8 殺伐過ぎる料理店
結局2時間ほどパーティープレイとタンカーの基本を仕込まれたブロッサムが戻って来た時には、買い物は終わり、そのまま出発という流れが待っているだけだった。
本当は何か手伝えれば良かったのに……そう落ち込んでいるブロッサムに、コウは『今のブロッサムさんの仕事は、『学ぶ事』と『楽しむ事』だよ』と笑顔を浮かべていた。
それが半分事実、半分好意なのは理解していたが、ブロッサムにはそれに甘える以外の選択肢は残っていなかった。
船はそれ以降なんの障害にもぶつからず、順調に旅路を進んでいた。そして夜……正しくはゲーム時間での夜、もう1時間弱でメンバーの1人に規定のログアウト時間が訪れるという時に、
「はい、んじゃ手を合わせてぇ――いただきます!」
「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」
「い、いただきます」
何故か皆で、テーブルを囲んでいた。
船の中に設けられた食堂は、12人が座っても問題がない長椅子にテーブルがポツンと置かれた少々寂しいものだった。
それが今では、古今東西の様々な料理が豪勢に彩りを与え、皆思い思いに好きな料理に手をつけ、鮮やかな賑わいを見せていた。
「……トーマさん」
「なんだ、ブロッサム」
隣で豚の角煮を頂きながらビールを呑んでいるトーマに話しかける。
「なんでご飯食べてるんですか? これから戦闘でも始まるんですか?」
【ファンタジア・ゲート】の食事には、食事で得られるバフ効果狙いの『ゲームとしての理由』と単に美味い物が食べたいという『娯楽』としての側面が存在する。
今回の旅そのものがまさしく後者なのだが、その旅の途中――しかも現実ではまだお昼前――の現在、食事をする必要性は、皆無と言っても良いだろう。
だからてっきり前者かと思って聞いたのだが、トーマは木製のジョッキを煽ってから首を横に振る。
「プハァ〜、いいや〜、そんな予定は全然ないぞ〜」
口調は実に呑気。というより、まだ一杯目だというのに、もう酔っているような雰囲気だ。
「これはまぁ、うちらの儀式つうか、ルールみたいなもんさ」
「ルール、ですか?」
「というより、習慣、みたいなものかもしれないわね」
トーマの言葉を引き付いたのは、向かいに座っていた女性――サマサだった。
「ここでは、現実の1日が4日になる。つまり1日一緒にいるだけで、4日過ごす事になるでしょ?
勿論、ゲームだからって気にしない人もいるけど、私達《嘲笑う鬼火》では、規定時間ログアウトの事もあって、日が落ちたら夕食を一緒に食べるって決めているのよ」
「そ、そうだったんですか」
まだ彼女に慣れていないせいか、身を強張らせながら、ブロッサムは何度も頷く。
もっとも、疑問は完全には解消出来ない。食事を摂る必要性がなく、ただ食べるというのは、言葉を選ばず言えば『無駄』なのではないかと。
それが顔に出ていたのか、ブロッサムを見てサマサは微笑ましそうに笑う。
「ウフフ、素直なのは素敵だけれど、出来れば『どうして?』って聞いてくれると嬉しいわ、話も弾むし、実際気になるでしょう?」
そう言われて、「そ、それもそうですね」と身を乗り出す。
「えっと、どうしてですか?」
「それはね――楽しいからよ」
「楽しいから、ですか……」
確かに料理は美味しいが、それはまた別問題なのではないか。
その答えは、すぐにブロッサムの耳に届いた。
「確かに、この世界はゲームよ。ゲーム的に必要なら食事を摂ればいいし、逆に必要ないなら取らない方が経済的。
でも、折角完全没入型のVRゲームをやっているんですもの。そういう部分を合わせるのも、きっと楽しいわ。
ベッドで寝たり、決まった時間に食事を取ったり、高機能のNPCと仲良くなったり……無駄かもしれないけど、結構悪くないものよ」
この世界でも珍しくはない、趣味と実益を兼ねたロールプレイだった。
現実と同じような時間感覚で生活すれば、自然とこの世界が『本物』のように感じられる。
何より、たとえ実質6時間とはいえ、体感では1日だ。1日2日食事を摂らなかったり眠らなかったりするのはシステム上可能ではあるが、脳内時間が狂ってしまう可能性は、否定出来ない。
それならばと食事をとったり、ログアウトして擬似睡眠を演出しながら、現実の時間に体を合わせるというのは、【ファンタジア・ゲート】では一般的と言っても良い。
それが《嘲笑う鬼火》では『夕食を取る』という事だった。
「もっとも、たまにいるけどな〜、廃人が」
「廃人、ですか?」
「強制ログアウト時間以外を、戦闘や生産、つまり純粋にゲーム内での地位向上や稼ぎに使う人達ね。
飲食はバフ効果があるとはいえ、ファッション程度に考えている人もいらっしゃるから、“無駄”と省いてしまうのよ」
