18 拒絶、だが……
曇天が支配する校舎裏。
いまにも雨が降りそうなそこで、榊原莉子は通信機器を弄っている。
連絡を取り合っているのは、《銀鎧騎士団》【始まりの街】支部の一部メンバーだ。
100人近いメンバーの半数を味方につけている莉子は、もはやあの支部の姫と言っても過言ではない。自覚的にそう動いたので当然だった。
――このまま、《銀鎧騎士団》のトップになれるかもしれない。
最初は副ギルマスにも任命権がある〈幹部〉、その次はギルマスにのみ任命権が与えられている〈副ギルマス〉に。
総勢5000人の大ギルドの幹部。
それだけで、莉子の将来は約束されている。毎日得られる報酬は莫大だし、何より自分の思い通りに人を動かす事の楽しさは、一種の麻薬にも通ずるものがある。
――そして今日も1人、彼女は人形を手に入れようとしていた。
校舎の陰から、1人の少女が出てくる。
栗毛のショートヘア。同色の二重の瞳で、随分可愛らしい顔をしている。身長は自分より低く、なのにスタイルは自分より良い。
それが気に入らない。
それが目障りだ。
榊原莉子は、香納桜に悪意しか向けない。
「遅い。人待たせて何してんの?」
「ご、ごめんなさい……」
榊原莉子の言葉に、桜は脊髄反射で謝罪する。
もう慣れてしまったこの一連の流れを、桜は崩す事が出来なかった。その怯えきった表情に、莉子は満足そうに頷いた。
「まぁ、良いけど……じゃあ、早速本題ね。
せっかく香納も【ファンタジア・ゲート】やってるんだもん。有効活用しない手はないよね〜」
にこやかな笑みは、桜を安心させるものではない。これからこの玩具でどうやって遊ぼうか、楽しみにしている顔だ。
「う〜ん、でもあんたランク低いし、鈍臭いのよねぇ。まともに私の壁になるような気がしないし……」
実際、ブロッサムというキャラは、莉子が興味を示すほど強いキャラクターではない。
これから鍛えればまだまだ強くなるのだろうが、桜如きにそのような時間を使うという選択肢はないのだ。
どうやって苦しめ、どうやって搾取するか。
それだけしか考えていないのを、桜もよく分かっていた。
「あ、そうだ!」
良いアイデア、とでも言わんばかりに嬉しそうに、莉子は手を叩いた。
「あんた、私に毎週500万M持ってきてよ」
「えっ――」
500万M。
リアルマネーに換算するならば、5万円。
初心者のブロッサムにはあまりにも大金で、1週間に1度とはいえ、とても稼げる金額ではなかった。
「む、無理です――装備やアイテムとかにも、お金が、」
「あはは、相変わらず馬鹿ねぇ――貢がせりゃ良いじゃん」
――男を籠絡し、姫プレイをしながら稼げば良いのだ。
笑顔で言われたその言葉に、桜の頭は追いつかない。彼女は今何を言ったのだろうと困惑する。
「アンタみたいなブサイクでも、ゲームばっかしてるオタクに媚びれば500万Mくらいすぐに稼げるって。
流石にシステム誤魔化すのは難しいし、体使って稼ぐには難しいけど……ま、それもリアルで会って抱かせりゃ良いじゃん」
「そんな、――」
今まで、散々酷い事を言われて、されてきた。
でも、ここまでの事はなかったはずだ。お金だって少額をねだられるくらいで、ここまであからさまなものは――。
「私今スキルランクⅤでさぁ、これから装備やらアイテムやらで、すっごいお金がいるのよぉ。
その資金をアンタが調達しろって言ってんの」
「そ、そんなの、」
「無理? じゃあ良いけどサァ……そう言えば、アンタが一緒にいた男。結構高プレイヤーだったみたいじゃん」
その言葉で、心臓が割れんばかりに脈動する。
「あいつから強請ればホイホイくれんじゃないの?
ああ、でも無理かなぁ。今の情けないアンタを知ったら、きっとアイツも幻滅しちゃうんじゃない?
どんな手で媚びたのか知らないけどさ、あんなゲームばっかやってるオタク釣るなんて、アンタもやるよねぇ」
言葉が耳の中に入って、脳を蹂躙する。
自分は良い。鈍臭いのも、可愛くないのも、事実だから。
――でも、自分の大事な友人を馬鹿にされるのだけは、許せなかった。
「――そ、そんな風に、言わないでください」
弱々しくも、初めての拒絶。
それに一瞬キョトンとする莉子だったが、すぐに馬鹿にするような笑い声をあげる。
「アハハ、へぇ、気に入ってんだ! そうだよね、アンタ友達いないから、構ってくれる人がいると嬉しいよねぇ!!
