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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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9 腕試しと兄弟喧嘩






「すいませんトーマさん、私そろそろログアウトしないと」


 急に真面目な表情をして自動ポップしたウィンドウを見ていたかと思えば、随分な言葉に、トーマは驚く。


「そんな――まだ9時だろう? 寝るにしたって随分早い時間じゃねぇか?」


 ウィンドウを開き、表示されている現実時間を見てみれば、まだ夜はこれからという時間だった。

 いくら【ファンタジア・ゲート】内での時間が通常の4倍に設定されているとはいえ、現実の時間をゲームに注ぎ込む者はどこにでもいる。

 一応現実時間で6時間、つまりこちらで1日経過すればログアウトせざるを得ないのがここの仕様ではあるが、しかしそれにしても早い。

 ゲームをしていない人間だって、これからゴールデンタイムのバラエティを見ようと考えるはずだ。


「ええ、まぁ、そうなんですけど、まだお風呂に入ってないですし……その、予習復習がまだ終わっていないので」


 ――ゲームの中で1番似つかわしくない台詞に、図らずもポカンとしてしまう。


「……予習復習ってあれか? 勉強か?」

「それ以外に何があるんですか? うちの学校、結構厳しいんです」

「ああ、いや、それは知らねぇけど、そっか、予習復習か……」


 ……思い返してみると、自分も含めたヘビーユーザーで勉強というものをマトモにしている人間がいるのだろうか。

 現実を疎かにしている人間は意外と周りにはいないが、それにしたって普段から勉学に励んでいる人間はいなかったように思える。

 精々、テスト前の追い込み時や受験に必要な時くらい。かくいう自分もその1人だった。

 ついぞゲームの中で『予習復習があるからログアウトします』なんていう、俗に言う良い子はいなかった。


「……まぁ、それもお前が楽しむなら別に良いか」


 ゲームへの態度は人それぞれ。

 現実を謳歌しつつゲームの中でもトッププレイヤーなんていうのも、いないわけではない。ここで終ったところで問題にはならない。

 というか、ここで怒ったら割と人間失格である。

 自分の中でそう納得しながら言うと、怒られるとでも思っていたのか、ブロッサムは安堵の表情を浮かべる。


「じゃあ、えっと、一度街に戻らなきゃいけないんですっけ?」


 街などのセーフポイントでログアウトしなければ、アバターがその場に残って大惨事だ。一応それを防ぐ為の方法はいくつかあるものの、今回そんなものを用意しているはずもない。


「そうそう、【ロックロックの丘】までの道は比較的安全だし、アクティブモンスターもいない。1人でも大丈夫だろう」

「? トーマさんは一緒に帰らないんですか?」

「あいにく、俺は良い子ちゃんじゃないんでね。明日は遅く起きても大丈夫だし、やりたい事があるんだ」


 自分のリアル事情をそれなりに隠しながら言うと、ブロッサムは「はぁ、そうですか……」と少しだけ残念がる素振りを見せる。

 まるで子犬に懐かれたような気分だ。

 そんな風に笑みを浮かべていると、ブロッサムはテキパキと挨拶を済ませ、そのままフィールドの外へと続く道に歩いていく。

 片道30分。現実時間で言えば、5分を少し超える程度。そんなもの誤差のようなものだろう。

 ブロッサムが離れてみれば、今日はスキル上げにやってくる人間は少ないらしく、パッと周囲を見渡しても、自分くらいしかいないらしい。

 それ確認してから、ようやくトーマは座っていた岩の上から降り、イベントリを開いて小さな小瓶を取り出す。

 アイテム名は〈酩酊回復薬〉。簡単に言って仕舞えば酒などで発生するBS、《酩酊》を解除するアイテムだ。

3分の1程度の確率で失敗する可能性があるのだが、数だけは揃えているので、どれかは効くだろう。そう思って一気に煽ると、右端に点滅していたアイコンが消失する。

 幸い、一発で解除出来たようだ。

 小瓶をそこら辺に放り投げると、今度は装備欄を操作し、自分の手元に2本の武器を装備する。

 昨日の夜ブロッサムの目の前で見せた短槍とは、似ているようで違う。

 簡素な造りだったはずのそれは、同じく簡素ながらもその素材のレベルの違いが分かるほどだった。1本は赤、1本は青に塗られた柄。穂先は相変わらず槍にしては大きいがより斬れ味のよさそうなもので、業物の短剣を思わせる。

