24 伝説はもう一度
闘技場は、熱気と歓声に包まれていた。
口汚くヤジを飛ばす者、酒を呑んで気分を盛り上げている者、《銀鎧騎士団》やリコリッタを応援している者、逆の事をしている者。
多くのプレイヤーの歓声が1つになって、この会場中に渦巻いていた。
「で、何であんたら2人しかいないの? まさかメンバー集まりませんでした、なんて間抜けな話じゃないでしょうね」
トーマとブロッサムに相対するリコリッタとその取り巻き達は、もう準備万端と言わんばかりの出で立ちだった。
カラーリングこそ統一されてはいるが、それぞれのスキルやスタイルに合った高ランク装備に身を包み、不敵な笑みを浮かべている。
リコリッタ自身も、魔術の威力を上げる杖と、同じく魔術をより効率よく使用する本のようなアイテムを手に持っている。
「まぁまぁ、そう慌てなさんな。まだ時間はもうちょいあるだろう? 全員集まるまで待ちなよ」
「ハッ、どうだか。今更怖くなって逃げ出しちゃったんじゃないの?」
リコリッタの侮蔑の言葉に、取り巻き全員が笑い声を上げる。そんな挑発にも、トーマは涼しげだ。
「残念、そんな奴らだったら、そもそもこんな戦い挑んじゃいないんだよ」
そう言うと、トーマはウィンドウを開く。
装備の画面を操作し、今の装備から――本来の装備に姿を変えた。
ボロボロで安そうな革鎧は、すぐさま深緑色の装備に姿を変えた。
緑色のフード付きのケープのような物と、腰に巻いた布。そこに隠された革鎧は黒々としていて、軽く、しかしその強靭さを主張していた。
目を隠すように下げられていた髪は、炎に顔が描かれたマークの入っている額当てによって上げられ、現実の風貌よりも少し厳しい双眼が睨みを効かせる。
手には、あの穂先の大きい短槍が――2本握られている。
――初めて見る姿に、リコリッタ達や観客どころか、ブロッサムすら驚いてしまった。
先程までの随分見窄らしく見えていた男が、まるで歴戦の戦士のように見えるから。
「――あ、そっか。お前に本気装備、見せた事なかったな」
「はい、ビックリです……でも、そっちの方が似合ってる気がします」
「ハハッ、ありがとうよ」
動揺のざわめきが会場中に広がっている中、2人は随分と気の抜けた会話をしていた。
――だが、その姿に動揺するリコリッタのみならず、破顔していたブロッサムも、その喧騒を聞いていれば困惑していたはずだ。
「――おい、あれって、」「そうだよなぁ……でも、」「噂じゃ引退したって」「ってことはあの話マジだったのか」「おい、フレンドに連絡しろ!」「こんな機会滅多にねぇぞ!」
驚き、動揺、興奮、歓喜。綯い交ぜになった言葉の向かう先はたった1つ。
――帰ってきた。
伝説が帰ってきたと。
「――ん、来たな」
しばらくブロッサムと笑い合っていたトーマが、ニヤリを笑みを浮かべる。そのタイミングで、入場ゲートから人影が現れた。
「やっほ〜ブロッサムちゃ〜ん、遅れてごめ〜ん」
最初に入って来たのはマミだった。
――だがその姿を見て、誰があの侍ガール☆マミだと思えるのだろうか。
浅葱色や深紅など艶やかに染まった着物を着込み、胸元を開いているその姿は、凛とした趣を持ち、魅了系の魔術を使っていないのに、多くの男性を魅了するだろう。
だが何より目を引くのは、肩から緩く紐で吊るされた、その長大な刀だろう。自身の背丈を優に超えるだろう刀を下げ、しかし全く浮いていない。
刀そのものが体の一部。少なくともブロッサムにはそう見えた。
「まったく、マミが遊んでいるから、ギリギリだったじゃないか」
そう言っている学者風の姿の彼は、コウだろう。現実の彼よりもずっと穏やかそうだが、その理知的な印象だけは崩れていない。疲れたように片眼鏡を調整しながら付き従っている。
「ガハハ! 久しぶりの対人戦じゃ! 復帰1番に随分面白い事になったのぉ!」
「いや、仁王、あんた普通に弱いんだから、あんま調子に乗らないでよ〜」
火事場での作業着のような服を着ながら大剣を背負い笑っている仁王を、マイクのような杖を装備したクリアリィが冷やかす。
「ふむ――これだけの場所で戦えるとは、拙者感無量でござる」
一瞬誰か分からなかったが、あれはきっと身長的にはイワトビだろう。
彼の姿を一言で表すならば、そう、“忍者”だ。
青藍色の装備は全身を包み込み、フードでその髪の毛まで隠している。本来はフードから覗いているはずの顔は、黒と白で装飾された鳥のような仮面で、表情すら分からない。
これで口調まで変えられているのだ。ネームタグを見なければ、きっと誰だか分からなかっただろう。
――鎧と巨大な盾を持った大男。
