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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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12 美食の作り手






 しばらく3人で談笑すると、次のライブの準備もあるという事で、2人はその場を離れる。

 地下だから分からなかったが、空はもうその陽の光を落とし始め、夕焼けというよりもなお暗くなりつつあった。

 VRの中での時間はあっという間だ。

 いくら時間感覚を引き延ばしたところで、4分の1の速度でしか動いていないのだから当然だと思うかもしれないが、それだけではないのはブロッサムも分かっている。

 時間を忘れるほどに楽しい。

 そう思える事はここ最近では無かった事だし、むしろ早く終わって欲しいと思う事ばかり。

 そんなものに限って、時間はまるで引っ張られたゴム紐のように長く感じる。

 このゲームをやっている間だけ、一瞬一瞬が濃密で、新鮮で、楽しい。そう考える事は悪い事なのか良い事なのか、ブロッサム自身、判断に迷うところだった。


「さて、ブロッサム。さっきまでお前は代表的なVRの娯楽の1つを体感したわけだが、さらに有名なものがある事を忘れちゃいけない」


 薄暗くなり、街灯が光り輝く道を歩きながら、トーマは喋り始める。


「それがなんだか分かるか?」

「はい!――さっぱり分かりません!」


 素直に返事をすると、トーマもどこか戯けるように笑い始める。


「あはは、そうだな、そこは俺も盲点だった……つうか、最初に断られたから正直あんまり興味ねぇのかなって、スルーしてたんだ」

「?」


 トーマの曖昧な言葉では、いまいち理解しきれない。

 そうしていると、トーマは半分だけこちらに振り返り、笑みを浮かべる。




「――料理だ」







 料理。

 VRゲーム黎明期から存在するこのスキルの歴史は長く、遡ればオフラインのゲームでも登場する。

 料理に様々なバフを持たせ、食する事で一定時間の効果を得られるなどが主流だが、VRゲームが一般化していくともっと別の部分での拘りが生まれる。


 味――つまり、美味しいかどうかである。


 味覚という五感を再現するにあたって運営側の苦心は相当なものだった。最初は五味(甘味、塩味、酸味、辛味、旨味)を再現する事すら困難を極めたそうだ。

 甘味や塩味、酸味などは思いの外簡単に制作できたが、辛味はある意味味覚分野ではなく触覚分野での演算が必要であったし、旨味などもかなり再現が難しかったそうだ。

 しかも料理はそれだけではない。それらを上手く配合し、料理そのものの味を生み出す。それも料理毎になんていうのは途方もない話で、初期の脆弱なサーバーではとても再現しきれる物ではなかった。

 数々のサンプルを生み出し、時に産業廃棄物レベルの物を作り出しながらも生み出されたそれは、今現在では現実と遜色ないものにまで昇華されている。

 そして苦労したのは、運営側だけではない。プレイヤー達もまた様々な工夫があった。むしろ彼らの活躍と提案などが無ければ、現在の【ファンタジア・ゲート】のような料理方法は生まれなかっただろう。

 どこまでゲームらしさを残すのか、逆にどこまで現実味を残すのか。プレイヤーが実戦で様々な試行錯誤を試していった。


 まず1番問題になったのは食材だ。


 普通にドロップする素材を利用する場合、例えば魚そのものを料理段階で捌くのか、それとも魚型のモンスターを倒せば切り身として出現するのか。

 魚を実際に捌きたい人間も、捌きたくない人間もいる中で、どちらを残すかの議論は長かった。

そこで生まれたのが、選択制という『どちらも残す』やり方だった。

 料理スキルを取得した段階で、プレイヤーは設定画面からそのどちらかを選択する。設定変更はゲーム内で自由に行うようにすれば、その時の気分によって変更出来るようにしたのだ。

 当然、差は存在する。リアルと同じように料理する人間には、スキルの熟練値へのアドバンテージと、料理のアイテムとしての完成度上昇が約束される。

 簡略化したものにも利点はある。作業時間の効率化によって、1人のプレイヤーでもそれなりの量産が出来るようになったのだ。おまけに料理にかかる材料も少なく、経済的と言えるだろう。

 ただし、初めて作るレシピや自分自身のオリジナル料理を生み出す場合は簡略化の設定が出来ない、逆に初心者向けのレシピに関しては最初から簡略化が出来るなど、柔軟性は残しつつにはなる。

