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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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29 現の対峙






 ――教室の空気は重苦しく、呼吸をするだけでも難儀するような雰囲気に包まれていた。

 教室にいる多くの生徒が、チラチラとその元凶を観察しながらも、触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりに遠巻きにしていた。

 榊原莉子。ゲーム内ではリコリッタと呼ばれる少女が、珍しく1人で、不機嫌そうに座っていた。

 ……結局彼女は《銀鎧騎士団(シルバーナイツ)》を解雇。その後は構成員ではなくあくまで容疑者として、様々な不正の取り調べを受ける結果になった。

 それだけならば、それで終わり。ゲームはあくまでゲームなのだから。

 しかしそう言った本人である彼女が、まさか現実を巻き込んでゲームをしていたとは、誰も思わなかっただろう。

 リアルでの友人や、懇意にしている男性、さらに仲の良い学校教員までをも巻き込み、いいや、むしろそういうものを武器にして不正を行っていたのだから、もはや笑い話にもならない。

 いくらゲームとはいえ、それが現実での人間関係を伴ったものならば、影響力は格段に上がる。

 現実でも取り巻きになっていた友人達は当事者とは少し離れていて被害が薄かったからか、明確に敵対する事はなかったものの、それでも余所余所しい。

 教員もゲーム内での事で現実の態度をあからさまに変える事はなかったが、もう公私ともに贔屓してくれる事はないだろうという、自然な距離に着地した。

 学校外の男性に至っては、絶縁状を叩きつけてきた人間も少なくはない。

 阿呆らしいと思う人間もいるだろうが、MMORGでは珍しくはない事例だ。

 知らない人間と交流を深めるより、現実の人間関係をゲームに持ち込んで仕舞えば楽だし、そこから輪を広げようと考えるのも、不思議ではない。


 だが今回、それが榊原莉子に悪いように影響してしまったのは確かだろう。


 この程度で莉子が培ったものは壊れないが、同時に十全な機能を保てはしなかった。


(なんで、――)


 ゲーム内での戦いが集結してから何度も頭に浮かんでいる。

 何が間違っていたのか、どこで失敗したのか。自分はただ、自分より下の存在を利用するという〝当たり前〟の事をしただけだったはずだ。

 それなのに、ゲームではすでに再起不能なほど地位が落ち、現実での自分の生活も機能不全に陥りつつある。

 納得など出来ようはずもない。

 特に、自分の考えが悪かったとならない彼女にとって、それはあまりにも理不尽な事なのだから。


(全部あいつが悪いんだ……)


 香納桜。

 自分どころかスクールカーストの中でも最下位に立っている彼女が全て悪い。そう思う事で、なんとか莉子は怒鳴り散らす事を避けていると言っても過言ではないだろう。

 そうでもしなければ、自分を保っていられない。

 どう虐めてやろうか。

 どう鬱憤を晴らしてやろうか。

 それだけしか、今の莉子の頭の中にはなかった。

 ――ガラリと、扉が開く音がする。

 いつも通り鞄を肩に掛け、いつも以上の笑顔を浮かべている桜が、


「――おはようございます!!」


 元気よく挨拶した。

 これは、今までなかった事だ。何時もであれば、莉子に見つからないように、まるで隠れるように教室に入ってきていたはずの彼女が、そのような明るい表情で入ってきた事など、一度もなかったのだから。

 榊原莉子だけではない。

 クラスメイト全員が驚いた。

 あるものは信じられないものを見たというのを隠しもせず、ぽかんと口を開け。入り口に近かった者はつい反射的に「お、おはようございます」と返事を返す。

 それだけで、桜は満足だったのだろう。フンッと鼻息を粗く吐くと、そのまま自分の席に向かった。

 それを阻むように、莉子が立つ。


「――なに、陰キャラがイメチェン?

 なに「やってやった」みたいな顔してんのよ、気色悪い」


 いつも通り、蔑んだ笑みで莉子が口を開く。


「ゲームの中で勝ったからって調子に乗ってんじゃないわよ。あの中でどうなろうが、アンタが私の玩具だって事に変わりないでしょ。

 なに平気な顔して来てんのよ……アンタが先ずしなきゃいけないのは、私への謝罪でしょ。『迷惑かけてすいませんでした』って私に土下座すんのが筋でしょうが!」


 莉子の言葉は、まぎれもない本心だった。

 『悪い事をしたら謝るのが筋』。正論のような響きを持っているが、しかし歪んでしまっているその言葉を、莉子は本気で信じている。

 対して、その言葉に桜は何も返さなかった。

 ほんの少し俯いただけで、何もしようとしない。

 それがいつも通りの反応のように見えたのか、莉子は調子に乗って言葉を続ける。


「ったく、金払うって言っときながら、随分な事して。どうせ強い仲間が出来て調子に乗っちゃったんでしょ?

