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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
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6 フィールドと街の中で






「そもそも、あの事件が悪かったんだよねぇ」


 首の拘束から解放されたマミは開口一番、そんな言葉を皮切りに話し始めた。

 《皆街商会》に、マミ個人がとある提案をされたのが、事の発端だったそうだ。

 とあるPvPで、わざと負けてほしいという依頼だった。簡単に言ってしまえば、〝八百長〟だ。

 どうやら彼らには彼らなりに何か考えがあったらしいのだが、今をもってその内容をマミは知らない。案外接待プレイだったんじゃないかなぁ、とマミは明るく言っていた。

 重要なのはここから――マミは依頼を引き受けながらも、うっかり勝ってしまったのだ。

 意図した事ではなかったと言っているが、もしかしたら本当に『その場の思いつき』程度だったのかもしれない。


 だが、それで簡単に話が済むはずがない。


 《皆街商会》はマミ個人と商売をしないと宣言。【なんでも市場】に入れないどころか

 系列店などでも買い物が出来なくなってしまった。

 幸いなのが、彼女をリーダーとする《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》全員にその咎が及んでいないというくらいで、それ以外は大損害だ。


「結構、私が負けるってのが重要だったらしいねぇ……ま、今更言ってもしょうがないんだけどさ」

「それで、街に入れない代わりにここに来たって事ですか……」


 先行するビックマウンテンに着いて行きながら、マミの言葉に頷いた。

 ――周囲の景色は、鬱蒼とした森に変わっていた。

 【始まりの街】近く、ブロッサムが初めて行った森のような物ではなく、もはやジャングルといっても差し支えない、熱気と湿気を感じる森だった。

 【ネイドジャングル】という名前が付いたこのフィールドは、フルパーティーで挑まなければいけない大型モンスターと、個人で倒せる小型モンスターの間に分類されるようなモンスターが多いのだそうだ。

 1人で倒すのはちょっと手間だが、3、4人で当たれば勝てる、というような。

 ここならば練習にもってこいだろう、とマミが言ったのだ。


「まぁ、ついでにブロッサムちゃんのパーティープレイ練習に持ってこいだったってのは確かだけどね。

 じゃなきゃ、ビックマウンテンを付けなくても、トーマを連れて行けばいいんだもん」


 そう言いながら、マミは実に楽しそうに、大岩のような背中を眺める。

 ビックマウンテン。

 トーマとマミの話では、この世界でも《聖騎士(パラディン)》のアーサーと比肩される壁役タンカーなんだそうだ。


「ビックは、それこそ壁役に必要な全てを持っているような男だ。きっと、ブロッサムちゃんに優しく教えてくれるはずさ」

「……そう、でしょうか」


 マミの言葉に、ブロッサムはどこか懐疑的だ。

 ビックマウンテン自身をどこか恐れているのは、その外見の所為だけとは言い切れない。

 何せ彼女は今の今まで、殆ど話していないのだ。

 ……いいや、正しくは会話が成立しない。

 慣れているだろう他のメンバーと話す時も、彼は一言二言なにかを言うだけで、殆ど会話として成立しないのだ。

 他のメンバーはそれでもう慣れてしまっているのかもしれないが、ブロッサムにはそれが居た堪れない。

 どんなに話しかけても反応が薄ければ、どう話せば良いか分からないからだ。


「……もしかしたら、あんまりよく思われていないんじゃないかな、って思うんですけど」


 彼は確かに言葉足らずだが、慣れている人間にはどこか気安い雰囲気を持っているように思える。ところがブロッサム相手にはどこか硬いというか、あまり気楽に接してくれているという感じがない。


