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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
23/94

22 挑戦へ






 ――リアルでは、お昼の3時。ゲーム内では、丁度人が賑わう時間だった。

 いくらリアルの4倍で進んでいるとはいえ、現実時間や現実の状況にリンクしないわけがない。

 今日は日曜日。大半の人が休みを謳歌する日であり、娯楽要素として存在するこの【ファンタジア・ゲート】も例外ではなかった。

 人が多ければ問題も増える。

 よっぽどの規約違反でない限り干渉してこないGMと、そもそもあまり厳しくはない規約の中にあれば、暴走する人間は増えるものだ。

 そこで【ファンタジア・ゲート】最初機に登場したのが、自警団ギルドと呼ばれる、ゲーム内の治安維持に動くギルドだ。

 彼らはシステムからのアシストは受けていないものの、実害を被らない為にと多くのギルドが隊商の護衛や様々な理由で依頼を出し、それに応じて報酬を支払う。

 さらにPKを行った者からの罰金を設定してからは、その資金は莫大なものになっていった。

 特にその自警団ギルド最王手《銀鎧騎士団(シルバーナイツ)》であればその活動資金も多く、最も影響力の強いギルドだと言っても過言ではないだろう。

 だからこそ、人々は集まり、彼らを頼ろうとする。

 それが良い悪いではなく、人間心理としては当然の帰結と言える。

 【始まりの街】支部も、それは同じだ。頼られれば自然と何かをしたいと思えてくるものだし、一部のメンバーを除いて、熱心に巡警や受付けに立っている

 ――そう、一部を除いて、だ。


「はぁ、暇ねぇ。みんな忙しそうで、リコリッタ退屈だわ」


 支部の一角を占拠し、屯している銀色の装備を纏ったプレイヤーの中心で、リコリッタはつまらなそうに言った。

 取り巻きは30人より多く、この【始まりの街】支部の半数を占めている。

 どれも有望で年若く、だからこそ《銀鎧騎士団》に入ったにも関わらず、彼らは彼女を咎めるどころか「そうだね」と機嫌を取るように相槌を打つ。

 彼女の可愛らしい容姿、仕草に騙される男達の行動は、いっそそのような機構の人形であると言われた方が、まだ説得力があるほどだろう。

 実際彼女からしてみれば、彼らは奴隷だ。

 高級な装備を、素材を、お金になるドロップ品を、時にはゲーム内貨幣そのものを貢がせる。まさに姫プレイの局地だろう。

 だが、故に彼女は気付かない。自分に従う人間にしか周りにいないから、分からないのだ。

 《銀鎧騎士団》の他のメンバー、彼女を毛嫌いしているメンバーが白い目を向けていても。

 やってきたプレイヤーが舌打ちをしていても。

 自分に向けられた悪意に、彼女は気付かない。

 だから、白日のもとに晒さなければいけなかった。

 ――1組の男女が、この【始まりの街】支部に入ってくる。

 1人は、男性だった。黒髪に藍色のメッシュを入れ、目を隠すように垂らしている、どこか人を引き離すような雰囲気を持った青年。粗末な革鎧を着込み、武器は装備していなかった。

