7時限目 姫騎士の提案
朝の集計でもジャンル別8位でした。
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「よう、帝斗! 相変わらず漬け物石にはもってこいな体型してるな」
手を挙げて挨拶してきたのは、悪友村仁園市だった。
朝の教室でヘッドロックをかますと、ぼくの顎をぽよぽよする。
「苦しいよ、園市。――てか、なんなのその体型」
漬け物石にするには、重すぎると思うんだけど。
ぼくはいつも通り、理采が作ってくれた弁当を机に置く。
「相変わらずお重弁当だな」
「はは……。今日も理采が頑張ってくれたんだ」
「机の上にそそり立ち、黒光りしたお重弁当を見つめる兄であった」
朝から卑猥な表現やめろ!
「そんなこというと、お裾分けあげないよ」
「寂しいこというなよ、帝斗。心の友だろ」
「その心の友の顎を玩具のようにもてあそぶのをやめてくれるかな」
「こりゃ、失敬。帝斗の2重顎は、ぽよぽよするためにあると思っていたのだが」
「違うよ!」
思いっきり否定した。
――たく。
相変わらず無駄にテンションが高いんだから、園市は。
ぼくはしばし悪友とじゃれ合っていると、不意に視線を感じた。
振り返る。
見ると、姫崎さんが座っていた。
周りには円卓の兵隊さんたちがガードしている。
「?」
気のせいかな?
待ち遠しい放課後になった。
いつも通り、教室へ向かう。
身体がふわふわする。
昨日は緊張で足が竦んでいた感じだったけど、慣れてきたようだ。
たぶん、メールで姫崎さんとやりとりするようになったからだろう。
良い兆候かもしれない。
姫崎さんもそうであってほしいな。
教室に行くと、姫崎さんはいつも通り窓際の席に座っていた。
窓から吹き込む微風に、かすかに黒い髪が揺れている。
絵にして部屋に飾りたいほど、美しい光景だった。
「こんにちは。姫崎さん」
「こんにちは。……くん」
あれ? なんか様子が変、かな?
気のせいだろうか。
ぼくは昨日と同じく隣に座った。
「えっと……。今日はどうしようか。昨日、メールでいったけど、顔文字を教えようか?」
「はい。それでもいいんですけど……」
姫崎さんは口ごもる。
やっぱり変だ。
「えっと……。姫崎さん、何かあった?」
「大久野くんは、村仁くんと仲がいいんですね?」
いきなり尋ねてきた。
しかも、なんかちょっとトゲがあるような。
「うん。まあ、昔からの腐れ縁というか」
「腐れ縁……。お付き合いが長いということですね」
なんか語弊があるように聞こえるけど、事実は事実だから、ともかく頷いておく。
「もしかして、園市がなんかした?」
園市も姫崎さんのファンだ。
円卓が試験を始めた時、その第1回目から試験を受け、未だに1次合格に至っていない。でも、姫崎さんに対する熱意は本物だ。
そんな悪友が、姫崎さんに対して何かをするのは、不思議なことではないんだけど……。
隣に座る少女はあっさりと首を振る。
じゃあ、なんだろ?
あまり考えたくないことなんだけど、姫崎さん。
もしかして、ぼくと園市の仲を疑ってる?
というか、嫉妬してるとか。
そういえば、さっき“お付き合い”とかいってたもんなあ。
言葉のチョイスから考えて、なんか壮大な勘違いをしているとか。
考えたくないけど……。
「あのね、姫崎さん」
「は、はい」
「ぼくは女の子が好きだよ」
「そそそそそそれは、わたし以外の、と――」
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……。
ぼくは首がもげそうなほど、頭を振った。
違う。そういうことじゃないんだ。
「もちろん、姫崎さんが好きだよ!」
思わず叫んだ。
姫崎さんの顔が真っ赤になる。
鏡合わせのように、ぼくの顔も赤くなった。
はわわわ……。やっぱりまだ恥ずかしい。
「えっと。恋愛対象として、女の子が好きってことで。つまり、男の子はそういう風にみないというか」
姫崎さんは首を傾げる。
傾げすぎて、身体が直角になるまで曲げてしまった。
「それは当たり前のことでは」
はい。そうです!
