6時限目 恋人の準備をしよう
日間ジャンル別8位でした!
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今日の放課後、姫崎さんと2人っきりで会う。
それを思うと、緊張で寝付けず、どんなに理采が腕によりをかけた料理でも箸が通らなかった。
なんだか身体がふわふわしていて、夢の中にいるようだ。
告白した直後は気が張っていたのか、こんな気分ではなかった。
だけど、時間が経つに連れ、姫崎詩子の彼氏だという現実が徐々にぼくの心の中に波紋を描いていった。
そんな昼休み。
理采が持たせてくれた消化に良いお重弁当(ちなみに妹はぼくが病気だと勘違いしている)が、園市に食べられるのを見送っていると、スマホに電話がかかってきた。
これで3日連続。
生徒会長からだった。
ぼくは慌てて教室を抜け出し、廊下で電話を受ける。
「もしもし……」
『大久野くん、君ねぇ』
いきなりがっかりしたような声が聞こえてきた。
『私を連絡要員にしないでくれ』
「す、すいません……」
頼んだ覚えも、電話番号を教えた覚えもないんだけど。
『君たちは付き合い始めたのだろう。せめてメルアドや携帯の番号ぐらい教えておいてしかるべきじゃないか。基本だよ』
「あ」
確かに。
ぼくはまだ姫崎さんのアドレスも番号も知らない。
そもそも彼女が携帯電話を持っていることすら知らなかった。
『君たちは、まず恋人の準備をする必要があるんじゃないか?』
「恋人の準備……。えっと、それは例えば――」
『そんなのは自分で考えたまえよ。私はこれ以上お節介を焼くつもりはない』
「す、すいません」
『これ以上、君と恋愛相談をしていると、そのうち君が詩子より私のことを好きになって、ぐちゃぐちゃの三角関係に――』
「大丈夫です。そんなことは絶対にないですから」
ぼくは冷たく言い放った。
とうとう放課後になった。
ぼくたちは時間差を付けて、件の教室へ向かう。
先に到着していた姫崎さんは、窓際の席に座り、校庭の方を見つめていた。
西の方へ沈む陽の光が、柔らかく彼女を包む。
姫崎さんの白い顔が、黄金色に染まり、神々しいまでの美しさをさらに演出していた。
ぼくが近づくと、ようやく気がつく。
真っ黒な髪を揺らし、ぼくの方を見つめた。
「こんにちは、姫崎さん」
「こ、こんにちは、大久野くん」
なんか変な感じだ。
朝から同じ教室にいたはずなのに、今日初めてあったような気がする。
えっと……。
この後、どうしたらいいのだろうか。
会長はいない。
本当に2人っきりだ。
そしてぼくたちが会えるのは、たった1時間……。
いうまでもなく、大切に使わなくてはいけない。
ぼくがどうしようか迷ってると……。
「座ったらどうですか?」
姫崎さんが声を掛けてきた。
隣の席を勧める。
ぼくはいわれるまま座った。
偶然にも構図が入学式の時と似ている。
違うのは、姫崎さんが窓際で、今回はぼくが廊下側というだけ。
あの時、逆だった。
少しだけ懐かしく思う。
「えっとね。姫崎さん」
「はい。なんですか、大久野くん」
緊張して、思わず大声で話しかけてしまった。
おかげで姫崎さんがびっくりして、リスのように身体を震わせた。
「あのね。ケータイの……」
「ケータイ?」
ぼくは1度心を落ち着かせる。
いえ! 言うんだ! ケータイの番号とアドレスを教えてって。
「け、ケータイの番号と、ああああ、アドレスを……」
「アドレス?」
「お、教えてほしいんだ。ダメかな?」
「…………」
え? 何? その沈黙。
だ、ダメなの?
「その……。ぼくたち1時間しか会えないでしょ? でも、電話とかメールとかでなら、いつでも話すことは出来るんじゃないかなって」
「大久野くん!」
「ああ。ごめんなさい。差し出がましいことをいって。そ、そうだよね。ぼ、ぼぼぼぼくみたいな人間に携帯番号とかアドレスとか教えられない――――へっ?」
すると、姫崎さんはポケットに手を伸ばす。
取り出したのは、携帯電話だった。
古ッ!