――柔和な笑みを浮かべる、ガントレットをつけた禿頭の男性。
――狼を連れ、ロビンフットのような格好をしている、弓を持った少女。
――いかにも魔術師らしい黒い帽子をかぶり、下はセクシーなイブニングドレスを着ている女性。
――真っ白なローブを身につけ、まるで神官のような優しい雰囲気を持つ女性。
未だ紹介して貰っていない面々も集まっていた。
「凄い……皆さん、ギルドのメンバーですか?」
「おう、皆そうだよ」
「こんなに強そうな人達……これだったら、大丈夫ですよね!」
「ああ、いいや、違うよ」
ブロッサムの期待感に溢れた言葉に、姿の変わったマミは満面の笑みを浮かべ、
「後から来たメンツ&コウくんは観戦。
戦うのは私とトーマ、仁王とイワトビとクリアリィ、あとブロッサムちゃん――以上!」
「え――ええぇえぇえぇええぇ!?」
3倍どころか、6倍の戦力の差がいつのまにか生まれていた。
「ど、どうしてそんな事に、」
「いやぁ、ブロッサムちゃんがギルドに入るのは良いし、今回の戦いも必要だから別に良いって言われたんだけど……やっぱ弱い者苛めはあかん! って事になっちゃってさぁ。
大丈夫! 6人でも十分強いから!」
容姿が変わったところで、そのノリとテンションは変わらないらしい。マミは親指を立て、自信満々に宣言する。
「――アハハハハハ、マジで言ってんのあんたら!!」
その様子に、リコリッタが弾けたように笑い出す。それに吊られたのか、あるいは迎合して笑っているだけなのか、取り巻きも含め全員が笑い始める。
「6倍の戦力って、いくら上位プレイヤーだって無理あるでしょ!
おまけになに、全く統一感ないそれ、あんたら大道芸人かなんかなの!!」
笑い声が会場いっぱいに木霊する。
そんな風に笑っているリコリッタの表情を、トーマとマミは、
「ああ、マジか」
「こう来るか……いや、装備の紋章見せても気付かなかったし、てっきりとは思ったんだが」
信じられない、と言う顔をしていた。
「いや、しょうがないだろう、1年活動休止だからな」
「ゲーム内で1年は、結構な長さだからのう」
「私も、もうギルド名聞かれなくなったもん、所属してるのさえ忘れられてるって言う」
「でござるな」
「………………無念」
「まぁ仕方ないでしょう、確かに1年は長い」
「ウチは別に、厄介ごとなくなってスッキリだったっスけどね〜」
「ギルドタグ掲げてると、突っかかって来る奴多かったしね」
「私はそんなに感じなかったけど……」
他のメンバーも多少の違いはあれど、似たり寄ったりの反応を返す。
リコリッタ達の方が人数が多いのに、まるであちらがアウェーのような雰囲気が生まれている……いいや、それだけではない。
会場の大半が、動揺のざわめきを作り続けているのに、リコリッタやブロッサムはようやく気付いたのだ。
異常なほどの熱気、興奮。
消えていた炎が、再び熱気着くように、熱く暑く。
帰ってきた。
奴らが帰ってきたぞと。
名乗りを今か今かと待ちわびている。
「さて、皆さん、自己紹介しよう」
熱気の内に広がる不気味な静寂の中で、マミは全員に響くように宣言する。
最新技術とシステムアシストを導入されたこの闘技場では、まるで現実のスポーツ会場のように巨大な画面が魔術に寄って生み出され、そこから音と映像が、全ての観客に届けられる。
それを承知しながら、それでもマミは大きな声を張り上げる。
「私達を知っている者には言うに及ばずだが、何せどうやら知らない人も多いと見た。
ここ最近はお休み状態でね、皆に寂しい思いをさせた」
――この世界のギルドには、設定段階で紋章という項目がある。
《銀鎧騎士団》がその紋章を掲げているように、多くのギルドには自動生成の紋章か、あるいはメンバーが独自に生み出した紋章を掲げている。
自分達の目的、あるいは信念を忘れない為に。
――マミ達にも、紋章がある。
不敵に笑う、鬼火の紋章。
各個人の装備にも記された紋章、それが意味するものを、長く【ファンタジア・ゲート】で生きていた人間であればあるほど、承知している。
最も他人に迷惑をかけながら、同時に最も名前が覚えられ、危険な冒険をいくつも乗り越えた開拓者達の一団。
「我ら《嘲笑う鬼火》――ここに復活だ!!」
マミの宣言とともに、――会場が揺れた。
《嘲笑う鬼火》。
最初期から【ファンタジア・ゲート】をプレイしているプレイヤーの中で、この名前を知らぬ者はいないだろう。
ある時はギルド間戦争で助力する傭兵。
ある時は大規模イベントを怒涛の勢いで荒らす精鋭。
ある時はメインクエストを先に進める英雄。
ある時はグレーギルドを壊滅させた立役者。
ある時はバク騒動で面倒を起こす厄介者。
