11 歌姫は意外と柔らかい
――舞台に立った女性は、自分が想像した『バンド』をしている女性そのものだった。
紫色のベリーショート、カキ氷のブルーハワイを思わせる鮮やかな青色の目、スレンダーで格好いいその姿を、いったいどこで作られているのか、革ジャンのようなパンクな服で包んでいる。
歌姫と言われてもあまりピンとこない、どちらかと言えばロックスターのような印象を受ける。
後ろにはバンドを控えさせ、自分は赤いギターのようなものを持っている。
先ほどまでの喧騒とは打って変わって、会場は静かになった。固唾を呑むような緊張感に、ブロッサムも思わず唾を飲み込んだ。
「――――――ッ♪」
楽器などの曲は流れず、いきなり彼女は歌い出す。
想像以上に女性らしく、それでいて力強い歌声は、ライブハウスいっぱいに広がり、包み込む。
もう、それだけで良い。余計な装飾はいらない。
そう言わんばかりの――ブロッサムは少なくともそう思える――その声は、まさにそれだけで一種の芸術を体現していた。
しかし、それだけでは終わらない。
次第にドラムのような楽器をメンバーが叩き始め、次にベース、ピアノ、ギターのような音が重なっていき、最後には歌っている女性本人がサイドギターを弾き始める。
歌い始めは必要ないとすら思っていた音楽は、見事な歌声をサポートし、魅力を何倍にも高めてくれる。
予想よりもずっと穏やかな楽曲だ。静かに揺蕩うようでありながら、しっかりと地面を踏み締め、足跡を残していくような。
どう説明して良いか分からない。
どう説明して良いか分からない程、その歌は素晴らしいものだった。
「――――――、――――♪」
ふと気づくと、歌っている彼女の周囲には音符の形をしたエフェクトが飛び、シャボン玉のように弾けては生まれている。
「――あれは《歌唱魔術》って魔術を使うと出て来るエフェクトだ」
隣で黙って聞いていたトーマの不意の言葉に、ブロッサムは目を見開く。
魔術――つまりは、戦う為の技術。こんな綺麗なものとは、1番縁遠い物に違いない。
「《歌唱魔術》は、吟遊詩人プレイには最も欠かせないスキルだ。主にバフやデバフをかける完全支援スキル、直接攻撃のアーツはあんまり多くない。
もっとも、余計なバフをかけないように、今はアーツの効果を消す処置を行なっているはずだが……そんな事気にならない、バフがなくても聴きたい曲だよ。久しぶりに聞けて良かった」
「ファンなんですか?」
ブロッサムの質問に、いや、とトーマは首を振る。
「どちらかと言えば、友人って感じかな。後で紹介してやるよ」
それだけ言うと、トーマはお酒を一口飲むと、また膝をついて曲に集中し始める。
ブロッサムを再び視線を戻し、舞台を見続けている。
ライトの影響なのか、それとも魔術のおかげなのか。彼女が立っている舞台は、そこだけ見えない壁があるように、世界が違うように感じる。
――初日からいきなり戦いの世界に入ったブロッサムにとっては、新鮮以外の何物でもないだろう。
彼女の楽曲は、何曲も続いた。
最初に歌った穏やかな曲だけではなく、激しいロック、元気が出るような音楽や、逆に聞いているだけで涙が溢れそうなバラードまで、数曲の中でも人が変わったんじゃないかと思えるほど、種類が豊富だった。
それだけ様々な曲を歌えるというだけでも凄いが、彼女の驚くべき部分はその体力だろう。
大半のボーカルが楽器の調整や休憩の為に、曲の合間合間にトークを挟むのに対して、彼女はすぐに次の曲に入った。
トークが無駄な時間とは思わないが、まるで時間いっぱい歌っていたいと言わんばかりに楽しそうで、1曲1曲に全力を注いでいるのが見ているだけで感じられる。
そして曲が終われば、深くお辞儀をして下がっていく。
その潔さに感動し、万感の拍手を送ったのはブロッサムだけではない。その会場にいる誰もが、トーマや接客をしている店員まで手を叩き、明るい表情を浮かべていた
しばらくその高揚感の余韻に浸っていると、トーマがブロッサムの服を引っ張って、ステージ横に備え付けられている扉を開いた。
どうやらそこは、演者達の控え室になっているようだ。地下とは思えないほど広々している通路にはいくつも扉があり、それぞれの扉に誰が、あるいはどんなバンドが入っているかというのが張り出されている。
「すいません、こちら関係者以外立ち入り禁止なんです」
ドアの内側に控えていた男性スタッフが(ここでも現実と同じように、このライブハウスの名前が印字されているTシャツを着ている)トーマの行く手を遮る。
「分かってる。悪いんだが、クリアリィに取り次いでもらえないか? 『トーマが来た』って言ったら、分かって貰えると思うんだ」
臆する事なくそう言うと、「はぁ、そうっすか」と釈然としない顔をしながらも、男性スタッフはそのまま通路を歩いていった。
「ここら辺は現実と変わらないんですね」