「まぁ、このゲームじゃあんまり強くないんだよなぁ、廃人プレイヤーは。どうしてもそういう遊びの部分が重要になってくるから」
「あら、トーマくんは随分粋な事を言うのね」
「事実だからな。トッププレイヤーって呼ばれてる連中ほど、この世界で“生きている”気がする」
食事をする手を止めてはいないが、同時に喋っている口も止まっていない。普段であれば汚く見えるかもしれないが、しっかりと口が相手から話している辺りは流石だ。
周りの皆も速度は違いながらも、食べ、飲み、談笑している。まるで常連が顔見知りの大衆食堂や、学校の食堂を思わせる、楽しい賑わいだ。
普段であれば蚊帳の外だが……今日はブロッサムも、またこの蚊帳の中だった。
――この世界で〝生きる〟。
人によっては馬鹿馬鹿しく聞こえる言葉によって、ブロッサムの心に高揚感のような、今までに感じた事のない不思議な興奮が浮かんでいた。
「っぷはぁ〜、ほら、ブロッサムもどんどん食っておけ、食いっ逸れるぞ!」
「はい! 沢山食べ、」
自分も負けじと箸を取り、目の前に置いてあった肉団子の山を取ろうとした。
――のだが、大皿にはその痕跡たるタレのような物がこびり付いているだけで、肉団子そのものはまるで跡形もなく消失していた。
「――ま、す?」
まだ食事が始まって、10分と経っていない。そんなすぐに無くなってしまうほど、肉団子は量が少なかっただろうか。
そんな疑問が頭に浮かんだが、すぐに気を取り直して、今度はまた近くに置いてあっただし巻き卵に手を出した。
――のだが、またしてもそこにあったのは、空の皿だけだった。
「……??」
だし巻き卵など、それこそ卵をいくつ消費したのだろうと思えるほど、量があったはずだ。それがこんな短時間で……。
流石に疑問に思いながらも、今度は生ハム盛り合わせを食べようと意気込んで手を伸ばした。
――が、ない。
またしても、ない。
まるでそこにあったのは、自分が見た幻覚だったかのように、存在がなくなっている。
「……!?」
おかしい。
絶対おかしい。
いくら人数が多いとはいえ、料理の数だってそれに合わせて膨大だったはずだ。《嘲笑う鬼火》の料理番でもあるイワトビが、勘定を間違える事などあるのだろうか。
「……あ〜あ、だから言っただろうが。」
若干引いているのが分かるようなトーマの言葉と視線で、ブロッサムの視線が動く。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
「……あの、サマサさん」
「どうしたの、ブロッサムちゃん。お皿が綺麗だけど、もしかしてお腹空いてない?」
「いえ、今日は戦闘しましたから、ちょっと小腹は空いてます……」
「あら、そうよね? もしかして遠慮? ダメよ、もうブロッサムちゃんは私達の仲間なんだもの、遠慮しないでどんどん食べなさい。食べられなくなるわよ?」
「ああ、はい、いえ、現在進行形で食べられないです。
――サマサさんの所為で」
サマサはブロッサムが話している間もずっと、食事を続けている。
周囲にあったはずの料理を、自分の小皿に山盛りに盛りつけて。
しかも先程から会話は流れるように進んでいるのに、盛り付けられた料理はあっという間に飲み込まれ、噛み砕かれ、嚥下されているのだろう。
何故『のだろう』と予想のように言うのかといえば――早いのだ。
口に入ってから飲み込むまでのスピードが、1秒もかかっていないように見える。口に入れ、一噛みみして、飲み込んでいるようにしか見えない。
録画の早回しそのもの、という言葉でも正解だろう。
「サマサさん、早食いは体に悪いですよ」
「フフフ、ありがとうブロッサムちゃん。でも心配いないわ、VRゲームで消化不良なんて起こさないもの。
それに、これは私の意思というより、《大食い》ってスキルの影響だから」
「《大食い》、ですか?」
食べる手を今だに止めないサマサに変わって、今度はトーマが口を開いた。
「《大食い》は、そのものズバリ、食う事に特化したスキルだ。
普通は料理食べるのには時間もかかるし、量だって限られる。一定量食べると、システムから強制的に『満腹感』を与えられるんだ。
《大食い》はその満腹感の上限を上げ、食事を取るスピードを上げる。つまり、それで複数の料理バフを貰う事が可能だ」
「そう聞くと便利ですけど……」
複数のバフがかかれば便利だし、全員使っていてもおかしくはないが、他のメンバーはブロッサムも含め、普通の食事スピードだ。
失礼な言い方だが、サマサと他のメンバーの食事スピードは、掃除機と台風並みに違うから、比べるまでもない。
「ああ、便利だ……便利ではあるんだよ、デメリットに目を瞑ればね。
こいつのデメリットは3つ。
