25 戦いは彩りに染まり
戦闘が始まった瞬間、会場中に鳴り響いたのは、様々な〝叫び声〟だった。
咆哮、絶叫、猿叫の類。
挑発系スキル。
タンカーと呼称される、所謂ダメージを請け負う壁役の必須スキル。敵の注目を自分一点に集中させるスキル。
対人戦にも効果があるそれを使うのは、守らなければいけない後衛が存在するパーティー戦では必須スキルと言えるだろう。
特に今回リコリッタが用意したパーティーメンバーはオーソドックスな構成。守りの要である壁役2、ダメージディーラーと呼ばれる高攻撃力持ちの前衛2、魔術師1、回復職1という布陣。
ベターというのは、どこまでも万能だ。これなら、どのような不測の事態にも対応出来る。
――だが、誰が予想しただろう。
敵の中に1人、その挑発系スキルを無効化する人間がいるというのを。
「――《シャウト・ビート》」
アーツ名を宣言した瞬間、いくつも重なり合うように発揮されていた挑発系スキルの叫び声を一瞬で掻き消してしまうほどのシャウトが、会場中に響き渡る。
いいや、それだけではない。単純な爆音はもはやそれだけで凶器だ。範囲認定されている《銀鎧騎士団》の面々は全員耳を塞ぎ、その暴力にも近い音をやり過ごす。
それだけで、彼女のステージの準備は整った。
「オッケー、んじゃ、《虹色の音》、いっくよー!!」
クリアリィがマイクに向かって叫んだ瞬間、どこからともなく音楽が鳴り響く。
――この世界の魔術は、異常なほど自由度が高い。それはアーツが自分で生み出せるからこそだが、自由度が高い分、その難易度は馬鹿のように跳ね上がる。
決まった呪文が存在しない、どう魔力を込めるのか、どのような効果範囲でどのような効果を与えるのか、その場その場で設定するのは難しい。
だからこそ、大半の魔術師は保存アーツに頼るが、保存アーツの上限は10個まで。それでは数多の戦況を自在に乗り越える、とはいかない。
故に大半の魔術師たちは自分の魔術を保存するために専用の魔道書を製作する。魔術を保存出来る、魔術師専用の装備を。
――だが、クリアリィにそんなものは必要ない。
魔道書など見ずとも、彼女の頭の中には楽譜が踊り、耳には常に音が残り続けている。
その1つ1つの楽器パートを風の魔術で再現し、それに合わせて彼女が歌う。
そうすれば、彼女の歌は、そのまま彼らに力を与えるのだ。
『《虹色の音》 クールタイム:30分 消費MP:――。
必須スキル:《歌唱魔術》《風魔術》、両ランクⅤ以上推奨
発動後、10分間、全ステータスを中向上。持続時間延長可能、ただし効果は重複しない。』
「さっすがクリアリィ、歌上手いねぇ」
そう言いながら、マミはブロッサムの前に立つ。
「え、あの、」
「ああ心配しないで、邪魔はしないよ――ちょっとした露払いさ」
そう言いながら、刀を抜き放つ。
綺麗な、山吹色の刀剣。光に照らされ輝くそれは、太陽の煇りを思わせる。それを見て、既に耳鳴りから回復した重装甲の戦士たちがこちらに疾走する。
刀は優秀な武具だ。
刀剣類は基本【刺突】と【斬撃】両方の物理属性を持っているもので、特に刀は剣の派生スキル《刀術》を取得しないと使えない分、攻撃力も高い。
特に仁王の特注品であるその刀――〈花山吹〉には、【斬撃】属性しか使われていない。マミの戦闘方法に合わせれば、【刺突】効果に腐心するよりも【斬撃】に特化させた方が良かったのだ。
「――ハァ!!」
保存アーツを使わず、そのまま〈花山吹〉を振るう。
たったそれだけ。
スキルの能力を前提にした、現実世界であればむしろ緩慢であるとされる振り方だろう。だがゲーム内で培われた技術とステータスがそれをより繊細なものに変化させる。
