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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
17/94

16 いやだ






 ――装填されたショートアローが、ブロッサムの胸を串刺しにせんと飛翔する。

 時間に換算すれば、1秒にも満たない、人間が反応する事が出来ない速度だった。ほんの一瞬瞬きをすれば、きっと何も出来ない。

 仮に目を見開いて冷静に判断していた所で、普通の人間ならば身を竦ませ当たらないようにするか、咄嗟に脇に除ける所だろう。

 だがブロッサムの取った選択肢は、《パリィ》だった。

 キンッという鋭くも短い金属音とともに、ショートアローは簡単に弾かれてしまう。それほど大きくもない矢であれば、ランクの低いブロッサムの《パリィ》でも完全に威力を殺す事が出来た。


「んだよマイン外したぞ!」

「ギャハハ、初心者相手に雑っ魚!」

「う、うっせぇ! 黙ってろ!」


 仲間に煽られたせいだろう。マインと呼ばれたクロスボウ使いは慌てて矢の再装填を行なっている。

 ――どうすれば。

 思考は迷走する。

 逃げる? いや、重装備の自分の速度では、きっと逃げ切る前に矢を射られてしまう。

 ならばこのまま戦う? 自分より明らかに強そうな4人を相手に? ゲームとは言え人を殺せるかも分からない自分が?

 ……とにかく、トーマに連絡しなければ。そう思ってウィンドウを操作しようとした手は、


「――させねぇよ」


 盾剣使いの振るった剣で簡単に弾かれる。


「キャッ!?」


 ガンッという重苦しい衝撃で、右手がジンジンと痺れ、硬直する。HPは自然と減り、数割が削られる。

 どれだけで、相手が自分より格上だと証明されたと同然だろう。


「チッ、切り落として〈部位欠損〉のBS出そうと思ったのに、嫌に硬ぇ。余計な真似せず的になれやテメェ」


 その言葉と共に、男は盾でこちらを吹き飛ばす。

 ――ブロッサムは知らなかったが、その技名は《シールドバッシュ》。《盾術》のスキルから生み出される数少ない攻撃系アーツであり、【破砕】属性のそれは相手を数秒ではあるものの〈硬直(スタン)〉させる。

 たった数秒。だがその数秒で、クロスボウ使いの放った矢は、ブロッサムの右太腿を貫通する。


「イッッ――!!」


 鋭い痛みが太腿から脳に届き、悲鳴を上げる。

 痛みは現実の10分の1。それでもブロッサムに恐怖と動揺を与えるには十分な威力だった。


「ハッ、やりぃ! これで逃げらんねぇぞ初心者女!」


 そう言われて、視線は右上に移動する。

 両足に大きな×印が描かれているそのBSは、つい一昨日トーマに教わった〈移動障害〉のアイコンだった。

 〈部位欠損〉で足を失った場合のものとは比べるまでもないが、相手の移動を阻害する効果を持っているBS。鈍足な自分がさらに足を鈍らされた。おまけに〈出血〉のBSまで重なり、HPは数秒に1ドット減っていく。