 もう1人は、リコリッタが……いいや、彼女の本来の姿である榊原莉子がよく知っている人物だった。

 薄いピンク色の髪に、同色の目。小さい体に、間抜けにもしっかりと金属鎧を装備し、背中には戦鎚を背負っている少女。

 ブロッサム――またの名を、香納桜。

 しばらく広い受付け会場を見渡し、リコリッタの姿を見つけると、ブロッサムはしっかりとした足取りで近づいてきた。


「――へぇ、何あんた。約束破ったんだ」


 隣の男をよく観察してみると、この前関係を切れと命令したはずの男だった。それだけで、リコリッタが不機嫌になる理由には十分だった。


「随分偉くなったのね。私の命令聞けないとか、どんだけ鈍臭いの? 現実で痛い目みないと気が済まないのかなぁ」


 嘲笑と恫喝。

 悪辣なそれらが混じり合った言葉に、ブロッサムは一瞬身を硬くする。それを見て、リコリッタはさらに口を開いた。

 今度は、隣にいる男に標準を定める。


「ねぇ知ってる〜、私この子とリアルで一緒なんだけどさぁ、超鈍臭いんだよ? 面倒臭いし、言動ネジ一本外れてる感じするしさぁ〜。

 ――ねぇ、どうせ一緒にプレイするんだったら私たちとしようよ、こっちはそれなりに人数揃ってるし、貴方と一緒なら楽しいかなぁって」


 別に、目の前の男に執着しているわけではなかった。

 たんに自分に気に入った男を取られた時、ブロッサムがどれだけ辛い顔をするのか見たかったから。ついでに自分に従ってくれる男を増やせれば一石二鳥、というだけだった。

 しかもこの男、前に話を聞いた限りでは上位プレイヤーだ。いい金蔓になる。

 いつも通り猫なで声で言ってしまえば、あとは勝手に堕ちて、




「――ん? 今なんか言ったか?

 声高すぎてなんかよく聞こえなかったんだけど」




 しかし予想と反して、帰ってきたのはこちらを小馬鹿にするような反応だった。


「てめぇっ!」

「リコリッタさんになんて失礼な!」


 取り巻き数人が先に立ち上がるが、男――トーマは落ち着いたように制止する。


「まぁ待て待てって。用件があるのは俺じゃねぇから。そうカッカすんなよ親衛隊諸君

 ――用件があるのは、こっちだから」


 トーマはそういうと、ブロッサムの背中を優しく叩いた。

 ただそれだけ。

 もう言葉は言い尽くした。

 態度は表し続けた。

 あとはお前だ。そう言うような、前に押し出してくれるような手。

 それにほんの少しだけ勇気を貰うと、ブロッサムは一度頷いてから、リコリッタの前に進み出た。

力強い目。

 今までリコリッタに見せていた弱々しく、ビクビクと怯える少女の姿はどこにもない。まるで大型モンスターと対峙するような緊張感と、そして勇気を湛えた目だった。




「《銀鎧騎士団》所属、リコリッタさん――貴方に、決闘(デュエル)を申し込みます」







「えっと……でも、どうすれば良いんでしょう」

「いやさっそくかよ」


 一頻り泣いたあと、飲み物を買ってきてくれたマミ(散々「女の子泣かした」とトーマをからかったのだが)とトーマの3人で少し落ち着いた桜が最初に言ったのは、早速疑問からだった。


「だ、だって! 私リアルでもゲームでもさk……じゃなかった、リコリッタさんに目をつけられてるんですよ!?

 普通に考えたら、どうしようもないっていうか……」


 もしどちらか一方の問題であれば、解決方法はいくらでもあるだろう。特にゲームだったらフレンドを解除し、本拠地を移すだけで、多分一生会わない。

 だが、現実では同じクラスだし、顔を合わせないわけにはいかないのだ。


「う〜ん、でも聞いた感じだと、彼女が虐めている根本的な部分って、桜ちゃんを格下だって確定させちゃってるところでしょう?」


 缶コーヒーを飲み干してから、マミが話し始める。


「簡単に言っちゃえば、それって「なめられてる」って事でしょう? しかも、桜ちゃんだけじゃなく、桜ちゃんの周りも含めてね。じゃなきゃ、トーマと関係切れなんて言えないだろうし」

「ああ……取り調べの時に会ったが、ありゃ《銀鎧騎士団》を偉いと勘違いしてる感じだった」

「金貰ってるけど、本質はただのボランティア集団なのにね〜」

「最初なんて結構小馬鹿にされるギルドだったのにな〜」


 かなり初期の【ファンタジア・ゲート】を知っているマミや、《銀鎧騎士団》の初期を知っているトーマからすれば、《銀鎧騎士団》が偉いなどと、ちゃんちゃらおかしい話だった。

