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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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2 飛来せし一閃






 【始まりの街】の直ぐ脇にある低ランク向け戦闘フィールド【フィギリックの森】。


 初心者にとっては最初の難関だが、そうでない開拓者にとっては気楽な散歩コースのようなものだった。

 この世界にはレベルというものが存在しない代わりに、多くの面でGMが配慮している側面がある。それが『一定の実力者相手にランク帯が低いモンスターが襲ってこない』という措置だ。

 噂では開拓者側には公開されていないSTRなどの項目を含めたステータス、スキルの総合ランク、モンスターの討伐数なども含めた情報を計算し、モンスター側が『その開拓者を上位存在と見なす』ようにする行動アルゴリズムが組まれているんだとか。

 とにかく、それなりに実力をつけた開拓者に襲っては来なくなるし、こちらから攻撃を仕掛けても、スキル熟練値は極わずか。旨味などない。


 だから低ランク帯の戦闘フィールドは、上級プレイヤーにとっては移動する時の道にしかなり得ない。


 その青年に対してもその効果は発揮されており、鬱屈としているはずの森の中、しかも木の上で呑気に寝転がり、微かに感じられる木漏れ日を瞼の上で楽しんでいた。

 ――青年がここにいる事にあまり深い意味はなかった。

 いつも通り育て切れていないスキルのランク上げに勤しむ為少し離れた、もっとランクの高いモンスターがいるエリアで戦った帰りである。

 何と無く木の上で寝るって気持ち良さそうだな、と思い、実際そうしただけ。

 だから青年が寝転がっている木の下で初心者プレイヤーが迷子になっていようと、『ああ、誰か来たんだな』程度にしか思わなかったし、戦闘の声を聞いても、『おお、頑張ってんなぁ初心者くん』などとこれまた呑気なことを考えていただけだった。

 他人の戦闘に勝手に首を突っ込まない。生身の人間とのコミュニケーション要素が強いMMOでは、当然のマナーだった。


 ……しかしその戦闘音が10分、15分、終いには20分30分と長くなっていけばいくほど気になり始める。

 この森で一番厄介なボア相手とはいえ、ちゃんと街で準備を重ねれば、初心者でも戦える敵だったはずだ。同時に何体も出現すると少々一人では困るだろう。

 どちらにしろ、そう何分も戦っていられる訳ではない。

 勝つ見込みがあるならば時間はかからないし、勝つ見込みがなくても、直ぐ死ぬからやはり時間はかからない。

故に、これだけ長々と戦闘の音が聞こえるのは、妙だの一言に尽きるのだ。


「……チッ、何を必死こいてんだ」


 気になり出せば呑気に日光浴とも言っていられない。小さく舌打ちをすると、横たえていた体を腹筋の力で起き上がらせ、眼下の戦いを面倒くさそうに睨みつける。


 戦っているのは、一人の少女だった。


 装備している防具と武器を見れば、最初に配布される屑同然の初期装備。明らかに今日始めたばかりなのだと分かる。

 そもそもこの森に来るのが間違いだ。大方道に迷って戦闘フィールドまで来てしまったのだろう。ソロの初心者の失敗談では『あるある』に属する部類だ。

 パーティーを組んでいないので相手のHPを確認する事は出来ないが、肩で息をしている姿。装備値が下がっている所為でボロボロになっている防具や武器を見ると、HPは1割も残っていないだろう。

対して、〈ファイティング・ボア〉の数は3体。2体までなら初期装備でギリギリ勝てるかもしれないが、3体とくればまず大半の初心者開拓者が諦める。

 ――だが、青年が重要視した所はそこではない。

 その3体が3体、かなりダメージを食らっているのだ。

 刺突、斬撃系武器で発生する《出血》のBS(バッドステータス)のおかげでもあるが、HPバーを確認すればどれも半分を下回っている。

 初期装備でここまでダメージを与えるのは、至難の技だと言っても良いだろう。


「……縛りプレイでもしてるのかな?」


 一番可能性がある予想を口に出して見るが、少女の姿を見る限りそうとも思えない。高ランクプレイヤーならば防御力がないのを理解して高ランクの《見切り》スキルを持っていてもおかしくはないからだ。

