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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
18/94

17 悪意は追ってくる






 ――その後の展開を説明しよう。

 ブロッサムは結局完勝とはいかなかった。当然だ、いくら頑張った所で相手は自分よりもこのゲームに慣れている。それならば勝てないのは当然の事で、あのままいけばきっと死んでいただろう。

 ……まぁ、結局しにはしなかったわけだが。

 タイミング良く助け出してくれたトーマのおかげだ。

 トーマの戦いは、凄いの一言に尽きる。自分がギリギリで戦っていた相手の攻撃を気軽に避け、手加減して戦い、そして見事捕縛した。

 華麗。

 その言葉がぴったりな、鈍重な自分の戦いとは違う軽やかな戦いだった。槍一本でここまで戦えるものなのかと、戦慄を覚えたものだ。

 そしてブロッサムのHPを回復し、PK集団を拘束しながらやってきたのは《銀鎧騎士団(シルバーナイツ)》【始まりの街】支部だった。

 彼の談によれば、


『別に義務でもないんだが、初心者向けフィールドにあんなアホ共が溜まってたのはどうも看過出来ん。

かといって俺らに出来る事は少ない……人数が多い自警団ギルドに任せちまうのが、1番簡単なのさ』


 という事だった。

 その殆どをプレイヤーの裁量に委ねるゲームだからこそだろう。

 状況などを職員に何度も説明し、終いにはトーマと離されて自分だけ取調室に取り残されているのは、あまり良い状況とは言えないが。


「――――――」


 ブロッサムは居心地の悪そうに、周囲の状況を観察する。

 《銀鎧騎士団》の取調室は、想像以上に簡素なものだった。

 一面白塗りの壁に、木で作られたであろう机が1つ、合わせて作られたのであろう椅子が二脚置いてあるだけで、あとは何もない。

 本当に話を聞くだけの部屋という感じで、唯一それっぽいのは、窓に鉄格子が嵌められている事のみ。

逆にその簡素さが、ブロッサムの居心地の悪さを助長する。


「――ハァ」


 誰にも聞かれないと分かっているからか、ブロッサムはあからさまな溜息を溢す。

 ここに不満があるわけでも、話をするのが嫌な訳でもない。

 ――迷惑かけちゃった。

 心の中にあるのは、トーマに迷惑をかけてしまったという罪悪感のみだった。

 別にブロッサムがわざとPKに遭ったわけではないし、非があるのはあちらの方と。むしろブロッサムは初心者ながら自分より格上と戦ったのだから、褒められても良い。実際トーマには良くやったと言われ、 逆に1人にした事を謝罪された。

 しかしそれとこれとは話が違う。

 周囲を気にし過ぎるブロッサムは、そういう面では自意識過剰と言えるだろう。トーマには散々迷惑をかけたのに、またかけてしまった。そのような申し訳なさで、ブロッサムの胸中は穏やかではない。


「――もっと強くならなきゃ」


 ただ、違いがあるとすれば、次の一歩の出し方だろう。

 今度は負けない。今度は1人で対処出来るようにしたい。あんな人達に負けないようになりたい。どこか前向きになりつつあるブロッサムの視線は、もはや目の前のことではなくもう一歩先に写っていた。

