10 お金とロック!
「おう、相変わらず時間ピッタリ……お前は、あれだな。入ってくる時凹んでるか怒ってるかなのか?」
いつも通りログインしてトーマと出会うと、開口一番核心をついてくる。
相当表情を読むのが上手いのか、もしくは妖怪サトリなのかもしれないと思いながらも、ブロッサムは苦笑しながら頭を下げる。
「あはは、すいません、なんかインする前にお兄ちゃんと喧嘩しちゃって」
「へぇ、そっか……って、あんまリアルの事をペラペラ話すなっての!」
一回首肯しながら注意してくれるトーマを、やはりブロッサムは疑う事は出来なかったし、嘘を吐いたり隠し事をしたりする事も、やはり出来なかった。
彼が関わっていると言うなら、特に。
「それがですね、実はリアルというより、ゲームの方の話で……その、すいません。うちの兄が、なんか勝手にトーマさんの事を調べていたみたいで」
「? どういう事だ」
トーマに問われて、ブロッサムは兄との会話内容を、そのままトーマに伝える。
兄が勝手に情報屋なるものを利用してトーマを調べていた、何か知らないが疑っている、と。
その言葉にトーマはあまりいい顔をしなかったが、同時に怒っている風でもない。まぁそうだろうなと言わんばかりの表情だ。
「その兄ちゃんからすれば、確かに妹と連んでる男性プレイヤーがどうなのか知りたいわな」
「そういうものですか?」
「う〜ん、俺は独りっ子だからちゃんと理解してないけど、妹とかがいたら、やっぱり気になってたかもな」
街の中を歩きながら、ブロッサムは不承不承と言った感じで頷く。
「それは分かっていますけど……やっぱりなんか、納得はいきません」
「心配される側からすればそうなるんだろうけどな。まぁ、帰ったら兄ちゃんに謝るなりなんなりしておけ」
年上だからなのだろうか、どこか含蓄のあるトーマの言葉に、ブロッサムは若干躊躇するものの、すぐに首肯した。
「そういえば、兄の会話からずっと気になっていたんですけど、情報屋ってなんですか? そういうプレイをしている人もいるんですか?」
その言葉にトーマの顔が、もう何度も見た言い辛そうな表情に変化する。
「あ〜、あんまり褒められた話ではないんだが……そうだな。
お前も初日にビックリしただろうが、この世界は街の中以外にマップというものがない。これもまぁ、ゲームの設定の所為、とも言える」
――トーマの説明を要約すると。
ここは言わば新大陸。まだ見ぬ未開拓地。
既存の街は当然NPCの皆さんで造った(と設定されている)んだろうが、それ以外の場所はプレイヤー自ら進んでいかなければいけない。
故に、マップなどなく、正式オープンすると、そこには広大な大地が広がるのみ。
勿論、それではゲーム進行がし辛い。どこに行けばどこに何がある、というのが分からなければ攻略しようがないのだ。
そこで登場したのが『測量士』プレイヤーだ。
彼らは地図作りに必要なスキルを取得し、前線の攻略組に合流。戦っている彼らのそばで地形を、道を、出現するモンスターやドロップするアイテムなどを記録し続けた。
総合掲示板など情報を開示するシステムが存在せず、気楽にログアウトして攻略サイトをチェック出来ないVRMMORPGの中で、彼らは無視出来ない存在になっていった。
そして、攻略が進んでいく毎に彼らの形態も変化していく。
フィールド情報だけではなく、攻略情報やギルドやプレイヤーの情報まで扱い始め、その蓄えた情報を金銭で買わせるようになったのだ。
最初は抵抗感が強かったようだが、その重要性の高い立場に、次第と測量士は一般的になっていた。
現在、測量士の種類は多岐に渡る。前線プレイヤーが便利だからと取得するものもいれば、パーティーの雑用係を兼任する者もいる。
しかしその中でも最も多いのが、情報を商品に変えてしまう情報屋の仕事なんだとか。
「つまり、その測量士さんが情報屋さん、ですか?」
「さんはいらないと思うが、そういう事だ。
大きいギルドになればなるほど、そういう子飼いの情報屋を抱え込む場合が多い。きっとそういう奴らを使ったんだろう」
攻略、ギルド運営、商売、単なるソロプレイであっても、彼らの情報は外せない。中にはグレープレイヤーに指定されている悪質な測量士もいるが、それでもなお身近な存在だ。
