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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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19 夕刻の涙






『今週はもう支援金貰っちゃったし、勘弁して上げるわ。その代わり、来週からはキッチリお金を支払ってよね』


 支払う事が当然。そう言外に示した榊原莉子の行動がその後変わる事はない。むしろ、さも自分が桜の弱みを握ったと言わんばかりに、イジメは目に見えてエスカレートしていた。

 それを止める者はいない。そこまでやるか、そういう視線を送っている人間は沢山いる。

 靴を舐めろと強要してきた時など、彼女の取り巻きすら軽く引いているように見えたのは、桜の目の錯覚ではないだろう。

 だが、それでもやはり止める人間はいない。

 誰も、助けてはくれない。それは桜自身、そうだろうなと思った。

 誰だって自分に関係ない問題なのに、手を出そうと考える人間はいない。桜自身も、誰かを巻き込みたいとは思わなかった。

 むしろこれは自分の問題だから。助けなくても良いから。

 他人を巻き込みたくはないという恐怖心から壁を作っているのは、むしろ桜の方なのかもしれないが、それすらも桜はしょうがないと諦めていた。


「………………」


 靴を履き替え校舎を出ると、空は憎たらしいほど澄み渡っている。

 あともう少しすれば赤い夕日が見えるのかもしれないが、あの【ロックロックの丘】でトーマと一緒に見たそれとは、比べるべくもないものなのだろう。

 ……【ファンタジア・ゲート】にログインしなくなって、3日の時間が経過していた。

 最初は兄である朝也すら桜の心配をしていた。ここ最近はほぼ毎日のようにログインしていたのに、急にやらなくなっていれば、その心配も当然と言えるだろう。

 それでも桜は今まで通り『大丈夫』と言い張った。

 これまでだってうまく隠し通せたのだ。きっとこれからだって大丈夫だ。


「……うん、大丈夫」


 グッと拳を握り締めながら自分に言い聞かせる。

 自分にはそうするしかないんだから。

 ――そうしていると、不意に通信端末が通話の着信を伝える。

 まるで鈴の音が鳴っているような音に一瞬体を震わせるが、この通信端末のアドレスを知っている人間はそう多くはない。

 鞄の中から取り出し画面を見れば――案の定兄だった。

 ――おつかいでも頼まれるのかな。

 そう思いながら、桜は出来るだけ明るい声を出せるように数度咳払いをすると、通話ボタンを押した。


「もしもしお兄ちゃん、どうしたの? 何かおつかい?」

『ああ桜か、良かった捕まって』


 スピーカー越しに聞こえてくる兄の声は、随分と焦っているように聞こえる。


『今、まだ外だよな?』

「? うん、学校が終わってすぐだからね……どうしたの? 何かあった?」


 ――もしかして、何か心配されるような事をしたんだろうか。そう不安になりながら言ってみると、朝也の息遣いがはっきり聞こえる。おそらく、深呼吸だ。


『――桜。今日は桜にどうしても会って貰いたい人がいるんだ。

 学校の校門前で待ってて貰えないか? 残念ながら俺は……ちょっと事情があっていけないんだけど』


 ……普通に考えれば、これほど怪しい状況もないだろう。いきなり会わせたい人がいるけど、自分は同行出来ないなんて、何か事件の気配を感じるだろう。

 しかしこの時、桜の頭の中にあったのは『とにかく兄を心配させたくない』というただ一点だった。


「……うん、分かった。校門前にいれば良いんだね?」


 桜の快い返事に、朝也は大きな安堵の溜息を吐く。


『ああ、そうだ……一応、他の人間と間違えないように、合言葉を設定してある。それが正解だったら乗ってくれ。忘れないようにメールしておくから。

 それじゃ……頑張って』


 桜が制止する間も無く、通話は一方的に切られた。


「……頑張れって、何を頑張れば良いんだろ」




 校門はそれほど遠い場所でもなく、また待っている時間もそう長いものではなかった。

 榊原莉子にだけ見つからないように。そこの一点に集中していた桜の体感時間があっという間というだけの事だったのかもしれない。

 とにかく、ソレは直ぐにやってきた。


 ――リムジンだ。


 長く、掃除が行き届いたピカピカの車体が、校門前に停止した。

 一応でもお嬢様学校の区分に入るものの、桜の学校にこれを乗り付けるような、分かりやすいお嬢様はいない。学校に用事がある外部の人間か……今まさに桜と会おうとしている人間くらいだろう。