 彼らはあくまで『自警団』なのだ。

 いくら人数が増え、資金力が大きくなったところでその本質は変わらない。GM側から別に大した権限も貰っていない彼らの行動は、差し詰め『街のゴミ拾いボランティア』と変わらないのだ。

 ここ最近は実績を積んで評価も大きくなったが、最初期は大半のプレイヤーから馬鹿にされていた。

 そりゃそうだろう。PKを罰するなんて相当難しいことをしているんだから。

 だが、人が多くなればなるほど組織としての力は増し、力が増せばそれに勘違いする馬鹿は増えていく。


「あそこはもう終わりかなぁ、末端が腐り始めると、組織って詰むの早いから」

「まだ大丈夫じゃないか? 話した感じ、上は相変わらず正義感馬鹿の集まりだったぜ?」

「それね。マジでこっちが胸焼けしちゃう程だったわ。『【ファンタジア・ゲート】の治安維持が〜』なんてプレイヤーの口から聞くなんて」

「良くも悪くも猪なんだよなぁあそこ」

「あ、でも秘書やってた女の子、100パー、ギルマスラブ! だったよね」

「目にハートが見えたもんな。あれで気付かないとか、秘書の子マジ不憫だわ」

「いやそういう話がしたいんじゃないです!」


 脱線し始めた会話を、桜は慌てて軌道修正する。


「コホン……まぁとにかく、桜ちゃんはなめられている!」

「うぅ、分かってたけど、分かってたけど、直接言われると結構くるものが〜」

「まずそこから目をそらすなよ〜」


 涙目になるブロッサムを、慰めるようにトーマが頭を撫でる。

 もはや触られる事に一切抵抗がなくなり始めていた……それはそれで面白そうだなぁ、とマミは思いながら、話を続ける。


「で、だ。もう1つの原因は、桜ちゃんがそれに迎合しちゃってるっていうか、ちょっと納得しちゃってるところあるでしょ?

