1 予想外ののほほん
――【ファンタジア・ゲート】には3種類のイベントが存在する。
1つはグランドイベント。この世界全体の『物語』そのものである。プレイヤー全員が共有する、この大陸を舞台にした開拓史である。
これを進める事を【ファンタジア・ゲート】では攻略と言い、これに従事するプレイヤーも多い。
2つ目は個別イベント。
これは各種の条件をクリアすると自動で発行されるもので、攻略サイトで情報が広がっているものから、未知の物までその裾野は広い。
特殊スキル取得と同じようなものと考えても、大筋では間違いがないだろう。
そして3つ目は、期間限定イベント。
現実での季節に連動して行われるものから、【ファンタジア・ゲート】独自の恒例行事まで様々な種類が存在し、その賛否も様々だ。
妙に鬼畜な仕様で有名な【ファンタジア・ゲート】運営が、時々本気を出してアホなイベントに改変、あるいはアホなイベントを生んだりする場合も多いからだ。
されど、イベントはイベント。
お祭り大好きなゲーマーにとって、どんなイベントも逃す事は出来ない。そこに“期間限定”などと付いてしまえば、食い付かない人間はいない。
『今だけ』やら『限定』と付くと弱いのは、日本人の本能のようなものだった。
――そしてそれは、あの《嘲笑う鬼火》も例外ではなかった。
○
「――ハァ」
溜息を吐いたのは誰だ、などと突っ込める状況ではない。
なにせ此処にいるのは、ブロッサム1人なのだから。質素ではあるが上質な陶器のティーカップを傾け、中に入っているお茶を飲み込む。
このゲーム内では上等な紅茶らしいが、残念ながら銘柄を聞いてもブロッサムにはピンと来なかった。少なくとも、美味しいなぁと思う程度である。
一口飲んで喉の渇きを癒すと、ブロッサムはもう一度周囲を見渡した。
田舎のペンションと言えば、だいたいの雰囲気は掴んでいるだろう。
木の木目を上手く使ったウッドハウスの居間にブロッサムはいた。
柔らかそうなソファー、12人が座っても問題ない長机と椅子達。
近くには現実のものとはやや趣が違うものの、上質なキッチンが備えられている。
普段だったら、きっと賑やかなのだろうが、残念な事に今日はブロッサム1人だった。
「……暇だ」
故に、誰もブロッサムの独り言に返事をする者がいない。
《嘲笑う鬼火》の活動拠点。
ギルドタウン【ランプ・タウン】の中にある一軒家の中で、ブロッサムは暇を持て余していた。
『私達の拠点に案内しよう』
勝利の美酒に酔いしれといえば聞こえが良いが、傍目から見れば馬鹿騒ぎをした張本人であるマミがそう言うと、全員がそこへ行く為に動いた。
――ギルドには、それぞれ活動拠点が存在するという話は、トーマからすでに聞いていた。
ギルドルーム・ハウス、キャッスルは建物で、その大小によって購入費用や維持費が上下する。しかし上下するだけで、乱暴に言ってしまえば『金があれば買える』ものだ。
しかし、ギルドタウンやギルドシティになると、手に入れる為には、任意のギルドイベントを攻略しなければいけない。これはなかなかに長大で、かかる経費や時間は膨大。
ある意味で上位ギルドの特権であり、そうである証のようなものだ。
《嘲笑う鬼火》直轄のギルドタウン【ランプ・タウン】もその一つである。
《クラン・食い倒れ》のギルドシティ【大食い商店街】や、PvPの見世物を生業とする《サーカス》の【群生闘技場】のような派手さはないものの、一個の土地を所有しているという状況はまさしくファンタジーであり、ブロッサムは期待に胸膨らませた。
着いた時、映画の題材にも使われる西部開拓時代の開拓村のような印象が、ブロッサムの喜びをさらに膨らませたのまでも、良かった。
……もっとも、問題がなかった訳ではない。
他のゲームであれば村やギルドハウスを放置しても問題なかったり、扱いが簡単だったりするのだろうが、この【ファンタジア・ゲート】でのギルドタウン及びシティの管理は大変だ。
それを専門に請け負う商売や、自分の領地の事のみを考える『領主プレイ』というのがあるくらい、それはある意味、1つの別ゲームとしての側面を持つ。
もっとも、他に大きな目的があるのに、それそのものに忙殺されていてはゲームとして破綻する。
