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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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13 唐突な猫からの勧誘






 イワトビの料理を一言で表現するならば――最高の一言に尽きるだろう。

 唐揚げ、刺身、そぼろと冬瓜の煮物などなど。

 日本の家庭料理でも目にする料理が多かったが、そのどれもがブロッサムの舌に(精神的な)衝撃を与える美味しさのものばかりだった。

 料理の素材は現実に存在するものから、この【ファンタジア・ゲート】でしか食せないものまで様々で、それをイワトビは目の前で華麗に調理していく。

 しかも彼の場合、先程話していたスキルの簡略化を行なっておらず、実に手際の良い動きで料理を作っていく。


「凄いですねぇ、私より全然料理上手……」


 親が共働きで料理をする事はあるが、ここまで器用になんでも作れるわけではない。むしろ簡単な料理ばかりになってしまうブロッサムとは大違いだ。

 そんなブロッサムの言葉に、イワトビは心底嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。自分もリアルで料理をするんで、これくらいはまぁ慣れです。

 どっちかって言うと、凝り性なもんで」


 今も魚を器用に三枚におろしながら答えているが、手の動きは少しもぶれていない。


「むしろこの世界の料理は簡略化しなくても、生産用のアーツで楽になりますよ。1番便利なのは煮込み料理ですかね。時間短縮とか出来るので。

 ……まぁ、自分は味が落ちるんであんまりやりたくないですけど」

「お前は単純に、戦闘系アーツ削りたくないだけだろ。相変わらず、保存アーツに頼りまくってんのか?」

「俺は元々、トーマさんと違ってガチバトルは苦手なんです。むしろ保存アーツで素早くやった方が楽なんですよ」

「言い訳がましいなぁ」


 既にトーマの目の前には、何本もお銚子が並んでおり、その中身はほとんど空になっている。一体何本呑んでいるのか。


「トーマさん、いっつもお酒飲んでますけど、そんなに美味しいんですか?」


 気になっていた事を聞いてみると、トーマは勢いよくお猪口の中に入った酒を飲み干すと、笑みを作る。


「ああ、まぁ……リアルじゃちょっと飲めないからな」


 その笑顔の中に一抹の寂しさのようなものを感じて、ブロッサムはすぐに何かを言う事はなく、少し気まずくなって自分も出されたジュースに口をつけた。

 その空気を察してくれたのだろう。イワトビは空気を変えるように勤めて明るく、トーマに話しかけた。


「そう言えばトーマさん。今日マミさんが来るって知ってますか? あとで行くねーってさっきメッセが来たんですけど」


 マミ。

 トーマとイワトビの会話でも何度か出て来た名前だった。共通の知り合いなのだろうか。


「ああ、もう少し深い時間になったらだけどな。そろそろ会って話そうって事になって、ついでだから呼んでおいた」

「やっぱり……ブロッサムさんを紹介するんですか?」

「う〜ん、どうだろうな。正直まだ微妙なところだ」


 自分の名前が会話の中で唐突に現れて、ブロッサムは気になって視線をあげた。


「私を紹介、ですか?」

「ん? ああ、俺らの知り合いにな……まぁ勿論、会いたくなかったらそれで良いんだがな」


 珍しく、戸惑いのようなものが見える。教えたくないもの、言いづらいものもいくつかあり、似たような表情は見せても、今日のような表情は初めてだ。

 まるで、トーマ自身も迷っているような、複雑そうな表情。

 何か自分に対して悪い事を考えているわけではない――ここ最近のトーマの行動からだいぶ信用しているブロッサムだったが、しかしそれでも気になる。

 そもそも、トーマはなんで自分を助けたのだろうか。

 古参が新人の世話をするのは当然だとか、お前を気に入ったとか、それらしい事を言ってくれてはいるが、ブロッサムはそれを完全に信じきっているわけでもない。

 裏があるというより、何か意図があっての事。

 そう思えてならないが、またそれも深くは考えていない。悪い事ではないはずだと、自分の中で納得しているのだ。

 もしかしたら安易なのかもしれない。もしかしたら、自分はただただ盲目なのかもしれない。

 しかし現実でも苦痛が多く、あまり周囲の人間を信用出来ない状況なのだ。それなのにゲームの中でまで他人を疑ってかかりたくはなかった。


「……トーマさんは、私にいくつか話していない事がありますよね?」


 意を決してそう言葉にしてみると、トーマはどこか苦々しく眉を顰める。

 イワトビはそれに対して何も言わずに作業に戻っているが、彼も何か事情を知っているんだろう。チラチラと此方の様子を伺っているのが気配でわかった。


「……そうだな。ちょっと話しづらくてな」


 トーマは素直にそう認めると、お猪口にまたお酒を注いだ。


「別に、責めているわけじゃないんです。私も、話してない事、たくさんあります」

「……そりゃあ、リアルでの話だろう? それを深く聞くつもりは、流石にねぇよ」

「でも、いっつも気にしてくださっていますよね?」

「………………」


 何も言わずに、お猪口を煽る。

 ――ツンデレなんかかましてねぇわ!

