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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
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4 飛ぶ






 旅の準備をまる1日使ったブロッサムがやってきた場所、そこにあったもの――それはまさしく、〝船〟だった。

 下から見るとより巨大に感じる船の腹が、土台をしっかり組み上げられた足場に泊まっている。

 船首には、2人の女性が抱き合った銅像が1つ備え付けられており、船としては小型なのだろうが、それでもブロッサムには大きく、立派に見えた。


「本当に、文字通り〝船〟です……」


 正直、ブロッサムはトーマの言葉に半信半疑だった。

 聞けばこれから行く場所はこの大きな大陸のど真ん中。海沿いならばいざ知らず、そのような場所に行くのに船なんて、動くわけが無いと思っていた。

 この巨体が動く理由が、船尾にはしっかり備え付けられている。

 大きなラッパを括り付けているようなその構造。

 甲板と船底の間に備え付けられている蛇腹のような羽根。

 そしてマストの代わりに付けられている巨大な風船の如き布の塊が、現実の船との違いを主張している。


 そう……この船、〝飛ぶ〟のだ。


 飛空船。

 この世界に存在する、空を飛ぶ移動手段だ。


「飛空船、〈アンメアリー号〉。船型の乗騎としちゃあ小さいだが、これでも20人乗れるような設定になってるから、外側から見るよりは広く感じると思うぞ。

 これなら、片道1週間のところを、片道3日で進んでくれるんだよ」


「……ファンタジーとしては、ギリギリですね」

「まぁ、魔術が使われているって言えば、昨今なんでもありだろ。この世界には、銃とか爆弾があるくらいだしな」

「ファンタジーへの冒涜のような気がしてきます」


 ブロッサムが読んでいたような古典ファンタジーでこんなもの出そうものなら、きっと文句は多いだろうなぁと思いながら船を見上げる。

 現実では飛行機どころかバンジージャンプすら経験がないブロッサムの『初飛行』が、ゲームで行われるとは思ってもみなかった。


「これ、1人で操縦できるんですか? ぱっと見無理そうですけど」


 現実の帆船はマストを操作したり錨を回収したりと、1人で動かす事が難しい設計になっている。

 1人で動かせるものなど、最新鋭の小型船舶やボートのイメージしかない。


「あぁ、それは大丈夫。流石にゲームだから、そこまで面倒はない。

 そうだなぁ《操舵》スキル取得して、現実でも原付き動かせる程度の知識がありゃ、これくらいは操作出来る。

 もっと大きいのになると、マニュアル車並みに難しいらしいがな」


「微妙なリアル加減ですね。なら、大人の方が操縦するんですか?」


 ほんの少し都心から離れているとは言え、ブロッサムは東京住まい。

 自動車どころか原動機付き自転車も、『大人の乗り物』で、何となく大人が操舵するのではないか、と何の気なしに思っていた。

 そう言われたトーマは、どこか愉快そうだ。


「ま、お前ならそう思うわな」

「む、なんですかトーマさん。まさかトーマさんが運転するんですか?」

「バカ言え、リアルでも免許取ってない俺が操縦出来る訳ないだろう」

「なら、」

「まだ分からねぇか……原付きの免許は16歳からだぜ」


 16歳。

 ブロッサム以外でその年齢に近いのは、




「――そうっス! あたしっス!!」




 バンッ! という大きな音と共に倉庫の扉が開き、逆光を伴って姿を現す。そこから現れた少女、ネオの服装は、先ほどのものよりも随分様変わりしていた。

 海賊が着るような黒い生地のフロックコートには、金色の飾緒やボタンで飾られており、その頭の上には彼女の体格には少々不釣あいな、大きな三角帽トライホーンが乗せられている。