「それは……うぅ〜ん、違うと言えば違うし、違くないと言えば違くないかなぁ」


 どこか困ったように苦笑する。

 ブロッサムに対して対応が硬い。それは確かにその通りだが……それにもちゃんと理由がある事を、マミはよく分かっているつもりだ。

 しかし、それを自分の口から言っていいものか、言ったとしてもちゃんと理解出来るかは定かではない。


「むむむ……まぁ、1回実感しちゃえば話は早いんだけどねぇ」

「?」


 独り言の言ったマミの言葉に首を傾げていると――木々を掻き分けて前に進んでいたビックマウンテンが、徐に右手を上げ、背後にいる2人に静止を促した。

 それだけで、何となく空気は張り詰める。

 すぐに装備を実体化させ、マミは大太刀を、ブロッサムは〈ぶちぬき丸〉を、その手の中で感触を確かめるように動かす。


「何かいたかい、ビック」


 ビックはその言葉に、ゆっくりと首肯する。


「………………〈カッパー・ホーン〉だ」


 そう言いながら、見てみろと言わんばかりに手招きをする。マミに肩を叩かれ、恐る恐る草の中から顔だけを出した。

 沼のような泥濘んだ場所に佇んでいたのは、鎧を着た犀だった。

 その体の表面には、巨大な鱗のように何枚もの鉄材が折り重なっており、頭の金属か兜の如く変質している。鼻先に生えている角はよく磨かれ、一種の刃になっていた。

 名前の通り、全身が赤銅色をしているその姿は、鎧を纏った一流の戦士を彷彿とさせる。


「………………そこそこ、強い」

「うん。中堅プレイヤーが手間取るタイプのモンスターだね。

 外皮は鎧みたいなもんだから【粉砕】特性以外は効果が薄い。HPもそこそこあるしね」


 ビックマウンテンの言葉を、マミが補足する。

 ブロッサム自身が分かり易いところで言えば、〈ロック・タートル〉の上位版と言って良いだろう。

 上級プレイヤーのビックマウンテンやマミがいるからこそ、そこまで苦にはならないが、同じランクのプレイヤーばかりであれば、主戦力はブロッサムになっていただろう。

 いや、上位プレイヤーに頼っているだけではない。パーティープレイを学びのであれば、当然ブロッサムが頑張らなければいけない。

 改めて気合いを入れ直し、ハンマーを持ち直す。


「………………お前は、あまり、動くな」


 そんなブロッサムに、思わぬ言葉が告げられる。

 初めてビックマウンテンの口から二言以上の言葉を口にしたと思えば、それは一種の拒絶の言葉だった。


「待機って……どういう事ですか?」


 思わず非難めいた言葉を口にしても、ビックマウンテンは一瞬躊躇するだけで、すぐに視線をそらしてウィンドウを開き、装備を実体化させた。

 巨大なカイトシールドが2つ、現出する。

 片や勇猛な獅子が描かれ、片や力強い黒い馬が描かれている。それを両腕に装備する。武器の類が見当たらないどころか、これから出す素ぶりも見せずに、ビックマウンテンは立ち上がった。