 本人が言っていた通り、彼のそれはツンデレと呼ばれるものとは少し違うような気がした。

 言ってみれば、不器用な優しさのようなもの。

 ブロッサムに何か事情がある事を、彼はよく心得ているのだろう

 だがそれを聞いてしまうのは、このゲームの中でだいぶ失礼な事なのだろう。何か口を出したそうにしながらも、トーマは何も聞かないし、だからブロッサムも何も言わない。


「――いつか、話しても良いですか?」


 でも、話したい。

 話して、愚痴を聞いてほしい。どこか縋るような気持ちで、いつもの自分ならば言わない言葉を口に上らせる。

 実際に助けてもらいたいとは思わない。きっとこれは、自分で何とかしなければいけない問題だから。


 だけど、ほんの少しだけ。

 ほんの少しだけ、頼りたい。


 そんな気持ちで言った言葉は、


「――まぁ、お前が話したくなったらな」


 不器用ながらもしっかり受け止められた。


「……はい。逆に、トーマさんが話したくなった時、色々話を聞かせてくださいね」

「いや、俺のとお前のとじゃ、ちょっと違うぜ?」

「それでもですっ」


 努めて明るく振る舞うブロッサムに、トーマは目尻を下げ、イワトビも笑みを作った。

 そこだけ、妙に優しい空間が広がっているように感じる。




「ニャニャニャ〜、青春してますにゃ〜」




「!?」


 いきなり聞こえた第三者――いや、イワトビもいるから第四者?――の声に思わず隣を見てみる。

 そこには、――ゴスロリ猫耳美女が座っていた。

 まるで漆黒の姫と言わんばかりのフリルたっぷりな洋服に、腰に触れるくらいの長さの艶やかな髪の上には何故か猫耳が乗っている。

 横には普通の人間の耳もあるのできっとアクセサリーか何かなのだが、感情に連動しているのか、ピクピクと動いていてリアルだ。

 顔には、古い漫画にしか登場時ないような瓶底眼鏡を掛けており、表情ははっきりとはわからない。

 唯一分かるのは、真っ赤にしている顔に、「ああ、酔ってるんだな」という事が分かる程度だった。

 頭の上に表示されているネームタグは『侍ガール☆マミ』……どこが侍なの? と突っ込んではいけないのだろう。


「いや〜、どんな子かと思えば、めちゃくちゃ良い子じゃにゃいですか。普通、男が隠し事してると女って懐かないのに。さっすがトーマにゃん、良い男だにゃ〜」

「……マミ。いつの間に来たんだよお前」


 トーマの言葉に、ブロッサムは口には出さなかったが動揺する。これが2人の言っていた「マミさん」なのかと。

 ……もっと大人の女性を想像していたのだが、少々どころかだいぶ予想は外れたように見える。

 そんなブロッサムの表情を気にもとめず、マミは「にゃっにゃっにゃ〜」と謎の笑い声をあげる。


「私は神出鬼没なのだ!……まぁぶっちゃけ、直前まで外にいたんだけど入りづらかっただけ〜」

「趣味悪いなぁ」

「私の趣味がいつも悪いのは知ってるでしょ〜、それよりゴザル〜お酒ちょ〜だい!」

「だからゴザルじゃなくてイワトビって言ってるでしょ――ていうか、もう相当呑んでるでしょ? コウさんは?」

「コウは後で来るよ〜……あとそんなに呑んでないって〜、ちょっと一杯ひっかけて来ただけ〜」

「……それって『たくさん』って意味の一杯でしょ?」


 イワトビの呆れ顔に、「バレたか〜」と何故か楽しそうなマミ。

 一気に穏やかだった空気は賑やかになっていく。それに戸惑いながらも、ブロッサムは頭をぶつけないように頭を下げる。


「は、初めましてマミさん。私、ブロッサムっていって、ここ最近トーマさんにお世話になっています」


 ブロッサムの丁寧な挨拶に、マミはニコニコ顔で頷く。


「うんうん、他の野郎どもと違って礼儀正しいね〜、私はご覧の通り、侍ガール☆マミさんだ! 気軽にマミさんって呼んでね〜」


 どこかのアイドルかギャルのように逆ピースしてくるマミの、いったいどこら辺が『ご覧の通り侍ガール』なのか分からなかったが、トーマもイワトビもいつも通りなのか、ツッコミすら入れない。


「は、はい、よろしくお願いします……」

「にゃにゃ〜、やっぱり可愛いなぁ〜。初々しいっていうか、VRのコミュニケーションに慣れてないっていうか……もうっ、食べちゃいたいにゃ〜」

「きゃっ」


 マミの陽気な言葉とともに、衝撃(物理)がブロッサムを襲う。いきなり抱きしめられたのだ。

 正直体勢的に腰がきついものの、柔らかいその感触に驚く。

 ――リアルの私より、“ある”。

 そう思ってしまうのは女性として仕方がない所だった。


「この腕の中にすっぽり収まる感じ、良いにゃ〜」


 猫耳をつけているマミに、文字通り猫可愛がりされ始める。頭を撫でる手つきは慣れているようでどこか心地よく、ブロッサムも抵抗する気力を失い、ただ撫でられるに任せていた。

