23 前進全霊!
「――ハァ? 何で私があんたみたいなのと、戦わなきゃいけないのよ。バッカらしい」
案の定、リコリッタの反応は随分辛辣なものだった。格下と戦うなんてプライドが許さない。顔にそう書いてあるようだ。
「わ、私はもう貴女の思い通りになんかなりたくない。だから、戦って決着をつけましょう」
「何言ってんの、決闘とかアホじゃないの。私がアンタと戦う理由がないって言ってんの。そもそもあんた如きに私が戦ってあげるなんて、冗談じゃない」
リコリッタの言葉に、取り巻き達も同調するように、そうだそうだ馬鹿言うなと言い始める。
その姿に、ブロッサムの息が止まりかける。
これは想定していた流れだ。あとはトーマや場の流れに任せれば良い。そう言われていたが、ここまで素気無く断られて、本当に大丈夫なのだろうかと、引っ込んでいた不安が再び湧き上がってくる。
――不意に差し出された手に、その不安も消えてしまった。
トーマが正面に立ったのだ。
「そう言われてもな。もうこりゃ、アンタとブロッサムだけの問題じゃなくなってるんだ」
「ハァ? そんなの関係ないじゃん」
「そうでもないんだな、これが――こいつはうちのギルドに内定が決まってんだ。まだ正式加盟じゃないとはいえ、うちのギルメン候補に手ぇ出しといて、関係ないもない。
だから、」
短槍を具現化し、その切っ先をリコリッタの目の前に突き出す。
あからさまな敵対行動。相手へ殺気を飛ばす、明確な宣戦布告。
「あんたら《銀鎧騎士団》の【始まりの街】支部の一部構成メンバーと、うちのギルドとの擬似戦争を布告する。」
もはやその段階で話を聞いているのは、リコリッタとその取り巻きばかりではない。
野次馬根性で興味を持った普通のプレイヤーばかりではない、受付けや業務をしていた他の《銀鎧騎士団》メンバーや、その場に立っていたNPCまで、全員がその状況を見守っている。
衆人環視の中での宣戦布告。
しかもギルドの名前を冠する擬似戦争の申し入れ。その重みは、個人のPvP以上の重みを持っている。
「……な、何勝手に言ってんの! そんなの無理に決まってんじゃない!」
動揺を見せながら、リコリッタは未だ乗り気ではない。いや、むしろ話が大きくなっているせいで、少々引け腰になっている。
そんな様子をトーマは気にした様子はない。
「無理じゃないだろう。今のあんたらの人数を見ると、えっと……36人か。これなら6パーティーは確実だろう?
こっちはギルメン全員で12人。ざっくり3倍だが、こっちは上位プレイヤーが大半だ。ハンデとしては十分だと思うんだけどなぁ」
リコリッタを含めたその場の全員を小馬鹿にするように、トーマは鼻で笑う。
「あれ? それともこの人数差で勝てないかも――なんて思ってないよな?」
相手のプライドを逆なでする。それだけで、リコリッタの周囲に付き従う取り巻き達の空気は、視覚化されているかのように変化する。
なめられた、という怒り。《銀鎧騎士団》という大きなギルドに所属しているという、傲慢とプライド。それらが混ざり合い、今この場で殺し合おうという雰囲気すら持っているように見える。
しかし、その中でもリコリッタは冷静だった。
多少表情を崩してはいるが、それでもやはり擬似戦争には抵抗があるのだろう。
「そ、そういう問題じゃないの! どこの零細ギルドか知らないけど、私達は勝手にそういう野蛮な事はしないの!
ここの支部長――ううん、最低でも副ギルマス達に許可を貰わなきゃいけないのよ!」
――このゲームのシステム上、ギルドが大きくなれば任命できる副ギルマスや幹部も増えていく。
ブロッサムが最初に聞かされた話によれば、現在《銀鎧騎士団》は幹部が50人近く、副ギルマスでも5人はいる。
彼らは、実質この組織の管理職。彼らの許諾なしには、大きな行動は起こせないのだ。
「ああ、なるほど……つまり、ギルマスに許しを得れば戦えるんだな?」
「ええそう! でも無理な話ね! ギルマスが、あんたらみたいな零細ギルドと直接話をするなんてあり得ないもの!
