3 狩りの季節だ! 旅の準備だ!!
〈ベヒモス〉
旧約聖書では、世界の終末でレヴィアタンと争い、生き残ったものは敗者を食らうとされる、神の傑作と称される生き物。のちには悪魔の1つに数えられる、伝承上の生き物だ。
多くのRPGで使われている幻獣だが、この【ファンタジア・ゲート】にも登場するのだ。
ゲーム内時間で4年に1度……現実時間で1年に1度、1週間の間に行われる『〈ベヒモス〉の猛進』は、プレイヤーの殆ど全員が参加するといても良いイベントだ。
設定的に、この世界の〈ベヒモス〉は4年に1度、繁殖のための大移動を行うとされている。
その大移動の間には大量の食事をしながら移動し、最終的にまだ開拓者達が知らない【恵の園】という場所へ行き、繁殖を行うそうだ。
小さい個体でも小さめの城サイズとされているこの大型モンスターの移動は、それだけでも周辺地域に被害を与える。
しかも彼らはその体に見合った大食漢。彼らがそこで食事を行うだけでも、草一本残らない不毛地帯になるのだとか。
それを最低限の被害に抑える為、開拓者達が〈ベヒモス〉の数を間引きしなければいけない。それがイベント『〈ベヒモス〉の猛進』である……というのが概要だ。
勿論あくまでフレーバー。
プレイヤーが何もしなくても別に大きな被害にはならないし、そもそも行きは良くて帰りは止めなくて良いのかよというツッコミまで存在するくらいだ。
それでも、プレイヤー達は〈ベヒモス〉を狩るのを楽しみにするのだとか。
「というわけで諸君! 〈ベヒモス〉の季節がやってきたぞ!!」
小1時間ほどで集合したギルドメンバー全員の前で、マミは明るい表情でそう言った。今まで散々執務室に缶詰にされていたからなのか、いつものテンションより1.5割増くらいになっている。
「そう言えば、もうそんな季節だったのねぇ。すっかり忘れてたわ」
マミのテンションにツッコミを入れる事なく、思い出したかのように言ったのは、魔女然とした女性だった。
鮮やかな赤毛は、ボリュームが多く、女性らしさを感じさせるウェーブがかかっている。紺色の目も相まって、どこか蠱惑的な印象を感じさせるだろう。
そこに女性魔術師がよく被る大きな魔女帽子を被り、イブニングドレスのようなドレスに身を包んでしまえば、魅力的な魔術師の誕生だ。
《嘲笑う鬼火》の魔術師、マーリンだ。
「マーリンも、もう歳なんだねぇ」
「ちょっと何でそうなるのよマミ! アンタそんなに私と歳変わんないじゃない!!
「いやほら、あんたと違って私は潤いが……ね?」
「〝ね〟じゃないわよ焼き尽くされたいのアンタ!」
手元に置いてあった杖を構えるが、マミは煽ったくせに素知らぬ顔だ。顔を合わせればそんな口喧嘩ばかりなので、もうそういうものなのかもしれない、とブロッサムはどこか納得している。
「ギルドの仕事も、急ぎのものは終わったし、まぁここで息抜きというのも、案外ありかもしれないって話になってね。パンナコッタとは、話をつけているよ。期間は、1週間弱ってところかな」
コウの言葉に、ギルドメンバー全員が集まった場が、『まぁそれなら』という雰囲気に包まれる。さほど大きな興味は抱いていないようだが、しかし楽しみではない、とは言わない微妙な空気だ。
「あ、あの〜、質問良いでしょうか?」
「ん? なんだいブロッサムちゃん! 質問はいくらでも受け付けるよ!!」
その中でおずおずと手を挙げたブロッサムが先を促されると、自分の頭の中を整理しながらゆっくりと話し始める。
「えっと、あのですね、トーマさん達に聞いたところ、〈ベヒモス〉狩りって皆結構積極的にやっているようなんですけど、何かよっぽど気になるものでもあるんでしょうか?」
話に聞けば、この時期は攻略のみに全神経を注いでいる攻略系ギルドや、自警団ギルドのトップである《銀鎧騎士団》も参加するんだとか。
いくら期間限定とはいえ、ちょっと皆、気合いが入り過ぎているのではないか。
もしかしたら、凄い良いドロップアイテムが手に入るとか、〈ベヒモス〉の素材で良い武器が作れるのか、と思ったのだ。
そんなブロッサムの疑問に、マミは嬉しそうに首肯する。
「うんうん、ブロッサムちゃんも良い感じでゲーマー脳になってきたね。嬉しいよあたしは。
でも! 今回はそういうんじゃないのだ! 確かにドロップだって素材だって悪いもんじゃないし、期間限定だから価値はあるけど、それが1番の理由じゃない」
「じゃあ、なんで、」
ブロッサムに、マミはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「それはね――『美味しいから』だよ!!」
……はい?
