27 罪は問われる
――会場は割れんばかりの大歓声。
さっきまであれ程《嘲笑う鬼火》を罵倒していた人達も大声を張り上げている。
嫌われているが、しかし憎まれてはいない。
笑われはするが、しかし蔑まれてはいない。
そんな、絶妙なバランスを保っているものが、存在するのだろうか。
いや、存在はする。
さっきまで肩を並べて戦ってくれていたのは、そういうギルド、そういう人達なのだから。
(もし、この人達に出会っていなかったら――)
トーマに出会い、一緒にプレイをし、仲良くなり、そして背中を押してもらっていなければ。
自分はそもそも、リコリッタに、榊原莉子に抗いたいとすら思わなかったかもしれない。自分が我慢をし続ければ、どうにかなると思い込み続けていたかもしれない。
ブロッサムは、物凄い幸運だったのだ。そう改めて思えた。
「――認めない」
そんな時、怨嗟の声が、大歓声の中にあってなお、その存在感を強く発した。
……PvPとPKの違いはいくつかあげていたが、その中でも特徴的なのは、「デスペナが存在しない事」と「勝敗が決まれば直ぐに蘇生される事」だろう。
すでに勝敗が決した今、死んでデータとして消えていたはずのリコリッタの取り巻きも、リコリッタ自身も生き返えり、その場に座り込んでいる。
皆負けたという事が信じられず、しかし敵意を向けるだけの勇気も精神力も持っておらず、ただ地面に悔しそうに、あるいは呆然と視線を向けていた。
――リコリッタ以外は。
「こんなの絶対認めない! だっておかしいもの!
そんなチーター集団みたいなの連れて戦ったアンタに、私が負ける!? 冗談じゃないわ、こんなの無効よ! 無効!!」
理不尽だと言わんばかりに怒り続け、まるで子供のように喚き散らすその姿は、虐められた本人であるブロッサムさえ、ほんの少しだけ哀れに感じた。
観客からブーイングを受けてもなお、その姿勢を貫き続ける。
「アンタら、ギルド名と紋章覚えたんだからね! もう逃げられないんだから!!
《銀鎧騎士団》はね、各通常タウンにだけじゃない、色んなギルドタウン、ギルドシティにも目を光らせているの!
アンタらはもうおしまい! どこの店で何を買うにも食べるにも、フィールドで何をするにも全て邪魔が入るのよ!!」
それはもはや呪いの言葉だった。どこまでもブロッサムの……いいや、トーマ達全員の邪魔をするという宣言。
先程までの高揚が嘘のように、ブロッサムの背筋が寒くなる。
そんな事出来るはずがない。そう思うはずなのに、在籍者5000人という物理的な暴力が、それを実現できる様な気がして。
実際、数とは暴力だ。
今日はたまたま勝てたが、普通は6倍の戦力差があれば勝利は得られなかっただろう。
アイテムも買えず、装備も修理する事が出来ず、フィールドに出ても邪魔されるなら……このゲームそのものをやれない。
教室で、ただ莉子に愛想笑いをして、誰とも話せない、何も出来ない自分のように。
そんな思いを他の人間にさせたくない。
やめて、それだけはやめて。
そう懇願しようとして開いた口は――マミに両手で押さえ込まれた。
「もがーッ!!」
「ごめんねブロッサムちゃん。トーマが羽交い締めにしたりするとハラスメント警告出そうだったから、私が止めちゃった」
マミの穏やかな声に、視線は隣に立っているだろうトーマに移る。そこには、今にも羽交い締めにして止めようと手を挙げている姿があった。
勿論、マミの姿を見て、どこか憮然とした表情でその手を納めたのだが。
「あはは、まぁ心配しないで。もうここでは、ブロッサムちゃんだけじゃない。私も含め全員の出番が終わったんだ。
あとはたった1人だけ。出番やセリフが残っているのは、もはや彼1人なのさ」
そう言って、先程自分達が入って来た出入り口を見る。
影になって真っ暗なそこから、白銀の鎧が姿を現した。
その姿、その歩みはまさに王者の風格と言えるだろう。
【ファンタジア・ゲート】が最も混沌とした時代に、『弱者救済・悪因悪果』を謳ったギルドを作り上げた男。
最初は誰もが「無謀だ」「何様のつもりだ」「馬鹿だ」と笑い続け、それでも思いを貫き続けた、自警団ギルドの奔りを作った男。
《聖騎士》と謳われる、この世界最強の護り手。
「あとは全部、騎士様の出番だよ」
アーサーが、凛々しい表情を浮かべ、姿を現した。
「あ、アーサー様。聞いてください」
か弱い乙女の表情を浮かべ、手を差し伸べる。
「アイツらは、故意に実力を隠していたんです、それは反則です! あ、あのブロッサムって女が唆して、私が悪いわけでは、」
必死で言葉を紡いでいたリコリッタを、アーサーは手を上げ止める。
「――いくつか、君は勘違いしているようだ」
その表情はいつも通り、穏やかさを含んだものだった。
しかし分かる。