「お前もいつか世話になる事もあるんだろうが、注意しろ。
連中はかなり口達者だからな。どうでもいい情報に金を払わされるなんて結構ザラだ。出来るだけ良心的な情報屋と懇意にしておいた方が良い」
「はぁ、そういうものですか」
まるでアンダーグラウンド系の作品に登場する人物のようで、あまり自分に関係があるとは思えなかった。
ゲームとはいえ、奥が深いものだ。
「って、今日はそんな話がしてぇ訳じゃないんだ。折角ゲームをやってるんだ、もっと戦闘以外の楽しみを探そうって話だったじゃねぇか」
「そうでしたっ」
自然と声が上ずり、周囲を見渡しながら頷く。
考えてみれば、装備を揃えてからひたすらスキル上げだった所為ですっかり忘れていたが、このゲームには楽しむ方法が多い。
まず生産。装備やアイテム、はたまた戦闘には関係のないアイテムなどを作るスキルなど、種類は豊富だ。
現実で作っているものをこちらでも作ってみたいという需要は多いし、逆にリアルでは手を出せないけどここでは……と考えるプレイヤーも珍しくはない。
そういう物を見て回る、ウィンドウショッピングもまた、【ファンタジア・ゲート】の楽しみ方だった。
「では先生、どこに行くんですか!? 私スキル上げのお陰でお財布が暖かいので、今日は奢っちゃったりなんだりしちゃいますよ!」
〈ロックタートル〉と〈ストーンハンド〉は大半のドロップはプレイヤー商店でも1Mにもならない小石だったが、低確率でドロップする鉱石はおいしかった。
なにせ1つ1000M。これ一個だけで初期費用を回復させる事が出来た。
それなりに連戦を続けていたので、低確率であってもそれなりの量を確保する事が出来た。
おまけに併用できるクエストなどの報酬もあって、ブロッサムの所持金は今や5万M。最初に貰ったお金の50倍だ。
「いきなり大金持ちでもうウハウハです……仁王さんには相変わらず受け取って貰えませんでしたが」
んなもん自分で使えと、逆に怒られてしまったのはもはや笑い話だ。
「まぁそりゃあそうだろうな。上に行けば行くほど、5万なんて端数扱いになる。Ⅴランク以上の装備は最低でも20万Mスタートだし、ギルドで買うホームやキャッスルはもっと高価だ」
ギルドでは、本拠地となる建物や土地をギルド資金などで購入しなければいけない。
下から、ルーム、ハウス、キャッスル、タウン、シティなどがあり、最低ランクのギルドルームなど蛸部屋のような様相になっている場合も多いのだとか。
ギルドで城が買えるのも驚きだが、街まで手に入るのは驚きだ。もっとも町や街などの領地を得る為にはかなり厳しい条件と、高難易度のギルドクエストを攻略しなければならないそうだが。
「……ちなみに、城っておいくらで買えるんですか?」
ブロッサムの言葉に、トーマは想いを馳せるように視線を泳がせる。
「そうだな〜、確か最低金額でも……5億Mだったかな?」
「ごおく!?」
文字通り桁違いな数字に、大声で驚く。
「しかも、かなり安くてだな。中古だったり曰く付きだったり、城とは名ばかりの豪邸レベルだったり。
もっとちゃんとしたギルドキャッスルになると、それにさらに二桁足す事にもなりかねない」
なんて高い買い物なのだろうか。
一度買えば一生物とはいえ、現実であっても一国一城の主人とは相当に大変なものなのだ。
「勿論、その分恩恵は凄まじい。アイテムを貯めとく倉庫や、乗騎系アイテムを保管してくれる場所、それが生き物なら飼育出来る環境と世話してくれるNPCもセット。
おまけにメイドと執事までついて、料理人までいるキャッスルもあるって言うんだから、額に見合っただけの機能はあると思っておいた方が良い。
もっとも、個人で城買う奴なんて滅多にいないけどな。あんま意味ないし、トッププレイヤーでも高い買い物だから、ローンがあっても微妙な所だ」
「……ちなみに、トーマさんはおいくら位持ってるんですか?」
何となく(と言うよりも少し下心というか、相手の財布事情が気になるという、少々いやらしい気持ちを混ぜながら)聞いてみると、またもトーマは顔を顰める。
「お前はまたそうやって……相手の資産を聞いたりするのも、マナー違反だ。あとクレクレしたってダメだぞ」