刀の軌道は素早く、視認する前に、相手の首を両断する。
――6人の重戦士の首を、的確に叩き落とした。
いくら重装備で全体の防御力を上げようとも、このゲームにはプレイヤー自身にも弱点を付与する。
金属装甲も脆い部分や、繋ぎ目、鎧という性質上露出しなければならない部分。
もっとも、弱点と言えるほど大きくはないその弱点を狙えるのは、トッププレイヤーの中でも少数だ。
さらに、斬撃を飛ばすなどといった荒唐無稽な事を出来る人間は、【ファンタジア・ゲート】内のどこを探してもたった1人だろう。
――PvP元最強。
――「飽きた」というたった一言で闘技場を去った女傑。
――飛ぶ斬撃、極小の弱点を突くなど、常軌を逸したスタイルを生み出した怪物。
「ふぅ、案外鈍ってないね。しかも即死発生率向上とか、さすが仁王、やる事汚い」
《首刈り》と恐れられた女は、不敵にどうでも良さそうに、そう言い放った。
「ぎゃぁあぁあぁあ!!」
マミがタンカー集団の首を落としていた時、何人かのプレイヤーに追われて、仁王は闘技場内を走っていた。
本来であれば大剣などという重武器を持ってそこまで早く走れるはずはないが、クリアリィのバフと、防具を軽いものにしている事もあって、なんとかギリギリ逃げ切れているという状況が続いている。
――仁王は、トッププレイヤーとは名ばかりに弱い。
何故ならそもそも彼がトッププレイヤーとして名を馳せたのは、武器や防具を生み出す生産職としての力量からだからだ。
この世界の生産職は料理の説明であった通り、簡略化も可能になっている。故に本気で取り組む気がないもの、武器製作の過程が面倒な者は簡略化を選択し、気楽にプレイしている場合が多い。
しかし仁王は違った。
毎日毎日鉄を作り、皮をなめし、布を繕った。そうしてできた素材で、数多のオリジナル武器を開発し続けたのだ。
それにより、生産職ではもはや廃人でもお目にかかれないとされていた生産職系上位スキルまで獲得し、《伝説の武器屋》などと言わしめる。
今でもトッププレイヤーにとって彼に武器を作って貰うのは、1つの目標となっているほどだ。
だがその代償は大きい。生産職や商人プレイなどの『戦闘職に関係ないプレイング』をしているプレイヤーには誰もがやってくる悲劇。
――弱い。恐ろしく弱い。下手をすれば新人であるブロッサムにすら勝てない程、仁王は弱いのだ。
《嘲笑う鬼火》に所属してから戦場に出る機会もあったので、他の戦闘職と比べればまだマシな部類だが、それでも取得した《大剣術》はランクⅢに届くかどうか。
だから集団で掛かって来られれば、当然なす術もなく逃げるしかない。
「おい、あいつ弱そうだぞ!」
「なんで大剣持ってんのに重装備じゃねぇんだよ、馬鹿か!」
それを敵も分かっているのだろう。思い思いの武器を装備した総勢6人のプレイヤーは、兎狩りでもしているように実に楽しそうに仁王を追っていた。
「ひぃいぃぃ、なんで俺ぁ安易に参加しちまったんだぁ!!」
泣く子もさらに泣き叫ぶような鬼の形相が、今やこっちが泣きそうである。
可愛い新人ブロッサムに協力したいという気持ちは本当だが、気持ちが本物だからといって強くなれるほど、このゲームは甘くはなかった。
「――助っ人をご所望でござるか?」
隣にいきなり現れた青藍色の影が声を放つ。
イワトビだった。
速度を重要視して組まれたスキル構成を持つ彼にとって、仁王など鈍足も甚だしいのだろう。仮面の向こう側で鼻歌でも歌っているのではないかと思えるほど、実に涼しげな声だった。