その通りです。
ボーイズラブを疑ってるのかなっていうぼくの卑しい心が悪いんです!
「ただ単に、園市とは友達として仲がいいだけだから」
「そ、そうですね(↘)」
え? ええええええ~~???
なんでそこでまたテンションが下がるの?
ちょっと待って。
もしや、姫崎さんは園市のことを……。
「もしかして好きなの、園市のこと?」
「――――ッ!!」
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる……。
姫崎さんは黒い髪をびったんびったんと振りながら、否定した。
すると、東棟一杯に叫ぶ。
「わたしも大久野くんのことが大好きです」
ふわわわああああああ……。
ぼくたちは同時にまた顔を赤らめた。
羞恥心から逃れるのに、5分の時間を要する。
やがて、ぼくから口を開いた。
「じゃ、じゃあ、なに……」
「その……。わたしたちはこ、恋人同士になったので」
「う、うん」
「名前で呼びませんか?」
「え? 今だって、名前で……」
「違います!」
姫崎さんはまた叫ぶ。
今日はお互い声を張り上げてしまう1時間らしい。
ぼくの恋人は、前髪で顔を隠しながら、言葉を絞り出した。
「……し、下の名前」
「!!」
ぼくはその段になってようやく姫崎さんの意図を察した。
「それって、下の名前でいおうってこと?」
こくり、と姫崎さんは頷いた。
それはつまり……。
ぼくは姫崎さんのことを「詩子」と呼び。
姫崎さんはぼくのことを「帝斗」と呼ぶってことか。
ふおおおおおおおおおおおお!!
ぼくは心の声の中で絶叫した。
身体が沸騰する。
なんとういか、つまり恋人の下の名前で呼ぶって、良いことだと思うのだけど。
ぼくにとって、それは――毎回「好きだ」と叫ぶぐらい恥ずかしいことで。
あ゛あ゛……!!
なんか無性に走り出したい気分だ!!!!
「ダメ、かな?」
姫崎さんは目で訴えてくる。
そんな申し訳なさそうに上目遣いで見られても……。
落ち着け! 落ち着くんだ、大久野帝斗。
姫崎さんの提案は大事なことだ。
ぼくたちは恋人同士なんだ。
付き合っているんだ。
下の名前で呼ぶくらい当たり前のことじゃないか。
「いいよ」
ごくりと唾を飲み込んだ。
言ってしまった。
許可してしまった。
さあ、あとには引けないぞ、大久野帝斗。
「1度、呼んでいい?」
「あ。うん。――いや、待って。先にぼくがいう」
レディファーストが基本なのはわかってる。
けど、まずはぼくだと思った。
そんな謎の使命感に襲われた。
「い、いうね」
「うん」
「…………う――――ごめん、ちょっと待って」
深呼吸。
落ち着け。
すーはーすーはー……。
よし。
もう1度、気を取り直して。
「………………う、詩子、さん」
言った。
言ってしまった。
はわわわわわ……
無性に顔が熱い。
リトルオークの顔が、スライムになって溶けそうな感じだ。
詩子さんを見る。
夕日よりも赤く、顔を赤らめていた。
「じゃ、じゃあ……。今度はわたしの番ですね」
「うん……」
なんだか、自分で言う時よりも緊張する。
というか、背中がびっしょりだ。
手汗も止まらない。
そんな中、詩子さんの桃色の唇が動いた。
「み……」
み!
「帝斗……くん」
綺麗な……。
いや、この世の何よりも美しい調べだった。
たった一小節。
なのに、有名な楽団の演奏以上に感動がこみ上げてきた。
呆然とするぼくに、詩子さんはハニカミながら視線を上げる。
オニキスの瞳は混乱するぼくの心を静かにいさめた。
静謐な面持ちで、ぼくは言葉を返す。
「はい……」
ぼくの声は、まるで結婚の宣誓式のように教室に広がっていった。
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