「………………後ろで、見ていろ」


 たったそれだけを言うと、重厚な動きで〈カッパー・ホーン〉の方に向かっていった。

 ――頼りにされていない。足手纏いのように扱われた。

 確かに、きっと上位プレイヤーにとってはその通りなのだろうが、しかしブロッサムにとっては悔しい。

 思わず、鈍く締め付けるような音が聞こえるほど、〈ぶち抜き丸〉を握りしめた。


「……ハァ。本当に、ビックは口下手なんだから」


 その隣で、刀を構えながらマミが立ち上がる。


「さぁ、私達ももっと近くに行こう」

「っ、でも」


 『あまり、動くな』という言葉がまるで重石のように、ブロッサムの足の動いを鈍らせる。

 それを見て、マミはもう一度溜め息を吐いた。


「ハァ、ブロッサムちゃんも、深く受け止め過ぎ。そりゃあ、ビックの口が悪いけど。

 君は今回ビックの壁役としての動きを学びに来たんだろう? であれば、当然あんまり戦いに集中し過ぎて、なにも学べませんでした、じゃダメなんじゃないかな?」

「――あ、」


 その言葉で、ようやくブロッサムはビックの真意が見えてくる。

 つまり彼は、




「つまりあれは、『俺の戦い方をよく見て学べ』って事だよ」







「それで? なんでマーリンは、ブロッサムを避けるんだ?」


 トーマの言葉は、随分直接的だった。

 ポーションなどの消耗品の、各店舗での値段比較を紙に書いていたマーリンは、不機嫌そうに眉を顰める。


「……あら、私避けてたっけ? そんなつもりなかったのだけれど」


 その言葉の裏には『余計な事に首突っ込むんじゃないわよ、このボケ』という思いが込められているのは、トーマにも分かった。

 分かっていながら、あえて無視する。歩きながら、さも何でもないように、街道に開かれた店を冷やかしつつ。


「避けてんだろ、あからさまに。さも『私貴女みたいな小娘と話す気ないの』って言わんばかりの態度でさ」

「……私、そんな性格悪くないんですけど」

「そうじゃなくても、そう見えるんだよ。自覚ないようだけど、マーリンは外見的に、相当きつく見えるからな」

「……本当、アンタ礼儀知らずだから、嫌い」


 彼女に遠慮する事なくズバズバ物を言うトーマを、マーリンは半眼で睨みつける。

 年齢的には、彼女とトーマはかなり離れている。認めたくはないものの、その年齢差は5つ以上で、トーマから見ればマーリンは『大人の女性』な筈だ。

 もっとも、彼はそんなのを気にする様子はないし、マーリン自身も口で言うほど気にしてはいない。

 ゲームの中では、礼儀を忘れてはいけないが、同時に年功序列などの余計な柵は忘れるのが正解。


 『年上だから』なんて偉ぶっても、あまり意味がない。


 それが分かっているトーマの反応は、実におざなりだ。


「そりゃあ悪うござんした……だけど、意図的に避けてんのは、事実だろう?」


 トーマの言葉に、マーリンは黙り込んだ。

 それは言外に肯定するのと、変わらない。トーマは面倒臭そうに息を吐いて、言葉を続けた。


「別に無理に仲良くしろ、なんて言わないけどさぁ。それでも、もうちょっとやりようはあるんじゃないか?

