21 選べよ
「なんでって、それは、」
言い淀む。
自分の事だから。ずっとこのままだから。そもそも、逃げる場所なんて何処にも無いから。
そう思い続けていたし、今でもそう思っているはずなのに――桜の口は、不思議とそれを言う事が出来ない。
トーマは、その顔を見て、話を続ける。
「いや、大昔のアニメばりに「逃げちゃダメだ」って言ってっけど、何をそんなに思い詰めてんのかなって。
だって、別に逃げたって良いじゃん。そんなもん」
「でも、だって……逃げたら私、ずっと逃げ続けちゃう。
ずっとトーマさんにも迷惑かけちゃうし、それにきっと、周りの人にも、」
誰にも迷惑をかけたくない。
逃げたくなんかない。
本当は諦めたくもなかった。
だって、
「――大事な人達に、迷惑をかけたくない」
――気付いてしまったのだ。
たった1週間で、気付いてしまった。
ゲームという虚構の世界の中であったとしても、仁王やクリアリィ、イワトビ、たった1回しか会わなかったマミでさえ、自分の中で大事に輝いてしまった事を。
だって、あそこでは、誰も自分を馬鹿にしたりしない。間抜けな発言をしても、誰もが優しく、豪快に笑い飛ばしてくれたから。
――それは、トーマも。
彼が1番笑ってくれた。誰よりも自分を気にかけ、誰よりも自分に色んな事を教えてくれて、誰よりも笑わせてくれたし、笑ってくれたから。
異性としての好きではなく、人間として。
彼に好意を持ってしまった。
……それは、とても複雑なものだった。
好きになっていけばいくほど、彼らに迷惑をかけたくない。彼らの笑顔を曇らせたくないと。
だから蓋をした。
所詮ゲームでの繋がりだからと嘘を吐いた。
他人にも――自分にも。
「……ハァ。お前は本当に、考え過ぎるよなぁ。
そもそもまだ会って1週間しか経ってない人間にそんなに惚れ込むって、どんだけ俺は誑しなんだって話だぜ」
呆れと、優しさの混じり合った、心地よい声が耳朶を打つ。
それに思わず、笑ってしまった。
「そうですよ。本当はトーマさん、たらしなんです」
桜にそう言われたのが意外だったのだろう。トーマはほんの少し目を見開くと、そうなのか、気付かなかったなんて妙に真剣な顔をして悩み始めてしまった。
こういう所だ。
こういう所が、桜は好きなのだ。
だから、迷惑なんてかけたくない。
「もう、大丈夫です。優しくしてくれて、ありがとうございます」
勢いよく頭を下げる。
精一杯の誠意を込めて。
「もう十分です。私はいっぱい、優しくして貰いました」
短い間だったけど。
たった1週間だったけれども。
1年以上の孤独が、一瞬で吹き飛んでしまうくらい、優しくして貰えたから、自分はもう平気なのだと、また自分を叱咤する。
それくらいでないと、我儘が過ぎると思ったから。
――なのに、
「ああ、いやいや、勝手に話を締めるな。まだ終わってない」
彼はそれを強引に押しとどめる。
「そもそもだ。
迷惑をかけるとか、逃げるとか、それが俺は悪いとは思わないって話をしていたんだが、なんで終わらせようとすんだ、馬鹿」
「だって、その……実際そうだし……」
逃げたくないのも、迷惑をかけたくないのも、それが悪い事だというのも、全部事実だ。
事実の、はずだ。
しかしそれでも、トーマは憮然とした表情を浮かべる。
「いやだから――そんな事言い出したら、今の俺は逃げた結果生まれた存在だから、色々アウトなような気がするんだが……」
「え――」
その言葉は、随分と意外なものだった。
桜が、いやプレイヤーであるブロッサムが知っている彼は、そのようなネガティブな言葉と相反する存在だったのだから。
その印象は、マミから話を聞いて、トーマが障害を持っているのを知ってさらに強まったようにしか感じなかった。
「あぁ〜、お前の中で俺は、どんだけ完璧超人なんだよ。とにかく、俺の話を聞け、それからだって遅くはないはずだ」
そう言って、彼は話し始めた。
彼自身の人生を。
彼自身の――挫折の人生を。
◆
中学校時代のトーマ――こと待寺 統児は、そこそこ優秀な少年だった。
勉強こそ、そこそこ程度だったが、何と言っても陸上種目に秀でていたのが、自分を輝かせてくれた大きな要因だったと思う。
実際、走ればだいたい1位だったし、女子からの人気も結構あった。何より、走っている時の気分は最高だったから。
自分の好きな事で、1番を取れている。
おそらくこれからの人生でも、なかなか得られないものを貰っていた気がする。オリンピックにも声が掛けられるかもしれないなんて、周りの大人に持て囃されて。