 仲間外れにされている男性陣は、


「「セクハラ乙」」


 と呆れ顔で声を揃えている。


「にゃ〜癒される〜……ギルドに誘いたいってトーマの気持ち、ちょっと分かるかもにゃ〜」

「――ギルド?」


 いきなりそんなワードが出てきて、思わず抱擁を離れ、顔を上げる。


「ギルドに入るんですか、私?」


 寝耳に水だ。

 隣を見てみれば、トーマ自身も動揺したように目を見開いている。


「――おい、マミ。まだその話は早いって言ってただろうが」


 トーマの責めるような口調にも、マミは相変わらず表情を変えない。


「にゃにゃ〜、それを言ったのはトーマの方。私からしてみれば、遅いも早いもない。ぶっちゃけ、押し隠してる方がどうかと思うにゃ」

「こいつはまだプレイ一週間も経っていないズブの初心者だ。無理に俺らが誘ったら困るだろう? そもそも、お前の面接とやらはどうした?」

「う〜ん、今の話聞いてるだけでも良い子だし、別に私は気にしないにゃ。それにこういう話はとっととしとかないと、ね」


 表情が一変する。

 先程までの戯けるような表情は消え失せ、マミの顔は格好とは想像できないほどキリッとした口元を作っていた。

 眼鏡で窺い知れないはずの双眸も、どこかブロッサムの心臓を鷲掴みするようなものに変化している。


「ちょ、ちょっと待ってください。トーマさんとマミさんは、同じギルドに所属しているんですか?」


 ブロッサムの困惑の声に、トーマはすこし言いづらそうにしながらも、観念したように口を開く。


「……まあな。だが大手とは言いづらい、参加人数11人の弱小ギルドだ。おまけに、この1年はちょっとした事情で、活動停止中」

「で、でも、ギルドタグが、」


 視線をあげネームタグの上を見てみても、トーマの頭の上に浮かび上がっているのはネームタグのみ。通常所属していれば浮かび上がるギルドタグは、どこにも存在しない。


「……名前は非表示に出来ないが、ギルドタグはプロフィールから非表示に設定出来るんだ。活動休止状態だから、名前は出さないようにしてるんだ」


 ――ギルド。

 てっきりソロで活動しているのだと思っていたトーマがそういうものに所属していたというのは驚きだ。彼が隠していたのも、きっとそれだろう。

 別に隠す必要はなかったのに……そう思ったのが表情に出てたのだろう、再び口を開く。


「……お前はまだこの世界を知らなすぎる。どんなギルドが他にあるのかもな。正直、うちは変わり者が集まってるから、もしかしたら入ったあと後悔しちまうかもしれない。

 だから1ヶ月くらい様子を見てから、改めてって思ったんだが……そこの馬鹿が、いきなりゲロっちまった」

「ゲロとか乙女に対して汚いトーマ汚い」