「そんな事しません! 上位プレイヤーがどれだけ稼ぐのか知りたかっただけです〜」
わざと膨れっ面を見せつけると、プッと吹き出してから笑い始める。かなり失礼だ。
「んだその顔……まぁ、お前なら良いか。
そうだなぁ、銀行に預けている金、所持金、あと倉庫に預けてるレアアイテムやレアドロップ、レア装備やなんかの実物資産と、今装備しているアイテムや装備も合計するって考えると……、
ざっくり、10億Mくらい?」
「お城買えるじゃないですか!!」
10億M。自分では到底届きそうにもない金額に、思わず呆然とする。
「そうは言うが、狩場やクエスト挑んでけばこれくらい稼ぐし、同時に同じくらい使う。
上位プレイヤーなら1日頑張って1000万M稼げるが、装備のメンテや消耗品の補充でだいたい500万M消えるなんてザラだ。
生産職や商人プレイしている奴らや大きなギルドは、もっとでかい額転がしている場合もある」
「なんだか、思いっきり金銭感覚が狂いそうですね……」
毎日1000万M稼ぐなんて、自分には想像出来ない。そもそも自分でどうやって使うかも分かっていないのだ。
串焼きなら何本買えるんだろう、と思わず庶民的な事を考えてしまうくらいには、現実味がない。
「そんなに稼いでどうするんですかねぇ。あんまり使う事もなさそうですけど」
大きな買い物など、ゲーム内であっても機会は少ないだろう。それこそ城でも買わない限り、ゲーム内でお金に困ることは無いのではないか。
現実でもないのにそれほどお金を貯めて、いったいどうしたいのだろう。
「装備でも何でも最初は金を食うからな。あればあるだけ困らないさ。
人によっちゃ、リアルマネーに換金したりもするしな」
「……ん?」
今何か、妙な言葉が聞こえた気がする。
「……本物のお金に換金出来るんですか?」
「出来るぞ? 換金率は100分の1、つまり1M0.01円と、相当安いが、トッププレイヤーになればそれなりに稼ぐ事だって難しい話じゃない。
そういうので稼ぐ自称プロゲーマーも多いし、最近のVRMMOじゃ珍しくない」
100M=1円。つまり今のブロッサムの所持金を日本円に換算すると……500円である。
500円で喜ぶなんて小学生以来だ。
「って事は、上位プレイヤーだと日給5万円……それでも相当稼いでますね」
「上位プレイヤーなんて、全体の3割もいないんだから、あんま夢見すぎるなよ〜」
前を歩いているトーマにそう言われて、気を引き締める。好きな事をしてお金を稼げる人間など少数なのは、どんなに時代を経ても同じなのだ。
「だが、やりようはいくらでもある。
ゲームの中で稼げない代わりに、ゲームを利用して現実の商売を回す人間は割といる。
ゲームでデザインした洋服やアクセサリーを売ったり、現実で出している料理と同じものを出して、現実でも食べてもらおうとしたり。
VRゲームは、そういう販促にも向いてるんだよ」
トーマの言葉に、へぇと思わず感嘆の声を漏らす。
ゲームで遊んでいるだけではなく、そういう風に現実の仕事にも繋げられるように考えるというのは、今までのブロッサムには想像出来ない事だった。
「今から行くところも、そういう風に稼いでいる連中が集まっている場所だ――ところでブロッサムは音楽とか好きか?」
「? ええ、好きですけど」
唐突な質問に答えると、トーマはそれなら良かったと頷く。
「ならきっと楽しくなるよ。これから行くところはな――、」
トーマの言葉が雑踏の中に紛れ、聞こえるのは1番近くにいたブロッサムだけだった。しかし、それを聞けば誰もがブロッサムと同じ感想を抱くだろう。
――それって、ファンタジーとしてどうなの? と。
――低い重低音が鳴り響く地下空間。
――薄暗い店内の中に、七色のライトが輝く。
――舞台では楽器を持った若者達が音楽をかき鳴らし。
――客はその曲に乗って跳ねたりリズムを刻んだり、時には頭を振りまくったり。
――人によっては備え付けのバーにてアルコールなどの飲み物を頼んで楽しんでいる人もいる。
「――あのッ、――良いんですか!?」
「えー!? なにがー!?」
「いやだからッ! こういう場所は大丈夫なんですか!?」
「あぁ!? 何でそう思うわけ!?」
「いや、そりゃあそうでしょう!?