思わず心の中で叫んでしまったのも無理もない。
姫崎さんが取り出したのは、折りたたみ式のガラケーだった。
しかも、ところどころ傷がついている。
かなり年季が入っていた。
そのガラケーを姫崎さんは、ぼくに差し出す。
え? これってオッケーってことなのだろうか。
「大久野くん」
「は、はひ!」
姫崎さんは真剣な面持ちでぼくを見つめた。
真顔になっても、その偉大なほどの可愛さは一切色あせていない。
「ケータイの使い方を教えてくれませんか?」
「へ?」
ぼくがその後、10秒ほど固まったことはいうまでもないだろう。
3分後、ぼくは姫崎さんの代わりにガラケーに番号とアドレスを入力していた。
かなり前の機種だけど、昔使っていたタイプとほぼ同じだ。
その時の操作方法を思い出しながら、ぼくは入力していく。
「わかりますか?」
姫崎さんは画面をのぞき込んできた。
か、顔が近い。
かすかなシャンプーの匂いが鼻を突く。
ぼくの心臓がもっと空気を取り込めと拍動した。
これが姫崎さんの匂い……。
もう死んでもいいかも。
本気でそう思えてくる。
「大久野くん?」
「はっ。ごめん。若干死んでたかも」
「死んでた? この携帯電話、壊れているんですか?」
いや、そういうことじゃなくて……。
「大丈夫。携帯電話はちゃんと動いているよ。基本操作なら、ぼくでもわかると思う」
「よかった」
姫崎さんは心底をホッとした様子だった。
何でもこのガラケーは、あの会長のお下がりらしい。
姫崎さんはずっと携帯電話を持っておらず、昨日突然お姉さんから渡されたそうだ。
結局、ぼくたちは会長の手の平で踊らされている。
中身は永遠の14歳なのに、変に優秀なんだよなあ、あの人。
「ごめんなさい。わたし、機械って苦手で」
「あれ? でも、パソコンの授業の時、姫崎さんいつも作業早いよね」
「お姉ちゃんに特訓してもらったんです」
なるほど。
努力の賜というわけか。
偉いなあ。
「あの、大久野くん。使い方を教えてくれませんか」
「もちろんだよ」
ぼくは最低限のことを教える。
通話の仕方。アドレスの見方。メールの打ち方。
姫崎さんは熱心に聞きながら、確実にマスターしていった。
やっぱり頭がいい。
素直だし、なんでも吸収していく。
問題なのは、ぼくの教え方だな。
使い方はわかるんだけど、ずっと姫崎さんの顔が近いから、どぎまぎしちゃうんだ。
ようやく一通りを終えると、残り10分になっていた。
やはり1時間は短い。
でも、携帯電話でつながることが出来れば、いつでも話をすることが出来る。
彼女の言葉を聞くことが出来る。
「最後にぼくのアドレスに、メールを送ってよ。内容はなんでもいいから」
「なんでもですか……」
姫崎さんは顎に手を当て考えた。
やがて、ぼくの方にガラケーの向けながら、辿々しくメールを打ち始める。
「送信しました」
通知音が教室に鳴り響く。
ぼくは自分のスマフォを開いた。
内容を見る。
【大久野くん、好きです】
はっと顔を上げる。
姫崎さんはケータイで顔を隠していた。
差した夕日のせいか、その白い顔は真っ赤になっている。
ぼくは返信する。
【ぼくも。姫崎さんのことが好きです】
画面を見た瞬間、姫崎さんは蹲るかのように顔を下に向ける。
押さえが聞かなくなった足をパタパタ動かす姿は、普段以上に可愛く見えた。
初の1時間の蜜月を終えたぼくたちは、それぞれの家に帰っていった。
ぼくは夕食を終え、お風呂に入り、自室に戻ってくる。
すると、スマフォの通知音が鳴った。
誰だろうと思い、ホームボタンを押すと姫崎さんからだ。
早速、メールを使いこなしているらしい。
しかし、ぼくが驚いたのはその数だ。
「39件!!」
開くと、ずらりと姫崎さんからの新着メールが並んでいた。
【今、家に着きました】
【今日はありがとう】
【今、部屋です】
【夕食はなんでしょうか】
【ペギィが舐めてきます】
【ペギィ、こんなのです(※写真添付付き)】
【勉強中です】
【お姉ちゃんが帰宅しました】
【今から夕食です】
【食べ終わりました】
【部屋に戻りました】
etc……。etc……。
着信時間を見ると、5分間隔ぐらいでメールが送られてきていた。
わかるわかる。
メールを覚えた頃って、とにかく送りたくなるんだよね。
ぼくはベッドに座り、返信を返した。
【返信遅れてごめんね。だいぶメールに慣れてきたね】
すぐに返事がかえってくる。
早ッ! つい数時間前まで機械が苦手といっていた人のスピードじゃない。
【はい。やってみると、とても楽しいです】
【良かった。これでいつでも話せるね】
【はい。でも、授業中はダメですよ】
厳しいな。けど、姫崎さんらしいや。
【姫崎さんは我慢できる?】
【自信ないです】
【www】
【w? なんですか?】
【ごめん。意味わからないよね。ネット用語で「笑」って意味】
【ケータイがつぶれたのかと思いました】
【www】
【www】
【顔文字とか絵文字とか使えると便利だよ。明日教えてあげるね】
【ありがとうございます。ところで明日はどこにしましょうか?】
【いつもの教室でいいと思うけど】
【わたしもそれでいいです】
【じゃあ、それで】
【今日はこれでメールを終わります。勉強しないと】
真面目だなあ、姫崎さん。
ぼくなんて、今からゲームしようと思ってたのに。
【うん。じゃあ、明日】
【はい。明日。おやすみなさい】
【おやすみ】
スマフォをスリープ状態にする。
ぼくはベッドに寝っ転がった。
またスマフォを起動して、さっきまでのやり取りを見つめる。
にやけたぼくの顔が、かすかに画面に映りこんでいた。
幸せだな……。
ぼくは猫のようにベッドの上で転がるのだった。
作者のお気に入りは、姫崎さんがケータイで顔を隠すところ。
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