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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
16/94

15 不運は度重なる






 ――翌日。

 結局あのあと眠りは浅く、学校で榊原莉子に虐められても、普通の反応すら返すことが出来なかった。

 彼女たちはつまらない、で済ませてそのまま帰ったが、正直今の桜にはそこは重要ではない。


 ――仲間になる。


 マミにされた提案をずっと考えていたのだ。

 結果は、答えは出ないという、本末転倒なもの。

 正直、楽しそうだ。しかし今の自分が入って、彼らの輪の中で打ち解けるのか不安だった。

 しかし断ることもまた難しい。何故なら本心では入りたいと思っているし、ここまで言ってくれたのに断る事は出来ない。

 どちらが良いのか、どちらが正しいのか。

 そればかり考えているせいで、正直食べ物の味はしないし、まるで目の前にあるものが窓ガラス1枚隔てた遠い物のように感じる。

 しかも自分がどうして、もしかしたら揶揄われてる? もしかしたら別の意味だった? と少々別の方に考えがそれ始める。

 だから、ゲーム機を起動し、いつも通り【始まりの街】にログインした時も、非常に気持ちが落ち込み、トーマとどうやって話せば良いだろうなどと不安に襲われていた。

 ……のだが、それも杞憂に終わったしまった。


『すまない、ちょっと集合時間に間に合いそうにもない。あとで合流するから、さきに【ロックロックの丘】に行っててくれ』


 トーマから送られてきたメッセにはそう記されていた。

 結局それが気まずいのが先送りになったものの、今は考えずにスキル上げが出来ると思えば多少気が楽になる。

 それに、今まではトーマに付き合ってもらっていたが、今日は最初の流れは1人で行う事になるのだ。

 初めての体験は、何よりもドキドキする。下降気味だった気持ちも、ほんの少し上向きになっていた。


「――まずは、」


 城を背にして右に曲がってすぐ――依頼掲示板クエストボードへと足を運んだ。




 この世界には、よくファンタジー物で登場する冒険者ギルドのようなものは、厳密には存在しない。クエストを発行してくれたり、モンスターのドロップ素材を買ってくれる便利な組織はないのだ。


 その代わり存在するのが、依頼掲示板である。


 縦3メートル、横は10メートルほどある大きな掲示板が3つ並べられた広場のような場所では、NPCやプレイヤー関わらず様々な人々が集まっていた。

 掲示板の種類は3つ、『開拓者用掲示板』『住人用掲示板』『情報・人員募集掲示板』だ。

 開拓者用掲示板は、プレイヤー自身がクエストを発行している掲示板だ。戦闘能力に乏しい生産職プレイヤーなどが欲しい素材を依頼している場合が多い。

 住人用掲示板には、NPCが依頼しているクエストが多い。初心者はしばらく、この掲示板に貼ってあるクエストをやる方が揉め事を起こしづらいと教わった。

 情報・人員募集掲示板は、クエストの情報交換や、パーティーメンバーを募る為の掲示板だ。匿名掲示板などが存在せず、ネットを見れないこのゲームの中では、その代わりとして扱われる場合が多い。

 戦闘職としてやって行くのであれば、1日1回はここに来る。そういう習慣を、多くのプレイヤーが持っている。ブロッサムの5万Mもここで稼いだと言っても良いだろう。

 ちなみに生産職系のクエストも発布されている場合があるので、店を持っていない職人もまた、ここに来る場合が多いとか。


「さて、今日はありますかねぇ……」


 犇めく人混みをかき分け、その小さな体を時々生かして進みながらボードをチェックする。本来ならこんな巨大なボードを全てチェックは出来ないが。手を出せば目の前に一覧が表示されるので、大した苦にはならない。

