20 過去と事実と問い掛けと
すいません、ちょっとリアルがばたついていて、遅くなってしまいました。
では、本編をどうぞ!
――最初にマミがゲームを始めた理由は、「実益有りき」だった。
自分の会社もプロジェクトに参加している【ファンタジア・ゲート】。せっかくβテスト段階からアカウントを優遇して貰えたんだから、AIの様子を見る為にもやってみるか、という程度。
そもそもVRゲームそのものに、あまり魅力を感じなかった。AI制作会社として如何なものか、とは自分でも思っていたのだが。
だって、現実で本物のお金や本物の人を動かしている方が、ずっとリスキーで楽しいものだと思っていたから。
……まぁそんな事を言いながら、始めてしまえば、ハマるのにそう時間はかからなかった。
現実と勘違いするほどのリアルさ。
多種多様のスキル・アーツ。
その中で自分らしさを輝かせられるシステム。
製作陣が想像していなかったほど、精巧なNPC達。
壮大なスケールで描かれるストーリー。
今もアクティブユーザーが10万人を超えるゲームだけあって、その内容は非常に素晴らしいという一言に尽きるものだった。
なによりもマミは、MMOという要素が実に気に入っていた。
コンピューターを相手するのではなく、生身の人と話し、絆を作り、共に戦って、時々敵対したり競争したりする。
それは現実と比べても一切遜色のない、『もう1つの現実』だった。片手間で済ませて良いものなんか1つもない……時によっては、現実よりも重要で、油断出来ないものがここにはあった。
これに興奮しないわけにはいかなかった。
まず、マミは1人、自分の知り合いをこの【ファンタジア・ゲート】に誘った。
ゲーム内で仲間を作り、ギルドを作って、徐々に仲間が集まって――最終的には13人。
どいつもこいつも、ゲームの中じゃ揃って変人。まぁギルマスだったマミがそもそも変わったプレイヤーであり、生粋の変人なのだ。
類は友を呼んでしまったのだろう。
その中に、トーマがいた。
トーマは最初、2人の友人がいた。男の子1人と、女の子1人。その2人はお互いリアルで面識はあったが、トーマ自身とは面識がない。つまりゲームの友人は、トーマだけだった。
あくまで他人。リアルで会う約束もした事がない、本当の他人。
しかしそれでも、3人はまさに親友といっても良いほどだ。何せ、3人で一緒にギルドに入りたいと直談判に来たのだ。
最初は大人ばかりだったし、正直未成年を入れて良いのかな〜と、皆良い顔しなかったけどね。それでも何度も何度も来て、一緒にパーティーを組んでみれば……これがまた面白い連中だったからね。
結局なし崩しで、ギルドメンバーになってたよ。
勿論3人同じくらい仲が良かったけど、特に女の子とトーマは同じく前線職プレイヤーで、2人一組の渾名で呼ばれたほどだった。
何でもゲームを始めた当初、トーマ自身は相当荒れていたそうでね。それを解してくれたのが、2人なんだそうだ。
お互いがお互いを必要としている。それが側から見ても分かるくらいだった。他のメンバーも、3人の仲の良さがとても眩しく見えたし、あの3人、いつ進展するのかなぁ、なんて笑い話にしていたくらい。
だってそうでしょ? 男2女1の仲良しグループなんて、各漫画雑誌に1つはありそうじゃん。正直トトカルチョとか流行ったよね!
――まぁ、何やかんやあったけども、皆は仲間だったし、次第に彼らを中心に疑似家族のようになっていった。
いくつかの高難易度クエストにも挑んだ。
ちょっとした伝説みたいなものも作ったことがあるし。
ちょっとだけギルドやメンバーが有名になったりもした。
楽しい戦い、楽しい冒険、楽しい物語。それを全員で共有した。
何度も楽しいって言ってしまったけど、その当時は本当に楽しくって、そのままそれが、炎炎と続いてくれるものだと思っていたんだ。
――だが、いつからだろうね。
それは内側から腐っていたんだ。
その女の子は、両親から虐待を受けていた。
内容は、正直には話せないほど、酷いものだった。女の子として、子供として、そして人間として、何もかもを貶められるような、酷いもの。
しかもやっているのが、彼女を生んだ両親なのだから、もはやそこに逃げ道はなかった。
だってそうだろう? 自分のルーツ、自分の全てだよ? それに否定されるなんて、世界が滅ぶより恐ろしいじゃないか。自分が最初からいなければ良かったって、そう思うじゃないか。
――それでも、彼女は強い子だった。
親友であり相棒だったトーマにも、幼馴染だったはずの男の子にも、仲間の誰にもその事を言わず、1人で必死に耐えていた。
昔は優しかったから。きっと自分が頑張れば、昔のように戻ってくれるはずだと。他人から見れば夢を見ているようなものだったのかもしれないけど、当人は真剣にそう思っていたんだ。
その〝もしかしたら〟は、中毒性の高い麻薬のようなものだ。感覚を麻痺させ、どんどん自分を追い込んでいくもの。