 そうよね、リアルで何もして貰えないど底辺のあんたがチヤホヤされれば、そりゃあ調子にも乗るってものよ。

 だから、今回だけ誤ってくれれば許してあげる。とっとと頭下げて……そうねぇ、払ってくれなかった分のお金、現実のお金で払ってもらおうかしら。

 慰謝料込みで、10万円ってところかなぁ。しょうがないよね、だってアンタの所為でこうなったんだもん」


 自分本意の言葉をぶつけるが、止める人間はやはりいない。

 多少落ち目になったところで、莉子がこのクラスの上に立っている人間だという事実は変わっていないのだ。

 現実は、どこまでも無情だ。

 ゲームのように強いからどうこう出来る訳ではないのだ。




「――いやだよ」




 だが、それでも。

 香納桜は、もはや今までの香納桜ではなかった。


「――――ハァ?」


 現実での初めての拒絶に、莉子は思わず間抜けな声を上げる。

 しかし莉子を責める者もまたいない。むしろ莉子と同じように怪訝そうな、あるいは再び驚愕したような表情を浮かべている者が大半だった。

 いつもヘラヘラと人の顔色を伺うような笑みを浮かべ、逆らうような事をしなかった彼女の、明らかな叛逆。そういう子だ、と思い込んでいた彼女達には想像すら出来ていなかった。

 そんなクラスの動揺をよそに、桜は喋り続ける。


「いやだよ。だって私が謝る理由も、お金を払う理由も、全然無いんだもん。

 そもそも、高校生に10万円なんて無理だよ、やだなぁ榊原さん」


 まるで聞き分けのない子供に話すようなその態度が、榊原莉子は気に入らなかった。キッと桜を睨みつけ、口を開く。


「あ、アンタが私に迷惑かけたからでしょ!?