 それを承知しているのだろう。盾剣使いはニヤニヤと笑みを深め、傷ついた足を抱えて蹲っているブロッサムの前にしゃがむ。


「随分痛がるんだな、まさぁ攻撃受けんの初めてってか? そんなお綺麗な装備着けおいてそりゃあねえだろう? もしかして誰かに貢いで貰ったのか?」


 男の言葉は、悪意に満ちているどころではない。悪意しかなかった。

 相手を殺してやるという殺意ならば、ブロッサムも理解出来たのかもしれない。しかし彼らの感情はそんな生易しいものではない。

 単なる破壊衝動。

 ものを壊したい(・・・・・・・)というただそれだけの感情。

 そもそも、ブロッサムを人間だとは思っていない。ただのアバター、ただの物だ。本当に殺すわけではないとたかを括っている。

 だがブロッサムには、それは恐怖に繋がって当然のものだった。

 悪意なら沢山向けられてきた筈なのに、現実のものとすら比較にならないそれに、カチカチと歯が鳴り始める。

 震えているのだ。


「――ど、」

「ああ?」


 ブロッサムがようやく吐いた一音に、盾剣使いは眉を顰める。


「――どう、して、」


 どうしてこんな事をしているのか。

 何故こんな酷い事をして笑っていられるのか。

 自分に何か恨まれるような理由があるのか。

 そのような様々な感情を込めた「どうして」を、男は鼻で笑う。


「どうしてって……逆にどうしてダメなんだ?」

「えっ――」


 質問は質問で返された。

 男は軽薄な笑みを変える事なく話し続ける。


「ほら、考えてみろよ。

 プレイヤーは死なない。だってここにあるのはお前の体じゃなくて、たんなるアバター。HPが0になったらそのまま【始まりの街】に戻されるだけだ。

 そりゃあ多少の熟練値と所持金、それにアイテムは無くなる。俺らが貰うからな。でも、それだけ(・・・・)だろう? 少々絵としちゃリアルだし、怖いのはまぁ分かるが、それだけだ」


 そう言って、男はブロッサムの顔を覗き込んで、

 笑う、嗤う、破顔う。

 ただただ、プレイヤーを殺す事が楽しいというのを、顔一杯に表現する。それは一種の狂人の笑みに近いものがあった。


「――楽しいんだよ!

 怖がってビビって、大事に集めた熟練値や金、アイテムを奪われて、時々フィールドにすら出られないくらいトラウマ作って。人によってはゲームを引退する!

 気分が良いんだよ。それをダメだとか、どうしてとか、その程度でやめなきゃいけないのはどうしてだ!?

 システムで認められてる、偽物の人殺しの何が悪いってんだ、ああ!?」


「ぐッ!」


 激情を抑えきれなかったのだろう、男はブロッサムの傷を蹴り上げる。

 システム的なダメージはない。このゲームは各スキル(この場合は《格闘術》)を取得していないとダメージとして認定されないのだ。

 しかし痛みはある。そこだけ熱で炙られるようにジワジワとした痛みが傷口を中心に、太もも全体に広がっていく。


「普通のプレイヤーだってモンスターやエネミーを殺すじゃねぇか、データ殺してんのは同じだろうが、なんで俺らだけ悪いんだよ、ああ、何とか言ってみろクソガキ!!」


 2度、3度、4度――男の足は何度も傷口を踏み躙り、その度に痛みはやってくる。

 怖い。怖い。怖い。誰か助けて。

 そう思っても、痛みを耐える事に必死な口は開こうともしない。


「フゥ――やっぱアバターとはいえ、女痛ぶんのは気分良いなぁ」

「ハハァ、ジンちゃん鬼畜ぅ」

「マジで趣味悪いわぁ」


 周囲に屯する男性も、何も咎めるような事は言わない。

 ただ嗤う。

 玩具を扱っている盾剣使いを嗤うように。

 彼女達と同じ(・・・・・・)。自分を同じ人間とは見ていない目立った。

 黄色い警戒色に染まっていた目の前が、赤に変化する。HPが1割を切ったのだ。体の奥底から、熱のようなものを感じる。きっとスキルが発動したのだ。

 ブロッサムが初めて自分の力で手に入れたスキル――《極地の猛攻》が。

 ――戦え。

 スキルが言葉を、意思を発する事はないはずなのに、そう言われたような気がする。

 ――立って戦え。

 自分の心を叱咤しているように感じる。

 ――諦めたくない。

 心の中の自分が叫ぶ。

 ――こんな人達に、諦めたくない。

 心の中が、怒号を放つ。




 ――こんな人達の為に、死にたくない!!