ここ、ライブハウスですよね!?」
ガンガンとビートが鳴り響く会場の中で、ブロッサムとトーマはようやく怒鳴り合いで会話を成立させている。
ライブハウス【Sing&Song】
【始まりの街】で店舗を構えているこの店は、音楽に関係するスキルを持つプレイヤー達が演奏を行い、音楽好きなプレイヤーが聞きに来る店だった。
ゲームの世界観的にどうなの!? という感じのライトや機材が揃い、しかも楽曲はファンタジーに似合うケルト音楽や何かだけではなく、Jポップやロック、時々パンクやデスメタルなど、ジャンルに節操がない。
勿論機材は見せかけ、音に関してはそれっぽい物を出しているに過ぎない訳だが……これは良いのか。
ファンタジーを題材にしているゲームとしてありなのか。
もはや装備の原型と留めているのか分からない、どこかの世紀末な革鎧はありなのか。
ファンタジー装備を着用しながら現代音楽に聞き惚れる彼らはありなのか。
父の影響で大昔の漫画まで知っているブロッサムは、頭の中でだいぶ的外れな、かといって人から見ればその通りと思ってしまうようなツッコミを繰り返していた。
「良いんじゃねぇか!! システムで認められてるんだから!」
「二言目にはそれですけど、それにしたって無茶し過ぎですよ!」
「えぇ!? なんだってー!?」
「絶対聞こえてますよね!?」
ブロッサムの追求も、トーマはどこ吹く風だ。バーカウンターで頼んだお酒を飲みながら、音楽を楽しんでいる。
手元には、一枚の紙。ファンタジーでよく登場する羊皮紙のように荒い粗雑なその紙だけが、もはやファンタジー要素を残していると言っても過言ではないだろう。
……タイトルが、『本日のセットリスト』になっているのは、いろいろな意味でアウトのような気がするが。
「――へぇ、今日はアイツが出るのか」
そのリストをまじまじと凝視していたトーマは、思わず考えが漏れ出すように言葉を零した。
音楽と音楽の間に辛うじて聞こえたその声は、どこか懐かしさのような、親愛の情を内包した、優しい響きが籠もっていた。
「お目当てのバンドでもありましたか? もうこの際私は何でも来いな状況です」
これはゲーム。楽しんだ者勝ち。そんな自己催眠を頭の中で巡らせれば、自然とテンションも上がってくる。
しかもブロッサムはリアルでの経験も含め、初ライブハウス、初生ライブだ。少々想像以上の設定ブレイク空間に陥ってしまったものの、楽しくならないはずもない。
そう言いながらはない気を荒くしていると、トーマはセットリストを置いて、微笑を浮かべながらカウンターに膝を突く。
「似たようなもんだ……今から、一番の歌姫が来る。楽しみにしておけ。
もっとも、歌姫なんて高尚なもんじゃないけどな」
その声は悪戯っぽく、酷く楽しげなものだった。
次回の投稿は11月6日の0時に行います。
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