 私に逆らってあんな事……手ェついて謝って、お金渡すのが当たり前でしょ?」

「なんでそうなるの?」


 桜は莉子を気にかける様子もなく、自分の机に向かっていって、鞄を下ろし、溜息を溢す。




「――だって、『所詮ゲーム』なんでしょ?」




 あのゲームの中で莉子自身が言った言葉を、そのまま口にする。


「ゲームの中で起こった事を現実で何とかしようなんて、榊原さんおかしいよ」

「……そ、そんなのアンタに関係は、」

「あるよ。だって自分で言ってたんじゃない。ゲームの中でどうなろうが関係ないって。

 私がそうやって調子に乗っちゃダメなのに、榊原さんが良いなんて、そんなのおかしいよ」


 ただそれだけ。

 桜はただ、彼女が言った事を鸚鵡返しに言ってるだけだ。

 ゲームの中の事を、現実の世界に適応させない。

 それは香納桜だけではない、榊原莉子も同じであると。

 ただそれだけを言っているのに、榊原莉子の攻勢は目に見えて衰えていく。何せ彼女が起こっているのはそのものズバリ『ゲームの中で起こった事』なのだから。


「――ど、どっちにしても、じゃあアンタが私の命令を聞くのは当たり前じゃない。アンタはリアルじゃずっとそうしてたんだから」


 問題の主題を無理やり移す。

 そう、どちらにしろ変わらない。彼女にとって桜が下の存在で、今まで好き勝手していたのは確かだった。

 それがまた続くだけ。

 それだけの話だと、


「うん、だからもう、――そういうの嫌なの」


 それを桜は、今までにない強い言葉で拒否した。


「アンタに逆らう権利なんて、」

「あるよ。だって私は、別に榊原さんの奴隷でもペットでもないんだもん。

 そういうルールがあったり法律があるなら別だけど、そういうのはないし、榊原さんの命令をきかなきゃ、どうにかなる訳じゃない。




 ――もう、辞めたの。そういうのは」




 もう一度、榊原莉子の前に立つ。

 今度は、自分の意思で。

 一歩も下がらない。そう宣言するように強く。

 戦鎚はない。自分の身を守ってくれる鎧はどこにもない。背中を押してくれたり、助けてくれる仲間はいない。

 自分は、格上を一撃で倒せたブロッサムではない。

 だけど、ブロッサム〝でも〟ある。


「もう、貴女に従わない。ゲームでもなんでも、貴女に勝てるって分かったんだもん。




 私はもう、何も諦めたりなんかしない!」




 もう、ヘラヘラ笑って、この程度なんだ自分はと、自分で自分を貶めて、納得なんかしない。

 だってそれは、今までやって来た事を全て台無しにする言葉だから。

 自分を影から見守ってくれていた兄の優しさも、自分を認め、仲間にしてくれた皆にも、お前になら出来ると言ってくれたトーマにも。

 皆の気持ちを台無しにするようなものだ。

 ――きっとそれでも、皆離れていく事はないだろう。

 しょうがないな、なんて言いながら、また自分を手助けしてくれるかもしれない。あるいはそこには触れず、ゲーム仲間として一緒に気晴らしをしてくれるかもしれない。




 でも、そんなのは嫌だ。

 そんなのは〝自分が〟嫌だ。




 逃げた先からまた逃げるなんて、桜はしたくない。

 そんな事をしたら、きっと自分は胸を張ってトーマに会えなくなってしまうから。

 それだけは、したくない。


「――は、え、」


 莉子は、まるで処理落ちでもしているかのように、何度も口を開いたり閉じたりを繰り返す。

 想定していなかったのだ。

 桜がここまで自分に逆らうという事を。きっと現実では、また自分に媚び笑いを浮かべながら従うのだろうと思っていたから。

 だから何の対策もする必要性はなかったし、何も考えず自分の主張を押し付ければ良かった。

 しかし結局、そうはならなかった。

 そうはならなかったからと言って、もはや彼女にどうにか出来る訳でもない。ここから脅した所で彼女にどうやっても自分の命令を聞かせる事は出来ないのだから。

 ここはゲームではないはずなのに。

 まるでゲームの中にいるブロッサム(かのじょ)と同じように強い目でそう言われてしまえば、恐怖が先行し、莉子にはどうしようもなかったのだから。


「も、もういい!!」


 それだけをギリギリのプライドで吐き捨てると、莉子は教室から飛び出してしまう。

 それを止める者も、追い縋る者もいない。スクールカーストの頂点に君臨している筈の榊原莉子だったが、その程度のものだったのだ。

 シンと静まり返る教室で、桜だけはなんて事のないという顔で席に戻り、そのまま突っ伏した。

 ……誰も、彼女の表情は見えない場所。

 だから、


(――ハァ〜、緊張した〜!!)


 緊張から解放された桜の腑抜けた顔も、誰にも見えていない。

 ゲームからログアウトしてから、現実でどうやって莉子の言葉を跳ね除けようか、そもそも上手く話せるのか、またなあなあですませてしまうのではないか。

 そんな不安と緊張で、今日の桜はいっぱいいっぱいだった。

 莉子に啖呵を切った時でさえ、頭の中は空っぽで、正直何を言ったのかさえ半分も覚えていない。

 もっとも、それが逆に功を奏したと言えるだろう。

 もしあーでもないこーでもないと考えながら話していれば、口が上手い莉子に丸め込まれていた可能性だってあったのだ。

 感情論。

 舌戦では論外だが、こういう場合にはそれが有効だったのだ。

 ……勿論、状況が改善出来ただけで、まるで全部が上手くいった訳ではない。

 相変わらず莉子には目の敵にされるだろうし、クラスには友達もいない。ボッチでなくなった訳ではないから、桜は孤独のままだった。

 しかしそれでも、大きな前進だ。

 何も出来なかった頃に比べれば、ずっと大きな前進だ。


「――もう、今日は疲れちゃった」


 昨日から戦闘、打ち上げ、兄への詰問と大きな事が起き過ぎていた。

 今までの桜の人生は一体なんだったのだろうというような、目紛しい変化。許容量は限界ギリギリで、自分が今どんな状況かも、正直理解は追いついていない。

 それでも、――


「……頑張ろう」


 前に進めている事だけは間違いない。

 そう信じて、桜は微睡んだ。






 ――後に【ファンタジア・ゲート】内でで名を馳せる少女の物語は、ここでようやく始まったのだ。







いよいよ、次回で一章ラスト。

楽しんでいただければ幸いです。



次回の投稿は11月15日の20時に行います。

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