多分、調子に乗っていたんだと思う。
だけど、そんなものはまやかしだ。いや、まやかしだったと気付いちまったんだろうな。
――事故だった。運転手の脇見運転。
正直、笑ってしまうくらいあっさり、俺のスポーツ選手としての人生は終わってしまった。
両足切断。そうでもしないと生きていけないからってさ。
今でこそ笑っちまう話だが、あの時はこう思った。
――陸上が出来ないなら、死んだほうがマシだって。
そっからは、物の見事な転落人生。
まず、友達はめちゃくちゃ減った。友達と思っていただけで、本当はそうじゃなかったのかもしれないけど。
女の子も減ったなぁ。最初は見舞いにきてくれたりしてたのに、俺の姿みたらあっという間にいなくなってた。将来苦労するってのは、目に見えてたからな。近づきたくなかったんだろう。
俺もとことんまで荒れたね。病院で暴れまわったり、ただ世話してくれてただけだった親に当たり散らしたり、今の俺からすれば、目も当てられない状態だった。
何もかも失った。
もう俺の人生終わりだ。
俺にそんな選択を迫った世界がクソなんだ。
陸上は、多分俺の全てだって思ってたんだろうな。そう思っていなきゃ苦しい練習なんてしていられなかったし、失ったからこそ、それだけ荒れたんだ。
それから1年間、俺はリハビリすら拒否して、暴れるか呆然とするかの2択になっちまった。
しかも酷い事にな、足はもうないはずなのに、感覚だけは残ってんだよ。
幻肢痛、っていうんだっけか。そういうのが俺にもあってな。時々寝ぼけて、自分で立ち上がろうとして、失敗して、絶望して。しばらく、それを繰り返してた。
病院の先生も、もうどうしようもなくなったんだな。
治療の一環って事で、【ダイヴギア】とゲームソフトくれたんだよ。
知ってるか? そもそもVR技術そのものが、医療技術からの発展なんだ。体に不自由している連中とか、感覚障害とか、リハビリ代わりにって。
だから今も、医者がたまにVRゲーム勧めてきたりするんだぜ。
でもそん時の俺は、医者に見捨てられたんだなって思ったんだよ。もう現実では無理だから、仮想現実に逃げろって言われたような気がした。
まぁ、それでも良いかって思ったな。こんなクソな現実見ているくらいだったらって考えて、そのまま素直にゲームを始めた。
そんで始めたのが、【ファンタジア・ゲート】だった。
最初はまぁなんつうか、余計辛くなっただけだった。無くなった足が仮初めでもそこにあるんだから。で、ゲームから覚めたらまた無くなってんの。
辛くて辛くて、現実忘れる為にずっとランク上げしたり、アイテム集めたり、でけぇモンスターに1人で挑んだり、色々やってたわ。
暴れたり呆然としてたりする時間を、全部ゲームに突っ込んだって感じだな。そん時の文字通りな廃人プレイの所為で、ちょっと話題にもなったんだ。
そん時だったかな――あいつらに出会ったのは。
『もし良かったら僕らとパーティー組みませんか?』
丁寧な方は男だった。あいつは最初の頃馬鹿みたいに丁寧でな。実は結構腹の中真っ黒だってのは後から知った。
『君のプレイング、結構面白いし、一緒にやろうよ!』
馴れ馴れしい方は女だった。こいつは最初っから最後まで馴れ馴れしいし、妙に強気で負けん気強いし、おまけに俺にしょっちゅう張り合った。
その頃はもう足がない云々より、どこまで行けるかってのが大きかったけど、それでももう人を信用出来なくなってたから、完全に無視して素通りしてやったわけよ。
どうせ離れんなら近寄んな、ってな。
それで何が始まったかと言えば……ネットストーキングだった。
一応俺はネットなんて【ファンタジア・ゲート】やる為にしか使ってなかったんだから、ゲーム内ストーカーっつうの? とにかく俺が行くとこ行くとこ付いて来るわけ。
『MMOはソロよりパーティーでやった方が楽しいです』とか、
『1人じゃ行けるフィールドも少ないし、気分だと思って』とか、
『パーティーで行けばドロップもウハウハですよ、ぶっちゃけ今の3倍』とか、
『なんでそんなに拒否んの!? 普通に一緒にやれば楽しいじゃんねえねぇやろうよ〜』とか。ちなみに最後のは無理やり腰掴まれて、危うくセクハラ認定されそうになった。
ウザいなんてもんじゃない。目障りだ消えろって思った。
実際フィールドで遭遇した時は、面倒臭くてPKしようとした時もあったな。
――でもあいつら、やめねぇんだよ。
むしろどんどん馴れ馴れしくなってく。
街で見掛けりゃ声かけてきて、一緒に飯食ったり。