複数のバフ効果を得る為に、結局は普通の食事以上に時間をかけなきゃならない事。
料理バフの効果時間が、を2つ食べれば半分に、3つ食べれば3分の1にとアホな勢いで削られる事。
……そんで、スキルランクを上げる為にフードファイターレベルで食わなきゃならない事だ。食事が拷問になるレベルで」
「それは……」
ブロッサムが言い淀む。
流石に使っている本人の目の前で「無駄じゃないですか」と素直に言うのは、憚られたから。
メリットは魅力的だが、その分デメリットがきつい。メリットを1つ潰して、おまけに時間を短くし、娯楽であるはずのモノまで苦行に姿を変えさせる。
ちょっとした悪魔のスキルだ。
「まぁそういうわけで、半分……どころかだいぶネタスキルだ。
とってる奴も、よっぽど変人か、あるいは食うのが異常に好きかなんだが……」
「あら、トーマくん酷い。私は変人なんかじゃありません」
「明らかに後者を言ってんだよ俺は!」
文句を言いながらも、食べるモーションは止まっていない。一種異常と言ってもいい。
「くっそ、料理減ってきた、おいイワトビ、お前作りに行ってこいよ!」
「フザケンナでござる! 拙者だって食べたいでござる!」
「ゴザルが作らなきゃ、どっちにしても食い尽くされるんだから、行っておいでよ〜」
「ああもう! 拙者こんな役回りばっかり! あともう一度でもゴザルって呼んだら爆弾地獄に処してくれるわ!!」
テーブルの角に座っていたイワトビが立ち上がり、テーブルからそう離れていないシステムキッチンに、不満を隠そうともせずに歩いていく。
「ごめんなさいねイワトビくん――でもほら、イワトビくんの料理美味しいし、つい」
「嬉しいですが、今はその言葉すっごく複雑でござる!!」
サマサの笑顔に流石のイワトビも暴言を吐けないのか、どこか微妙な声色で絶叫する。作っている本人からすれば嬉しい悲鳴のようなものだろう。
「PvPの打ち上げではあんまり食べてなかったのに……っ!」
「ありゃ猫被ってたんだよ。実際は、こいつ飯食うの大好きだからな」
料理は材料を揃えあっという間に作られ、テーブルに並べられるが、並べられた端からサマサの口に消失していく。
誇張ではない、事実だ。
あっという間に消え去るその様はもはやブラックホール。誰も彼女を止められない。
「ああ減ってく、飯が減ってくっ!」
「とっとと皿に取り分けましょう、流石のサマサさんも取り分けられた料理に手を出す人ではありません」
「………………同意」
「ちょっ私の照り焼き取らないでくださいっス!」
「早い者勝ちよ、年長者を敬いなさい」
「や〜い年増〜」
「アンタの方が実年齢上でしょマミ!!」
「皆、肉ばかりではなく野菜も食べようよ……って、聞いてなさそうだな」
もはや食卓は戦場と化した。
まるでお互いに料理を取り合い、押しのけ合い、それを横からサマサに掻っ攫われる。そんな殺伐とした風景に様変わりしてしまった。
さっきまでの和気藹々とした雰囲気は、アットホームな雰囲気はなんだったんだ。
というか、別に食べなければ飢えるとかそういうものでもないのに、目が必死だ。動物園の肉食動物なら、裸足で逃げ出すくらい血走って、獰猛なものになっている。
もはやここは食堂ではない。
飢えた動物達が放り込まれた檻なのだ。
「……なんで、もっと良い感じだったじゃないですか、なんでこうなるんですか」
「……これが《嘲笑う鬼火》恒例、『殺伐過ぎる料理店』だ」
「そんな恒例、嫌ですよ!!」
絶叫を上げながら、ブロッサムも負けてはいない。つい数分前まで大人しかった箸は、今や唸りを上げるほどの勢いで操られ、閑古鳥が鳴いていた更にはこれでもかと料理が盛られる。そして時々食べる。
そうでもしないと、目の前の美味しそうな料理が無くなっていく。
「ちくしょう、皆必死で食い過ぎでござる!――コウ殿! 後で食料の追加請求、暖簾並みに書いとくでござるからな!」
「あははは、まぁ必要経費だよ!……でも、出来るだけ安く済ませてね」
「それはここにいる全員、特にサマサ殿に言って欲しいでござる」
「あらあら、皆よく食べるわね……うふふ、私も負けないように本気出さなきゃ」
サマサのたった一言。
たった一言で、他の《嘲笑う鬼火》メンバーの心が1つになる。
「「「「「「「「「「いや、まだ本気じゃなかったのかよ!!」」」」」」」」」」」
その後、ログアウトしたものの、ほぼ全員が食事を摂れなくなるくらいの満腹感に襲われたそうな。
――唯一の例外、1番食べたはずのサマサだけは、某チェーン店が多い豚骨ラーメンで大盛りとご飯3杯食べたそうだ。
次回の投稿は11月20日の0時に行います。
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