 仁王の元に預けていた、本来の主装備。

 魔術のスキル上げの事もあって、武器はあくまで数打ちのサイドアームを付けていたのだ。それに頼りたくはないというのもあるが、ほんの少し前の自分から離れたいという理由もあって。

 1本ずつ片手に持つと、肩慣らしするように軽く回す。槍は空を切り、片手とは思えないほど軽やかに鋭く、風切り音を鳴らす。


「――おかえり、相棒」


 自分勝手に手放したくせに、妙に感傷的になってこぼすが、返事をする者はいない。2本の槍は、ただただその刃に日光を反射させ、光り輝いている。


「さてと――おら、そろそろ起きろ」


 不意に自分の座っていた岩を小突く。

 この世界では基本的に自然物に干渉出来ない。触れはするが、壊したりする事は出来ない。採取には採取用のものが存在し、風景であるそれらとは明確に区別されている。

 だから岩も、ただ攻撃を跳ね返すだけで、何の影響も起こらない。

 ――それがモンスターでない限り。

 岩が大きな地響きを立てながら動き始める(・・・・・)

 その場に蹲っていたように、まずは膝を立て、両の手でその重量のある体を起こし、虚ろに大きく開く口と、爛々と光り輝く眼が埋まった穴がこちらを向く。


『――――――ッ!!!!』


 咆哮はまるで岩雪崩の如くフィールドに響き渡る。その声色はどういう内容なのか厳密には理解出来ないが、しかし怒りを湛える事だけは理解出来るものだった。

 この【ロックロックの丘】の中で最も強いモンスター〈ロックジャイアント〉だ。

 モンスターランクは、ⅠやⅡが多いこのフィールドの中でⅤという飛び抜けたもので、防御力だけを換算するならばもはやⅦにも迫る硬さだ。

 故に高ランクスキルを保有しているプレイヤーでも、腕試しやスキル上げの為に単独で挑み掛かる事があるモンスターだ。

 普段は岩に擬態し、しかもノンアクティブなので初心者はよっぽどの事故がない限り遭遇しないし、流石にブロッサムには早いとして、存在を伏せていたのだ。

 岩の上に座り込んでいたのか、もしも間違ってブロッサムが起こしてしまったら止めようと思っていたのもある。


「うっし、そろそろ肩慣らし――いいや、足慣らししておかないと、ギルマスに何言われるか分からないからな」


 双槍を翼を広げるように構えながら、トーマは巨大な岩の巨人に向かう。

 自然と体の周囲に風が凪ぎ、トーマ自身の強さを物語っていた。

 ――余談ではあるが、このフィールドはそれなりに広い。よっぽど多くの人間が集まらない限りはどこもかしこもプレイヤーだらけ、という事にはならない。

 故にだろうか。索敵スキル系をセットしていなかったトーマは、とある新人プレイヤーのパーティーを見逃していた。

 後に彼らはこう語る。




「まるで風を纏った鷹が戦っているようだった」と。







 ――桜が本格的にスキルのランク上げを始めて3日が経過した。

 短い時間ながら日夜【ロックロックの丘】で岩連中との戦いに勤しんで、おかげで武器スキルなどの主要なスキルの一部はランクⅡに突入していた。

 それと比例するように、ブロッサムがゲームに使用する時間もどんどん増えていく。勉強を疎かにして成績を落としては本末転倒なので、勿論使う時間はそれなりにだ。

 しかし、それでも着実にブロッサムは【ファンタジア・ゲート】にのめり込んでいた。


「――ご馳走様でした」


 そんな本日。母と父が両者とも仕事で遅くなる今日(両親は共働きだ)、入浴、そしてたった今食事を済ませたブロッサムは、食器を手早く下げ、自分で流しへ持っていった。


 早くゲームをやりたい。


 逸る気持ちを抑えながら、自分のやらなければいけない事をしっかりやる。

それもまた、偉大なる先輩であるトーマからの教えだった。自分のしなければいけない事を済ませてからゲームを楽しめば、精神衛生上も宜しいだろうと。


「……なぁ、桜。お兄ちゃんちょっとお話があるんだけど」


 不意に先程まで座っていたリビングから声をかけられる。

 桜の家のキッチンは、ガラスの嵌っていない窓を覗けば、そこからリビングが見える仕様になっている。そこから覗き込むと、ほんの数秒前まで目の前にいた男性が心配そうな顔でこちらをいていた。