 それとも、何か限定スキル狙いなのか……と思ったが、少女の顔を見れば、そうでもないという事が分かる。


 ――必死なのだ。


 このゲームでのデスペナルティは数十%の熟練値と所持金を奪われる。青年から言わせれば、初心者にとって大したものではない。

 迷っただけなら、惜しむような熟練値も貯めていないだろうし、金もそう多くはないだろう。損失としては、小さいはずだった。

 それを理解していないのか、それとも理解している上での行動なのか。

 まるでここで負ければ本当に死んでしまうと言わんばかりに必死な顔で、既に刃毀れが目立つ剣を構え、流れる血のエフェクトも意に介さず、敵を睨みつける。

 そんな風に青年が観察している間に、もう何十回と繰り返しているはずの突進を、ボアは仕掛けていった。

 自分にとっては虫が止まる程の速度と圧力だが、少女から言わせればきっと乗用車が正面から突っ込んできたような迫力だろう。

 真っ正面からぶつかれば間違いなく死ぬ。

 避ける程のスキルも、プレイヤースキルも持っていないだろう。

 どう出る?

 青年が半ば期待のような好奇心を向けて見ていると、少女の選択肢はどちらでもなかった。




 剣の刃を寝かせ、腹でボアの頭を逸らすように動かしたのだ。




 勿論、それだけでもダメージは入る。だがそれは少女のギリギリのHPを削るだけで、最後まで削り取ることは出来ない。

 その勢いで通り抜けたボアのがら空きになった背後を、少女はがむしゃらに突く。

 子供が棒切れを振るう方がまだマシだが、それでも刃物は簡単にその毛皮を切り、肉とHPを少なからず削いでいく。


「――へぇ、脊髄反射と感覚だけで《パリィ》したよ」


 《パリィ》。スキルとしても名前が存在する、武器で攻撃を弾くなり逸らす防御方法だ。スキルを取得していればシステムアシストを受けられ、さらに減らすダメージ量も増やせる。初心者から上級者まで、誰もが取得するスキルだ。

 だがこれはスキルを持っていなければ使えないいくつかの技術とは違い、珍しくスキルなしでも使える技だった。

 ……やりたいかは別にして、だが。

 システムアシストが存在しないのだ、途轍もない勢いの攻撃を自力で凌ぐのは、『斧を使わず木を切り倒す』のと変わらない、無謀だ。

 それを初戦闘で、恐怖心の中で本能的に行えているなら――なるほど、十分才能がある。

 そして何より、




 死に抗うその顔は、昔の友人を彷彿とさせた。




「――面白い」


 青年は思った事をそのまま口に出し、しばらく考えるようにしてから、虚空を操作する。

 現出したのは、一本の短槍だった。穂先は普通の槍よりも大きく、まるで短剣を槍に変えたような不思議な構造をしている。

それを鼻歌交じりにくるりと回転させる。

 周囲には枝が網目のように伸びきっているのに、刃も石突もどこもぶつけていない。

 それだけで、彼のシステム的スキルのランクも、プレイヤースキル的実力が高いのも分かる。




「――いい拾い物かもしれない」




 彼の顔には、子供のような笑みが浮かんでいた。







 ――最初に戦い始めて、どれくらいの時間が経過したのだろうか。

 1分? 10分? いいや、もしかしたら1時間は軽く経っているのかもしれない。


 精神と集中力の極限状態を維持し続けるブロッサムにとって、時間感覚は一番最初に切り捨てた感覚だった。

 目の前にいるボアの敵愾心は、もはや最高潮と言っていい。これがただのデータの塊であると頭で理解出来ていても、その生命力はこちら以上に感じる。

怖い。

 恐怖心が心の中で、針のように突き刺さり、鞠のように跳ね回る。

 本来なら、こんな恐ろしい化け物に相対するほどの度胸を、ブロッサムは持ち合わせない。普段であれば、きっと泣き叫んで、逃げ回って、ゲームからも逃げていたかもしれない。


 でも、逃げられない、と思った。


 普段は臆病で、いじめてくるクラスメイト達に言い返す事も出来ず、ただ愛想笑いを浮かべる事しか出来ない自分の心の中に、花火のように激しく熱いナニカが宿ったのを、ブロッサムは感じていた。

 その感情に、敢えて名前をつけるのであれば`――負けたくない、という『負けん気』だったのかもしれない。

 成長する毎になくなっていったそれが、モンスターに襲われるという現実ではあり得ない状況で、再び目覚めてしまったような。そんな感覚が、ブロッサムの手を、足を動かしていた。