 自分に自信がないっていうか、リコリッタって子に敵わない! って」

「……はい、確かにそうかもしれません」


 リコリッタ……榊原莉子は酷い人間だと思うが、一個人として離れて見れば非常に優秀だ。

 勉強や運動が特別出来るという訳ではないが、人を扱うのが上手いのだ。

 集団の中で上手く立ち回り、邪魔な存在はそれを使って潰し、都合よく扱える人間は利用する。

 それが悪い方向に行っているだけで、案外高い地位を持つ人間はああいう素養を持っているのではないか、と思えるほど。

 対して桜は、基本的にあまり得意な事はない。

 人との距離感や、価値基準が合わないせいであまり他人と仲良くなれないし、勉強も運動もダメ。始めたゲームだって、まだリコリッタには遠く及ばない。

 だからこそ、相手に勝てないと思ってしまう。


「うんうん、まぁ自信って過剰に持っちゃうとダメな子になっちゃうけど、逆に無さ過ぎても困りものなんんだよねぇ。

 どこまで行っても自分はダメなんだって最初から思い込むと、本来の力を発揮出来ないっていうかさ」

「……すいません」

「ああ、ほらほら、そういうのだよ。別に悪い事じゃないし、そういう控えめな桜ちゃん、私は好きだしね。

 でも、今回の件は控えめにしてちゃいけない――コッチをなめてかかって来る敵には、こっちだって強気に出ないと」


 最後の言葉で、マミの表情が変わる。

 優しい女性としての表情を脱ぎ捨て、まるで戦いに出る戦士の表情そのものだった。


「君を馬鹿にするって事はね、桜ちゃん。桜ちゃんを誘った『うちのギルド』にも喧嘩売ってるって事なんだよ。

 こっちはもう復帰するって所なんだ、下手になめられてヘラヘラしてられるほど、お人好しでもないんだよ」

「どうするん、ですか?」


 ほんの少しその姿に恐怖を覚えながら訊くと、マミは微笑みながらこう答える。




「ブロッサムちゃん――PvPで、そのリコリッタって子をボコボコにしちゃおうか」




 PvP。通称『決闘』と呼ばれるシステム。

 フィールドで不意を打って殺せるPKと違い、これは文字通りシステムの中に存在する決闘そのものだ。

 決闘を申請し、相手が受諾する事で始まる、プレイヤー対プレイヤーの対決。

 HPを残すのか残さないのか、アイテムを使用可にするのかしないのか、などなど様々な設定を行えるが、基本PKとは違い、決闘が終わればHPもMPも、武器防具の耐久値も回復する。

 唯一PKと同じなのは、所持金の10%を負けた相手から奪う事が可能だが、強制的なPKと違いこちらは任意だ。

 その他にもパーティー同士や、人数差をつけて戦う事も出来るし、大きなものになってくるとギルド同士の戦いもある。もっとも、ギルド間戦争は別システムなのだが。


「つまり、あれですか……リコリッタさんと、本当の真剣勝負をしろって事ですか?」

「うん、つまりはそういう事」

「いやいやいやいやいや!!」


 手に持っていたジュースを零しそうな勢いで桜が首を振る。


「相手はランクⅤに届くプレイヤーだし、装備だってアイテムだって揃ってるんですよ!? どう考えても勝てるわけないじゃないですか!!」


 桜のスキルは高くてもそろそろランクⅣ。つまり実質Ⅲが1番高い。

 いくら桜がこのゲームの事をあまり知らないとはいえ、ランク差が2つ以上あるプレイヤーに勝てるわけがない。


「いやいや何言ってんの。もう1回勝ってるじゃない」

「え、どこでですか!?」

「もう忘れたのかよ……ほら、あのPK。自力で1人ぶっ殺したんだろう」


 ……言われてみれば、確かあの盾剣使いはランクⅤだったと、リコリッタ自身が言っていた。


「良いかい桜ちゃん。【ファンタジア・ゲート】の最大の特徴はね、スキルランクや普段は隠し項目になっているステータスなんかの『数値』が、『絶対じゃない』って所なんだよ。