 目にかからないように伸ばされた髪の毛は最初はワックスで固められていたが、風呂から上がった今では湿り気を帯びて、律儀に重力に従っている。

 温和そうな黒い瞳、柔和であるものの格好が良いと評価出来る顔。低くはない身長。どれをとっても、自慢の兄だと胸を張って言える。

 そんな桜の兄、香納朝也(あさや)だ。

 どうでも良い情報かもしれないが、友人達からの渾名は「チョウヤ」らしい。なんでも梅酒を出している会社名と、兄の名前の音読みが同じだからだそうだ。


「なに、お兄ちゃん。出来れば食器洗いが終わるまでに終わらせてね、約束があるから」


 手早く皿洗いをしながらそう言うと、兄は心苦しそうに箸を口に咥えながら(マナー違反だ)呟く。


「桜。確かに【ファンタジア・ゲート】を勧めたのはお兄ちゃんだよ?」

「うん」

「最近落ち込み気味の桜を元気付けてあげたかったし、僕は持っているからいらなかったしってのはあるけど、楽しんでもらいたいと思っている」

「……うん」

「ゲームの中で一緒に行動出来ないって言ったのも、お兄ちゃんだよ?」

「うん」

「僕は一応大きめのギルドに所属していて、桜に構っていられないのは、本当に申し訳なく思ってるんだ」

「そこは気にしてないよ、別に」

「お兄ちゃんはちょっと気にしてるの。だから、あんまりゲーム内での桜の行動に口出したくはないんだけど……、




 その、いつも一緒にいるお友達って――男性?」




 ……結構な前置きに、しかも自分がイジメられている事を言えない罪悪感まで突いておいて、言う事がそれなのか。

 思わずそう思うが、別に兄を責めたい訳ではない。食器を洗う手を止めずに答える。


「うん、そうだよ」


 カラカラ、と乾いた音がリビングに響く。

 どうやら、箸を落としたようだ。


「初日にモンスターに倒されそうになったのを助けてくれた人でね、すっごく親切なの。色々教えてくれて、今はスキル上げに付き合ってくれてるんだ。

 あ、今日はスキル上げばっかりじゃなくて、面白い所に連れてってくれるんだって、楽しみだなぁ〜」


 固まっている兄を他所に言葉多く話している桜の表情は明るい。

 そういう表情を見たくて兄はゲームを渡したのだが……看過出来ない事も当然ある。


「あのね桜。【ファンタジア・ゲート】では確かに犯罪や何かに利用出来ない仕様にはなっているけれど、あんまり異性と親しくし過ぎない方が良いんじゃないかなぁって」

「? なんで?」

「いやなんでって……」


 そこで言葉を濁す。

 まさか妹に対して不純異性交遊を話すわけにもいかず、色々考えながらどう伝えようか迷い、


「……ほら、下心があるかも、しれないし」


 何となく誤魔化した。

 そんな言葉で深く察する事が出来る訳もなく、桜はコロコロと笑い始める。


「嫌だなぁお兄ちゃん、私初心者だよ? お金なんて持ってる訳ないじゃない」

「いや、そうなんだけど、そうじゃないというか……」


 男性プレイヤーが女性プレイヤーに求めているものはそういうものではないのだ、そもそもそんなもの求める奴は少数派なのだ。

 と心の中で叫んでみても、桜の耳には入らない。


「お兄ちゃん結局なにが言いたいの? トーマさん、優しくて説明とかも結構丁寧だし

 頼りになるよ?」

「僕が知らない人だからね。グレープレイヤーは見た目からじゃ分からないし……あ、グレープレイヤーっていうのは」

「知ってる。トーマさんに教えてもらった。絶対トーマさんはそういうのじゃないって」

「いや、だから見た目では分からないからお兄ちゃんは心配で、」

「大丈夫だって」

「でも、」


 何度か押し問答が繰り返される。

 グレープレイヤーの件もそうだが、あんまり男性と仲良くして貰いたくない朝也。

 兄の真意に気づかず、自分が見た限りではトーマが悪い人に思えない桜。