 ドアはタクシーと同じく、自動で開かれ、1人の女性が出てきた。

 ――美女、とは多分彼女のことを言うのだろう。

 濡羽色の黒髪は綺麗に編み込まれ、後ろにバレッタで止められている。理知的な眼鏡から覗き見える眼は綺麗な碧眼で、自分よりも10センチほど背も高いように見える。

 黒いパンツスーツに身を包んでいるその姿は、まさに『出来る女』を絵に描いたような姿だった。


「――失礼。大変急なんですが、貴方が香納桜さん?」


 声まで凛としている。

 その姿に少し見とれていた桜は、すぐに姿勢を正し、兄に教わった符丁を口にする。

 どうしてこれが符丁になるのか分からないまま。


「えっと――『ブロッサムの武器スキルは何でしたっけ?』」


 普通は答えられるはずもない。

 ゲームをしているのを知っているのは兄だけだし、兄は自分がどういうスタイルで戦っているかは話していないはずだ。

 知っているとしたら、今まで親しくなり……3日前に関係を切った人しか、


「――『戦鎚術』」

「――どうして、」


 答えられない筈のそれを、その女性はさも知っていて当然と言わんばかりに答える。

 困惑する桜に、女性はにこやかに微笑んだ。


「あら、トーマから聞いたんだけど、もしかして間違ってた? 会った時にスキル構成を聞かなかったから」


 トーマ。

 その名前の響きだけで、桜の肩が震える。


「……本当に、誰なんですか? イタズラですか?」

「あら、イタズラでわざわざスーツ着てリムジン乗ってやってくる人、いないんじゃない……いや、案外それも面白そうね。今度やってみても良いかも」


 桜の真剣な表情にも、女性はまるで茶化すように誤魔化す。それに対して睨みつける事

 抗議すると、気がついた女性は肩を竦めた。


「まぁ、やっぱり分からないわよね。特にあの格好じゃ、今の私とイメージが合わないだろうし……ちょっと待っててね」


 女性はもう一度ドアの奥に引っ込むと、何か紙袋らしきものをゴソゴソ漁り出す。

 出てきたものは――瓶底眼鏡と、猫耳型カチューシャ。

 完全なジョークグッズ、パーティーグッズの類で、どこのお店でも買えるものだ。困惑している桜をよそに、女性は猫耳を頭の上につけ、眼鏡を架け替える。


「――にゃ〜、ブロッサムにゃん釣れないにゃ、もう4日前に会ったばっかりにゃ……あれ? 4日前って“ばっかり”で正解だったけ? まぁどうでも良いんだけどね」


 ――一瞬誰なのか分からなかった。

 そりゃそうだ、4日前に知り合った実に愉快な女性と、目の前の彼女を初見で一致させる事が出来る人間は、恐らくいないだろう。

 自分だってこうやってわざとらしく教えてもらわなければ、きっと分からなかった筈だ。


「なんで、どうして、」


 声が震える。

 会いたくないと思っていたのに、思い掛けない出会いに、ほんの少しだけ涙が出そうになる。




「――どうしてここにいるんですか、マミさん」




 猫耳ゴスロリ眼鏡の女性。

 侍ガール☆マミが、自分の目の前に現れたのだ。


「にゃ〜――それはとりあえず、車の中で話しちゃおっか」






 真田(さなだ) 雅美(まさみ)