良いよ、じゃあ、あのプレイヤーには何にもしなくて良いよ」
莉子の言葉に、安堵する。
あの人に何かされるのは、絶対に、
「――その代わり、もうアイツと遊ぶなよ」
――安堵は氷のような冷たい言葉で、すぐさま殺される。
「どう、いう、」
「どういうって、そのまんまの意味だよ」
莉子の笑顔は変わらない。
まるでなんて事のないような表情で――いいや、ようななんてものじゃない。ブロッサムの事情などその程度なのだと分かりきっている、そんな笑顔で話を続ける。
「私に嘘吐いて、逆らった罰ゲーム。
出来るだけきっつい言葉使ってフレンド辞めんの。そうすれば、私だってなんかしろとは言わないって」
――壊れていく。
せっかく培ってきたのに。短い時間だけど必死で努力して、トーマとも仲良く出来るようになったのに、トーマに教えてもらって他にもフレンドが増えたのに。
自分が変われるように――頑張ってきたのに。
莉子のたった一言で、それが壊れようとしている。
「――でも、」
なんとか抗おうと、話そうとした。
お金はちゃんと払うから、それだけはやめてくれと。
なのに、口は動かない。どうしようと頭の中は混乱の言葉で埋め尽くされ、良い言葉は1つも浮かんでこない。
――そうだ、それが自分だった。
もう1人の桜はそう言った。
所詮こんなものだった。変わろうとしても変われない、何にもできない自分が本当の自分。きっと一生このままで、何も変わらない。
榊原莉子に、香納桜は従うしかないのだ。
ゲームでいくら強くなったって、それは変わりようがなかったんだ。
だって、――
「良いじゃん――所詮ゲームなんだから」
榊原莉子の言葉が、まるで絶対の摂理のように、桜の頭の中で木霊する。
本当は1番言いたくなくて、トーマが1番嫌っているであろう言葉が、脳の奥底に浸透し、そこから徐々に思考が麻痺する。
もう自分は、
「うん、そうだね――所詮、ゲームだもんね」
変われない。
『From:ブロッサム
急にメッセすいません。ブロッサムです。初めてなので、ちゃんと送れるかわかりません。もうこれが最初で最後です。
トーマさん。もう私に近付かないでください。
実は《銀鎧騎士団》の中で友人に出会いました。リアルの友達です。もう、トーマさんにお世話になる必要はなくなりました。
正直に言いますけど、私はトーマさんが嫌いです。
いつも偉そうで、セクハラとかしてくるし、押し付けがましくて……迷惑していました。
そもそも、私はあなたとは違うんです。
貴方はきっと今まで、自分の思い通りに、なんの不自由もなく生きて来たのかもしれないけれど、私は違うんです。
そういう風に好き勝手出来るような人に、私はついて行く気はありません。
こちらからフレンドを解除しますので、もう二度と話しかけないでください。街で出会っても、私はあなたと話なんかしません。もう、それくらい貴方が嫌いです。
――――――――――――――――――――――――――――――――ごめんなさい』
――トーマは、2つの秘密がある。
1つは、リアルの事情。これは話す気がなかった。そもそもリアルでの話はゲームの中でも余程親しい間柄か、もしくはリアルで繋がりがないとしないものだし、わざわざ話して憐れまれる趣味はトーマにはない。
2つ目はゲームにも関わる問題だった。これはトーマ1人の問題ではなく、ギルド全体での問題だった。だからギルドに入る前に話そうと思っていたし、ギルマスのマミには了承を得ていた。
――秘密を持っている人間は、他人の秘密にも敏感だ。ブロッサムに何か事情があるのを、トーマは何となくではあるが察していた。
最初から持っていた雰囲気、そして《銀鎧騎士団》の支部から出てきた時の雰囲気。
何か問題が起きたか、あるいは問題が大きくなってしまったのか。
どちらにしろ、面倒な事が起きているのは確かだった。
――ならどうすれば良いのか。
自分に何が出来るのか、何をして良いのか。
一度失敗しているトーマにとって、慎重にならざるを得ない状況だと言っても良いだろう。
「――で、ここに相談に来た、と。
相変わらず適当そうに見えても、トーマにゃんは律儀だにゃ〜」
お猪口に口をつけながら、猫耳自由魔人マミは、ヘラヘラと笑みを浮かべる。
「しょうがないだろう。俺1人でどうにか出来る問題じゃなかった。それだけだ」
トーマもそう言ってお猪口を持ってはいるが、先ほどから一杯も口をつけてはいない。呑気に呑んでいられるほど、心に余裕はないのだ。
「まぁ、道理だね。私だって同じ状況になったら、1人で突っ走るようなことはしないよ。
――しかし困った。これは多分、リアル絡みの問題だよ」