 最初は目にも留まらぬ速さのように見えたボア達の動きも、2回3回と回数を重ねる毎にゆっくりとした挙動に見える(・・・)ようになっていた。

数回目で回避するだけではなく、武器で弾く事を覚えた。そうすればすれ違いざまに攻撃する事が出来る事に気付いてからは、そればかり行なった。


 攻撃を逸らし、逆に攻撃をする。


 それを何度も何度も何度も何度も、時間が素早く過ぎ去ったようにも、逆に砂時計のようにゆっくりと流れているようにも感じる不思議な空間の中で、延々とやり続ける。

 鈍痛はいつまでも引かない。

 HPが残り僅かな事を表しているのか、視界は真っ赤に明滅している。


「――多分、死んじゃうんだろうなぁ」


 空が青いな、などと当たり前の事を言う時と同じ抑揚で溢す。

 ゲームに詳しくない自分でも、これがどれほど危険な状況か理解はしているつもりだ。

 きっと自分はこのままこの猪達に殺されて、死ぬんだろう。装備やお金、アイテムがどうなるか分からないが、きっと無事ではないだろう。

 ゲームを始めた瞬間に死を経験すれば、もしかしたら戦闘そのものに恐怖を覚えるかもしれない。

 しかし、これもまた不思議だった。

 それでも、逃げるという選択肢が頭に浮かばない自分が、不思議だった。


「――いや、」


 口と手が無意識に、それでいて明確に動く。

 敵を殺すという事ではない。

 痛みから逃げる為でもない。

 ただ負けたくない――何よりも自分自身の弱気に負けたくないという気持ちが、勝手に体を動かし続けている。


「負けるのは、嫌!」


 たとえ勝てなくても、

 ここで死んでも、

 諦めだけは絶対に、




「気合入ってるな、新人――とりま、しゃがめ」




「――はい!?」


 困惑の言葉とは裏腹に、ブロッサムの体はその支持に忠実にしたがった。体を前傾姿勢にする勢いで、上半身は伏せられる。

 それはある意味、一番正しい選択だった。。




 風切り音が頭上を通過する。




『――ッ!?』『ッッ――!?』『ッ――ッ!?』


 ボロボロだったとはいえ、相手のステータスを見ればHPはまだ3割程度残っていたはずだ。自分一人では時間を掛けても削り切れないと思えた。

 そんなものは、たった一度の斬撃で喪失されていた。


「――え、」


 現実離れしたその光景に、ブロッサムの意識は夢現つの如くボンヤリとしている。出ている血のせいだろうかと、まるで見当違いな考えが頭の中に広がった。


「――ぼうっとするのは良いが、お前も《出血》のBSが出てるぞ。治さないとただでさえ少ないHPが無くなるぜ」


 頭上から降ってくる声に、呆然とする意識が反応して顔を上げる。

 きっと普通の状態で見ていたなら、『地味』と表現するような容姿をもった青年だった。

 髪の毛は自分と同じ、現実ではあり得ない灰色に、幾筋もの藍色のメッシュが入っている。

 それだけならば随分目立つように思えるかもしれないが、目がすっぽりと隠れているので、あまり印象に残る事はない。装備がどこか見窄らしいのも、それに一役買っているのだろう。

 だがその中で、その手の中に収まっている武器だけは光り輝いていた。

 随分不恰好な武器のように思える。普通の槍に比べて短く、穂先は大きい、一見すれば槍だが、ほんの少しだけ見方を変えれば、持ち手が長い短剣のようにも見えるかもしれない。

 そんな青年は、目元が見えないせいで判別出来ない顔でもはっきり分かるような、少々硬い表情でもう一度言う。


「おい、聞こえてないのか? 初心者なら無料配布のポーション持ってるだろう。それを使えって言ってるんだ」

「えっと……どうやって使うんでしょう」


 半ば本気で聞いたのに、青年は「おいマジか」と言わんばかりの驚きを見せる。


「おいマジか。そんなのが分からないほどの初心者か」


 言わんばかりどころか、本当に言った。


「すいません……初めてすぐに、迷ってここに来ちゃって、それで、」

「あぁ、うんうん、事情は分かった……まぁ、初心者に【始まりの街】で迷うなって言う方が無茶な話だよな。

アイテムのオブジェクト化くらいは分かるだろう? それで出てきた瓶を飲み干せば良いだけだ」


 そう言われて、のろのろと手を動かしてマップを開く。

 最初に手鏡を取り出したのと同じ要領で、今度は〈治療薬〉という枠にタッチすると、人間が飲むにはあまりに毒々しい青色の液体を閉じ込めた小さな小瓶が、手の中に現出する。