「おおイワトビ良いところに! お前さんいつものようにパッパと倒してくれや!!」
救いを得たりと言わんばかりに叫ぶ仁王に、イワトビは首をかしげる。
「ハァ、確かに拙者もう準備万端でござるが……それをわざわざ仁王殿の為に使う理由が分かりもうさん」
「ハァ!?」
あまりにもあまりな言葉に、仁王の叫びには悲痛の色が篭っている。
「待て待て待て、パーティープレイだろう!? 助けてくれるのって普通じゃねぇか!?」
「いや、拙者別にパーティープレイしなくても勝てるので」
「冷てえ事言うなよ〜、やばいの見れば分かんだろうが!」
「そうでござるなぁ」
「呑気な声出すんじゃねぇよ!!」
片手剣や槍などの武器が、背後から追って来ている状況なのだが、2人の掛け合いは漫才にも似て実に滑稽だ。
「あ、そういえば、」
わざとらしくそう言うと、イワトビは横で走っている仁王を見る。
仮面をしていても分かる――こいつは笑っている
「そういえば拙者、短剣を新調したいでござる。でも、店の事もあって持ち合わせが少々……ね?」
――こいつ、こんな状況で脅して来た!!
「こんな状況で何足元見てんだよ!! そもそもお前まともに短剣使わないだろうが! 何が『持ち合わせが少々……』だよ! 何が『ね?』だよ!!
俺の丹精込めて作った可愛い武器をテメェみたいな奴に預けてたまるかってんだ!!」
仁王にも、生産職のトッププレイヤーとしての矜持がある。
武器を適当にしか扱わない人間に、自分の子供同然の武器を預ける訳にはいかない。
「ハァ、そうでござるか。まぁ拙者は別に構わないでござる――ここで死んだら、折角の上位スキル熟練度もパァでござるが、どうか頑張ってください。
では、」
「よっしせめて75%オフで対応だ!!」
……矜持は時に、命とお金、そして必死に溜めた熟練値より軽い。
「――承知」
そのままイワトビは立ち止まり、追って来ている集団に声を張り上げる。
「は〜い、クソ女親衛隊の皆さ〜ん、退場出口はこちらでござる〜」
あからさまな暴言。
その言葉に、仁王を追っていた全員が引っかかる――不自然なほど。
いくら酷い暴言だったとしても、戦闘中によそ見をする方がどうかしている。しかも相手はあからさまなダメージディーラー、普通に考えて逃げ惑っている仁王を相手にする方が都合が良いに違いない。
だが、彼らはそうせざるを得ないように、システムに誘導されたのだ。
――挑発系スキルだ。
ダメージディーラーそのものの姿をしているプレイヤーが何故そんなスキルを持っているのか。普通だったらそこに疑問を持つはずだが、
「ほらほら、リアルで女に構ってもらえなくて、クソ女の取り巻きするしかない皆さ〜ん、あんたら今後 ゲーム内でも非モテ街道まっしぐらなんでござるから、とっとと諦めてゲームでもリアルでもシモな意味でも、ソロプレイしにお家に帰るでござるよ〜。
あ、怒ったでござるか? すいませ〜ん、拙者根が正直なものでw」
――スキルとは全く関係ないその暴言で、プレイヤー達は冷静さを欠いた。
「「「「「「――ぶっ殺す!!」」」」」」
武器を振りかざし、今すぐにでも血を見ないと気が済まないと言わんばかりに、プレイヤー達は必死でイワトビを追いかける。
そんな中、速度ではイワトビに負けていないはずのプレイヤー達は、挑発しながらするりするりと逃げ続けるイワトビの動きに翻弄され続けた。
……だからまたしても、彼の行動に気付かない。
死角になっている場所で、目を離している場所で、彼がウィンドウを開いている事に。