 プレイヤースキルで、一個二個のランク差は覆る。そこが面白いところではあるし、今回だって別に賞賛がなくて言っているわけじゃないんだ。

 って事でトーマ、解説」


「ちょっと待て、なんで俺に振るんだよ」

「なんでって、桜ちゃんの師匠でしょ! ちゃんと役目を果たせ!」

「どうせテメェが面倒なだけだろうに……ったく、」


 面倒くさそうにしながらも、律儀に話し始める。


「まず重要なのは、スタイルだ。お互いがどんなスキル構成で、どんな風に戦うのか。ランクの高さやその他は、まずそこを見極めてから問題にする事だ。

 そこからお前ら2人を見ると、相性は悪くない。何せ装備や雰囲気、事前に集めた情報から察するに、あのバカ女は典型的な『魔術師(ウィザード)』プレイヤーだ」


「うぃざーど……なんか強そうです」

「名前の響きに惑わされんな〜。ようは、攻撃を魔術に特化した完全後衛型って事だ。

 前に前衛を置き、その背後から魔術で攻撃するタイプ……なんで姫様プレイする奴ってこういう奴ばっかなんだ?」

「前衛に立つ姫様とか、もう一周回って女王様だからじゃない? ほら《紅玉戦士団》の女団長とか」

「ああ、うん、確かに。あれは女王様だわ。

 ……で話を戻すとだ。後衛型の完全魔術師は、確かに強力だ。魔術に集中できるから、大技連発出来るしな。だが、反面物凄い弱い、とも言える」


「何でですか?」

「――防御力が、半端じゃないほど低い。文字通り、紙装甲ってやつだ」


 かみそうこう……ブロッサムはなんとなく、紙エプロンのような服を纏ったリコリッタを想像するが、それを察してかマミもトーマも苦笑する。


「紙装甲ってのは、ゲーム用語。ようは紙で出来た装備を着けてるんじゃないかってくらい、防御力が低いって事だ。

 まぁ実際、魔術剣士とかの前衛職でない限り、そこに重点を当てるより魔術に全部集中させた方が早いんだがな」


「さて桜ちゃん、この事実で、君とそのリコリッタって子がそれほど悪い勝負にならない理由があるわけだが、どういう事だか分かる?」

「えっと……」


 防御力が低いリコリッタ。対して自分のキャラクターは防御力が高く、一撃の攻撃力が高い戦鎚術を使用する。

 つまり、


「……一撃当てれば、倒せないわけじゃないって事ですか?」

「その通り! やっぱり地頭良いよ君!」


 桜が答えると、マミがわしゃわしゃと頭を撫でてくる。トーマも、満足気に頷いた。


「魔術師タイプはHPも低いから、多少上位の奴でも、倒せないわけじゃない。勿論、そこらへんの対策はしていないわけじゃないだろうが。

 ……それ以上に、あのバカ女、多分お前より痛みに弱いぞ。今まで散々守られて戦ってきたんだったら、ダメージ受けるような経験も少なそうだ」


 仲間に守られながら戦う魔術師や、回復職に多いだろう。

 攻撃をあまり受けた事がないから、例え10分の1の痛みでも恐怖し、身が竦んでしまう可能性が高い。

 その点桜は、特殊スキルのお陰もあってか痛みへの耐性は十分。ちょっとやそっとの攻撃で怯む事はないだろう。


「なんだか、戦えるような気がしてきました」

「そうだろうそうだろう……でも、さっき言ったのは1対1で戦った時の想定だ。

 これはあくまで予想だが、ほぼ間違いなく、リコリッタって奴は1人で戦いたがらないだろう」


 誰かに守られる事を前提にスキルを整え戦ってきたのなら、間違いなくPvPへの対策は行なっていない。

 そもそも彼女にとって桜は格下だ。素直にPvPに応じるような事はしないだろう。


「そうなると、パーティー戦って事になるな」

「パーティー戦……今から、人を集めるんですか?」


 パーティーは、1組6人が上限。向こうはそれくらいの人数、簡単に集めてくるだろう。ブロッサムはその前に、5人の仲間を揃えなければいけない。


「え?」

「え?」

「……え?」


 深刻そうに口を開いた桜に対して、マミとトーマは驚いたような顔をしている。何か間違った事を言っただろうか、などと思っていると、2人は同時に溜息を吐いた。


「はぁ……まさかここまでだったなんてねぇ」

「……おい、ブロッサム。お前、色々忘れてないか?」

「な、何がでしょう?」


 言われても、思い当たるところはない。

 そんな桜の態度にもう一度大きな溜息を吐くと、トーマは言い聞かせるように口を開いた。

「俺、クリアリィ、仁王、イワトビ、それにマミ……ほら、これで5人揃ってるだろうが」

「――あ!!」


 トーマも含め、知り合いになったプレイヤー達の名前をあげてもらって、ようやくその状況に気付く。


「頼れって言ったそばからこれかよ……」

「いえ、すいません、PvPって言われたので、つい……」


 桜の照れ臭そうな笑みに、今度はマミが勢い良く立ち上がり、大きな声を張り上げる。


「そもそも! これはもう君だけの問題じゃないの!