1人でパーティー用のモンスターと戦ってりゃ、いつの間に入ってきて一緒に戦うし……あそこインスタンスフィールドだったのに、未だになんで居たのか疑問だが。
武器屋巡りしている時でさえ何故か一緒に、俺の装備見繕ってんの。
もう、最後の方は、また来るんだろうなって辺り見渡してたくらいだった。
……うん。今にして思っちまえば、もうあの段階からあいつらの事、気に入ってたんだろうな。
『――ちょうど手数足りねぇなって思ってたんだ。勝手に来たいならそうしろ』
随分回りくどくて、素直じゃない返事だったなぁって思うが、そうやって俺はそいつらとパーティー組むようになった。
そっからはノンストップだよ。
いろんな狩場に首突っ込んで、素材集めて楽しく遊んで。終いにはあの女、『あそこのギルド入りたい! すっごく面白そう!』なんてアホ抜かして。
入りたくもねぇギルドの採用試験受けさせられたわ。
まぁ、結局そこも俺にとって大事なものになっちまったんだけどさ。
それくらいになってくると、もう足がねぇとかそういうの、全く気にならなくなってたな。
遅れてた勉強取り戻して、高校生になって、車椅子でも陸上出来るって聞いて必死にやり始めて。
あの当時の事、その時親に謝ったら、親に泣かれちまったよ。今では良い思い出だし、たまにその話で親に弄っられるけど。
現実でも仮想現実でも、充実した毎日だった。
――だからだろうな、気付いてやれなかった。
アイツが、セラが、現実で辛い目にあってたのも。本当は必死で堪えて足掻いてたのも、楽し過ぎて気付いてやれなかった。
だからセラは、俺と――クリスの目の前で死んだ。
ゲームの中でガチで死ぬなんて、そんな馬鹿な事でもしないと、セラの状況に気付いてやれなかった。
俺は……大馬鹿だった。
それから、俺達の周りは狂っちまった。
人間は歯車の1つだっていうけど、替えなんて効かないんだ。セラっていう1つの歯車が無くなっちまっただけで、俺も、クリスも、他のギルメンも、どっかおかしくなった。
クリスは怒り狂ってギルド辞めるし。
ギルド自体が活動停止しちまうし。
俺は俺で、また1人で黙々スキル上げして現実逃避。
……本当に、こうやって見ると逃げてばっかだなぁ、俺。
お前とあった時も、要は逃げている最中だったんだわ。
――でも、俺思うんだよ。
逃げて良かったなぁって。
あの時現実から逃げてゲームやってなきゃ、このゲームにも仲間にも会えなかったし。
1年前のあの時から現実逃避してなきゃ、お前にも会えてなかったし。
そりゃあ、逃げた結果辛い思いした事も、頼った結果失敗だった事もあるんだけど――それでも、逃げた先で得られるもんがあったからさ。
それはそれで、勝ちなのかなって。
――なぁ、ブロッサム、
●
「――俺は全然、逃げるのも頼るのも、悪い事じゃないと思っている」
トーマの……いいや、待寺統児の言葉は、ひどく重く、とても辛い内容だったはずなのに、明るく、前を向いている言葉だった。
「だって普通に考えればさ、最終的な勝ちなんて「幸せになって大往生」! が正解だろう?
だったらその為にどんな事したって、文句言われる筋合いねぇじゃん。どっかに逃げようが、誰かに頼ろうが。
勿論、全部が全部ってわけにはいかないってのが、これの面倒なところなんだけどな。でも好きになった連中と乗り越えられれば、1番良いんじゃないか」
そっとトーマの手に、顔が触れられる。
顔を俯かせれば見えないはずのブロッサムの顔は、ほんの少し下にあるトーマには見破られる。
きっと、これからもそうなんだろう。
いつもの笑顔も、今のような泣き顔も。
きっと彼の目の前では、隠せない。
「で、ブロッサム……どうしたい?」
優しい声で、壁は崩される。
もはや桜に抗う事は出来ない。
「――助けて、ください」
本心が、涙と同じように溢れる。
「逃げたいです――」
弱音が、自分の心音が、慟哭が。
ゆっくりと溢れ出て、自分の手どころかトーマの手も濡らし始める。
「全部じゃなくても良いです。自分で出来るように、ちゃんとなります。
でも――その時、背中を押してもらいたいです――」
きっと側にいてくれれば、負けたくないと思えるから。
「――言うのが遅ぇよ、バカだなぁ」
言葉は辛辣でも、その笑みは、手を握ってくれるゴツゴツとした男性の手は、優しく頭を撫でてくれる手は。
誰よりも優しくて、何よりも涙が出た。
次回の投稿は11月11日の20時に行います。
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