 傷付いているはずの手の痛みはまるで気にならず、戦鎚〈ぶち抜き丸〉は自然と動いた。もはやそこに相手への恐怖も、人を傷つける不安もない。

 ただ死にたくない。

 傷つけられたくない。

 諦めたくなんかない。

 自分の事だけを見つめた、自分の為だけの感情が、ブロッサムの手を、腕を、体を、攻撃へと駆り立てる。


「――は、」


 盾剣使いは、反応出来ない。

 自分より格下、自分達が殺すだけの存在として認識していたブロッサムが、攻撃してくる事が信じられなかったのだ。

 だから防御出来ない。

 その戦鎚の先は、先程ブロッサムに倒された〈ロックタートル〉と同じように、極彩色のエフェクトを纏って、盾剣使いの胸に重鈍な衝撃を与える。


「ガッ――」


 ひきつけを起こしたように止まった男の息と同時に、男のHPは見る見る下がる。盾や防具で守れていたならば、そこまでの勢いにはならなかったはずだ。

 硬い皮膚や鎧を突き抜ける性質を持つ【破砕】属性を持ち、攻撃力の高い戦鎚。ただでさえ高い攻撃力を、クリティカルが1.5倍に増大させる。

 盾で防がれず、おまけに防具もそれほど重装備ではない。

 それらの要素が1つでも欠けていれば大ダメージには至らない、奇跡に近いもの。

 だが奇跡を引き当てるのも、才能の1つだ。

 盾剣使いのHPは、そのまま半分以下、全快状態の実に3分の2を削り取っていた。

 ――そこでブロッサムは止まらなかった。


「ッ、ガアァァアァアァア!!」


 今まで発した事のない咆哮の声を上げながら、〈ぶち抜き丸〉を振り上げる。


「――《スタンプッシュ》!!」


 戦鎚を使ったアーツの中でも最も単純なアーツ。

 そこに全ての力が篭る。《剛力》や《極地の猛攻》のステータス上昇スキルの力や、システムアシストによる加速。

 そしてなにより、ブロッサムの感情の全てが、その戦鎚の先に乗り、空気どころか、その音すら置き去りにして振り下ろされる。


「ちょっ、まっ――」


 男の制止の言葉は届かず、その戦鎚は盾剣使いの頭蓋を吹き飛ばす。

 設定によってブロックされているので、残酷な描写にはならない。だがその感触、人の頭蓋を殴り砕く感触だけは、ブロッサムの手の中に残った。

 目の前の彼が消えた瞬間、ウィンドウがポップし、彼の所持金の一部と、アイテム選択画面が表示された。

 数分経ってしまえばアイテム奪取権は失われる。もっともブロッサムには、そんな物を惜しむ気持ちすら残っていなかった。


「――テメェ!!」


 ようやく動揺から回復したのだろう、クロスボウ使いのショートアローが飛来する。

 先程受けたものと違い、あまりにも遅い。上昇したステータスは、ブロッサムの感覚にすら影響を与えているのだ。

 〈ぶちぬき丸〉をほんの少しだけ傾け、完全な形でパリィする。


「動くな初心者が!!」


 槍使いが、その穂先をこちらに差し出す。

 パリィ。


「これならどうだ!」


 大剣使いの、鉄板にも似た剣がブロッサムに影を落とす。

 パリィ――これは上手くいかず、HPが微量に減った。しかし、戦えない事はない。


 矢が飛んでくる。

 パリィ。


 槍が振るわれる。

 パリィ、反撃。


 大剣が振りかざされる。

 ギリギリ回避、脇腹を痛打。


 第三者が見ていたならば、まるで一種の演舞に似ている、と思っただろう。

 戦鎚という重量系武器と、重い金属鎧。瞬間的に上昇するステータスと、それすら忘れて無意識で動かされている彼女の体は、風に吹かれる木の葉だ。

 苛烈な戦闘の中でクリティカルを出せるほどではないが、しかし徐々に、徐々に、敵方のHPは減っていく。




 ――本当に初心者なのか?




 数メートル離れた場所から矢を放ち続けるクロスボウ使いは、必死に動かす頭の奥でそう考えた。

たしかに、このゲームは特殊だ。

 高ランクを揃え、高額の武器を揃え、徒党を組んでしまえば、上位の敵でも倒す事が出来るが、それだけで成立するだけのゲームではない。

 プレイヤースキルやセンス、VR特有のリアルチートなど、その壁を超えてしまえる要因はいくつもある。

 スキルが上がりきっていないプレイヤーが、そのリアルチートとセンスを駆使し上位エネミーを倒した話もあるくらいだ。データが全てではない。

 ――でもあり得るか?