ある時は市場を混乱させる迷惑な連中。
ある時には全てを混乱の渦に叩き込む、トリックスター。
大賞賛を得る時もあれば、時に大ブーイングを得る。
善悪などという価値観から解き放たれた、目的不詳、しかしトップギルドに名を連ねる、【ファンタジア・ゲート】の名物ギルドである。
「帰ってきやがった!」「おかえりー!!」「お前らいないとやっぱ寂しいぜ!」「またなんかやらかしてくれよ鬼火ども!」「フザケンナ死んだと思ってたのに!」「つうか氏ね!」「オレの金返せ!」「お前らの所為で彼女に振られた!」
会場は実に賛否両論もはや取集が付かないレベルでヒートアップしていた。
もし注目度が矢印として可視化されるとするならば、会場だけではない。中継を見ているプレイヤーも含めた大部分のプレイヤーの視線で、彼らはハリネズミのようになっていただろう。
時々ヤジとともに、木製のコップやツマミが乗っていた皿が飛ぶが、システム制限によって闘技場の舞台までは飛んでこない。
「え、え、えぇ!?」
その感動と熱気に1人取り残されたブロッサムは、キョロキョロと混乱しながら周囲を見渡す。
意味がわからなかった。
確かにギルドの話は聞いていたが、ここまで人気があるものだと思っていなかった……いや、そもそも人気があると言っていいのだろうか。
さらっと死ねとか言われているのだが。
「あぁ〜、……まぁこういう事だ」
普段以上に顔がはっきりと見えるトーマの笑みは、呆れ笑いに近いものだった。彼自身ここまで盛り上がるとは思っていなかった。
MMORPGでの盛衰は、普通の人間が考えている以上に早い。
1年も活動しなければとっくに忘れ去られていると思っていたし、実際リコリッタたちは知らなかったから、そういうものかと思っていた。
……ところが、まさかここまで覚えている連中がいるとは思わなかった。
それほど自分達が突飛だったのか、それとも恨みは深いのか。あるいはその両方だ。
「――はてさて皆の声援に応えたいところなんだが「誰が声援だゴラァ!」ちょっと話している最中は流石にやめてよ!
……こほん。今日はどうしてもやらなきゃいけないバトルがあるんだ。どうやら折角我がギルメンがリクルートしてきた新人ちゃんを、馬鹿にする面々がいるらしいと聞いてね」
その言葉で、ブーイングの大半がリコリッタ達に向けられる。一部のプレイヤーは「良いぞ良いぞ!」「鬼火を見返せ!」などと言っている者もいる。
しかし、声色が、表情が、態度が、視線が全てを物語っている。
『ああ、こりゃ死んだな』と。
何せ昔から彼らに敵対して、まともでいられた人間はいなかったのだから。彼らの本意を分かっているのか、相手方は先程までの余裕は何処へやら、肩身が狭そうに身を竦ませてばかりだ。
たった1人――リコリッタを残して。
「――ハッ、1年も活動休止してるギルドがなんなの。どうせただの骨董品でしょ!」
自分に注目が集まらない。
ただそれだけの事で苛立ちが抑えきれなくなったリコリッタは杖の先をマミに向ける。
「ほら、とっとと決闘申請送りなさいよ! どっちにしたって戦力差は変わらないんだから、痛い目見るのはそっちよ!」
「――やぁれやれ、まだ気づいていないんだね、お嬢さん。私達は便乗しているだけ。
君が今から戦わなきゃいけないのは――ブロッサム、おいで」
マミが、静かに手を差し伸べてきた。同時に、【パーティー申請】のウィンドウがポップする。
――一瞬、その手をどうすれば良いか分からなかった。
有名なギルドだというのは、今の流れで理解出来た。でもだからこそ、そんなギルドを自分が名乗って良いのか、ここで頼ってしまって良いのか。
――立ち止まった背中を、トーマの手が優しく押してくれる。
トーマだけではない。仁王もクリアリィも、コウも笑みを浮かべて頷いた。イワトビも顔は見えないが、何度も何度も頷いて自分の気持ちを主張してくれる。
他の面々も表情は様々だが、誰もブロッサムを非難するようには見えなかった。
――受け入れられている。
言葉はないが、そうブロッサムには思えた。
「――はい」
申請を受諾しながら、空いた手でマミの手を取り、正面まで引っ張られる。
リコリッタは、その姿を侮蔑の目で見ている。少し前までならば逃げ出したいほど怖かったはずなのに、その気持ちすら湧き上がってこない。
今はただ、
「申請します――お互い全力で、戦いましょう」
勝ちたいという思いだけが、心の中で赤々と燃え上がっている。
次回の投稿は11月13日の0時に行います。
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