 憎憎しげなトーマの言葉に、マミは苦笑する。その表情すらさっきまでの道化師は消え失せ、大人の余裕すら感じる。


「ブロッサムちゃん。ぶっちゃけた話、そろそろ私達は活動休止を解除して動き始める

 そうなると、きっとブロッサムちゃんの世話もトーマはしづらくなると思うんだ。

 トーマは最初それを隠してでも、ブロッサムちゃんの世話をしたかったみたいだけど、そうもいかない。こちらにも都合ってものがあるからね」


 マミは狭いカウンターで足を組み直し、ブロッサムへ真っ直ぐと視線を向ける。


「だから、今すぐじゃなくても良い――でも、早めに決めておいて。

 私達のギルドは、きっと楽しいよ」


 ――桜の頭は、混乱の渦の中に巻き込まれていった。







「――ふう」


 VR機材のハードであるヘッドギアを外し、桜は天井を見上げる。

 返事どころか、答えすら見つけられず結局時間切れ。全員に頭を下げながらも、桜はゲームをログアウトしていた。

 トーマがギルドに所属していた事、そのギルドのマスター、つまりリーダーであるマミさんに誘われた事。

 いきなり話が飛んだように見えて、正直意味が分からない。結局最後は、彼のギルドがどういう所なのか聞く程度しかなかった。

 どうやら気の合った仲間で遊んでいる少人数ギルド。別に大きな目的や柵があるわけでもなく、何かしたい事があれば提案出来るし、新人だからとこき使う事はない。

 攻略も、冒険も、遊びも、興味がある事はなんでもやる。

 それが目的と言えば目的なんだそうだ。


 ――楽しそう。


 桜が感じたのはそんな感想だった。マミやトーマ、実はそのギルドのメンバーである仁王やクリアリィ、そしてイワトビ。

 メンバーを見ているだけでもその自由さは窺い知れるというものだ。


「きっと、入ったら楽しいんだろうな」


 ぼんやりと呟いた言葉に反して、桜の声色には明るいものが1つもない。

 ――怖いのだ。

 桜は一度集団に入って失敗している。今でも失敗し続けている。

 もしゲームの中でも同じ状況になったらどうしよう。それ以上に本当の自分を知られたらどうしよう。 そんな起こってもいない事を考えてしまう。

 そんな事を考えてしまうほど、今の桜は弱っている。怖がっている。

 何も考えない事なんか出来ない。


「――どうすれば良いんだろう」


 近くに置いてあったお気に入りのぬいぐるみを抱きしめながら、誰にともなく溢す。

 どうすれば良いんだろう。

 どうすれば正解なんだろう。

 ――どうすれば、彼らに嫌われないんだろう。

 そんな不安と恐怖を抱えながら、夜は更けていく。







次回の投稿は11月7日の20時に行います。

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