 ――ガチャ。

 そうして今後の自分に思いを馳せていると、ノックも何も無しに扉が開いた。

 銀色の鎧をつけた1組の男女。おそらく、《銀鎧騎士団》のギルメンが、入ってきたのだ。

 名前は表示されていない。《銀鎧騎士団》ギルドホームでは、そういう設定がされているのだろう。トーマに事前に聞いていなければ、不自然に思ったかもしれない。


「お待たせして申し訳ありません。少々こちらでも事実確認が遅れてしまいまして」

「あ、いえ、別に……大丈夫です」


 どこか形式的な謝罪の言葉に、ブロッサムは困惑しながら頭を下げる。

 それと見て納得したのか、男は机の横に、女はブロッサムの丁度対面に置いてある椅子に座る。

 なぜ男の方ではないのだろう。

 挨拶されたのでてっきり彼の方が座ると思っていたブロッサムは少々疑問を抱いたが、自分が言うような立場ではないのは分かっていたので、なんとなく口を噤んだ。


「さて、何度も失礼なんですが、もう一度PKに襲われた時の状況をお話し願えませんか? こちらも、事実確認が重要なので」

「はぁ、分かりました」


 男にそう言われると、ブロッサムは冷静に、PKに襲われた時の状況を説明する。


 【ロックロックの丘】でスキル上げをしていた時に、襲われた事。

 襲ってきたのは、盾剣使い、槍使い、大剣使い、クロスボウ使いの4人である事。

 もう少しでHPを全損するという時に、何とか不意を突いて盾剣使いを倒した事。

 その後3人相手に戦い続けたがギリギリの状態で、何とか友人であるトーマに助けてもらった事。

 そしてここに報告に来た事。


 多少の私見は混じったものの、出来るだけ詳細に、出来るだけ中立的に話をしたつもりだった。

 話している間中、男は小さく頷きながらウィンドウでその話を書き込んでいる様子だったが、対面に座っている女は終始無言だった。

 聞いているのかどうかすら怪しい。ヘルムを被って俯いている所為で表情も見えないのが、どこか不安を感じさせた。


「――なるほど、取り調べしたPK達の話と、概ね一致しているようですね」


 書いていたものを確認しながら男が頷いたのを見て、ブロッサムは聞こえないように、小さく安堵の溜息を吐いた。

 警察などの正式な集団ではないにしても、やはりこのような場は緊張するものなのだろう。

 そんな風に思いながら、これで話は終わりかな、と思っていたその時。


「――でもちょっと変ですよねぇ」


 終始無言を貫いていた対面の女が、唐突に話し始めた。


「そもそも、【ロックロックの丘】でPKが出たのってここ最近じゃ聞かなかったし、えっと、ブロッサム? さん? が1人になっている所を襲われるって、随分都合が良いですよねぇ」


 敬語ではあるものの、まるでこちらを馬鹿にするような言葉遣いに、ブロッサムは思わず表情を偽われず、ポカンとする。


「えっと、それはどういう……」


 我が意を得たりとでも思ったのか、女は調子に乗って話し始める。


「いえねぇ、たまにいるんですよぉ。仲間と結託して『PKに遭いました』って嘘ついて、支援金貰おうって悪い人がねぇ」


 ――支援金。

 自警団ギルドは、相手に処罰を与える事が出来ない。彼等はあくまで自警団であって、警察などの公的機関ではないし、システム側の人間ではない。

 ならどうするかと言えば、支援金、ゲーム内通貨でカタをつける場合が多い。

 PKをした側からの支払いに、さらにギルドから被害見舞い金という形で払われるのだ。

 ――金目的の演技だと思っている。

 女は包み隠さず、そのような事をブロッサムに言ったのだ。


「そんなっ、私は嘘なんか言っていません!」


 あまりに失礼な物言いに憤慨するが、女の態度は変わらない。


「だってそもそもおかしいじゃないですか。あのPKパーティー、最低でもランクⅤのスキル持ってたんですよ?

 それなのに最高ランクⅢのスキルしか持っていない初心者さんが戦えて、ましてや1人倒しちゃうなんて、あり得ない話じゃないですか、ねぇ?」


 女は同僚の男に同意を求めると、彼も「ええ、まぁ、たしかに、」と非常に曖昧に頷く。それを見ると、ブロッサムの怒りにはさらに熱量が加わって来た。

 あんな死にそうな思いをして頑張ったのに、それを否定されれば、誰でもそうなるだろう。


「でも、全部事実ですし」

「そうかなぁ、まぁそれが事実だったとしても、あんな所でPKって、なんかしたんじゃないですかぁ?

 ほら、PKにも色々あるでしょ? 本当はあの4人に貢がせてて、ポイしちゃったとか?」

「なっ――」


 ヤラセの次は、まるでこちらが悪いような言い回し。


「そんな、そんな事していません!!」

「どうかなぁ、怪しいもんねぇ」


 ブロッサムの感情の乗った言葉にも、女は動揺せずにヘラヘラと話し続ける。別に敬意を払って欲しい なんて偉そうな事を言う気はないが、彼等にはどうあってもブロッサムの話を信用する気がないらしい。