「そりゃあな。特にクリアリィ……あぁ、さっきの歌手の名前な……あいつは、【ファンタジア・ゲート】内じゃ結構人気のアーティストだ。
だんだん外でも名前が売れて来て、今やセミプロみたいなもんだから、現実で会えない分こっちで、って考える輩もいるんだろう」
そう言われてみればそうだ。
リアルではどんなに有名人でも、こちらで声をかけようと思えば出来る可能性がある。それならばと、気楽に声をかけようとする人間は多いだろう。
ブロッサム自身だって、知っている芸能人にもしゲーム内で会えるとするならば、普通に声をかけようとしてしまうかもしれない。
どちらにしても、大変失礼な行動なのだろうが。
「まぁ、あんまりオススメしないんだがな。リアルでツンとしている奴が素だと結構アレな奴、なんての珍しくも「トーーーーマーーーー!!」ぶごふぁ!?」
したり顔で話していたトーマの顔が、いきなり後ろに流れて行く。さっきまで横にいたのに、通路から物凄い勢いで突っ込んで来た紫色の何かにタックルされたのだ。
幸い、彼のすぐ後ろには扉があり、街の中だから、破壊は不可能。そのまま壁と紫色のナニカのサンドイッチになっただけだった。それでもかなり苦しそうだが
「っ、クリアリィ、てめぇ、タックルは止めろって言ってんだろうが! もしフィールドだったらダメージ入るくらいの勢いだったぞ!」
突っ込んで来た紫色のナニカ――先ほどまで凛とした姿で歌っていたクリアリィの表情は、もうデロデロだ。
溶けたアイスのように蕩けきっている。
格好がロックな分、ギャップが相当大きい。
「だって、トーマしばらく連絡なかったから心配してたんだよ! 街でも出くわさないし、ライブにも来ないしさぁ。
そもそも、あんた前衛職プレイヤーなんだから、これくらい痛くも痒くもないでしょ?」
「痛くも痒くもねえが苦しい、離れろバカ!」
「冷たいなぁ、もうちょっとハグさせてよぉ」
ジタバタと暴れまわっても、ゲームだから埃は立たない。しかし周囲の視線も相まって、非常に気まずい空間が生まれている。
ブロッサムはそれを側から見ながら、ほんの少しだけ距離を空けた。あまり友人だと思って欲しくはないから。
そんな風にしばらく押し問答を繰り広げていたが、いい加減諦めたのか、満足したのか。クリアリィは笑みを浮かべながら立ち上がる。
「いやぁ、久し振りに顔が見れてお姉ちゃん嬉しいなぁ」
「お姉ちゃんじゃねぇし、しかも顔が見れたってレベルじゃないぞ……」
「もう、照れちゃって! 思春期?」
「とっくの昔に卒業したわボケェ!!」
普段冷静で、どこか達観したように見えるトーマが、まるで子供のように怒鳴っている姿は新鮮だ。
思わずそれを凝視していると、ようやく視界に入ったのか、クリアリィがこちらを見る。
「ん? ん〜〜〜??」
眉をひそめ、爪先から頭のてっぺんまで値踏みするような視線が走る。
さっきまで素敵な歌を歌っていた人物であり、しかも何やらトーマと中が良さげな女性にそのような視線を向けられ、ブロッサムの体は緊張で固まる。
しばらく、数十秒といったところだろうか、そのような視線を送ってから。
「――トーマ。いくら何でも、まだ結婚は早い!」
とんでもない事を言い出した。
最初は頭の中でその言葉の意味を理解出来なかったが、消化しきると今度はその意味の所為で、顔が熱くなっていく。
「いったいどういう方程式使えば、そういう結論に至るんだよ……」
トーマの呆れたという感じの表情に、クリアリィは胸を張って答える。
「だって、最近は人とつるまないあんたが、いきなりこんな可愛い子連れてくるなんて、それくらいしかないと思って」
「だからどんな発想だよ、普通に知り合って普通に世話してるだけだ」
「それがもう異常事態なんだって。
良い、トーマ。確かにゲーム内だったら未成年でも結婚出来るし、18歳未満でもチューくらいは出来るよ? でもね、流石にお姉ちゃん親御さんとの相談もなしにそういうのを決めてしまうのは如何なものかと思うの。人生は長い。ゲーム内での結婚がリアルでの結婚にも繋がるなんて今時珍しくもない。短慮な判断は今後の人生を大きく左右する事に、」
「だから全然違うって!」
トーマとクリアリィの言い合いを、まるで他人事のように見ながら、ブロッサムは思った。
……本当だ、普段はちょっとアレだ、と。
「へぇ、そんな事があったんだ。トーマが女の子連れてくるから何かと思えば。偶然ってやっぱり面白いね」
先ほどよりもずっと落ち着いたクリアリィは、テーブルの上に置かれた瓶を傾け、中に入っていたオレンジジュースをグラスに注ぐ。
ここ通路ではなく、クリアリィの控え室だ。
まるで現実(もっともブロッサムはテレビでしか見た事がない)の控え室同じように、メイク用の鏡と椅子が置いてあり、すぐ側には畳が敷かれ、ブロッサムとトーマ、そしてクリアリィはそこに座っていた。