 彼女の立ち居振る舞いを見ていたが、明らかに新人の動きだった。実際ほんの数分前まで、彼女は自分達に喰われるだけの初心者そのものだったはずだ。

 初めて同じプレイヤーに襲われる事に恐怖し、逆に反撃する事にも躊躇するような甘ちゃんだったはずだ。しけた金にしかならないが、娯楽としては十分。さっきまでそう仲間と話していたはずだった。


 それなのに、当たらない。


 それなのに、倒せない。


 それなのに、削られる。


「なんで、なんでなんでなんで!」


 あの初心者が、自分達よりも強いというのか。

 スキルやアーツ、隠しステータスすらもまるで関係なく、自分達よりもプレイヤーとして強いというのか。多くの時間をかけ、スキルとアーツ、装備を揃えた自分達よりも。

 そんなのありえな――、


「――なんでもクソもねぇよ。お前らが弱かっただけだ」


 今まで聞いた事もない男の声と同時に、クロスボウ使いの胸に鋭い痛みが走る。


「――え、」


 何が起こったか分からない。ゆっくりと視線を下に向けてみると、想像も付かない絵がそこには写っていた。

 あり得ない。いくらファンタジーだって、いくらゲームだからってこれはない。

 なんで、|自分の胸から槍が生えているんだ《・・・・・・・・・・・・・・・》?


「……アーツ〈峰打ち〉。峰打ちって言ってはいるが、こいつは上位プレイヤーになれば誰もが取得出来る簡易アーツだ。

 効果は単純明快。どんな攻撃もHPを1ドットだけ残すってやつ。

 何に使うのか分からないだろうが、PKを捕まえるのには丁度いい。だって死んだら街に戻って逃げられちゃうしな」


 後ろから男の声が聞こえる。

 さっきは気付かなかったが、何でこいつちょと楽しそうなんだ? あまりにも現実味がないその状況に、クロスボウ使いの頭にはそんな削ぐわない疑問が浮かぶ。


「ついでにこれ」


 ガチャリ、とクロスボウ使いの両手に金属音と、冷たい鉄の感触が触れる。


「PK用のプレイヤーメイドアイテム。強制装備品扱いで、効果は『着用者のスキル・アーツ・アイテム出入を禁止する』。面白いだろう?

 なんでも自警団ギルドが肝いりで作ったらしい。結構効くんだぜ、――精神的に」


 槍が抜かれると、HPが減った事による倦怠感と精神的脱力で、クロスボウ使いはその場に崩れ落ちた。

 まだ仲間は戦っているのに、もう一歩も動けない。

 スキルやアーツ、アイテムを封じられただけではない――怖いのだ。

 今後ろに立っている男から降る殺気が恐ろしいのだ。

 ゲームなはずなのに――ただの遊びなはずなのに。


「――やっぱ、才能あったなぁ」


 そんなクロスボウ使いの恐怖など気付かない男――トーマは心底楽しそうに笑みを浮かべていた。

 未熟なスキルを最大限戦うその姿。

 ギリギリの所で相手の攻撃の隙をつける観察眼。

 自分より格上の存在に対して、一歩も退かない胆力。

 トッププレイヤーになる為の条件は全て揃っていると言えるだろう。

 だからこそ……自分達の内側に引っ張り込んで良いのだろうか。

 仲間を殺してしまった(・・・・・・・・・・)自分達の内に……。


「おっと、んな事より助けなきゃな」


 血が付いている短槍を一振りして汚いそれを払いのけ、ゆっくりとした足取りで近く。

 いくら才能があったとしても、あの状況は絶望的だ。今は良いが、あと5分も戦えばもっと絶望的な状況に追い込まれる。

 死ぬという経験は決して悪い事ではない。むしろゲーム内で一度デットしてみるというのは、これから戦っていくならば必須だと言えるだろう。

 だが、今ではない。

 こんな状況で死んでしまったら、彼女はきっと落ち込みまくるだろう。それは看過するわけにはいかなかった。






次回の投稿は11月9日の0時に行います。

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