 さながら、美少女海賊といった所だろうか。


「うわぁ〜、ネオちゃん可愛い!」

「アッハッハ〜、ありがとうございます!!」


 女性らしい感想を述べるブロッサムに、ネオはご機嫌だ。

 もっとも、ブロッサムがもしプレイヤーとしての観察眼に優れていれば、きっと彼女の装備の本質を理解していただろう。

 〈キャプテン・ハット〉と〈セーラーズ・コート〉は、着ているだけで装備者の〈操舵〉スキルを格段に跳ね上げ、実際の操舵のアシストをしてくれる。

 プレイヤー製の装備としては外見も性能も一級品の代物だ。

 勿論、《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》お抱え職人、仁王の作である。


「というわけで、うちは弓や《テイム》もしますけど、どっちかっていうとこっちがメインでして」

「船乗りさんかぁ、良いなぁ、私も取りたい!」

「取りゃあ良いじゃねぇか。戦闘時はスキルホルダーに移しておけば、問題ねぇだろ」


 そもそも、《嘲笑う鬼火》の面々が異色のプレイヤー達であるだけで、普通のプレイヤーは生産も戦闘も両方こなす。

 戦闘の時と普段では、そのスキル構成を変更しているのだ。戦っている最中にそれを行う馬鹿はなかなかいないが、平時であれば案外簡単だ。


「……でも、それだとどっち付かずになりません?」


 ブロッサムの不安そうな顔に、トーマは安心させるように笑顔を向ける。


「いや物によるよ。そもそも、VRゲームは四六時中戦闘出来るようには出来てねぇし、たまの息抜きにスキル上げてりゃ、それなりにランクは上がるぞ?」


 昔のMMOならば不眠不休で戦闘を行うなどざらだったが、VRゲームではそんなの罷り通らない。何せ、下手にやると死に直結する可能性が高いのだ。

 だからこの【ファンタジア・ゲート】では現実の6時間連続でログインし続けるとほぼ強制でログアウトさせられるし、ゲームを始める前は健康診断の診断書が必要なのだ。

 特にリアルな戦闘が楽しめるというのは、同じくらいの緊張感と疲労を味合うということ。当然、丸一日戦闘に費やすなんて事は出来ない。

 だから、よっぽどの変人か廃人プレイヤーでもない限り、息抜きがわりに生産を行ったり、別の楽しみを見出したりする人間も多い。

 割と何でもありのゲームだ、娯楽もかなり充実しているのだ。


「生産やスキルに関わらないにしろ、何か暇な時間使って出来る事をするのも、このゲームを楽しむコツだぜ。

 お前だって、戦いだけの殺伐としたゲーム人生送りたいから始めたって訳じゃないだろう?」

「そりゃあ、まぁ……」


 ブロッサムの最初の目的は、『自分を変える事』だったが、それはここ最近で随分成果を上げているのは確かだ。

 勿論これからも進めていく事だが、それは一朝一夕で成果が出るというものではない。むしろ、何か別の事をして新しい自分を発見するのも、そういう意味では悪くないだろう。

 でも――、


(――強くなりたいって気持ちは、変わらないんだよなぁ)


 リコリッタとの対決。

 トーマと肩を並べて戦う事。

 それはどちらも気分が良いものだった。敵を倒したから、ではない。勝利したから、でも本当はないかもしれない。

 単純に、自分の前に明確に出現する『障害』を払いのけ、前に進む感覚。

 仲間であり友人であるトーマと、同じ場にいるという楽しさ。

 今まで無趣味の帰宅部だったブロッサムにとっては、快感といっても良いものだった。あれをもう1度、今度はもっと高いレベルで出来るというのならば、ブロッサムは労を惜しまないだろう。

 だから、生産や他の趣味も楽しそうではあるが――もう少し、強くなる事に力を注ぎたい。


「……はい、考えてみます」


 でも、あまり悟られたくない。

 悟られれば、きっとトーマはそれでからかってきそうだったから。


「? そっか。まぁ、好きにしろよ……それより、お前ちゃんと準備したんだろうな? 忘れ物があっても、あとから取りに来れないんだからな」


 少し反応が気にはなったようだが、トーマは何も言わずにそれだけ言うと、すぐにいつもの調子に戻してくれる。


「うふふ、馬鹿にしないでください。こういうのはしっかりしてるんですから!」


 ブロッサムのアイテムボックスの中には、戦闘に必要な回復アイテムなど、様々なアイテムが詰められている。戦闘に関わる部分だけでは無い、道中食べるお菓子まで入ってるんだ。