 せっかく復帰するってのに、そんな雑魚子ちゃんに舐められてちゃ、うちのギルドの面目丸潰れなんだよ!!」


 競技場いっぱいに、マミの絶叫が反響する。


「雑魚子って……うん、でも確かにちょっと弱そうだもんなぁ、色々」


 トーマのツッコミにも、マミは意に返さない。


「そうそう! それにどっちにしろ、あの雑魚子ちゃんはそれでも対人戦に乗り気にならないはずだ。あの手この手で、断ってくると思う。

 それを回避するにはどうするか……はい、桜ちゃん!」

「はい!? ええっと、ええっと……断り辛い雰囲気にする!」


 必死になって考えて答えると、マミは微妙な顔をする。


「う〜ん、半分正解だけど、半分不正解! 次、トーマ!」

「今度は俺かよ……そうだな、人を巻き込むってのが正解だろうな。ああいうタイプはメンツ気にするし」

「大正解! 正解者にはお姉さんのハグを「いらない」そんなにはっきり断らなくても!」


 マミのテンションは相当上がっている。

 久しぶりのビックイベントに、興奮を隠せないのだ。


「あのタイプに必要なのは『断れない状況』と『餌』だ。それさえ用意しちゃえば簡単にこっちの話に食いついてくる!」

「正論だな……だが、そんな状況、どうやって作るってんだ? 人を巻き込むは割りかし難しくはないが、餌は難しいぞ」


 マミのハイテンションとは逆に、トーマはどこか難しい表情を浮かべている。




「その点については、さっき調整が終わったよ」




 今まで聞いた事もない声が、その場に響く。

 髪の毛を撫で付け、オールバックにしている細身の男性。身長が高い所為なのか、まるで針金のような印象を受ける。銀縁眼鏡も相まって、その顔はこんな状況ででもなければ、怯えてしまっていただろう。

 だがどこか見覚えのある顔に、一瞬桜はキョトンとし――すぐに目を見開いた。


「あ、運転手の方!」

「ああ、うん、そういう反応になるよね……初めまして、澤村浩二さわむら こうじです。本当は運転手じゃなくて、マミの会社の専務を務めています」


 厳しそうな顔付きとは相反して、優しげな表情をこちらに向け、握手をしてくれる。

 その名前に驚いたのは、今度はトーマの方だった。


()二って……コウさんか! そういや、リアルで会うのは初めてだったな」

「ああ、トーマ。本当は顔合わせくらいしておきたかったんだが、マミの頼まれ事で忙しかったんでね」

お互い破顔して、仲の良さそうに握手を交わす。

「えっと……」

「フフ、コウはね、さっき説明した以外にも、私のギルドの副ギルマスを任せてるの。プレイヤーネームは『コウ』だよ」


 どういう事なのか分かっていない桜の側に、マミは近づいて楽しそうに説明した。

 副ギルマス、つまりギルドのNo.2だ。


「そうだったんですか、道理でトーマさんと仲良さそうなんですね」

「そうそう……あ、ちなみにリアルでは、専務だけじゃなくて私の婚約者(フィアンセ)もやっているよ。仲良くしてあげてね」

「へぇ、そうなんで――ええ!?」


 何でもない風に言われた言葉の中に、とんでもない情報が入っていた。

 仕事でもゲームでも部下であり、私生活では婚約者。おまけに2人とも美男美女と、まるで物語に登場するキャラクターのようだ。


「もっとも、実質マミのお守りのようなものだがな」


 話が聞こえていただろうコウが困った風にそう言うと、マミは子供のように頬を膨らませる。


「何その言い方、酷いなぁ」

「事実だろう?」

「……まぁ、そうですけど」


 距離が近い人間特有の、じゃれ合いのような応酬が眩しくて、桜の表情にはほんのり微笑ましそうな笑みが浮かんでいた。


「それはさておき、先程調整が終わった。そのリコリッタって子は、絶対に断れないようにね」

「……相変わらず手際が良いですね」

「それが僕の取り柄だからね」


 コウの笑みは朗らかだが……何となく目が笑っていないように見えた。


「えっと……何をしたんですか」


 桜がそう言うと、コウはさらに笑顔を深め、まるで判決を下す裁判官のように、はっきりと宣言する。




「ああ、ちょっと知り合いに『餌』を用意してもらったのさ」







次回の投稿は11月12日の0時に行います。

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