ブロッサムがこのゲームを始めて1週間ほどしか経過していないし、もしゲーム内だけで収まる悩みであれば、熟練者であるトーマに相談しないというのはおかしい。
勿論、そういう性格だと納得してしまえばそれまでだが、それにしたってトーマが気になるほど唐突に変化するのは、よっぽどのことだ。
それを考えればリアルの問題だろう。
しかしそうなると、今度はこちらが手を出すことが出来ない、という事になってしまう。
何せ、自分達はあくまでゲームの中だけでの関係だからだ。
ゲーム内では相当仲が良かったとしても、リアルでは顔すら知らないなんて言うのは、日常茶飯事。ましてや個人的な事情に首を突っ込む事なんて出来ないだろう。
静観するしかない……が、本来の行動だろう。
「それは分かってるんだが、な」
「にゃ〜、私達も色々あったからねぇ〜、見過ごすのは無理があるよねぇ」
「……ああ、」
何か出来る事があるならば、したい。
それがトーマの揺るがさざる気持ちだ。
そんなトーマに、マミも、黙って料理を続けているイワトビも、何も言わない。彼らも、いいや、ここにはいないギルドメンバー全員が同じ気持ちだろう。
助けられるかもしれないのに、目を瞑る事は出来ない。
それが例え、大きなお世話になったとしても、だ。
「まぁ、良いんじゃないかな。手を出す事には、私は賛成。あとでギルメン全員に決を採るけど……多分、皆同じでしょ」
「だろうな……けど問題は、どうやって助けるかだ」
ゲーム内で会うのは……難しいだろう。
アクティブアカウントが10万人、【始まりの街】を活動拠点にしているプレイヤーは、どんなに少なく見積もっても1万人ほど。
フレンド登録という繋がりが消えてしまった今、彼女を探し出すのは難しいだろう。
仮に見つけ出したところで、話そうとする前にログアウトされてしまえばそれまでだ。
しかも周到な事に、ブロッサムはトーマとの繋がりで作ったフレンドを全て切っている。
つまり、誰も彼女の行動を知る人間はいない。
ゲーム内であって話を、というのは難しいだろう。
「かといって、あいつのリアル情報を漁るのは、まぁ、」
「うん、本来なら普通に犯罪だよねぇ」
アカウントの個人を特定する、そんなことをすれば自警団ギルドではなくリアルの警察にお世話になってしまう。
そもそも、【ファンタジア・ゲート】のプロテクトは硬い。ハッキングしようにも、そんな技術を持った人間はいないだろう。
「マミ、お前のリアルの地位を使って、」
「はいアウトー」
トーマの言葉を、マミは手をかざして止める。
「いくら何でもそれは無理。私だってリアルの立場ってもんがあるんだから、そう簡単にはいきません〜、つうかそれでも犯罪です〜」
「……だよなぁ」
トーマ自身だったら、どんな事をしてでも助けるだろう。だが、他人にそれを強要できない。
言っては何だが、マミはこれでもリアルでの地位が高い。それを犠牲にしろ、とまでは言えなかった。
「リアルとゲーム、あいつを繋げる何かがあれば良いんだが……」
「そう都合良くはいかないもんだにゃ〜……おいイワトビ、ここでこそ貴様の忍者スキルを、」
「都合のいい時だけそういうのやめてください、だいたい俺、リアルじゃそこら辺にいる中坊ですよ、どうしろってんですか」
3人が膝を突き合わせても、上手い考えは出てこない。
「――ん?」
3人で眉をひそめながらウンウン悩んでいると、不意にマミが顔を上げる。こちらからは何事かと思うが、恐らく彼女宛にメッセでも届いたのだろう。
「誰だい誰だいこんな時に……」
面倒臭そうにウィンドウを操作し、メッセを読み始める。
最初は面倒臭そうだったマミの視線は、徐々に驚愕のものへと変わっていき――今度は、嫌な笑みに変わっていく。
「「……ゲ〜」」
思わずイワトビと同時に、嫌な声を上げる。
「なんだいなんだい君達、レディーの笑顔に向かって随分酷い声じゃないか。
もっと可愛いとか言ってくれても良いんだよ」
「いやだって……なぁ」
「ですよねぇ……」
マミがそのような笑みを浮かべる時は――ろくな事を考えていない。
それをよく理解している2人にとっては、その笑みは悪夢の前触れ……というより悪魔そのもの。
「酷いなぁ。今回の問題にも大いに関係があるメッセが来たんだぞ?
これを使えば、もしかしたら何か出来るかもしれない」
そう言いながら、マミはウィンドウを反転し、こちらにも見えるようにした。
メッセの送り主と、その内容に、トーマは目を見開く。
――これが真実だったなら、
「――これは、一波乱起こせるかもしれない」
次回の投稿は11月10日の0時に行います。
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