 しかし、これらの設定は功をそうしたのか、他のスキルにも生かされるようになり、また様々なゲームでも実装された。


 【ファンタジア・ゲート】でもそれは例外ではない。


 その機能を使って、プレイヤーは様々な美食を生み出し、同じプレイヤーを楽しませてきた。

 三大欲求の1つであり、人間の文化がかなり早い段階から娯楽に転用してきた食事。VRゲームでもそれは当然の流れとして存在する。

 【ファンタジア・ゲート】内でも、多くの有名料理人、料理専門ギルドが存在する。


「――つまり、だいたいは美味しいって事ですよね!?」


 トーマの言葉を聞いて出された結論はそれだった。

 VRゲームの料理で、黒焦げになったり謎の粘液になったりと『食べられなくなる』事はあっても、『不味くなる』事はない。

 そこがゲーム的と言えばそれまでだが、だからこそ、どこが1番美味しいのかという競争になる辺りは良い作用だろう。


「いやそうだけど、いやに直接的だな……。

 流れの料理人なんてのも割といるが、店を出しているプレイヤーの料理はどこも美味い。下手をすれば攻略組よりも評価が厳しいし、目指す奴の絶対数が多いからだ」


 雑踏をすり抜けながら案内するトーマは、そう言いながらも足を止めない。目的地に向けて真っ直ぐに進み続ける。


「何より、副収入としては最高だ。

 オシャレアイテムとかは買う人間と買わない人間で大きな差があるから、よっぽど良いもの作らないと売れないが、料理は誰でも買うからな。

 まぁ食えばバフがつくんだから、そりゃあそうなんだが」


 ――『食事をすれば元気になる、力がつく』。

 どこかの誰が言い出したのか分からないが、このゲームであればそれは間違いない。

 食事の内容次第で、一定時間の強化バフを得られるのだから。

 料理の完成度によって効果の強さや有効時間は限定されるが噂では、最高品であるランクⅩの料理を食したプレイヤーは、ステータス全倍加という破格のバフが一日中続いた、なんて話もある。

 故に、長期間のストーリークエスト、もしくはプレイヤーからの依頼に答える時、メンバーの中に1人料理スキルを持ったプレイヤーを連れて行くのは一般的だ。

 娯楽のみならず、【ファンタジア・ゲート】の中では攻略にも関わってくる重要なスキルの1つなのだ。


「で、今から行くところは、俺の知り合いがやっている料理屋でな。店自体は小さいし、知る人ぞ知るって感じではあるが、腕は良い」


 あいつの唐揚げなんか絶品だぞ、などと言われれば、リアルで食事を取ってそう時間は立っていないというのに、お腹が早く食わせろと伸縮しているのが分かる。

 これは女の子としてどうなのだろう。


「……特にリアルにも関係するVR料理の大きな利点は、『食っても太らない』事だな。

 そりゃあVRなんだから当然だが、現実の栄養価やカロリーになるわけじゃない。現実でダイエットしたり、何らかの事情で食事制限している奴にとっては天国だ。

 ――だから、あんまり女の子がどうのとか、心配しなくても良い」


「――っ」


 また見透かされた。

 ニヤニヤとこちらに振り返ってくるトーマに、ブロッサムは顔に熱を集中させながら視線を逸らす。


「……分かり易かったですか?」

「相当な。

 でも、あんまり気にするな。VRじゃ、ポーカーフェイスはやり辛い。慣れない人間だと、考えている事がそのまま口に出ちまったり、嘘をつけなかったりする」

「そ、そんな事あるんですか!?」


 思わず口に手を当ててみる。自分は余計な事を言っていないだろうか。


「ここはVR。俺達のこの体は実際には存在しない。ただそこにあると思わされている錯覚で、今俺達は脳味噌で直接会話しているのと大差ない。

 慣れてない人間だと、どこからが思考で、どこからが体を動かす事なのか分からず、処理し切れない人間も多い。慣れれば問題はない。

 お前も表情が分かりやすくなってるだけで、変な事は言ってないよ」


 再び前を向くトーマに分からないように、ホッと溜息をつく。

 別に隠し事をしているわけではないが、自分の心の中をまるっと話してしまえるほど、ブロッサムの神経は太くないのだ。


(でも、そっか。だからなんだ)