「……これを、飲むんですか?」


 躊躇してそう聞くと、


「ああ、今ここで初デスしたくないんだったらな」


 よく分からない言葉で答える。よくは分からないが、デスなんて言葉が入っているという事は良い事ではないのだろう。

 もう一度小瓶を見つめ、乾いた喉を鳴らして勇気を振り絞る。

 小瓶の蓋は思いの外緩く、キュポンという気持ちの良い音を鳴らすと簡単に開いた。それを、味が分からなくなるようにと願をかけ、一気に飲み干す。

 ……味は思ったより不味くはない。少々苦味はあるが、それと同じくらい甘みがある。だいぶケミカルな味なのは確かだが。


「……うん、大丈夫そうだな。視界の上見てみ」


 その言葉で目を開けて見れば、もはや景色は赤く明滅していない。

 視線をほんの少しだけ上げてみれば、真っ赤に染まり僅かしか残っていなかったはずのHPが、あっという間に黄色、緑と変化し、削り取られた隙間を埋めていく。

 体に出ていた傷は自然と塞がっていき、クラクラと酩酊するような頭は随分とはっきりするようになった。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、むしろこっちも悪いな。横殴りなんてルール違反はしたくはなかったが、割とギリギリだったみたいだし」


 礼を言っていると、青年はこちらを見ず、何もない空間で指を振るっている。おそらく自分と同じく、メニュー画面を開いているのだろう。


「う〜ん、流石初心者用フィールド。大したもんはドロップしないな……あ、あとで送ってやるよ」


 その言葉に、ブロッサムは一度だけ小首を傾げ、


「あの、お聞きしたいのですが……」


 と訊く。


「ん〜、なんだ〜」




「――ドロップってなんですか? 送るってどこに?」




 その言葉で、今まで軽快に動いていた青年の指も、笑顔を浮かべていた顔も、ガチリと停止する。




「……1つ、聞いても良いか?」

「? はい、なんでしょう?」

「今まで、VRMMOは何本プレイしている?」

「えっと……やっていません」

「……一本も?」

「はい、一本も」


 その言葉に、止まっていた青年の体は動き出し、呆れ顔に手を当てながら溜息を吐いた。


「ガチの素人だったのか……いや、俺はてっきり……こりゃあ、この先大変そうだ」


 意味は分からない。

 分からないが何が侮辱されたような気がして、思わず顔を顰める。


「……すいませんね、ゲームしてなくて」


 恨みがましく言ってみるも、


「ああ、現代っ子とは思えないほどだ」


 と、こちらの不満は意に返さないと言わんばかりだ。

 妙に不満に似た感情が湧き上がってきて不貞腐れていると、青年は操作を中止し視線をこちらに向ける。


「うっし、そこはもうしょうがない。取り敢えず街に戻って話そうじゃないか」

「っ、なんで貴方と、」


 ブロッサムがさらに非難の声をあげると、青年はニヤリと笑みを浮かべる。


「おや。助けて貰ったのに礼も言わずにこの場でサヨナラとは、寂しい奴だな。

 どうせ、分からない事だらけだろう? 色々教えるついでに、ちょっと飯に付き合えよ」


 ブロッサムは一瞬だけ躊躇するが、少し考えると不承不承と言わんばかりに、小さく首肯した。

 お礼云々も正論だったが、何より色々教えてくれるという言葉は、このゲームの事を何も知らないブロッサムにとって、救いの手にも似た言葉だった。

 その姿に満足気に頷くと、青年は、未だにしゃがみ込んだままのブロッサムに手を差し伸べた。


「よろしく、ブロッサム、――ネームタグを見ればわかると思うが、俺の名前はトーマだ。よろしく頼むぜ」


 頭上に浮かぶ赤茶色のネームタグを指差しながら、口元に笑みを浮かべている。

 目が見えないせいでどこか胡散臭いように見えるが――不思議と悪い印象は受けなかった。







次回の投稿は11月2日の0時に行います。


『《勇者》ト《眷属》ノ物語』もどうかよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n0608du/

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