故にキャッスルから上のものには、管理するNPCが付き、ある一定は自動で行ってくれるようなシステム自体はある。
最終決定は領主であるギルマスが行わなければいけないが、留守中の維持など様々な雑事は取り行ってくれるのだ。
……しかし、それもある一定までは、である。
現実時間で1年。ゲーム時間では4年。
それだけ放置されていた町がどうなっているのか、初心者のブロッサムは当然の事、《嘲笑う鬼火》メンバーや、領主であるマミ自身も分からなかった。
いや、そもそも想像出来ないだろう。
出会い頭にNPCに怒られるなんていう状況が。
【ランプ・タウン】を管理していたNPCは、眼鏡をかけキリッとした美人秘書だった。
茶色い髪の毛をしっかり束ね、こちらで言う正装に身を包み、ブロッサムが履いたら倒れる事間違いなしのピンヒールを履いてる。
現実にもいるような姿形だからこそ、逆に彼女の頭の上に生えている猫耳や、スカートから生えている尻尾も、違和感を覚えるくらいだった。
〈猫人族〉。この【ファンタジア・ゲート】の世界観で照らし合わせるなら、『人間族に好意的な現地人』の1つだった。
普通のNPCよりも語彙力や処理能力が割り振られている彼女は、ありとあらゆる言葉で《嘲笑う鬼火》に――特にマミに――説教をしていた。
活動休止にする際、プレイヤーの指示を必要としないように〈留守番モード〉に設定したまま4年。
いくらなんでも長過ぎる、というお説教だった。村が崩壊、ということはなかったものの、やはり必要最低限の維持のみしか出来なかったのが、相当腹立たしかったのだろう。
「『領主の仕事に嫌気が差し、あるいは開拓者を引退なさって村を放置して出奔なさる開拓者様もいらっしゃいます。
我々もそうなのではないか。マミ様や《嘲笑う鬼火》の皆様に、見捨てられてしまったのではないか。と不安に思っていましたのに……
なにが『やぁ息災だったかな』ですって……? 私達がどのような思いでお戻りをお待ちしていたとも知らず、暢気にヘラヘラと……。
私がいくら貴女の秘書だったとしても、限度があるんですからね! 限度が!!』」
美人秘書・パンナコッタは、その美しい容姿と可愛らしい名前に反して苛烈に責めていた。
といっても、流石高機能NPC。プレイヤーの顔を見間違えたりはしないのだろう。新人であるブロッサムには非常に優しかった。
「『新たな開拓者様にお会いできて嬉しゅうございます。今後とも、どうか仲良くして頂けますか。
けして、けっっっっっっっっして、私が普段からこのように乱暴な言い回し、及び乱暴な行動を取っている訳ではありません事を、どうかくれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も! お忘れなきよう』」
マミの首根っこを掴んでそう言われても、正直説得力はなかった。
まるで本物の人間であるようだと思ったが、いくらNPCでもそのような言い回しは悪いような気がして、ブロッサムは何も突っ込まなかった。
そこからは、大騒ぎである。
領主であるマミは執務室で溜まっていた決裁などを行い、コウはそのサポートを。
トーマも含めた他のメンバーも、町を持つギルドに必ず発生するようなタウンイベントを粛々と攻略し続ける日々である。
ブロッサムもそれに参加しようとしたが、流石に力量不足だった。
『お前は自分のスキル上げやらなんやら、したい事してろ。色々終わったら、皆で何か出来る事を探そうな』
トーマはきっと、ブロッサムを慮ったのだろう。自分達が溜めてしまった仕事を彼女に押し付けるのは気が引けたのだ。
しかし、問題が発生する。
……する事がないのだ。
もう一度だけ溜息を突くと、ブロッサムは自分のスキル構成一覧を覗く。
・アクティブ
〈戦鎚術Ⅴ〉
〈パリィⅤ〉
〈両手持ちⅤ〉
〈挑発Ⅲ〉
〈空き〉
・パッシブ
〈剛力Ⅴ〉
〈頑強Ⅴ〉
〈重装Ⅴ〉
〈見極めⅣ〉
〈窮地の猛攻Ⅲ〉
スキルランクは、前より相当跳ね上がっている。ちなみに〈挑発〉はその名の通り、典型的な挑発系スキルだ。
攻撃を受けなければ効果が発動しない特殊スキル〈窮地の猛攻〉の為にと後から取得したスキルだ。
まぁ、この結果は当然と言えるだろう。初心者用の熟練値上昇アイテムを使用し、さらに日がな1日中スキル挙げに挑んでいればそうなる。
だがそれも頭打ち。