思わず首を傾げて周りを見渡すが、ブロッサム以外の全員が納得顔で頷いている。マミの言った事に、間違いはないらしい。
「〈ベヒモス〉のお肉はねぇ、現実のA5ランクのお肉にも負けない、凄い美味しさなんんだよ! 〈ベヒモス〉料理は、この時期の【ファンタジア・ゲート】の魅力の1つさ」
「……つまり、美味しいご飯の為に、大きくて強いモンスターを、わざわざ倒しに行くんですか?」
とても信じられない。言ってしまえば、それ“だけ”なのだ。1番重要な部分が食事の為と言われても、いまいちピンとこない。
確かにこの世界の料理は美味しいが、それにしても……と、ブロッサムはどうしても思ってしまうのだ。
「いや、実はそう大きい苦労はないんだ」
怪訝な表情を浮かべるブロッサムに、コウは優しい口調で説明する。
「ゲーム上、ギルドが大人数で挑んで呆気なく倒しちゃったら面白くないし、1パーティーで倒せないようなモンスターが登場したら、それこそ大手ギルドの専売特許になってしまう。
だからこの『〈ベヒモス〉の猛進』では、かち合う前に難易度設定を、プレイヤーが任意設定出来るようになっているんだ」
――コウの説明をそのまま言うならば。
難易度は小さいものならば1パーティー、つまり6人のプレイヤーが連携して倒せるレベルから、大手ギルド用の100人以上用のレイドクラスにまで幅がある。
勿論、小さくなればなるほど手に入る肉やドロップ、素材は少なくなるが、倒せなければ意味がないのだから仕方がない。
つまりこのイベントは、その特性上『どんなレベルのプレイヤーでも遊べるように』設計されているのだ。
「僕達の場合、まぁ2パーティーは向こうも想定していないから、設定的には4パーティーでなんとか倒せる、レベルの難易度設定にするつもりだけど、僕らならそう問題にはならない。
つまり、このイベントは苦労は多くはないのさ。誰でも気楽に参加出来る分、ね」
「なるほど……でも、じゃあ、1週間弱の期間っていうのはいったい何なんでしょうか」
そんなに戦闘で苦労しないのなら、1週間も時間を設ける意味が分からない。
「あ、そこはあたしが説明するっス」
コウに引き継ぐような形で、ネオが口を開く。
「『〈ベヒモス〉の猛進』が行われている場所、つまり〈ベヒモス〉の移動場所は、【始まりの街】から結構離れてるっス。ここ、【ランプ・タウン】は【始まりの街】にちょっと近いので、距離的にはあんま変わらない。
具体的に言えば、普通の馬だと、ゲーム内時間で片道1週間。現実時間で3日掛かるっす」
「片道1週間!?」
想定されている日程のほとんど全てを超えているではないか。
「そ、それじゃあダメじゃないですか!! なんか良い方法……って、あれ?」
そこで新たな疑問が起こる。
「そもそも、このゲーム世界って、その、パッと別の街に移動出来る物とか魔術とかないんですか?」
RPGではお馴染みだろう、瞬間移動。
1つの街に移動する時に、何度もモンスターが出るフィールドを行き来するのは、ストレスになる。故にだいたいのゲームでは、物語後半になれば簡単な移動手段が出現するものだ。
ブロッサムもゲームには明るくないが、それくらいは知識としてあった。
「あぁ〜、あるにはあるんスけど、ねぇ〜」
そんなブロッサムの当たり前の疑問に、ネオはどこか微妙な顔をする。
「ここではその、【移動魔術陣】って呼ばれてるっス。街には必ず一個存在して、申請すればギルドタウンやなんかにも設置出来ます。うちには無いっすけど。