 毎回ログインする時、ブロッサムの心は荒んでいる場合が多い。兄との口論はたまたまだったが、学校の事を忘れるためにこの仮想現実に足を運んでいるからか、入る前にはちょっと憂鬱な気持ちが残っている。

 だから毎回突っ込まれているのか。

 そう驚きながら「今度から気をつけなきゃ」と自分に言い聞かせる。


「――ほら、ここを曲がったらすぐだ」


 トーマの言葉に視線が上がる。大通りを今まで歩いていたが、今曲がろうとしている道はそこから外れた脇道だ。

 こんなところに店を出しているのか。トーマの言葉に素直に返事をしながらも、ちょっと目立たない場所にあるんだな、と気にはなった。

 しかし、誰が想像しただろう。

 こんな西洋雰囲気真っ只中の街に、日本風の屋台が存在するなどと。

 文字通り、屋台だ。【簡易食堂・イワトビ】という暖簾が掲げられた、木で作られた移動用屋台で、4人で座ればいっぱいいっぱいのカウンターと、4人組が3組座れば埋まってしまう程度の椅子と机が用意されている。

 きっと屋台のおでん屋さんやラーメン屋さんという、古き良き文化が残っていた時代には、あのようなものが沢山あったんだろうな、と想像出来る。


「……えっと、予想以上です」

「また顔に本心が出てるよ「思ったよりちっちゃい」って」

「変なところで突っ込まないでください」


 顔をさっと手で隠す(ブロッサムの小さな手では収まり切らない)ブロッサムを笑い飛ばしながら、トーマは進んで暖簾を手で持ち上げる。


「お〜い、ゴザル〜やってるか〜」


 随分気の抜けた声で声をかけるのを見ながら、ブロッサムも同じように暖簾を持ち上げ中に顔を入れてみる。

 思ったよりも大きい。料理や飲み物を置くためのカウンターはそれなりに広いし、料理を作れるスペースは十分。

 ゲームなのだから、現実仕様と同じにする必要性はないのかもしれないが、これで移動が出来るんだろうか。


「ゴザル〜」

「……ゴザルさんって名前なんですか?」


 思わずそう聞くと、トーマは一瞬キョトンとするが、すぐにあの意地悪な笑みを浮かべる。


「ああ、そうだ。ゴザルってんだ。本名は『ホントウ・デ・ゴザルカ』なんて変わった名前でなぁ、俺達はゴザルって、」




「嘘教えないでくださいトーマさん!!」




 トーマの言葉を両断するような勢いで、カウンターの向こうから1人の男性が身を乗り出す。

 年齢にするならば、きっとブロッサムと同じくらいか、もしくは下なのではないかと思える程の年齢の少年だ。

 金髪に幾筋もの黒いメッシュが入っており、目は先ほど出会ったクリアリィ程ではないにしろ、綺麗な青いビー玉を思い出させる鮮やかな色合いを抱いている。

 日本風の屋台、おまけに服装は甚兵衛に鉢巻なので、妙な雰囲気を持っている。まるで日本の文化が大好きな外国人だ。顔が整っている所為で、さらにその違和感が出ている。


「お、なんだよゴザルいたんじゃん。読んだのに出てこねぇから、てっきり留守かと思ったぜ」

「アンタが人の事をゴザルゴザルって呼ぶからでしょう! アンタもマミさんも、どうしてイワトビって呼んでくれないんですか!?」


 どうやら、彼の名前はイワトビで、ゴザルというのは渾名のようなものらしい。ニヤニヤと笑っているトーマに、イワトビと名乗った金髪碧眼の青年は不機嫌そうだ。


「そりゃあお前、本来いつもござるって言ってんじゃん」

「人のロールプレイを笑う奴は、自分も笑われるんですよ!」

「俺はロールプレイ趣味じゃねぇもん」

「へぇ〜、じゃあ変なツンデレみたいなのは素だと!?」

「ツンデレなんてかましとらんわっ!」


「かましてますよ! いつも他人なんてどうでも良いなんて顔しておいて、いざという時優しくしちゃって……覚えてます? 随分前にトーマさんに惚れ込んでストーカーし始めちゃった女の子のこと、あれ撃退するの俺だって協力したじゃないですか!」