初心者用アイテムはあくまで初心者用アイテム。それなりにランクが上がった頃にはそれも使い果たし、そのようなアイテムは大概が販売不可の設定になっているので、購入する事が出来ない。
元々『初心者が新たなプレイヤーを早く前線に送り出してあげたい』という思いからくる救済措置だったのだからそれも当然だ。
スキルランクⅤになれば中堅どころと言われる【ファンタジア・ゲート】だが、ブロッサムはそういう意味ではスキルは一人前でも、プレイヤースキル的にはまだ半人前。
《嘲笑う鬼火》がギルドタウンに縛られて、もう二週間。その間一人で戦うのも、いい加減限界だったのだ。
「これ以上は、1人じゃスキル上げようもないしなぁ」
ウィンドウを閉じてから、紅茶を啜る。
スキルランクⅤが中堅どころだと言われる由縁はそこにある。
次のランクに必要な熟練値は、上がれば上がるほど要求する上限も高くなっていく。ランクⅤになると、流石に1人で戦えるモンスターやエネミーでは、成長スピードに合わないのだ。
パーティーで戦わなければいけないようなモンスターなどでなければ、釣り合いが取れないのだ。
ところが、ブロッサムは現在1人。とても大型モンスターと1人で対峙出来るような強さも経験も持ち合わせていない。文字通り、頭打ちである。
……もっとも、ブロッサムが苦慮しているのはそこだけではない。
「……こんな状況で、どうやって仲良くなれって言うのよ」
――【ランプ・タウン】の諸事情拘束が二週間という事は、リコリッタとの対人戦からも同じく二週間近く経っている事になる。
トーマ、マミ、コウ、仁王、クリアリィ、イワトビ。
このメンバーとは事前に面識があったおかげで、だいぶ早く仲良くなれた。打ち上げをしている時にはだいぶ話させて貰ったし、実際もう友達と言っても過言ではない。
しかし他の5人と本当の意味で仲良くなったかといえば、そうではなかった。打ち上げの時に色々話したものの、やはり勝利の興奮から話せていただけで、その後は上手く口が回らないのだ。
そして、すぐに【ランプ・タウン】での仕事の日々で、5人とはそう多く顔を合わせられなくなってしまった。
おまけに、5人がまた揃いも揃って変人だった。
全身鎧の大男は、そもそも話が出来ない。異常なほど無口で、一個の会話に一言二言しか返さないのだ。これでは会話のしようがない。
禿頭の男は、口調そのものは丁寧で話しやすい人だったが、正直殆ど出来なかったし、何よりトーマで慣れてきたとはいえ、大人の男性とどう話せば良いのか、ブロッサムには良く分からなかった。
弓を持って狼を連れている少女。彼女とはかなり仲良くなった……ような気がするのだが、ここ最近のボッチ生活が祟っているのか、まだ関係は微妙なところ。
魔術師の女性にいたっては、話しをしようとすると何故か避けられる。神官然とした女性は「照れてるだけなの、ゆっくり待ってあげてね」とそっちに構っていて、やはり、余り話してはいない。
我ながら、まともに話しているのは5人中1人とは情けない話だが、あの大盛り上がりの中そのレベルまで行けたのは、むしろ頑張っている方だとは思う。
……そこから成長がないのは、やはりどうかとは思うが。
現実では、相も変わらずボッチ。
仮想でも、ちょっとボッチになりかけている。
「――いかん、いかんですよ、ブロッサム氏。
このままではボッチ街道まっしぐら。先は孤独死しかないですぞ~」
茶化しつつ自分を叱咤激励してみるが、今の状況を打開するには、まず誰かに何か仕事を振ってもらわなければ話にならない。
(……誰か来た時に、仕事振ってもらえるようにお願いしようかな)
いくら自分が新人で、今回の厄介事に関係ないとしても、やはりもう《嘲笑う鬼火》に参加している以上、他人事では済まされない。
最初に言い出すべきだったのだろうが、そこはブロッサムの性格上、トーマに自分のしたい事をしろと言われれば相せざるを得なかったが、今度はそうはいかない。
仲間になったならば、相応の働きを。
自分に出来る事がどの程度あるのか分からないが、出来るだけ、やれるだけやってみよう。
そう一念発起した時、カチャリ、と陶器が軽くぶつかり合う音がした。
「『――冷めてしまいましたので、新たな紅茶など用意致しました』」
小さな声ではあるがはっきりと、その声はブロッサムの耳に届いた。