《銀鎧騎士団》が生まれる前からアーサーを知っている観客や、トーマも含めた《嘲笑う鬼火》の面々は理解している。
あの目は笑っていない。
アーサーは怒りを押し殺しているんだと。
「まず、《嘲笑う鬼火》は、他人に唆されるような軽い集団ではない。自由人の集まり、ギルドという本来の仕組みに1番即しているギルドだ。
そう簡単に他人の言葉に惑わされ、ほいほい力を貸すような集団ではない。現にギルド構成員の半分がマミに従わなかった」
――《嘲笑う鬼火》。
目的に『最高に楽しくゲームをする』を掲げている彼らにとって、ギルマスであるマミの言葉は絶対ではない。
緊急事態や戦闘中などの止むに止まれぬ状況であればいざ知らず、参加の是非を問われれば是も非も彼らの裁量の内。
トッププレイヤーの多くが命令系統を強化し、いわばそれを楽しみにしているのとは違う。プレイヤーは常に自由という、【ファンタジア・ゲート】の不文律を守り通しているのだ。
……むしろ本質を見抜き、《嘲笑う鬼火》をよく知っている人間の大半が『まぁあの嬢ちゃんの事情に託けて、遊んだんだろうな』と考えているし、半分くらい間違いはない。
「――そして、我々《銀鎧騎士団》は、君が思うような“偉い”組織ではないのをよく覚えておく事だ。
治安を守っているという自負はあるが、そもそも私達は守らせて“貰っている”だけなんだから」
ギルドタウン、ギルドティを保有しているギルドは多くはない。そもそも高難易度のギルドイベントをそれなりの人数で熟さなければ手に入らないのだ、当然そのギルドの実力も高い。
そんなギルドが、《銀鎧騎士団》の手助けなしで治安を維持出来ないか。
――そんな事あるはずがない。
ゲーム内で言うところの『治安悪化』の原因は悪辣なグレープレイヤーやグレーギルドが起こしている以外を見れば、ちょっとした喧嘩程度。
それくらいならば、高ランクギルドは身内の中で処理出来るし、グレープレイヤーやグレーギルドに至っては、ギルドタウンの管理者権限で締め出しが可能である。
彼らの治安維持など必要ない。
いや、システムで制限されていない以上、PKも詐欺も何もかもが彼らの選択であり、束縛される謂れは本来ないのだ。
文字通り、大きなお世話。
そんな人間を支援するのは、大半は大きなギルドの庇護下に置かれていない小規模ギルドやパーティー、ソロプレイヤーである。
それも人によっては、《銀鎧騎士団》を鼻つまみ者のように扱っている人間もいるくらいだ。
今でこそ組織として巨大だからこそ発言権を持っているだけ。実際上位ギルド内での発言権は、《嘲笑う鬼火》の方が大きい。
プレイ歴が短い人間は、その大半が勘違いするのだが。
「……そして三つ。
君は、いいや、ここにいる全員が――もう既に我がギルドの構成員ではない」
何でもない事のように言われたその言葉に、その場にいるリコリッタの取り巻き達や、リコリッタ自身を戦慄させる。
「それは、どういう――」
「言葉通りの意味だ。
リコリッタ。最近中堅になったばかりの、【始まりの街】支部メンバー。君の噂はよく聞こえて来ていたんだよ」
その場にひざまづき、リコリッタと目を合わせる。
そこでようやくリコリッタも、彼の表情が見た通りのものではないと理解したのだろう。体は小刻みに震え、かかないはずの冷や汗が額に伝う感覚がする。
「グレープレイヤー、グレーギルドとの癒着。被害者プレイヤーの訴えを無視し被害金の横領、得た金銭を使って【始まりの街】支部長を買収しそれらを揉み消し、逆に高評価を付け本部に報告するように支持した。
さらに細かい事を上げれば、狩場の占有、《銀鎧騎士団》以外の人間に高圧的な態度、いや、むしろ同じギルドメンバーに対しても似たような事をしていたようだな。
私が――このアーサーが、それをわざわざ見逃していると思ったのか?」
《銀鎧騎士団》団長、アーサー。
プレイが難しいという事でプレイ人数が少ない、魔術剣士プレイヤー。
回復や防御系バフが多い《神聖魔術》と盾と剣で、何パーティーもの壁役を務める事が出来る、【ファンタジア・ゲート】で1、2を争うプレイヤー。
たった1人では立ちはだかる事も困難な大型モンスターにも引けを取らない敵意が、リコリッタを襲う。
それだけで、もうリコリッタは声を上げる事すら出来なかった。
「……すまないな、まさかここまでだったとは。
お前らに叩かれれば、多少歪んだ性根も叩き直せると考えたんだがな」
立ち上がってこちらに向き直ったアーサーの言葉に、マミは肩をすくめる。
「いやいやそれはどうかなぁ。そういう奴の性根は、一朝一夕ではどうにもならないよ。
それに、私達のはほら、お仕事だったわけだしね」
「ああ、そうだった。報酬を渡しておかないとな」