 必要なクエストは、【ロックロックの丘】で倒せるモンスターの討伐クエストか、ドロップする素材を必要としているプレイヤーのクエストだ。

 スキル上げをしながら、金を稼ぐ。

 それが出来るからこそ、ゲームの中とは上手く出来ているなと思う。ゲーム慣れしてしまっている人間には普通の事なのかもしれないが。


「うん……これかな」


 一覧の中に載っていた『小石を集めてくれ』というクエストをタップし、受注する。クエスト発布者は建築スキルを持っているプレイヤー。

 何でもセメントを作るのに必要なのだとか……ファンタジーにセメントはアリなんだろうかと一瞬思ったが、古代エジプトでも古代ローマでもあったんだから、アリなんだろう。

 自分を納得させながら画面を閉じ、早速【ロックロックの丘】に、


「どけ、邪魔だ女っ」

「キャッ」


 急に横合いからぶつけられ声を上げる。痛みはないが、その衝撃はそのままブロッサムを押しのけた。

 ――銀色の一団だった。

 着けている鎧や服、武器に至るまで、全てが銀やそれに近い色合いをしており、どこか高慢そうな表情で、人混みを無理やりかき分けていた。

 その一団の頭の上には、それぞれのプレイヤーネームとは別に、同じ名称と銀色の剣と盾が描かれた紋章が浮かんでいる。


 《銀鎧騎士団(シルバーナイツ)》。


 【ファンタジア・ゲート】最大人数を誇る自警団ギルドにして、桜をいじめている榊原莉子が所属しているギルドだ。


「おい、また銀鎧の連中だぜ」

「最近態度悪いって噂、本当だったんだ……」

「でも有名どころは見かけねぇな」

「ばっか、上の奴らじゃねぇよ。威張り散らしてるのは下っ端」

「下っ端って……ああ、最近【始まりの街】に配属された新人」

「ああ、あの銀髪の……」


 ヒソヒソと周囲で囁かれる噂を聞きつつ、ブロッサムは少し《銀鎧騎士団》の様子を観察する。

 怖いもの見たさ、のようなものなのかもしれない。

 その集団はまるでドーナッツのように、誰かを守るように雑踏を乗り越え、、掲示板の正面に陣取る。


「リコリッタ、今日はどんなクエストをする?」

「――そうね、どこか楽しそうで、ランク効率の良いところはないかしら」


 ――その声に、心臓が跳ねる。良い意味ではなく、悪い意味で。いつも教室で聞いている、自分が萎縮する元凶そのものの声が、耳の中に入り込み、反響する。

 人混みがほんの少しだけずれ、その風貌がブロッサムの視界に入って来る。

 プラチナシルバーの髪の毛に、黄色い目。その風貌は多少大人びた印象を持っていたが榊原莉子の雰囲気をうまく利用したものだった。


「なら、【ヘイルロード平原】はどうかな? リコリッタのランクにも合っているし、」


 近くに立っていた別のギルドメンバーがそう言うと、リコリッタと呼ばれている彼女は随分不快そうな顔をする。


「あら、嫌よ。だってあそこ、何もないじゃない。そんなのつまらないわ」


 その言葉でだろう。周囲の空気は、そんな事を言った男性プレイヤーを嫌悪したものに成り代わり、男もどこか申し訳なさそうに視線を下げる。

 それほどの事ではないはずなのに、彼女に気に入られる為だけにそうしているような印象。それは他にも掲示板を見ているプレイヤー達の気分を害したのか、違いはあれど全員が、どこか嫌な顔でそれを見ていた。