 マーリン自身、ブロッサムが入ってくるのに反対じゃなかったんだから」

「……勘違いしないで」


 メモ代わりに使っていた紙を巻きながら、マーリンは憮然とした表情で言う。


「反対しなかっただけで、全面的に賛成したわけじゃない。私は私なりに、適切な距離の取り方をしているだけ」


 つかず、離れず。

 仲間として離れないように、かといって過度なほど親密にならないように。出来るだけ遠巻きに、見守るだけの距離に。


「――それは、あの件が影響している、って考えても良いのかな?」


 ――一年前。大事な仲間が1人死に、1人離れていった出来事に。

 トーマの言葉に、マーリンは視線を逸らした。それもまた、言外の肯定そのものだった。


「……知ってる? 私とセラ、それなりに仲良かったのよ?」


 同じギルドに所属する、同性。仲良くならないわけがない。それはマーリンに限らず、マミも、クリアリィも、サマサもネオも同じだった。

 女性が3人寄れば姦しいなどと言うが、それが倍になれば当然、その騒がしさもかなりのものだった。

 女子会と称してゲーム内で一緒にご飯を食べた事だってあったし、同じく女子会と称してイベントやフィールド狩りに参加した事だって、1度や2度ではない。

 現実の〝女子会〟ほど殺伐としている集まりもないが、このゲーム内のそれは、本当に楽しいものだった。

 本当に、仲が良かったのだ。

 仲が良かったから、失ってしまった事が、あまりにもショックだった。


「……馬鹿よねぇ。そもそもここはVRゲーム。本物のように見えても、本物を求めちゃいけなかったのに」


 ゲームの中で友情を育む事は、必ずしも間違いではない。それどころか、ゲームの中で結婚する事も可能だ。

 しかしだからこそ、この中で起こった事は、この中で完結する。

 現実に影響を与える事例など滅多にない。ブロッサムの身に起こった一連の事件こそ、そういう奇跡の中の1つ。全てのものに適用出来る話ではない。

 適用出来なかったからこそ、セラは死んだし、クリスは去ったのだから。


「だから、正直皆の気持ちが分からないわ。

 わざわざ関わって、助けて、ギルドにまで入れちゃって……私からすれば、あり得ない。あんな経験して、また同じ事を……ううん、それ以上の泥沼にハマるなんて」


 マーリンは大人だ。しかも普通の。

 失敗した経験があるならば、同じ失敗は繰り返さないように、避けられるものは避けてしまう。

 正直、ギルドに戻ってくる事すら悩んだくらいだ。

 それでも戻ってきたのは、他のメンバーだけは見捨てられないと思ったからだ。作ってしまった縁を壊す事だけは、マーリンに出来なかった。

 ……言い方は悪いが、ただそれだけ。

 これ以上新しく、深い関係を構築するつもりはない。

 ブロッサムに対してもそう……傷つくくらいなら、最初からほどほどの距離に立っている方が心地よいのだ。

 卑怯だな、と自身でも思っている。でも、それが1番傷つかないなら、その方が良いに決まっている。


「――そうかな?」


 トーマの言葉に、マーリンは視線を上げた。

 1年前。他のメンバーの誰よりも傷ついた男は、どこか希望に満ちた表情を浮かべていた。


「俺は、そうは思わないね」

「……それは貴方が若いから。大人になると、そういう風に楽観的にはなれないものなの。失うものが多いし、そんなにエネルギッシュでもないしね」


 トーマのそれが、マーリンには『若さゆえ』のように思えた。眩しく感じて、思わず目を窄める。

 だが、その言葉にトーマは首を振った。


「いやいや、そういう意味ではなく……多分、マーリンはそれでもなんかあった時、後悔しそうじゃん」

「……なんでそう言い切れんのよ」

「だって、アンタ優しいじゃん」


「――――――」


 思わず絶句する。トーマは、もはや疑う余地なしと言わんばかりに、自信満々な態度だ。


「他人なんてどうでも良い〜、なんて格好つけてるけど、1番世話焼きで、1番優しいから。

 きっと距離をとった場所で何が起こっても、結局『もっと近くにいれば』って後悔するんじゃないかなって」


 既に、ブロッサムとマーリンは関わった。その事実に遠い近いは問題ではない。もしこれでブロッサムに何かあっても、結局彼女は悲しむのだと。

 トーマは、そうどこか確信めいた答えを出していた。


「でも、それならむしろ、今まで以上に近くにいた方がいいと思う。

 前は手が届く距離じゃなかったっていうなら、今度はもっと近くに、手が届く距離まで詰めちまってもいいんじゃないか、って」


 トーマが得た答えは、マーリンとは真逆。


 前に救えなかったなら、救えなかった事を気にしない距離まで遠かったマーリン。

 前に救えなかったから、今度は救える距離にまでさらに近づこうとするトーマ。


 どちらが良い悪い、というレベルの話ではない。むしろ、ネットというか細い繋がりだったはずのそれを無理やり強めようとするトーマの方が、どちらかと言えばよろしくない考え、ともいえるだろう。

 でも、それこそ、


「……そんな風に頑張れるってのが、アンタが若い証拠よ」


 それは、非常に羨ましい提案だった。


「まぁ、別に押し付けないけど……案外、すぐに仲良くなっちゃうんじゃないかな。ブロッサムは、悪い奴じゃないし」

「――そうね。まぁアンタがそこまで言えるって事は、悪い子じゃないんでしょう。

 ……にしても、アンタあの台詞はないわ」

「あ? 台詞って?」

「ほら、私が優しいとかなんとか……アンタがもう3歳ぐらい成長してて、一部上場企業とかに就職してたら、私モーションかけてたわよ?」

「なんちゅう難しい注文。つか、だっだとしてもこっちがお断りだよ」

「あら、私美人よ?」

「自分で言うか。そういう意味じゃなくて、お金の亡者なアンタとはお断りって言ってんの」

「お金は大事よ。社会に出ればわかる」

「嫌な世の中だよな〜、世知辛いもんだよ」


 【なんでも市場】の賑やかな露店街を、2人は軽口を叩き合いながら、のんびりと進む。

 ……少し話してみても、良いかもね。

 マーリンはそう内心で思いながらという、多少複雑なものではあったが。






次回の投稿は11月19日の0時に行います。

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