そう言ってアーサーはウィンドウを動かし、片手では余るほどの大きな皮袋を実体化させる。重々しい音と共に放られると、マミはそれを受け取り、皮袋をタップして満足気な顔だ。
「ほうほう、随分いいお値段ですなぁ」
「迷惑料も込みだ。後々まで恩に着せられても迷惑だからな」
そのやり取りを、ブロッサムはぼんやり見ていた。
――どういう事? 頭の中に疑問が浮かんでいたが、それに気付いたのは近くにいたトーマだけだった。
「……あぁ〜、お前に言うとややこしくなるから黙っていたんだが、」
少し気まずそうに、トーマが口を開く。
「今回の件、お前の為ってのもあったんだが、最初はギルドの依頼として受けたのさ。
『うちの不良構成員を懲らしめてやってくれ』ってな」
「――ええ!?」
未だにマミの腕の中にいるブロッサムが叫ぶ。
「ごめんねぇ。そもそも彼女、えぇっと、リコリッタって子は相当酷い噂ばっかりだったらしくてねぇ。
ブロッサムちゃんの件をどうしようか相談していた時に、たまたま依頼が入ってきたから、ついでに〜ってね」
ギュッと抱きしめるその腕の力は、罪悪感の表れだろうか。抱きしめられているせいで顔は見えないが、しかしそれでも、それに関してブロッサムが言うことは無い。
助けてくれたのは嬉しいし、自分の事を考えてくれていなかったのではないのも嬉しい。だが迷惑ばかりかけて終わり、ではブロッサムも辛かったのだ。
今回の件が違う形で役に立ったなら、それはそれで、彼女にとってもありがたいのだ。
「――良いです。気にしていないです」
本気でそう口に出してみると、自分の方の重荷がほんの少しだけ取れるのを感じた。それを察したのか、マミの笑い声が頭上から降ってくる。
「アハハ、本当に、ブロッサムちゃんはいい性格しているよ」
それがどういう意味なのかブロッサムには分からなかったが、何となく、悪い意味ではないのだろうな、と思う事にした。
そうしていると、アーサーが今度はブロッサムに視線を向ける。
リコリッタに見せたような、欺瞞の表情ではない。本当に心の底から申し訳なさそうな表情だった。
「今回の一件、君の辛い立場を利用する形になってすまない。完全に彼女を支部から引き離さなければ、事情聴取すらままならない状況でね」
彼女は用意周到、実に抜け目のない性格だった。
フィールドにいてもどこに居ても、常に自分の下についている人間の動向をチェックし、自分を裏切らないように最大限の努力をしていた。
方向性はさておきとして、彼女はそういう意味では優秀だった。だからこそ、アーサーも手出しが難しかったのだ。証拠もなしに動けば、それだけで今まで培ったギルドの信頼を損なう可能性があったからだ。
しかも、ゲーム内では物的証拠なども掴みづらい。
故に必要なのは、それなりの立場の人間からの証言だった。
支部長や、それなりの地位にいるプレイヤー達を、リコリッタが会場に縛られている間に一斉検挙、全員を事情聴取して、ようやく証拠らしい証拠を手に入れたのだ。
「しょうがない事だったとはいえ、許されない事だったと思う。本当にすまない」
頭を下げる。
5000人を纏め上げる人間が、たった1人の初心者プレイヤーに。今まで散々あり得ない状況に遭ってきたブロッサムにとっても、それは初めての体験だった。
「あ、いいえ、別に良いんです! そりゃあちょっと驚いたけど……でも、良いんです」
どんな事が裏にあろうとも、ブロッサムがリコリッタに立ち向かう勇気が得られたのは、この事件があったからこそだった。
この状況を用意してくれた《嘲笑う鬼火》の人達にも、アーサーにも、むしろこちらが感謝してもしきれない。
「……そうか。君は随分人間が出来ているんだな」
顔を上げたアーサーが、どこか複雑な表情を浮かべる。
「――あれ?」
その顔に既視感を覚えて、少し首をかしげる。
ほんのちょっと前に、というよりいつも、この顔を見ているような気がするのだが……どこだったろうか。
記憶の中を漁ってみるが、その答えが出る前に、アーサーはブロッサムにもう一つ皮袋を渡した。
先ほどより小さいが、それでも両手で支えなければ落としてしまいそうな程重い。
「これは君の被害金と、今回の慰謝料だ。君自身が受け取らなければいけないお金だから、拒否しないでくれよ?
後で`――後で、内容を確認してくれ」
何故か念押しするアーサーの勢いに気圧されて、ブロッサムはコクコクと勢い良く、何度も首肯する。
「……なんなのよ、」
一件落着。
そういう空気が流れていたのだが、それでもその中に納得出来ないという不満を隠しもしない少女がいた。
リコリッタ。
才能の方向性を間違えた、1人の女性プレイヤー。
次回の投稿は11月14日の20時に行います。
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