2 《テイム》と狼と召集と
《テイム》というスキルが存在する。これは一般的にモンスターを自分の手下、使い魔にするスキルだ。
と言えば実に簡素だが、実際そうだ。《テイム》のスキルを持つプレイヤーはまず、モンスターにそのスキルが適用出来るかどうか判定し、出来る場合にのみスキルを使用する。
テイムに成功すれば、自分の命令に従う使い魔を手にする事が出来るのだ。
もっとも、当然そこには様々な制限や要素が付き纏う。
まず、友好度。これはそのテイムされたモンスターがどれだけ主に信頼を置き、また命令に忠実かを表す。
餌を上げたり、空いた時間に世話をするなど、友好度を上げる方法は実に様々だが、これをしなければ、戦闘中命令を無視したりと、重大な問題に発展しかねない。
次に、保有数の問題だ。
スキル《召喚魔術》と同じく、どれくらいのモンスターを持っていられるかは、あるいは同時に何体使役出来るかは、スキルランク、そのモンスターのレア度で決定される。
例えば、低レベルのモンスターならば数体保有出来ても、高レベルであれば1体しか保有、使役が出来ないなどだ。
しかし、その面倒な点を踏まえても、〈テイム〉スキルは有用だといえるだろう。
何せ単純に、手数を1つ増やせるのだ。
前衛職の人間は後衛が出来る使い魔を、後衛職の人間は前衛が出来る使い魔を、という簡単なものから、回復やバフデバフなど、使い魔によって活躍できる場は幅広く存在する。
「――ってのが、あたしのメインの1つ、《テイム》スキルの説明でしたッ」
「凄いよネオちゃん、トーマさんより説明上手い!」
「いやぁ、それほどでもぉ」
紅茶のカップを持ちながら、ネオは少し恥ずかしげに、しかし確かな誇りを持って隣に寝そべっている 〈高魔狼〉のウルっちを見る。
〈高魔狼〉は数年前には最前線だった【灰色草原】でネオがテイムした高ランクモンスターだった。
素早く動き、その鋭い牙と爪で敵を屠るのみならず、風を纏った咆哮という遠距離攻撃まで持っている。
最強の使い魔などとは言えないが、長く一緒に過ごしてきた分、友好度はカンスト。最近ではもう、ネオの指示したい事を先回りしてやってしまうほどだ。
頼れる相棒。彼女にとって、ウルっちはそういう存在なのだ。
「ふふ、仲良しなんだねぇ、良いなぁ、私も《テイム》取れば良かったぁ」
両親が仕事で家を留守にしがちだったブロッサムの家では、ペットは手間の掛からないものに限定されていた。モフモフ大好きなブロッサムにとって、ウルっちは実に羨ましい存在なのだ。
だがそんなブロッサムの羨望の眼差しに、ネオはどこか懐疑的だ。
「あぁ〜、あんまりオススメしないっスよ? あたしはほら、メイン武器が弓だから使い魔がいると楽だったってだけで、ブロッサムちゃんのスキルだと、タゲがバラけるのは良い事じゃないでしょ?」
「うぅ、分かってはいるけどネオちゃんストレート」
ゲームの中でも、儚い夢は儚い夢だった。
「まあ、メインといえば、そもそもあたしは、戦闘をメインにしようってゲーム始めたわけじゃないっスから。
弓はリアルでもやってたからで、弓の為に《テイム》取ったって感じ。本分は別にあるんっスよ」
「そーなの? てっきりそっちがメインだと……」
まだネオが戦っている姿を直接は見ていないが、この《嘲笑う鬼火》に長く所属しているだ、修羅場は相当数渡っているはずだ。
それでも『メインじゃない』と公言出来るのは、自信があるのか、無頓着なのか……いや、おそらく後者だろう。何せ戦闘などからっきしな仁王が所属しているのだから。
「そんな事より、ブロッサムちゃんの方が心配っス。
リアルでどうだか知らないっスけど、ゲームで引きこもりって相当っスよ? 何かあったんスか?」
「グッ……実は、」
ブロッサムが今までの経緯を説明すると、ネオはどこか同情的に笑みを浮かべる。
「あぁ〜、ランクⅤ以降は上がりづらいっスからねぇ。そっか、パーティーで動かなきゃ難しいかぁ」
「うん……それで、なんかお仕事を手伝えればなって」