 《銀鎧騎士団》の面々とリコリッタは、それを気にした様子もない。

 しばらく一覧が表示されている画面を凝視すると、


「そうね、今日は【レインボー草原】に行きましょう。時々虹が出るって言うし」

「あ、ああ、それが良いね」


 それだけ言うと、再びその一団は動き始める。またも他人の邪魔だと言わんばかりの視線や、あからさまな舌打ちもお構いなしで。


「――――――」

「――ッ」


 不意に、リコリッタと視線があったように思えて、ヘルムを目深に被ってやり過ごす。

 顔の雰囲気は変化させているし、体型も多少変えている。そこからさらに髪の毛と目の色を変えている自分に、彼女が気付くはずもない。

 しかしもし気付いたら。

 もし気付かれて、ここでも彼女の標的にされたなら、ブロッサムには本当にもうどうしようもなかったから。

 ……どうやら、彼女はこちらに気付かなかったらしい。そのまま一団は止まる事がなく、話していたであろうフィールドへと向かっていく。

 ――大丈夫。

 バレはしないだろう。

 ここにいるのは、香納桜という弱虫な、いじめられっ子の女子高生ではない。

 ブロッサムという戦鎚使い、強さを求める初心者の開拓者なのだから。

 きっと、大丈夫。大丈夫。

 動悸の所為で荒くなる息を必死で整えながら、ブロッサムもいつも通り、【ロックロックの丘】に向かった。




 都合が良くと言えば良いのだろうか、それとも何か別の理由があったのだろうか【ロックロックの丘】には他のプレイヤーが見当たらないまま、1時間ほどが経過していた。

 この頃現実での勉強の効率化や、家事の仕方を変えてきたからなのだろう。ブロッサムは前よりもずっと長く【ファンタジア・ゲート】をプレイ出来る時間が増えた。

 おまけにゲームにも慣れれて来ている。簡単な作業であればトーマの指示なくとも動くことは可能だった。


「――《スタンプッシュ》!!」


 上から力強く叩き落とされた戦鎚は、極彩色のエフェクトを伴って〈ロックタートル〉の甲羅をいとも容易くぶち破り、そのまま半分以上残っていたHPを消失させる。

 ――戦鎚は無骨で重く、かなり取り扱いが難しい不人気武器の1つだ。

 だが使いこなせば、一撃のダメージ量はこのゲームでも上位に立つ。故に上位プレイヤーにはそれなりの使い手もいるし、その中にはブロッサムと同じく女性がいる。

 だから参考にしろ。

 決して真似るな。真似ればそいつの後追い、コピーにしかならない。もっと上を目指すのであれば、自分で考えて戦っていくんだ。

 トーマにそう言われたブロッサムは、様々な事を考える。

 同じ戦鎚使いの情報をトーマに教えてもらい、自分なりに考える。どうすれば自分の個性を活かしながら戦うのか。

 もちろん、ゲームを始めて時間は経っていない。考えられる候補も少ない。

 それでもブロッサムが考え付いたのは、『防御を捨て、攻撃速度を上げる、一撃の威力も出来るだけ上げる』という選択肢だ。

 現状戦鎚使いは、その一撃に全てをかけるタイプが多い。

 故にブロッサムは、そこから防御をあまり考えず、攻撃の手数を増やす事を考えたのだ。

 《パリィ》さえあれば重装甲のブロッサムは耐えられる。

 攻撃速度を上げるには単純に【敏捷】系を上昇させるパッシブスキルを取得するか、【筋力】系を上昇させるパッシブスキルで手だけ早くするか。

 ならば、攻撃威力も増す事が出来る筋力系パッシブをつけるしかない。

 さらに決め手は、極彩色のエフェクトを伴ったその攻撃だ。

 クリティカル。

 弱点攻撃など、あえて弱い部分を攻撃するものと違い、クリティカルは言わばどれだけ上手く攻撃を行えるかに掛かっている。

 武器の重心移動や、ちゃんと有効になる当て方をするか。それによって、単純な攻撃力は上がる。数値に換算すれば、1.5倍。

 今やブロッサムは、その攻撃速度と威力、そしてクリティカルを発生させるコツを掴み、同ランクのプレイヤーでもかなり高いグループに入っていた。

 ……もっとも、クリティカル発生はまだ10回に2回か3回成功する程度のものではあるが。

 〈ロックタートル〉のドロップ品を確認すると、頭の中で軽い電子音が鳴る。同時にリポップしたウィンドウを確認してみれば、《剛力》スキルがⅢランクになっていた。

 既に《戦鎚術》も《パリィ》もランクⅡ、防御をあまり考えていなかったおかげで《頑強》はあと少しでランクⅣに突入しようとしていた。


「――よっし」


 そのポップを見て湧き上がって来た喜びが、ブロッサムを動かす原動力に書き換わる。これならランクⅤになるのも、そう遠くないはずだ。

 トーマの言葉を借りるならば、ランクⅤ以降からは熟練値上昇バフを与えるアイテムも使えなくなり、尚且つ必要熟練値は何十倍にも跳ね上がる。

 あとはブロッサム自身の感性や技術を磨きながら、ひたすら熟練値を貯めていくしかないのだそうだ。

少なくとも、今までのような速度で鍛えられる事は出来ない。

 しかし悪い話ばかりではない。

 ランクⅤは、いわばプレイヤーとして一人前になった証拠なのだとか。

 初心者支援ギルドなどは、武器スキルがランクⅤになるとギルドを卒業させる場合が多いし、何よりそれだけの力量になれば、出来るクエストや行けるフィールドもぐっと増える。