 準備万端と、胸を張って言える内容だ。

 そんなブロッサムに、トーマは少々意地悪な笑みを浮かべる。


「ほう、じゃあ〈復活薬〉も買ったんだな?」

「……ふっかつやく?」


 聞き慣れない言葉に、思わず首を傾げる。自分が使うような安価なショップでは、見かけなかったアイテム名だ。

 それを聞いて、ネオが呆れるように笑う。


「いやいや、トーマさん、そりゃあ無茶でしょ、ブロッサムちゃんに買うのは。

 ……えっとね、ブロッサムちゃん。〈復活薬〉っていうのは、簡単に言えば死んだあと蘇生出来る素敵なお薬なの。蘇生魔術が使えない時の代用品。

 もっとも蘇生回復するだけだから、HP1しか回復しないけど。他人に使えば死んだ人も生き返る」


「へぇ、凄いお薬だね!」


 それがあれば、周りの人間の心配をする必要性がなくなるなら、大変有用なアイテムだ。

 ……ところが、そんな便利なアイテムの話をしているのに、ネオの表情は明るくはない。


「……その代わり、消耗品の癖にばり高なんだよね……ざっくり1瓶1000万M」

「いっ――」


 その言葉で表情が固まる。

 現金にして10万円の薬など、よっぽど財布に余裕がない限り買わないだろう。


「上級プレイヤーで攻略組なら、買っても損はないけど、ねぇ」

「私には無理です! というか、普通に無茶振りしないでくださいトーマさん!」

「あはは〜、何の事やら」


 面白半分で笑うトーマに不満をぶつける。トーマは悪い人ではないが、こうやってからかう所は、ちょっと困りものだった。


「――諸君! 準備は万端かな!?」


 そうしてじゃれあっていると、またバンッ! という大きな音と共に扉が開いた。

 マミを筆頭にした、他の《嘲笑う鬼火》メンバーがこの倉庫に入ってきたのだ。


「諸君って、その“諸君”は大半そっちにいるんだが?」

「細かい事を気にするなトーマ! ハゲるぞ」

「アバターが禿げたら泣くわ」


 そんな軽いやりとりを行っていると、マミはウィンドウを操作する。

 仕草としてはそれだけだった。

 それだけで、メンバー全員が一瞬で甲板の上に移動する。


「え? え! え!?」


 ブロッサムは思わず甲板から身を乗り出す。先程まで自分たちがいた場所が、もうはるか下だ。


「あはは、ギルマス権限、『全員強制乗船』」

「マミ……びっくりするから、それやるなって言ったよな?」


 朗らかなマミの隣で、コウはどこか呆れ顔だが、それを気にしているマミではない。


「まあまあ、良いじゃないかい!


 さて、パンナコッタとクシャには挨拶を済ませた。最低限の積荷は用意した、全員準備万端。

 もはや、我らが他に何かしなければならない事はあるまい――ネオ! 錨を上げたまえ!!」


「はいよ〜ギルマス〜――錨上げぇ!!」


 ネオが声を張り上げながら、左手を振り上げる。

 それだけで、無人だったはずの船は動き出し、錨の鎖は自然を巻かれ始めた。その重厚な音で、どれだけの重さを持っているのかがよく分かる。


屋根開けぇ(・・・・・)!」


 左腕を上げたままに、くるりと一回振る。

 それだけで、倉庫の雨風を防いでいたはずの屋根がゆっくりと開き、薄暗い倉庫に陽光を齎してくれる。

 どこから出るかと思えば、そういう事なのか、とブロッサムは何故か感心してしまった。


「さぁ皆さん、初動はちょっと震えるので、しっかり捕まっててください――魔力エンジン始動!

 アンメアリー号――発進!」


 ゴウンと、船の底から鳴動の音が聞こえ、船が大きく揺れる。


「うわぁっ!」


 他の全員は船のどこかに捕まっていたが、身を乗り出していたブロッサムだけが、甲板のヘリでバランスを崩す。

 いくらダメージの入らない安全域だったとしても、このまま落ちれば間違いなく痛いし、出発した途端大惨事だ。

 何とか踏ん張ろうとするが、エンジンと上昇の負荷のせいで、ブロッサムの体は無情にも傾いていく。

あわや落ちる。そう思い目を閉じた瞬間――、


「――『風よ支えよ』」


 たった一文の、どこか不思議な反響を持った言葉だけで、ブロッサムの一方的だった傾きは制止する。


「――?」


 恐怖で閉じていた目を、うっすらと開ける。

 地面は今も遠ざかり、どんどん自分は上に上がっている。倒れそうなほど傾いているのに、黄緑色の渦巻きのようなエフェクトが、落ちないように支えていたのだ。

 風は力強く、だが押し倒すほどの勢いはなく、ゆっくりとブロッサムの体を甲板の上に押し戻した。

 一瞬よろけはするものの、鍛え上げたスキルとステータスのおかげなのか、バランスはすぐに平常のものに戻っていた。


「えっと、」


 周囲を見渡す。

 船を動かしているネオは勿論、ロープに片手で捕まっているトーマも、いいや、ほとんどの人間がこちらの様子を見てはいなかった。

 ――ただ1人を除いては。


「――えっと、ありがとうございます」


 近くに立っていた女性――マーリンにお礼を言うと、彼女は小さく鼻を鳴らし、外の景色に目を向ける。


「子供っぽい事してないでよ。同じ失敗したって、今度は助けたりしないんだから」


 視線は合わなくても、言葉は辛辣だった。

 身を小さくして「はい……」とだけ言うと、ブロッサムは近くのロープにしがみ付く。

 本当に全員と仲良くなれるのだろうか……そう不安に思いながら、ブロッサムの【ファンタジア・ゲート】初旅行は始まったのだった。




「ウフフ、マーリンちゃん、そういう時は素直に『危ないから気をつけて』って言わないとダメよ」

「シッ、聞こえんでしょサマサ!」







次回の投稿は11月18日の0時に行います。

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