「あれを持ち出すんじゃねぇよ! つうか撃退出来てないからな! あいつ前線でちょくちょく見かけるからな!」

「え、でもあの子あの段階でまた初心者レベルでしたよね……?」

「いや、あの後随分ランク上げたらしくて……最近じゃ高ランクの狩場で時々会うんだよ」

「……それ、またストーカーされてます?」

「いつも会うわけじゃないから違うとは思う……思いたい……」


 なにやら雲行きが怪しくなってきた。というか興味深い話になってきた。

 そんな風に2人で言い合いをしている間ブロッサムは暖簾を持ち上げながら黙っていたわけだが、ようやくイワトビはブロッサムの存在に気づく。


「ああ、すいません、久しぶりだったもんでつい。トーマさんが俺の店にご新規さん連れてくるなんて珍しい……自分はイワトビ。ここの店主やらせてもらってます」

「あ、はじめまして、ブロッサムです」


 丁寧な挨拶をするイワトビに、ブロッサムもおずおずと頭を下げる。


「ブロッサム、あんまり礼儀正しくしなくて良いぞ。そいつリアルじゃ絶賛中学2年生だから、多分お前より年下だ。気楽にゴザルとでも呼んでやれ」

「だからゴザルって呼ばないでください!」


 男子特有の荒っぽいじゃれ合いに戸惑いながらも、ブロッサムはおもむろに口を開いた。


「あ、あの、でも、イワトビさんは私よりも長くこのゲームをやってるから、実質先輩だし……見知らぬ人には、礼儀正しくって教わったので」


 ――その言葉に、イワトビもトーマもキョトンとする。

 まるで今まで見たこともない珍獣が飛び出してきたかのような、唖然とした表情だ。何か間違ったことを言ったんだろうかと、思わず顔を俯かせる。


「……トーマさん。この人に変な教育しちゃダメです。めちゃくちゃ良い人じゃないですか」

「ああ、今俺も改めて思った……つうか、俺に対しては随分慇懃無礼だったような気がするんだが」

「あ、あれは!」


 トーマの失礼な言葉に顔を上げる。


「トーマさんが、その――だいぶ怪しかったから」


 その言葉に、今度は、


「……………」

「……プッ、アハハアハハハハアハハ!」


 トーマがガチリと固まり、イワトビが大爆笑しはじめた。


「ト、トーマさん、どんな声のかけ方したんですか?」

「いや普通だったって! 別に怪しい事はなんにも、」

「助けてくれましたけど、殆ど説明もなく街に連れ出されて、あれしろこれしろって言われました」

「うわぁ、それは痛いですトーマさん。いくら親切心からって言ってもそれは誰だって不審に思いますって」

「ッ、しょうがねぇだろ! あの時はいちいち説明してたら先に進まなかったんだよ!」

「普段ネチケットがどうとか、マナーがどうとか言ってる人とは思えないです、そう思いませんかブロッサムさん」

「………………」

「おい、ブロッサム、なんで視線を逸らす、なんで肩が震えている、なんでちょっと気まずそうな雰囲気を出す」

「……ゴメンナサイ」

「そこで謝るってのは肯定してんのと一緒だ!!」


 トーマのその絶叫で、今度はイワトビと一緒にブロッサムも笑いはじめ、しばらくするとトーマ自身も、その笑いの渦に参加していた。

 男性の友人とはあまり縁がなかったが、もしいたとしたらこんな風に笑いあっていたのかもしれない。そんな風に暖かい気持ちになる会話だった。


「さて、そろそろ会話はこれくらいにして、食事に来たんでしょ? 何にします?」


 イワトビの言葉に、2人で席に座りながら、少しトーマが考える。


「そうだなぁ、……とりあえず、酒とジュース。それから、お前のオススメを一通り」

「はい、分かりました――ブロッサムさんは、このゲームで料理を食べるのは初めてですか?」

「は、はい!」


 結局最初に会った時の食事も断ったし、ここ最近は戦闘に慣れる事とスキル上げでいっぱいいっぱいだった。

 イワトビの言葉に頷きながら答えると、イワトビは随分楽しそうに頷いた。




「そうですか……なら、精一杯楽しんでもらわなきゃいけないですね」







次回の投稿は11月7日の0時に行います。

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