それを使えば、どんなに遠く離れた街でも、一度行った場所には瞬時に移動が可能っス……でも、あんまりオススメ出来ないっていうかぁ」
「?」
何故、という言葉を言う前に、ネオの言葉をトーマが引き継いだ。
「……おっそろしく金がかかんだよ。
厳密な値段を言えば、200万M」
「めっちゃ高いですね!!」
この前アーサーから貰った謝罪金が100万M。それでもかなり高額だと思ったのに、それを超えてしまった。
「現実の最新新幹線が、京都東京間を1時間以内で移動出来て1万円弱って考えれば、安いもんなんじゃないか。
何せ着くのは一瞬だからな、どんな距離でも」
「そ、そうなんですかね……」
このゲームをやっていると、どんどん金銭感覚がなくなっていくなぁと思いながら、ブロッサムはその言葉に頷いた。
「まぁ、かといって高額なのは間違いない。
金に糸目をつけないトップの攻略組や、資金潤沢なところならいざ知らず、急ぎでもない限り馬なんかの〝乗騎アイテム〟を使用するか、この世界の公共交通を利用するのが一般的だ。
どっちにしろ、参加した事がないブロッサムちゃんには【移動魔方陣】は使用出来ないし……私達もそう考えて、日程を組んでいるよ」
「え、でも馬じゃ1週間掛かっちゃうんですよね? やっぱり、時間が足りないような」
マミの必要以上に胸を張った言葉に、ブロッサムは懐疑的だ。
「――ムフフフ」
そうしていると、いきなり謎の笑い声が響く。
見てみれば、ネオが少々アレな笑みを浮かべていた。何と言うんだろうか、垂れていないはずのヨダレが垂れているようにも見えるくらい、恍惚としたものだ。
「つまりあれっっスねぇ、ついに〝アレ〟の出番な訳っっスねぇ」
「そうそう、〝アレ〟の出番だよぉ。
整備や準備は、私達が留守の間も完璧だった。あとは個人の準備だけ。一応物資は積んでいるけど、出来るだけ自分の面倒は自分で見るように……ほい、解散!!」
マミが足早にそう言うと、メンバーは思い思いに立ち上がったり、ウィンドウを開いて準備を始める。
もっと長時間話し合いに使用すると思っていたブロッサムは、キョトンとその場に座りっぱなしだ。
「えっと、もうちょっと話し合いとかは?」
「ん? あぁ、普段だったらこんな風に集まらないからなぁ。大概はマミが急に言い出して、皆ギリギリで準備するのが、うちじゃ当たり前なんだよ」
隣に座ってアイテムボックスの整理をしているトーマは、マイペースにそんなことを言い出した。
「じゃあ、なんで急にこんな風に集まったんですか?」
「そりゃあ、お前がいるからだろ?」
「……私?」
「そうそう、お前。
お前は俺らと違って、まだ【ファンタジア・ゲート】の大概に慣れていない。俺も全部を教えきれている訳じゃないしな。
だからこうやって、事前説明って形でお前に教え込んでいるのさ」
アイテムボックスから槍を取り出すと、トーマはその画面を見ながら説明する。
トーマから教えて貰ったのは、言わばこの【ファンタジア・ゲート】をプレイするにあたっての最低限、ギリギリ1人でプレイできるレベルのものでしかない。
普段やらない事や特殊なものがいきなり目の前に現れれば、今のブロッサムでは混乱するだろう。だからこそマミやコウはこのように、ブリーフィングのような形でブロッサムへ説明を行ったのだ。
「……私、知らず知らずのうちに迷惑を、」
「かけてねぇよ」
すぐに視線を下げ、申し訳なさそうにするブロッサムの頭を小突く。