だからこの話は無効なのよ!」
「いいや、悪くない話だ」
リコリッタとトーマ以外誰も喋らなかったこの場所で、威厳のある声が凛と響く。
それだけで空気が張り詰め、ぽかんとしていた《銀鎧騎士団》全員、取り巻きやリコリッタ自身も含め、姿勢と正した。
――白銀の鎧を纏った騎士。
金髪碧眼を湛えるその相貌は、かつての伝承に登場する流麗な騎士そのものだったろう。細身でありながら、地面を踏み鳴らさんばかりの足音1つ1つに重みがあり、それだけで《銀鎧騎士団》の面々は固唾を呑む。
――総勢5000人。
アクティブアカウント10万人の【ファンタジア・ゲート】の中でも最も大きいギルドであり、現在1番覇権を握っている自警団ギルド。
《銀鎧騎士団》の頂点――ギルマス。《聖騎士》と呼ばれるトッププレイヤー、アーサー本人だった。
「ギルマス、あの、なんで、」
リコリッタが金魚のように口をパクパクさせながら話すと、アーサーはその姿機に求めず、冷静な言葉で話し始める。
「たまたま視察でここに立ち寄ってみたんだ……だが、今言った通り、悪くない話だ。
我ら《銀鎧騎士団》はPKに対応するための組織。グレーギルドとの戦闘も想定される中、対集団戦の訓練は、我々だけでは難しいからな。
そう思わないか、マリー」
「はい、団長」
後ろに控えていた、銀色制服に身を包んだ女性、マリーは頷く。
「全くその通りです」
「うん……リコリッタだったか? 君はどう思う?」
「え、あ、いやでも……《銀鎧騎士団》がどこかの誰とも分からないギルドと、擬似戦争なんて、」
借りてきた猫という言葉を、今初めて実感として見たような気がする。アレだけ強気だったリコリッタが、アーサーの前では萎縮していた。
そんな彼女に、アーサーはその端正な顔を破顔させる。
「何を言ってるんだ。グレーギルドが特定出来ている事など、滅多にないんだ。その「どこの誰か分からない」という状況こそ、訓練には持ってこいじゃないか」
「はぁ、その通りなんですが――、私達には、訓練以上のメリットがありませんし、」
「ん? ああ、それもそうだな。
ではこうしよう――もし君が勝ったら、君を新たな“幹部”として承認する」
幹部。
副ギルマス程ではないが、部下を持ち、時には街1つの支部を任される上位職だ。その責務は大きいが、同時に支部に支給される物資や資金を自由にする権限が与えられる。
さらに毎月給金として、1000万M――現実貨幣換算で、10万円を与えられるのだ。
もちろん報酬に見合った苦労はあるが、リコリッタは人を扱うのが上手い。適当に仕事は部下に任せ、遊んでいられる。
遊んでいるだけで、10万円。
ゴクリと、リコリッタの喉が鳴るのが聞こえた。
「――ほ、本当ですか?」
「ああ、嘘は吐かないさ。それなりの人数を指揮して集団戦が行えるなら、君の人を扱う才覚を証明する事になるんだからね」
アーサーの目は、まるで優秀な部下を労うような慈愛の色に満ちていた。
それだけで、リコリッタは舞い上がってしまう。実際彼女は上に登る事だけを考えて《銀鎧騎士団》に入っていたのだから。
この勢いを利用すれば、もしかしたらギルマスに一目置いてもらえるかもしれない。
何より、6パーティー対2パーティー。あっちが上位プレイヤーで固めていても、これだけ人数が違えば簡単に倒せるだろう。
桜ももう二度と逆らっては来ないだろうし……ノーリスク・ハイリターンの戦いだ。
これに乗って来ない筈はない
――と、思ってマミやコウはこの状況を作り上げ、トーマもそれを納得して言っているのだ。
「――良いわ。こっちは6パーティー対2パーティー。あんたらが提示したんだから、それで良いでしょう?」
「ああ、こっちはそれで構わない。こっちはギルマス含めノリノリだからな」
簡単に吊られたリコリッタに笑みを浮かべながら、トーマは握手を交わした。
集団戦ともなれば、準備に時間がかかる。少なくとも数時間、実際の戦闘までに時間を取らなければいけない。
そういった場合、いやそれ以外にも口頭での約束の時は握手を交わすのが【ファンタジア・ゲート】特有の習わしだった。
「で、どこで戦うの? まさかフィールドで、なんて言わないでしょうね?」
リコリッタのこちらを舐めきった表情に、トーマは怒りを噛み殺しながら作り笑いを浮かべる。
「そりゃあ大丈夫だ。
とびっきりの会場と、観客を用意してやったよ」
【始まりの街】の外縁部には、闘技場が存在する。
最初から街に設定されているものではなく、ギルド《コロッセウム》が主導で作り上げたPvPや見世物としてのパーティー戦、擬似戦争を目的とした、専用フィールドだ。
【ファンタジア・ゲート】では、プレイヤー同士の戦闘は金になる。
集団戦なども勿論華やかだが、何より上位プレイヤー同士の個人戦は興味を持つ人間も多く、ゲーマーというのは兎角お祭りが好き。そういうものも一種の〝興行〟にしてしまったのだ。
《コロッセウム》はそれらの興行を中心に商売をする、言わば戦いの斡旋屋だし、メイン出るモンスターやエネミーとの戦闘ではなく、こちらで功績を挙げているトッププレイヤーも珍しくはない。
今回はコウが《コロッセウム》のギルマスと交渉して話を通し、会場を1つ借り切ったのだ。
勿論、ロハでは動かない――会場はもうすでに、観客でいっぱいだった。
「……な、なんでこんなに人が多いんですか!!」
出入り口から覗いていたブロッサムは悲鳴を上げる。
何せ最大1万人を動員する事が出来る闘技場の席が、少なくとも半数以上――つまり5000人以上入っているのだから。
時間は現実時間で夜の9時と少し前。約束された集団戦の時間が迫っていた。
「情報屋に依頼して、噂をばら撒いてもらったんだよ。
『《銀鎧騎士団》とうちのギルドが集団戦しますよ〜』ってな。かなり秘密裏に動いて貰ったらしいが……いや、それでも結構集まったな」
「笑い事じゃないです! こんな大勢の前で戦うなんて聞いてません!」
100人程度の学校の演劇でも緊張して声が出せなかったブロッサムだ。このような大勢の前で何かをした経験など、ある筈もない。
一種責めるような言い回しで言うと、心外だと言うようにトーマは顔を顰める。
「そうは言うが、誰も証人がいない状態で決着つけたって、お前またウダウダするかもしれないだろう?