「ひゅ〜、お暑いでござるなぁ、そこまでの情熱を1人の女に傾けるなんて、拙者には理解不能でござるぅ。脳が腐ってるのか、それとも下半身にカビでも生えているのか」
人混みを縫うように抜けて、少し離れた場所に立ったイワトビは、汗もかいていないのに汗を拭う仕草をする。
その目は、すでに彼らを見ていない。
――彼らの足元を見つめていた。
「それより貴殿達――そこ、危ないでござるよ?」
イワトビの言葉が終わった瞬間――地面に穴が空いた。
「なッ、〈落とし穴〉!?」
〈落とし穴〉。スキル《罠師》で製作・設置出来る特殊アイテムだ。時に強力な一撃を相手に与えるが、PvPで使う者はいない。
何故なら、罠を仕掛ける時、必ずアイテムウィンドウを開き、設置するのに時間を要するからだ。1分1秒でも状況が変化する戦闘中にそれを行える者はいない。
それなのにイワトビは、挑発系スキルと自前の口の悪さ、そして《アイテム出入高速化》という商人くらいしか使わないスキルを駆使し、彼らの目を盗んで実現させたのだ。
「ぐぁっ」
「重い……」
「おい邪魔だよ!」
「お前こそ!」
狭く、しかし深い落とし穴の中で、様々な絶叫が響き渡る
〈落とし穴〉は深い穴と、底に設置されている【刺突】属性を持った鋭い竹でダメージを与える罠だ。それだけであれば、防御を固めている彼らにとって、それほど大きなダメージにはならない筈だった。
だが、その中の誰かが叫ぶ。
「おい、俺ら麻痺ってるぞ!!」
視界の右上に点滅する雷マークは、BS〈麻痺〉を表すアイコンだ。
「――拙者特製の麻痺毒を、竹にたっぷり塗り込んでおいたでござる」
穴の上から、イワトビは先程までの異常なテンションではなく、冷徹と言えるほど冷たい声で言い放った。
「〈麻痺〉が自動回復するまでに60秒、そこから穴を這い上がってくるのには、もっと時間がかかるでござる。
そんな貴殿達に、もっと素敵なプレゼント」
そう言いながら、イワトビはアイテムウィンドウから、大量のナニカを穴の中に落とす。
一瞬何か分からず、罠にはまった全員がそれを凝視した。
紙を何重にも貼られた球体。
短い縄のような飛び出て、その先はチリチリと火がついて、
「おいこれ爆だ――」
1人のプレイヤーが言い終わる前に、いくつもの大きな爆発音が、会場中に響き渡る。
「――ふぅ、爆ぜるプレイヤーの絶叫は、耳心地最高でござるな!」
……観客の殆どが、その行動にドン引きしていた。
卑怯だ、あまりにも酷い。どちらかと言えばリコリッタの側についたプレイヤーに同情する者が大半だろう。
《卑怯ペンギン》。
かつてPKKで猛威を振るった卑怯者の戦い方は、何でもありの【ファンアジア・ゲート】の中でも異端だった。
「イワトビー、こっちも何とかしてくれー!!」
一仕事終えたように爽やかな笑い声をあげていたイワトビに声をかけた仁王は、何故か再び敵に追われていた。先ほどより人数は少ないものの、仁王に倒せというのは酷な人数だ。
「……仁王殿、挑発系スキル持ってたでござったか?」
「冗談言ってる場合じゃねぇって! マジで助けて!」
「えぇ〜、でも拙者もうアイテム使っちゃったしぃ、これ以上やると流石に赤字でござるぅ――ハァ〜ア、どこかの経費を削減出来たらなぁ〜」
「ッ〜〜〜〜、分かったよ! 高ランク用の短剣一本タダでやるから!!」
「はいはい畏まり〜」
仲間内であっても、彼のゲスさは一切容赦しないのである。
次回の投稿は11月13日の20時に行います。
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