「これが【ファンタジア・ゲート】じゃ普通なんだ」
VRゲームの中では、気軽にネット検索出来ないように規制をかけている場合が多く、特に【ファンタジア・ゲート】はそこがかなり徹底されている。
ゲーム内の情報源も、情報屋から買うか、【始まりの街】に存在するボードを見るしかない。簡単に言ってしまえば、初心者プレイヤーが多くを学ぶ為には、『先輩に訊く』のが一番の方法ないのだ。
面倒なように見えるかもしれないが、決して悪い事ばかりではない。
昔のMMORPGのように、質問する度に『ググれカス』なんて言う悪習慣は存在しなくなったし、最初のコミュニケーションを積極的にさせる。
実際の人と人が話をする、MMORPGをよりMMOらしくしているとさえ言えるだろう。
そうでなければ、目の前に大勢実際の人がいるのに、オフラインゲームをやっているような、寂しい状況が生まれてしまう可能性だって高いのだ。
「まぁ、コミュニケーションが嫌いな奴ならそういうゲームそのものに向いてないが、お前は『苦手』であって『嫌い』じゃなさそうだしな。
だから、別に気にしなくたって良い。分からない事は、どんどん訊け」
そう言って、頭を撫でてくれる。
それだけで、ほんの少し下降気味だったブロッサムの心は回復していった。
「ただし、何度も聞き返したりしないように、覚えんの難しそうな事は積極的にメモった方が良い。このゲーム、面倒なシステム多いからな」
「ふふふ、ご心配なく! これでも私、暗記は得意です!」
「本当かぁ?」
「平成の総理大臣、全員暗記出来ました」
「そりゃあすげぇ……あの時代の総理大臣、コロコロ変わり過ぎなんだよ」
俺、現代史苦手だったなぁ、と手を離しながらトーマが愚痴る。
……リアルで会ってから、トーマもブロッサムも、お互いに良い意味で遠慮がなくなってきた。
話すべき事はしっかり話すし軽口も叩くが、時々喋らない時間もある。だが、それも居心地の悪い沈黙ではない、という感じ。
(近づいた、と思っても良いんだろうか)
いまいち人間関係での距離感が分かっていないブロッサムにとって、トーマを友人認定して良いのか分かっていないものの、少なくとも好かれているのは確かだった。
それだけで、今は嬉しいし、それで十分だった。
「そう言えば、トーマ先生」
「なんだ、ブロッサム生徒」
いつものやり取りを行ってから、ブロッサムは口を開く。
「ネオちゃんやマミさんが言っていた、〝アレ〟ってなんです?
会話の流れから察するに、何か移動手段のようなものだと思うんですけど……」
「……ああ、そういえば、お前はまだ大型の移動手段なんて乗った事ないもんなぁ」
ブロッサムの言葉に、ようやくその本質に気づいた。
ブロッサムのように初心者から中堅に至るまで、必要な戦闘は全部【始まりの街】で済ませられるように設定されている。
どんなに遠くても、徒歩で片道2時間。馬を使えば、半分以下に短縮出来る距離だ。
そりゃあ、初心者やそれに毛が生えた程度のプレイヤーに長期行軍などさせるわけにはいかないという、鬼畜な【ファンタジア・ゲート】にしては珍しい配慮の1つだろう
だから、ブロッサムは馬以外の移動手段を知らなかったのだ。
……だが、それはそれで、楽しいかもしれない。
トーマはそう独りごちると、笑みを浮かべて答えた。
「俺達がこれから乗るのは――“船”だよ」
次回の投稿は11月17日の20時に行います。
感想・ブックマーク・評価など、どうかよろしくお願い致します。