 どこか好きな街に行ってもいいんだぞ……そう彼に言われたが、正直ブロッサムは自分がどうしたいのか、自分にも分からなかった。

 ここを離れる理由はないし、何よりトーマというゲーム内の数少ない友人がいる。このゲームでは瞬間移動のように他の街にいく方法もないわけではないが、片道10万Mはブロッサムにとって破格の金額だった。

 他の方法もないわけではないが、お金はかかるし時間もかかる。もし離れでもしたら、きっとこんなに気楽に会う事は出来なくなるだろう。


「でも、ギルド……か」


 戦鎚〈ぶちぬき丸〉を振り回し、ながら呟く。

 戦いながら考えてみても、やはりすぐには答えではない。すぐではなくて良い、断っても構わない。そうマミもトーマも言ってくれたが、誘って貰えた事は素直に嬉しかった。

 自分が仲間に入る事に好意的に見てもらったのは、もう一年も前の話だったから。

 学校では自分がイジメに巻き込まれるのでは、と他のクラスメイトが桜を遠ざけていたし、いじめっ子達のそれは好意的とは言えないだろう。

 だから最初に言われたときは混乱したし、正直迷ってはいるが、今でも嬉しさがある。

 ――でも、


「嫌われたらどうしよう」


 それが地震に繋がることはない。むしろ自分の事を嫌われるのではないか、そればかり考えてしまう。先程までは鳴りを潜めていた余計な事を考える脳みそは、相変わらずだった。


「……スキル、上げよう」


 考えるのが疲れて来て、もう一度〈ぶち抜き丸〉を振るうと、目の前に中度徘徊している〈ストーンハンド〉に向かって走っていく。

 あとは振るってしまえば1発。

 〈ロックタートル〉よりも低いHPしか持っていない〈ストーンハンド〉ならば、ブロッサムの手でもアーツを使えばそれくらいは、そう思っていた矢先、




 〈ストーンハンド〉に短い矢が突き刺さり、そのままデータの残滓になって消失した。




「――あれ?」


 一瞬何が起こったか分からず、キョトンとする。

 しかしすぐにその矢を放った本人と、数人の男性の歓声がその場に響いた。


「うぇ〜い、〈ストーンハンド〉1発だったわ」

「やっぱクロスボウ威力高ぇな。多少距離離した小さい的でも簡単に当たるし」

「装填時間が銃の次に長いのが面倒だけどな」


 ――4人組のパーティー。

 スキルランクを上げに来る初心者と違うのは、その装備の輝きを見れば大凡予想出来る事だろう。もしかしたら、ブロッサムよりもずっと高いランクかもしれない。


 ラウンドシールドと片手剣を装備している男。

 トーマの持っているものよりも3倍は大きな槍を持つ男。

 背中に大きな剣を差している男。

 そして、先程矢を放った、フードのクロスボウ使い。


 そもそも初心者でも1人で安心というフィールドに、4人一緒にいるというのも、まるで戦いというよりも娯楽にやってきたという雰囲気も、可笑しい話だった。

 だがブロッサムがそれよりも違和感を抱いたのは――ブロッサムを見る、彼らの視線だった。

 そう、それは獲物を見る目。

 プレイヤー達が格下のモンスターやエネミーに対して見せる、傲慢でわざとらしい笑みだった。


「じゃあ、」


 盾剣使いがヘラヘラと笑いながら、ブロッサムを指差す(・・・・・・・・・)


「――次はアレ・・な」


 PK。

 プレイヤーキラー。

 仮想現実の中での、人殺し。

 その言葉は天から降ってきて、ブロッサムの頭を唐突に襲った。







次回の投稿は11月8日の20時に行います。

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