 両者の考え方は完全にぶつかり合い、おまけに譲り合おうとしないせいで、会話は空回ってばかりだ。


「何でお兄ちゃんは、そんなに疑うの? トーマさんの事は話したでしょう?」


 桜の言葉に、朝也は渋い顔をする。


「そうだけど……結局情報屋に聞いてもめぼしい情報は拾えなかったし、心配して――あ、」


 言ってしまった。そんな嫌な空気がリビングとキッチンに滞留する。


「……どういう事? 情報屋ってなに? お兄ちゃん、勝手にトーマさんの事を調べたの?」


 食器洗いをしていた手は止まり、リビングに座っている兄を睨みつける。

 滅多に、特に肉親に対して感情をぶつけたりしない桜が珍しく起こっている。その姿に少々怯えながら、朝也は言葉を続ける。


「そ、そりゃあそうだ。お前と一緒に遊ぶプレイヤーが本当にちゃんとした人なのか、知りたかったからね。

 でも、グレーじゃない、普通のプレイヤーって位しか情報が出てこなかった。桜の話だと、あの仁王とも知り合いらしいから、もっと有名なプレイヤーだと思っていたんだけど、」


 仁王。【ファンタジア・ゲート】の中では《伝説の鍛冶屋》で親しまれている、生産職でもかなり有名なプレイヤーだ。

 何人かの有名生産職プレイヤーほどの派手さはないが、彼が造った武器は独創的であると同時に、実用性に富んでいる。

 彼が造った装備を着る、あるいは使用したいと思うプレイヤーは多い。

 そんな仁王と知り合いながら、当然攻略の最前線に立っていたり、プレイヤーとして名が売れていると思ったのだ。

 しかし朝也の情報網に、このトーマと名乗るプレイヤーの名前は一向に上がらない。

 呼ばれている渾名や二つ名の方が有名になってしまい、名前は有名ではないという事はあるが、それにしても情報が少ない。特にここ最近の活動が非常に曖昧なのだ。

 朝也が心配になったのは、その情報の不透明さもあった。

 朝也自身の、名前を聞いた時感じた『どこかで聞いた事あるかも』という不可解な印象も、その心配に拍車をかけている。


「――酷いよ」


 カシャンと音をたてながら、桜は食器を置いて兄を睨みつける。


「こそこそそんな風に調べるなんて……私の先輩だよ? 私だってちゃんと人を見て言ってるのに、なんでそんな事言うの?」


 嫌悪と怒りが混ざり合った表情でそう言うと、朝也も今度は動揺せず、真っ直ぐ桜の目を見る。


「桜はまだゲームに慣れていないだろう。新人に親切な奴ってのは珍しくはないけど、そこまで親切だと何かあると疑って当然だろう?」

「だからって、そんな風に決めつける事ないじゃない」

「どんな目的なのか分からないから、念には念を入れているだけだよ。もしかしたら、」

「もしかしたら、お兄ちゃんの身内だから近づいたかもって?」

「………………」


 桜の言葉に、朝也は黙る。

 大きなギルドになればなるほど柵は多い。そこはゲームだと言って馬鹿には出来ない。ゲームの中での恨みを原動力に何かをやらかす人間は多い。

 実際朝也はいくつかそういう経験をしているし、リアルネームを特定して何かしてやろうと考える輩も、全くいない訳ではない。

 勿論そのような事はシステムが未然に防いだり、様々な策を講じてはいるが、どんな事にも完璧はあり得ない。だからプレイヤー側もそれなりに配慮が必要なのだ。

 だが、まだゲームを始めて日の浅い桜には、兄の心配は過剰なものにしか思えなかった。


「……もう部屋戻る。お兄ちゃん、あとお願いね」

「桜っ」


 洗剤に濡れている手をさっと洗い、朝也の制止も間に合わず、桜は自分の自室のある二階に駆け上がっていく。

 兄が心配してくれている事が分かっていながらも、そのあまりにも失礼な行動と言葉に腹を立てながら。






次回の投稿は11月5日の20時に行います。

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