それなら、第三者がお前は強い! て断言してくれた方が良いじゃないか」
「それはそうですけど……そうですけど〜」
ブロッサムの声はまるで駄々っ子のそれだ。
ただでさえ、リコリッタと戦うと言うだけで緊張しているのに、これ以上の重圧には少し耐えられそうになかったからだ。
「ったく、しょうがねぇ奴だな――ブロッサム。ちょっとこっち来い」
「? はい……」
覗いていた入場口から離れ、トーマの目の前までやって来る。
するとトーマは一度深呼吸をすると――ブロッサムの頬を両手で挟みこんだ。
本当ならば包んだという表現が正しいのかもしれないが、トーマの手に力が入っているせいか、まるで押し潰されるように顔が変形している。
「ふぁ、はにじてるんべすが!」
「いや、緊張を解そうとしたんだが、お前のほっぺたすげぇな。どんだけ変形するんだよ」
「ほ、ほっどいでくだはい! はなひてくだはいよ!」
「いやだよ、だって面白いもん」
ジタバタと動いているが、トーマの手は微動だに動かない。目新しい玩具でも弄るかのように挟み続けるトーマの顔には、笑顔が浮かんでいた。
これから3倍の人数と戦う緊張感はないし、面倒だと言う様子もない。
むしろこれからの事を楽しんでいるかのような雰囲気だった。
「俺にとっては、ひっさしぶりの対人戦。お前にしちゃ2回目だ。
リラックスしろ。お前とリコ……何とかが戦えるように、しっかり俺達がフォローする。周りの雑魚は、この際無視だ」
「――本当、ですか?」
力が抜けるトーマの手の間で、ブロッサムは上目遣いに聞いてみる。
「私が勝てるって、思いますか?」
――自分が本当に、あのリコリッタに勝てるのか。
残っているのは、その不安だけだった。もっともそれが、1番大きな不安だった。
自分みたいな人間が、本当に勝てるのだろうかと。
「――ああ、勝てる。お前は絶対に、あんな女に負けない」
力強いトーマの言葉が、その最後にして、1番大きかった不安を取り去ってくれる。
自分より、ゲームでも、心でも強い先輩がそう言っているのだ。もう、ブロッサムの目に迷いはなかった。
「はい、ありがとうございます――あの、1つお願いがあるんですけど、」
「ん? なんだ? 俺に出来る事だったら、何でもしてやるぞ?」
一度躊躇うように口を動かしてから、また視線を上げる。
「もしこれで勝って、リアルでもちゃんと出来たら……名前、呼んでくれませんか?
ブロッサムじゃなくて、桜って……リアルで」
思えば、会った時からずっと、彼はプレイヤーネームでしか呼んでくれなかった。
それが彼の中で何を意味するのか……もしかしたら過去あった事から、踏み込むのが怖いのかもしれない。
でもそうなんだとしたら、今度はブロッサムがそれを取り去らなければいけない。そう思ったから出た願望だった。
……もっとも、彼に名前を呼んでほしい、というのもあったのだが。
「……あぁ〜、そんなんで良いのか?」
「はい、そんなんで良いんです」
「もっと良いもんプレゼントしたり出来るぞ」
「いりません」
「新しい装備とか、」
「自分で買います」
「リアルで飯奢るとか」
「お小遣いはありますので結構です」
「……本当に、名前呼ぶだけで良いんだな?」
「はい」
トーマの目はどこか泳いでいる。いつも言い淀んだりなんだりしながらも、ちゃんと正面切ってブロッサムを見ていた彼はそこにはいない。
――まるで、照れているよう。
今までずっと大人に見えていたトーマが、急に子供っぽくなったような気がして、小さい笑い声が出てしまう。
「……笑うんじゃねぇよ」
「ふふっ、すいません。もっと大人っぽい人だと思ってました」
「大人だ、もう19歳だぞ、参政権だって持ってんだからな」
「そうですね」
「馬鹿にしねぇか、それ?」
「自意識過剰です」
「……お前、素直になると結構言いたい事言うよな。あの殊勝なお前はどこに行ったんだ」
「どこにもいってませんよ、トーマさんを尊敬しています」
「どーだか……うっし!」
手を頬から話すと、入場口に視線を向ける。
「――行くぞ、ブロッサム」
自信に溢れた言葉で、背中を押してくれる。
あとは、
「はい、絶対勝ちましょう!」
ブロッサムが、どう前に踏み出すかのみだ。
次回の投稿は11月12日の0時に行います。
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