「――気分が悪いです。私もう帰っても良いですか?」


 自警団ギルドへの協力は任意だから、嫌だったら断れ。

 そうトーマに言われた言葉に従って言ったのだが、それが女は気に入らなかったらしい。隠れていない口元に、機嫌が悪そうな色が浮かぶ。


「ハァ? 私達《銀鎧騎士団》への協力断って、貴女普通にプレー出来ると思ってるの? ゲーム人生終わりよ、終わり。プレイヤーメイドの店も何もかも使わせなくしてやる」

「………………」


 そんな事出来るはずもない。完全な脅し。

 だが総勢5000人のギルドの人間からそう言われて、断言出来る自身はブロッサムにはなかった。

 しばらく黙ると、女はあからさまに舌打ちすると、今度は男に視線を向ける。


「ねぇあんた、ちょっと席外しなさいよ」

「は? しかし、ギルマスからは事情聴取は2人組でと厳命されて、」

「あたしが、こいつの取り調べするって言ってんの。どうせあたしとアンタしかいないんだから、それで良いじゃない」

「でも、」

「うっさい、良いからどっかで時間潰して来なさいよ、使えないわね」


 暫くそうして押し問答が続くが、女は強固に自分の姿勢を崩さない。数回目で折れたのは、男の方だった。

 少し席を外します。

 それだけ言うと、男はそのまま部屋を出てしまった。

 ――気まずい沈黙が流れる。そもそも、何で自分はここにいるんだっけと、ブロッサムの頭の中には嫌な考えがチラチラと浮かび始めていた。


「……もう、知っている事は全部話したはずで」


 ようやくそれだけを言うと、女はそれを鼻で笑い飛ばす。


「随分偉そうじゃん。《銀鎧騎士団》にそういう態度とって良いと思ってんの?」

「そんなつもりはないです……ただ、私は嘘を言っていないし、何も悪いことをしているわけじゃないから」

「してんじゃん。私に対して態度が悪い」

「――なんで私がそんな事を気にしなきゃいけないんですか?」


 言葉が攻撃的になってく。

 あまりに理不尽だ。そう思った所為で。




「なにそれ――香納(・・)のくせに生意気なんだけど」




 ――自分の本来の名前を呼ばれ、ブロッサムの肩が震える。


「なん、」


 なんでそれを、と言いたかったはずなのに、動揺で舌が縺れる。

 そんな姿を見て女は笑い、――そのヘルムを取り去った。

 銀髪の髪の毛と、黄色の瞳。男ウケをするであろう可愛らしい顔は、今は嗜虐の喜びに歪んでいる。

 ――リコリッタ。

 本名を――榊原莉子。


「これ、結構良いでしょ? 顔隠すには丁度良いんだ、防具じゃなくて普通の服扱いなんだけどね。

おまけにここじゃ、名前も隠せるから一石二鳥なの」


 適当にヘルムを机の上に投げやって話を続けているが、ブロッサムの耳には入ってこない。

 バレた。

 自分の正体がバレた。

 ただその恐怖だけが頭の中に渦巻き、ゲームな筈なのに冷や汗が湧き上がってくるような気がした。


「どう、」


「どうして分かったのかって? あんた本当に鈍いねぇ。

 依頼掲示板(クエストボード)で見かけた時に、なんか知ってる顔だなぁって思ってたんだよねぇ。でもここに来るまで全然気付かなかった。でも顔の雰囲気とか話し方で、なんとなく?

 ああ、心配しなくて良いよ。私くらいにしか分からないし、実際最初は分からなかったもの」


 ヘルムに納めていて嫌な気分だったのだろうか、髪の毛を撫でつけながらしたり顔で話し続ける。


「――で? さっきのアンタの態度はなんなの?

 現実(リアル)じゃ私に逆らえないブサイクのくせに、私に調子乗ってなんて言ったのかしら?」

「それ、は、」


 返事をしようとしても、出来なかった。恐怖で舌は回らず、ブロッサムだったはずの思考回路は現実の桜のものに成り代わっていた。

 敵を倒し、前に進める力強いブロッサムではなく。

 媚び笑いを浮かべて、何も出来ない香納桜に。


「まぁ、隠してたのは私だけどさぁ……でも、なんか言う事ないかなぁ?」


 ――その言葉に、自然と表情も仕草も変わる。

 いつもの媚び笑い。

 いつもの姿勢。




「……ご、ごめんなさい」




「うんうん、流石香納、鈍臭いながらも流れをよく分かってるじゃん」


 思い通りになった事で機嫌が良くなったのか、リコリッタ――いいや、榊原莉子の表情は明るい。


「まぁ、リアルの話はゲームじゃ禁句だから、今はここまでにしてあげる……明日のお昼休み、校舎裏に来なさいよ。

 大事な話があるから――ブッチしたら、どうなるか分かってるでしょうね?」

「――は、い」


 逆らえなかった。

 逆らったら、何をされるのか、分からなかったから。




 《銀鎧騎士団》のギルドホームを出ると、既にゲーム内でも日が暮れ始めていた。

 ブロッサムは視線を下にして、トボトボとそこから足を動かす。

 ――『取り敢えずお金は貰っておくから』と、支援金などのお金は一切受け取れなかった。そうしなければ、あとが怖いから。

 いや、もう後などないのだ。

 ブロッサムが香納桜だと、彼女にバレた時点で。


「――おい、ブロッサム」


 唐突にかけられた声に、ピクリと体が振り向くのを躊躇する。

 しかし振り向かない訳にもいかず顔をあげて声のする方に向けると、先程まで道に座っていたトーマが駆け寄った。


「あの、どうして、」


「あ? 別に変じゃねぇだろ。お前が出るの待ってたんだよ。

 今日はPKやら《銀鎧騎士団》の取り調べやらで疲れてるだろうなぁって思ってな。これから用事がないなら、労おうと思ったんだよ。

 今日は役に立たなかったが、これでもお前の先生で先輩なんだからな」


 ブロッサムの言葉に、トーマは戯けたように話し始める。

 ――思わず、口が開く。

 実はこういう事があったんです、助けてください。

 ただただ、目の前の彼に助けを求めたくて。

 でも、口は動かない。迷惑をかけるし、そもそも助けてくれる可能性なんてあるのだろうか。


 ――だって、たかがゲームじゃないか。


 現実での私を助けてくれるわけが、ないじゃないか。

 黒い泥に塗れたような香納桜(じぶん)がそう言う。




「――すいません、今日はちょっとこの後、用事があって」




 嘘を吐いた。

 目の前にいる人にだけは、弱い自分を見せたくなかったから。




「? お、おお、そっか。んじゃ、また明日な」




 明日。

 そんなものが訪れるのかどうかも分からず、




「ええ――また明日」




 桜は、ブロッサムは、笑顔の嘘で塗り潰す。







次回の投稿は11月9日の20時に行います。

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