「う〜ん、仕事ねぇ……」
ブロッサムの言葉に、ネオは唸り声をあげながら悩み始める。『大丈夫かご主人様』と言わんばかりに立ち上がって、彼女の膝に顎を乗せているウルっちも相まって、そういう絵のような似合いっぷりだ。
(美人だもんなぁ、ネオちゃん……羨ましいなぁ)
多少容姿を弄れるとはいえ、骨格が変わらない以上顔付きに大幅は変化はない。
それでも知人を見つけるのは『無理』と言っても良いレベルではあるのだが、それでも現実での印象をそのままゲームに反映させている場合が多いのは確かだ。
その点で言えば、ネオは日本美人そのものだろう。切れ長の目や、今もその姿勢の良さを見れば、誰もがそう思うはずだ。
いつもは重くはない言動と、コミカルな表情で誤魔化されているが、実はかなりの美人さんなのだ。
子供っぽいブロッサムに比べて、ずっと大人っぽい。
「まぁ、まずは、あたしがブロッサムちゃんに直接指示出来ないってのは大きいっスし、どんな仕事があるかも把握してないっスけど……。
そもそも、重要な仕事はこの2週間で殆ど片付けちゃったっスからねぇ」
「遅きに失したという事ですか!?」
ネオの衝撃の言葉に思わず悲鳴をあげると、ネオはヘラヘラと笑って手を振る。
「大げさっスよ。重要って言ってもそこまでじゃないっス。まぁ急務だって意味だと捉えても良いっス。元々、村を大きくしようって気持ちはマミさんにないっスしね。
そうじゃなくても、多分マミさんやコウさんは、ブロッサムちゃんに仕事させようとは思ってなかったと思うっスよ?」
「それは……私が初心者だから……」
「ネガティブっスねぇブロッサムちゃんは。
じゃなくて! まぁ村を放置していたあたしらの責任ってのもありますけど、1番大きいのは、スキルランクだけでも1人であげられるだけ上げてほしかったんじゃないっスかね?」
この【ファンタジア・ゲート】は玄人向けゲームと言われるくらいプレイヤースキルを求められる部分が多いが、スキルランクも無視出来ない。
この世界の仕様として存在する以上、いくらゲームの腕が良かったりリアルチートを持っていたりしても、あまり意味がないのだ。
だから、どんなプレイヤーでもスキルランクは絶対に上げる。
「ブロッサムちゃんが才能あるのは、前回の戦いで証明したっス。だから、自由に自分なりの戦い方を磨ける時間が必要だと、2人は判断したんでしょ。
じゃなきゃ、いくら直近の師匠であるトーマさんが言っても、ギルドの仕事が溜まったのが自分達の所為だったとしても、お2人はブロッサムちゃんにも何か仕事を振っていたと思います。
立ってるもんは親でも使うって発想の人たちっスから」
「そ、そうなんだ……」
自分の為。多分ひいては、ギルドの為。
裏でそういう事が考えられていたならば、ブロッサムを自由にするのも当然だろう。
「まぁ、あくまであたしの予想っスけど。
あ、予想ついでに1つ。多分もうそろそろ、ブロッサムちゃんが活躍出来るイベントが出ると思うっスよ〜」
「? 活躍出来るイベント?」
活躍……いまいちピンとこない。
まだブロッサムは中堅どころに一歩足を踏み入れた程度。プレイヤースキルもそこそこ。自分が活躍出来る事と言えば、
「囮か、撒き餌…くらいしか……」
「うん、なんでブロッサムちゃんはそうネガティブなんスかね……いや、もうネガティブを超えているっスその発想」
同様に体を震わせるブロッサムを、ネオは苦笑しながら見つめている。
――ブロッサムには話していないが、トーマがブロッサムを紹介してきた時、顔見知りだったメンバーを除いて1版最初に加盟に賛成したのが、ネオだった
1年前の事件があってから、このギルドはあまり良い雰囲気が流れていなかった。
そういう雰囲気をブロッサムが良い意味で破壊してくれるのではないか、と思ったし、同年代(訊いていないので、おそらくではあるが)の女の子が入ってきてくれるのは、ネオにとっても嬉しかった。