もちろん、流石にパイプ椅子などは用意出来なかったのか、素材は全て木だが、それでも雰囲気は十分。ブロッサムがまた緊張してしまうのも、道理だろう。
もっとも彼女が動揺しているのは、先ほどの婚約者扱いが尾を引いているのも大きいおだが。
「ここ最近ずっと1人でプレイしてるみたいだったトーマにお友達が出来て、お姉ちゃん嬉しいよ」
「どこ目線で話してんだよ」
先ほどのように憎まれ口を叩いているものの、トーマの表情は柔らかい。かなり気を許しているのか、満更でもない表情だ。
向かいに座っているクリアリィもまた同様だった。まるで本当に弟に再会できたように嬉しそうな笑みを浮かべていて、こちらまで優しい気持ちにさせられてしまう。
「で、ブロッサムちゃんだっけ? 私の歌は気に入ってもらえた?」
「は、はい!」
水を向けられて声が上ずるのを抑えながら答える。
「えっと、私音楽はあんまり詳しくないんですけど、あんなにいろんな種類を歌える人って初めてで、それにどれも上手だし、すっごく感動しました!」
その言葉に、クリアリィも満足げに頷いた。
「ありがとう、そういって感想をくれるのは嬉しいよ。
あたしは音楽に関しては無節操な所があるから、正直気に入らないって人も多いんだけど」
「そうなんですか!? あんなに上手いのに!?」
「う〜ん、この場合は上手い下手は、あんまり関係ないからねぇ」
自分の知らない常識を突きつけられ、ほぇ〜などと気の抜けた声を出しながら何度も頷いてしまう。他人から見ればきっとバカっぽく見えてしまうんだろうが、無知なのは事実だった。
「今日は、ブロッサムに戦闘以外のゲームの楽しみ方を教えたくってな」
「ああ、それでライブハウスね、納得」
一口だけオレンジジュースを飲むと、クリアリィは身を乗り出しながら話し始める。
「この世界じゃ、こういう風に人を楽しませるって事に楽しみを見出してる人、結構多いんだ。
戦闘や生産もそりゃあ楽しいと思うけど。普段出来ない事をするって意味では、人前に立って何かを披露するってのも大きいよ」
「音楽以外にも、そういうのあるんですか?」
「あるある。特殊効果とか、この世界では簡単だから、自主映画や演劇に手を出している人もいるし、サーカスみたいな曲芸とか、戦闘プレイヤーでも、演舞見せたりね。
メインの遊びとは別個に分けやすいから、普段は戦ってるけど、時々そういう活動してる人、結構多いんだぁ」
昼間は戦闘を行い、街でそういう趣味活動を行う。
ゲームという趣味の世界の中でさらに趣味を作るというのは、ブロッサム1人では想像も出来ないやり方だ。
「さっきも言った通り、この世界で稼げば現実のお金に換金出来る。
だから戦闘やその他の金策は『仕事』と割り切っている人間もいないわけじゃないからな。自然とそういう活動をする人間も増えてきたって感じだ」
「この世界はスキル取得してランクを上げれば、歌だって楽器だって、専門的なものは簡単に出来ちゃうからね。現実よりハードル低いもん」
「それにしたって、プレイヤースキルや個人のセンスは影響するだろう?」
「そこまで否定はする気はないけど、ドヤ顔でギターソロ弾いてるプレイヤーが、現実じゃGコードも押さえられないって、割りかしある話だから」
話している事の半分も理解出来ない。
「ふふっ、ブロッサムちゃんも慣れてきたら、そういう遊び方も体験して良いかもね。ブロッサムちゃん可愛いから、VRアイドルとか目指せるんじゃないかな?」
VRアイドルとは、VRゲーム内で活躍するアイドルの事だ。
ここ最近、ゲームの中で人気を博するプレイヤーやNPCへの人気は大きく、ゲーム会社が宣伝替わりにデビューさせる場合も多い。
【ファンタジア・ゲート】もそれは例外ではない。歌って踊って、支援や回復を行うアイドル『Lily』などが有名だろうか。
最近ではリアルでの活動も増え始め、10代や20代を中心に支持を受けている。
「そ、そんな、私には無理ですよ!」
「えぇ〜そうかな〜」
残像が見えるほど手を横に振るブロッサムに、クリアリィは笑いながら頭を撫でてくる。
もっとずっと厳しい人だと思っていた彼女は、その外見のイメージからかけ離れた、優しい人だった。
「……気ぃつけろよブロッサム。そいつ興味ない奴や、敵には結構容赦しないし、怒ると怖いぞ」
「ちょっ、トーマ! あんたそういう事を新人の子に言わないでくれる!?」
トーマの耳打ちに、クリアリィは心外だ、と叫んでいる。
その姿は、別に血縁関係はないと分かっていても、まるで姉弟のようだった。
……リアルに戻ったら、お兄ちゃんに謝ろう。
ふと湧いた罪悪感を押し殺し、ブロッサムはそう誓った。
次回の投稿は11月6日の20時に行います。
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