 【ファンタジア・ゲート】にも技術提供を行っている、作られてたった3年で業界のトップに躍り出たAI制作会社【レッドトループ】のCEO。

 それが、侍ガール☆マミの正体だった。

 あんな堂々と変人を気取っていたマミが、まさかそんなに大きな会社のCEOだったなんて、正直驚きだった。


「まぁと言っても、私はネタ出しして会社の舵取りをしているだけ。そりゃあそれなりの資産はあるけど、それでも他の企業に比べればウチは小さいから。

 だから、私の事はゲームの時と同じように、気楽にマミさんって呼んでもらえると嬉しいかな」


 猫耳と瓶底眼鏡を外し、最初に顔を合わせた時の姿に戻っているマミだが、一度そう認識してしまえば、確かにあのマミと同一人物だった。


「はぁ、そうですか……私の事も、好きに呼んでください」


 桜がそう言うと、マミはうんうんと相打ちをしながら「じゃあ、ここでは桜ちゃんって呼ばせて貰うね」と言った。

 ――しかし、


「あの、どうして私の学校の事を、というか、リアルの私の事が分かったんですか?」


 トーマには、何度かリアルの話をしたが、それはあくまで個人を特定されないレベルのものだったし、もし話していたとしても、トーマがそう簡単に話をする筈もない。

 ここに彼女が来れる理由がないのだ。

 そんな桜に頷きながらも、マミは冷静に話し始める。


「そうだね、それは実際その通り。安心して良いけど、トーマは何も知らないし、何も言わなかった。

 ここでの事情を知っていれば大凡理解出来るだろうけど、情報源は君のお兄さん、朝也くんだよ」

「……お兄ちゃんが、」


 電話も何もかも、兄の差し金だったのだ。

 どうしてと口を開こうとすると、それを察してなのか、マミは話を続けた。


「君がトーマにお別れメールをして直ぐだった。私とトーマはイワトビの店で、君の事を心配していたんだ。そこに、君のお兄さんからメールが来た。

 これは偶然だったんだけど、お兄さんと私はゲームの中では知り合いでね。君がずいぶん気落ちしているようだったから、もしかしたらトーマが何かしたんじゃないかってね。

 どうやら彼、トーマくんが自分の知っているトーマだとは気付き辛かったらしい。まぁ、あの子個人はそれほど有名ではなかったからね」


 自然と膝の上のスカートを握りしめる。

 ――バレていた。

 心配されないように、何も気にしないように。そう思い必死で隠していたものがもうすでにバレていたのを知って、恥ずかしさと情けなさで、顔を上げる事が出来なかった。


「……まぁ、ゲームとリアル。両方でお兄さんと会談させて貰ってね。

 もし君が何か悩んでいるのであれば解決してあげたいって話になったのさ……大きなお世話かもしれないが、本当に皆心配しているんだよ――特に、トーマはね」


 動揺する桜をよそに、マミは席に座ったままするりと運転席の方に移動し、仕切りを軽くノックする。 その仕切りは遮光ガラスになっており、向こう側はこちらに見えないようになっているが、ノックを合図に、ゆっくりと運転手側との空間繋がる。


「運転手くん、悪いけど、北嶺大学運動場に向かってくれ」

「……了解」


 その言葉に、眼鏡の少し威圧感がある運転手は頷き、そのまま車は走り出す。

 北嶺大学、確か電車で1時間半ほどの郊外にある大学だった筈だ。ここ周辺で大きな競技場というのは少なく、高校の陸上部などが試合に行っていたのを覚えている。

 なぜ、そんな所に行くのだろう。


「……詳しく説明しよう。君にはこれから、ある人物に会って欲しいんだ」

「ある、人物、ですか?」

「ああ、そうさ。ちょっとスケジュールの関係でね、この車に同乗するのは少し無理だったんだ。

 まぁその方が彼の状態を、よく理解出来るだろうしね」


「――意味が分かりません」


 桜の表情は硬く、拒絶的なものへと変わっていた。

 バレているものはどうしようもない。そこを否定する事はもはや無理だろう。だけどせめて、ここで皆の迷惑になる事だけは、避けたかった。


「皆さんには私の問題なんて、関係ないじゃないですか。

 別にトーマさんと会わなくなったのも、それが原因じゃありません。メッセで書いた通り、トーマさんと私が会いたくなくなった、それだけです」


 嘘だ。

 本当は、また一緒に遊びたい。あのゲームで色々な事を教わって、色んな冒険に行ってみたい。


「本当は一緒にいるの、苦痛だったんですよ。メッセを読んでいるかもしれませんが、あの人結構理不尽なこと言ったり、上から目線で命令したり……ウザいな〜って」


 嘘だ。

 確かに最初はムッとする場面もあったけど、あの人は最初から、桜のことを心配していてくれた。気遣ってくれていたのは知っているし、その上で桜を信じて厳しくしていた。


「それに、私1人の方が気が楽なんですよ。ギルドとかパーティーとか、集団行動が昔から苦手で……ゲームの中でまで、そういう事したくなくて……」


 大嘘だ。

 本当は、1人なんて嫌だ。

 虐められるのも嫌われるのも、皆と離れなければいけないのも、本当はゲームだって続けたい。もっと皆と冒険したり、やりたい事がたくさんある。

 トーマが教えてくれた、ダンジョンにも行ってみたい。

 生産系スキルを取得して、現実では作れないような物を作ってみたい。

 ――皆と一緒に、トーマと一緒に冒険してみたい。

 本当は、本当は、本当は、――、




「嘘が下手だね、桜ちゃん。

 そうやって泣きながら言われても、説得力が全然ないよ」




 いつのまにか、目からは幾筋もの涙が溢れていた。目から、頬から溢れ、スカートに何個もの跡を付けながらも、それでも涙は止まらない。

 必死で止めようとして、涙を何度も何度も袖口で拭っても、それでも涙は溢れて溢れて、止まらない。


「良いかい、桜ちゃん。君の考え方を否定する材料は私にはない。私達は結局は他人なんだし、他人の問題に勝手に首突っ込んだって、良い事は何にもないと思っている。

 ――と、普通だったら考えるんだけどね」


 その言葉で、マミは悲しげな笑みを浮かべる。

 回顧、慚愧、後悔――いくつもの感情がその眼鏡の奥にある碧眼に映り込んでは消えて行く。


「私達は、そうする事が出来ない。そう出来ない理由があるんだよ。

 泣きながらで良い。聞いた後どういう感想を持つのかも君次第だ。だが、できれば最後まで黙って聞いていてくれないかな?




 これはとある仲間達の物語だ。」










次回の投稿は11月10日の20時に行います。

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