多少ネガティヴな部分はあるものの、ブロッサムは良い子だ。話せば話すほど、『おや、案外この子面白いこと言うぞ』という発見をする。
(…………まぁ、他のメンツがどうだかは、流石にあたしも分かんねっスけど)
他の4人のうち、2人は何を考えているか分からないところがあるし、もう1人はあんまりにも分かり易すぎる。最後の1人はそのお守りで、ブロッサムに何かあるわけじゃない。
ただ共通して言える事は……皆、距離感というのを測りかねているのだ。
近づき過ぎればもしかしたら、1年前の二の舞になるかもしれない。遠すぎても、何かを見落としてしまうかもしれない。
それは大なり小なり、《嘲笑う鬼火》全員が持っている感情だった。
……逆に、ある意味当事者だったトーマがそれを克服出来ていなかったら、もしかしたらブロッサムのギルド加入にも難色を示す者が多かったかもしれない。
(案外、《嘲笑う鬼火》も変わっちゃうのかもなぁ)
表面では笑顔を作りながら、内心に浮かんだ言葉には寂しさが滲み出ている。
変わらないものはない、なんて達観した事を言える年齢ではない。出来ればあの良い雰囲気に戻ってくれればと思っても、変革は望むところではない。
そう考えていても、新しい風であるブロッサムは否応なしに空気を変えていくだろう。
それはそれで面白いなぁ……と思う反面、やはり寂しいのだ。前の《嘲笑う鬼火》に居心地の良さを感じていたネオには、なおさら。
……勿論、だからといってブロッサムを抑えつけようという発想は、さらさらなかった。
『自由』こそ、《嘲笑う鬼火》が最も重要視したものだったのだから。
「まぁブロッサムちゃん。とりま、ウルっちをモフモフして落ち着けば良いっスよ〜」
ネオの言葉に、頭を抱えていたブロッサムはハッと顔を上げる。
「い、良いの!?」
「良いっスよ〜、むしろこれから一緒に前衛に立つ事が多いブロッサムちゃんとは、親しくなって貰わなきゃ。ねぇウルっち〜」
ネオが声を掛けながら眉間の間を撫でると、ウルっちは『しょうがないな』とでも言うようにフンッと鼻を鳴らすと、そのままブロッサムの目の前に座る。
椅子に座っているはずなのに、その頭はブロッサムの胸元に届くほど大きいし、頭自体も相当な大きさだ。
ゆっくりと頭を垂れ、大きなそれを、ブロッサムの胸元にグリグリと押し付け始めた。
「えっと、これは……」
「ウフフ〜、それは『ほれ、早く撫でれ』って意味っスよ〜。あ、ちなみに耳の後ろとか好きっス。結構強めに撫でた方がいいっスよ〜」
「う、うん……」
恐る恐るという表現が似合うように、そっとブロッサムが手を差し伸べ、ウルっちの耳裏にそれを滑り込ませる。
きっと効果音が付けば、ガシガシという音がピッタリな程力強く撫でても、ウルっちは嫌がる素振りを見せない。むしろ目を細め、気持ち良さそうにしている。
狼であり、平素であれば危険なモンスターなのだが、その姿はまるで大型犬のそれだ。
「うわぁ、毛並み気持ち〜、耳柔らか〜い……うふふふ〜、ここか〜、ここが良えのんか〜」
まるでセクハラをする中年オヤジなような事を言っているが、犬好きの人間はだいたいこんなものだ。 黙ってはいるが、ネオも現実では飼い犬にはそんな感じだ。
そんな風に癒しの雰囲気にリビングが包まれていると、カランカランと、再びドアベルが鳴り響く。
「お、なんだよ、どこで何してるかなって思ってりゃ、いつの間にウルっちと仲良くなったんだ、ブロッサム」
「トーマさん!」
入ってきたのが誰だか分かると、ブロッサムは喜色を隠そうともせず、笑顔で迎える。
この世界では珍しい二槍使いにして、【ファンタジア・ゲート】最速の異名名高い《音速使い》のトーマだった。
既に槍を納めているのか、武器は何も装備していない。いつも通り深緑色色の独特な装備を見に纏って、ブロッサムの隣に座った。
「ったく、スキル上げに勤しんでるかなぁって思ったのに、呑気にお茶とはねぇ」
「ムッ、失礼な。もうスキルランク殆どⅤになりました。《挑発》や《窮地の猛攻》は流石に無理でしたけど」