だけどだからこそ、彼女は頑張った。
頑張って、頑張って、頑張って。
――頑張って、頑張り過ぎて、終いには壊れた。
人間、どんなに強靭に出来ていようとも、壊れる時は、一瞬で終わるもんなんだよ。
ある日。よく覚えている。暑い夏、お盆真っ只中だった。
いつも通りログインしてきた仲間で狩りをした。学生組はちょうど夏休みだったし、社会人組もお盆でお休みだったし、たまたま休みが合ったってのもある。
取り敢えず、その日は誰も欠ける事なく、全員が集まっていた。
ちょうどイベント限定モンスターが出現していて、それを狩りに行ったんだ。
最初は、彼女も普通だった。普通に笑って、遊んでいた。いつも通りモンスターを倒し、いつも通りドロップ品に一喜一憂し、いつも通り、3人で仲良くしていた。
でもだんだんと、見ていて分かるくらい顔色が悪くなる。
青白くなって行って、次第に土気色をしてくる。
最後の最後に、彼女は私達の目の前で――倒れた。
原因は、大量出血。
ゲームにログインする直前に、彼女が手首を切って、水の中に浸しておいたらしい。
つまり、自殺だ。これ以上ないってくらいの、ね。
『ごめんなさい――最期に皆の顔が見たかったの』
――冗談じゃないよなぁ。
助けも呼ばずに勝手に死んで、最後に残した言葉がそれじゃあね。不思議だよ、私たちは何も悪くないはずなのに、結局、私達は彼女を救えないという結果だけを手に入れてしまった。
現実以上に油断出来ない……そう自分で宣っていたはずなのに、結局油断した。仲間同士で隠し事はなし、報連相を大事にしようって言っていたのに。
私はギルマス失格だったし、仲間も1人1人、大小違うけど、後悔やら罪悪感やらを背負いこんじゃった。
……ううん、考えてみれば、私達はまだマシだったんだと思う。
1番ショックだったのが、トーマとその少年だよ。
トーマは、自分が救われた癖に彼女を救えなかったと後悔していた。
辛い時期、手を差し伸べてくれたのが少年と女の子だったはずなのに……結局、自分には手を差し伸べてもらえなかった、気づいてやれなかったって。
もう1人の少年は、リアルでも会っていたのに気付かなかったと自分を責めた。
彼女は異常に隠すのが上手くってね。そんな事になっているなんて、少年は露ほども気付かなかったらしい。それが何よりも腹立たしく、憎らしかったんだろうね。
結局、何が起きたと思う?
初年はギルドを去った。彼女を救えなかったのは自分達の――いいや、自分の所為だと怨嗟の声を振り撒いて消えた。それ以来、会っていない。
そのままギルドは、1年だけ活動停止にしようと言ったんだ。
リアルでは殆どが社会人やなんかで忙しかったし……何より、皆でいると、辛い事を思い出してしまってね。
正直、このまま復活せずに自然消滅、なんて事も念頭に入れていたんだ。
だけど、嬉しい事に、トーマは1人、新人を連れてきたいと言ったんだ。
多分、私達の中で1番苦しんでいるだろう彼がだよ? しかも、見てみるとまたも厄介そうな女の子じゃないか。
――でも、彼は最初に言ったんだよ。
『あいつは才能がある』ってね。
そもそも才能の塊みたいな奴が、才能があるって太鼓判を押して、自分で始動まで始めちゃったんだ。それがどういう事だが分かるかい?
嫌な感じに受け取らないでね? 結構凄い事だって言いたいだけなんだ。
だって、もう人間と関われないかもしれない。そんな奴が気にかけるなんて相当だし、君はもしかしたら、どこかでトーマを救っているのかもしれない。
ねぇ、香納桜さん――ううん、ブロッサムちゃん。
ほんのちょっとだけで良い。トーマの話を聞いてやってくれないかい。
君がどういう事で悩んでいるのか、どんな結論を出しているのか。私には分からないし、多分それは1回しか会っていない私が話すべき事じゃないんだ。
1週間、君に付き添っていたトーマだからこそ、話せる事なんだと思う。
――トーマと、話しておいで。
もしかしたら、もしかするかもしれないんだから。
●
着いた場所は、立派な陸上競技場だった。
大きな観客席、選手の控え室として備え付けられているいくつもの部屋、大きなトラックと、中心には青々とした芝生。
今までずっと帰宅部だった桜には1番縁遠い場所だった。
桜はゆっくりと息を正してから、その競技場の中に入っていく。
観客席から見た時以上に大きく感じるそこは、今にも桜の存在を踏み潰してしまうのではないかと思えるほど、澄んでいて、どこか居心地の悪さを感じる。
きっと、真剣に何かの壁を越えようとした人しか、いてはいけない場所なんだろう。
『ここから先は1人で行ってみな。私達がいると話し辛い事もあるだろうし』
そう言って送り出してくれたマミの表情は、きっと忘れられない。年齢だって違うし、顔や雰囲気だって全然似ていないのに、まるでお母さんのように優しい、あの笑顔は。
「――スゥ〜、ハァ〜」
一度だけ深呼吸した桜は、意を決して歩き始める。
