。


「むむむ、まだ分からないかぁ……でもそうだね、君はそういう『良い子』だもんね。

 なら、こう考えたら良い――君のギルド内でのお仕事は『ムードメーカー』だ!!」


「むーどめーかー、ですか?」


「そうそう!

 君の心の赴くまま、楽しい事を見つけ、全力で楽しみ、それを周りの人に嘘も脚色なして伝える。それが、君のお仕事」


 ただ、楽しんでいくれれば良いのだ。この世界ゲームを、《嘲笑う鬼火》というギルドを。それだけでマミやトーマは嬉しくなる。

 巻き込んでおいて、楽しくなさそうにされていたら、気分が良いものではない。


「もちろん、別にここでなくたって良い、ギルドなんて、腐る程あるんだ。ここじゃない場所に君の求める居場所があるならば、それでも私は――」




「いやです」




 今までで1番強い言葉が、ブロッサムの口から、心から溢れ出てくる。


「私がもしギルドに入るのだとしたら……それは《嘲笑う鬼火》以外にありません」


 恩義はある。構ってくれたという喜びも、強い。

 でも、それだけ、というわけでもなかった。

 格好良いと思ったからだ。助けてくれたその姿が、歓声と罵声を挙げられながらも、それでもただ自分達らしくプレイする彼らに憧れたから、ブロッサムはリクルートに応じた。

 たったそれだけど――それが無ければ、ブロッサムはここには入らなかっただろう。理由なんて、所詮そんなものだ。

 ブロッサムの言葉に目を瞬かせると、マミは、どこか気恥ずかしそうに、口元を緩める。


「――へぇ、そうかい。それはまぁ、嬉しい言葉だね」


 たったそれだけで救われるような気持ちになってしまうとは、我ながら随分チョロい。

 そんな苦言をマミの心の中にいる大人の自分が言うが、そんな事が気にならないくらい、今のブロッサムの言葉は嬉しいものだった。


「ご歓談中失礼、お嬢様方」


 そこに、ついさっきまでネオと何かしらを話し合っていたコウが声を掛けてくる。


「そろそろ到着だ。もう皆集まって来るだろうから、出発の準備だけ念入りに頼むよ」

「もう着くって……着くのは明日じゃないんですか?」


 ブロッサムの言葉に、コウは理知的な笑みを浮かべる。


「そうなんだけど、ここからは、船では渡れないんだよ……理由は、見てくれれば分かる」


 そう言って足早に去っていくコウの背中に、ブロッサムは首を傾げた。







次回の投稿は11月20日の20時に行います。

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