「ああ、まぁ2週間ぶっ続けでやってりゃそうなるか……なるほど、道理でここで犬ッコロと戯れてるわけ『ヴァウ!!』うわぁ! なんだよ、驚かすなよ!」
犬ッコロという言葉に露骨に反応したウルっちの吠え声に、トーマはびくりと体を震わせる。
何故かウルっちとトーマは、仲が良くない。
トーマ自身が動物に慣れていないから、そもそも狼なのにいつも『犬』などと表現するからというのもあるが、恐らく対抗心からではないか、とネオが思っている。
〈高魔狼〉は【ファンタジア・ゲート】で登場するモンスターの中でもかなり速い。普通だったら上位プレイヤーと並走出来るくらいの速度が出る。
ところが、トーマのように速度に極振りしている人間には勝てないのだ。それをウルっちは快く思っていないのかもしれない。
もっとも、モンスターにそのような心があれば、の話だが。
「もうトーマさん、ウルっちさんは犬じゃありません、立派な狼です。ね〜、そうですよね〜ウルっちさん」
ブロッサムがそう言いながら撫でれば、『その通り』と言わんばかりに小さく吠えると、再び好きに撫でられる状態に戻る。
彼女が撫でるのが上手いので、ついついそうしてしまうのかもしれない。
「ったく、お前なんかキャラ変わってねぇか……まぁ良いけど。
なぁ、それより、――お、ありがとクシャ――マミと会わなかったか?」
クシャから渡されたコーヒーを受け取りながら、トーマが口を開く。
「マミさんっスか? まだ執務室に缶詰めなんじゃないっスかね?」
「はい、私も今日はずっとここですけど、1度も会ってませんよ?」
2人は不思議そうな顔を見合わせてから、リビングの奥に続いている通路を見る。
そこから先は渡り廊下になっていて、【ランプ・タウン】の領主館――つまりマミの執務室になっており、ギルマスであるマミと副ギルマスであるコウ以外は、入室制限がかかっている。
今日はログインしてからずっとここにいたブロッサムでさえ、そこから人が出ているのを見てはいない。
そんな2人の反応に、トーマは「あぁ〜そうだよな〜」と言いながら、コーヒーを啜る。
「っ――いやなぁ、多分外回りの連中にだけなんだろうが、緊急集合のメッセが飛んできたんだ。
遠くにいる奴もいるから、集まるのはもう少し先だろうが……それにしたって、随分急だったんでな。大口の仕事か、緊急クエストでも出たのかなって」
「ああ、なるほど。緊急……穏やかじゃないですね」
トーマの言葉に得心いったという顔をし、すぐに怪訝そうな顔をするが、ウルっちを撫でる手は止まっていない。病みつきになる感触の所為だろう。
それはさておき、緊急集合。
他の少人数ギルドであれば気楽にやるのだろうが、何かと問題も多い《嘲笑う鬼火》だ。何か大きな問題でも起こったのだろうか。
「もしくは、村管理系のイベントで何かあったんですかね?」
「んにゃ、そんな話は聞かねぇな。そもそも、もうだいぶ仕事が終わっている状態、いまさらんな事もないだろう」
「ですよねぇ。じゃあいったい……」
「……あぁ、あれっスよ!」
トーマとブロッサムが頭をひねっていると、ネオが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「ほらブロッサムちゃん! さっきあたし言ったじゃないっスか! 『ブロッサムちゃんが活躍出来るイベント』っスよ!」
「ああ、そういえばネオちゃん言ってたね」
「ブロッサムが活躍出来るイベント? はて、そんなもんあったかねぇ」
ブロッサムは得心いったという顔をしているが、トーマはどこか首を傾げている。
「ほら、トーマさん! 今の時期といえば、恒例のアレじゃないっスか! 毎年参加してるじゃないっスか!」
「って言われても……ああ、あれか」
すぐに思い当たる。
「『〈ベヒモス〉の猛進』かぁ」
次回の投稿は11月17日の0時に行います。
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