……人影が1つある。まだ距離あるが、それでも何となく姿が理解出来る。
体つきは、さすがスポーツ選手。無駄な贅肉も、無駄な筋肉も存在しないアスリートの体型。
綺麗な姿勢でトラックを走る。人影は想像以上に早くトラックを周り、規定の場所まで到着するとゆっくりと速度を落とし、やがて静止した。
――まだ、人影は遠いが、想像していたものより、ずっと低い。不思議なほどの低さだと疑問に思いながら、それでも桜は前に進み続ける。
ゲームの時よりもシンプルな、黒の短髪。目は見辛いが、全体的に鋭いイメージを持つような容姿をしているような気がする。
呼吸を整えるような仕草をすると、彼は何か大きなものに座り込んだ。椅子でも用意して会ったのだろうかと思いながら、しかしそれでも違和感はぬぐいくれない
――普通ではあり得ないほど低い。
――そもそも彼はそこに座る時、たった様子が見なかった。
――まるで、乗り換えるような仕草をしていなかっただろうか。
ようやく近づいて――その正体に気づく。
なんて自分は馬鹿なんだろう。
最初に思ったのはそれだった。VRだったから気付かなかったのは、しょうがないかもしれないけれど、それでも。
好き勝手にとか、なんの不自由もなくなんて、言ってはいけなかったんだ。
「――おう、来たか。
悪いな、どうにも体を動かしたかったし、俺が行こうとすると他の人に迷惑かかっちまうからな」
――優しい声だった。
まるでこちらを気遣うような声で作られた言葉は、彼らしい気遣いの言葉だった。
涙が溢れそうになるのを、必死で我慢する。ここで泣いたら、余計に失礼だと思ってしまったから。
「――なんで、」
最初に出た言葉は、疑問だった。
そんな自分に、彼は困ったように苦笑を浮かべる。
「いや、なんでってなんだよ。つうか、俺がわかるよな? お前はブロッサムだろう」
「そうです、ブロッサムです。トーマさんがトーマさんだっていうのも、分かってます。けど、」
「まぁ、骨格限定されると顔付きなんかあんま変えられないしな。見りゃ分かるか。
あ、何か飲み物いるか? 悪りぃけど今手元に自分用しか無くてな。あっちに自販機あるから買ってこい、あとでマミに請求すればタダに」
「そうじゃなくて!」
「……なんだよ、ビックリするだろうが」
「だって、なんで、なんで言ってくれなかったんですか? そうしたら私、」
「……いいや、何にもならんよ。そもそも教えなかったのは俺だし、教えたところで似たような事になったのは事実だし。
――俺の脚があった所で、なかった所で、な」
彼は――車椅子に乗っているからだ。
先程までトーマが乗っていたのは、競技用の車椅子。昔テレビで見た障がい者陸上で使われるようなモノに乗り、トラックを疾走していたのだ。
今は普通の車椅子に乗っており……彼の膝から先は、有るべきものがなかった。
そこには最初から、何もなかったかのように。
「そうかもしれないけど、もっと話をしてれば、」
「何か変わったか? マミから話を聞いて、俺の様子を見て、それでも頼ろうとしたか?
――いいや、俺が察するに、お前はもっと自分を追い詰めてたね。「そんな大変な思いをして来た人達に迷惑は掛けられない!」とか言ってな」
トーマの顔はゲームの時よりも、やや険のある顔をしていたが、それでも戯けてみせるその表情は、ゲームの時と同じ、優しげなものだった。
「だって……逃げちゃ、ダメなんです」
迷惑をかけてはいけない。
これは自分の問題だから。
どんなに言われても。
笑っていなければいけない。
「これは私の問題だから、私が逃げたらダメなんです。私が自分でなんとかしないといけないんです。自分1人で、やらなきゃ」
笑って。
心配させないで。
家族や、マミ達や、トーマに、心配させないようにしなければ。
だって、甘えてはいけない。
こんなに頑張った人達に、大変な事を乗り越えた人達に無理はさせられない。
……しばらくその言葉に、トーマは無言だった。
何か考えるように顎に手を添え、うーんと唸り始める。そうしてしばらく考え込んでいると、
「――うん、まぁ自分の事を自分でなんとかしたい。その気持ちは、まぁ分からんでもない。
俺だってほら、この通りだけど、」
両手を広げて、自分の姿をよく見せる。
「やっぱ、1人でなんとかしたい! って思うしな」
手を降ろすと、車椅子を自分で動かし、桜の目の前にやってくる。
やはり、ほんの少し上にあるであろう桜の顔を、トーマは凝視した。
「でも、ちょっと分かんない所があるんだ。そこ一個教えてもらいたいんだけど、」
「っ、はい、なんでしょう」
何を言われるのか。喉を鳴らして唾を飲み込んで、桜は真摯な顔で頷いた。
「いや、さ――なんで逃げちゃダメなの?」
次回の投稿は11月11日の0時に行います。
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