褐色のメイド。しかもそのメイド服は、ヴィクトリア王朝の由緒正しき、最近のコスプレ然としたメイド服とは一線を画す清楚なメイド服……とマミが力説していたメイド服を着ている。
円らな紅い瞳に、少し尖った耳。そして羊のように曲りくねった角と、黒いタグが、彼女を人間ではなくNPCだと証明する。
秘所のパンナコッタと同じく、普通のNPCと違い会話も行動も、まるで人間と同じように流暢なのだが。
「え、あ、す、すいません……」
1人だと思ってかなり自由な言動をしていたのだが、どうやらどこかで待機していたらしい。
急に恥ずかしくなってしおらしくなるブロッサムに、メイド――確か、クシャ、という名前だった――は、 じっとこちらを無表情で観察する。
「『……もし宜しければ、スコーンなどお召し上がりでしょうか? 村の方から頂いた上質な苺ジャムがあるのですが』」
「え、遠慮しておきます」
「『なんでしたら、私がドーナッツなどお作りしましょうか?』」
「け、結構です……」
「『……何か御用はございませんか? 炊事洗濯お掃除給仕、さらによと――』」
「だ、大丈夫ですから!」
何か不穏当な事を言いそうになったので、思わず叫んで止める。
クシャはそこで静止すると「……そうですか」とだけ言って部屋の奥に下がっていく。その後姿は、どこか哀愁さえ感じさせるものだった。
表情は一切変わっていないのに、何故か雰囲気で感情が丸分かりである。
(――そっか、4年も世話する人がいなかったんだよね)
ゲーム内時間で4年間。主である《嘲笑う鬼火》がいつ帰ってきても良いように部屋を掃除し、食材を絶やさず、いつでも声をかけて貰えるように居続ける。
それがどんなに大変な事か、ブロッサムには想像も出来ない。
そもそもプレイヤー達がいない間、NPCがどうしているのか……そもそも、高機能NPCとはいえ、彼女達に感情があるのかどうかすら、ブロッサムには分からなかった。
それくらい、彼女達は人間以上に〝人間らしい〟。
少なくとも――ブロッサムが、感情移入してしまうほどには。
「……や、やっぱりちょっとお腹空いちゃったなぁ~、あぁ~、何か摘める物があれば良いのになぁ~」
わざとらしく大声で言ってみた言葉に、クシャはすぐに反応する。
「『ッ、今すぐスコーンをお持ちしますっ、少々お待ちください』」
ほんの少し、嬉しさで声が上ずっているのが分かる。表情は相変わらず変化しないが、昔の漫画的表現で表すならば、きっと花なり七色のシャボン玉なりが浮かんでいる事だろう。
そんなクシャの姿を見ているだけでも、ブロッサムの気持ちは華やぐ。
――カランカランと、ドアベルが鳴り響く。
「クシャちゃん、良ければあたしにも、紅茶とスコーンが欲しいっス! あ、ウルっちには、お肉くださいっス!」
元気良く入ってきたのは、ブラウンのポニーテールに、鳶色の目を持った少女だった。
焦げ茶色をした、女の子には不釣り合いな、無骨な革鎧。チロリアンハットを被り、革鎧の上から丈の短い紺色の上着を着ており、下はミニスカートだった。
背中には、床に置けば彼女の首にまで迫るかという、長大な弓と、カラフルな色合いの羽をつけた矢が詰まった矢筒が背負われている。
それだけではない。彼女の横には、精悍な顔つきの狼が伴われている。
全体的に灰色がかっているが、思い出したかのように赤い毛並みが混じる狼――確かモンスター名は〈高魔狼〉。その身の丈は主人である少女も超える。
「やぁやぁ、ブロッサムちゃん。もし良ければ、一緒にお茶会などどうですかね?」
すぐにブロッサムを見つけた少女は、自分と同じくらいに見える顔つきを、明るい笑みに染め上げる。もし女性でなかったとしたら、ちょっとした伊達男のような表情だ。
「う、うん、お茶会しよう――ネオちゃん」
――プレイヤーネーム:ネオ。
《嘲笑う鬼火》の弓使いにして、ブロッサムが来る前までの最年少女性だった人……そして今現在、ブロッサムが一緒に戦っていないメンバーの中で、唯一まともに会話出来るメンバーだった。
二章始めました!
楽しんでいただければ幸いです。
次回の投稿は11月16日の20時に行います。
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