5時限目 たった1時間の恋人。
お昼の集計で、現実世界(恋愛)ジャンルで11位でした。
記念して、ちょっと早めに更新です!
ぼく――大久野帝斗は、姫崎詩子さんと付き合うことになりました。
だからといって、何かが変わったわけじゃない。
今日も、姫崎さんは登校する途中に告白を受けていたし(いつも通り辛辣な返しだった)、今も教室の片隅で円卓の兵隊たちに守られながら、学校生活を送っている。
だけど、少しだけ変わったことがある。
ぼくが授業中、ちらっと姫崎さんを見ると、手を振るわけでもなく、はにかむこともなく、ただ横目でぼくをほんの少し見てくれるようになったこと。
すぐに前を向いてしまうのだけど、今までこんなことはなかった。
ほんの些細なことだけど、ぼくには溜まらなく嬉しかった。
昼休み。
「さあ、餌の時間だぞ、帝斗」
悪友の園市がぼくの席へと寄ってくる。
「ぼくは家畜じゃないんだけど……。――んっ?」
「どうした?」
「あ。いや、なんでもない」
姫崎さんがいない。
いつもなら、円卓の兵隊たちに守られながら、1人昼食をとっているはずなんだけど。
お花を摘みにでもいっているのだろうか《おトイレかな》?
ぼくが首を傾げていると、2日連続で校内放送が鳴り響いた。
『1年C組、大久野帝斗くん。1年C組、大久野帝斗くん。至急、告白管理委員会本部まで来なさい。繰り返します――』
昨日と同じ声。昨日と同じ文言。
コピペかと思うほど、似たような内容がまた繰り返された。
昨日と違うのが、これがあの中二――じゃなかった――生徒会長の声だと、ぼくが知っている点だ。
「おいおい。連日のお呼び出しかよ。お前、一体何をしたんだ? まさか――」
「まさか?」
「よもや、我らが『姫騎士』様に告白でもしたんじゃないだろうな」
「そ、そそそそそそそんなことあるわけないじゃないか!?」
はい。しました。
昨日、確かに姫崎さんに告白しました。
しかもOKまでもらって、付き合うことになりました。
如何にもオタク顔なのに、園市は妙に勘が鋭いところがあるんだよな。
「ホントか?」
「ホント、ホント。マジマジ……」
「ふーん……。じゃあ、押し倒したとか」
「それは余計ありえないだろ!!」
「夜道でキスを迫った!」
「どうあってもぼくを犯罪者にしたいようだね、園市は!! ぼく、もう行くから」
園市を振り切り、ぼくは教室を出た。
尾行がないことを確認しながら、委員会の会議室を目指す。
すると、スマホが鳴った。
『やあ、大久野君。私の放送は聞いてもらえたかな」
会長からだった。
「前から聞きたいと思ってたんですけど、ぼくの携帯番号をなんで知ってるんですか?」
『簡単な推理だよ。私は「真理の円環」にアクセスできるのさ』
ホームズも真っ青なひどい推理だった。
「コナンが聞いたら泣きますよ、その推理」
『それは大人の方? それとも子供の方?』
「ややこしいので想像にお任せします。それより何ですか?」
『ひとまずお付き合いを始めたそうだね。ともかくミッションクリアおめでとう』
「人の恋路を、スパイ映画みたいに言わないでくれますか?」
『あはははは……。面白い例え方をするね。君とは何かシンパシーのようなものを感じていたが。どうだい? 私と付き合ってみる気はないかい?』
昨日、あれだけの大告白をぶちまけておいて、今日違う女の子と付き合うなんて誰がするんだよ!!
「結構です!」
『じゃあ、セ●レでもいいからさ』
「切りますよ(怒)」
『待った待った。冗談だよ、冗談(笑)』
冗談でもいっていいことと悪いことがあると思います(真顔)。
『用件は簡単だ。今から昨日の空き教室に向かってほしい』
「え? さっき放送で委員会って……」
『あれはブラフだよ』
ますますスパイ映画じみてきたな。
本当は会長の趣味だったりしないだろうか。
『なんでわかったんだい?』
だから、ぼくの心の声を読まないで下さい!
例の教室に行くと、2人の人物が先着していた。
1人は生徒会長。
もう1人は――。
「姫崎さん……」
そう――。
姫崎詩子が昨日とは打って変わってカーテンで締め切られた教室の中で立っていた。
ぼくの姿を見つけると、薄く儚げに微笑む。
ミロのヴィーナスが2000年経った今なお美しいように、姫崎さんは変わらず美しかった。
「すまないね。呼び出したりして」
はじめに声をかけたのは、会長だった。
ぴょんと腰掛けていた机から降りると、黒板の前に立つ。
どこでもいいから座るように指示した。
言われるまま、ぼくたちは椅子に座る。
「ちょっと君たち……。それでも付き合っているのかね」
やれやれ、と首を振った。
会長が指摘したのは、ぼくたちが座った場所――というよりは、ぼくたちの距離だ。
姫崎さんとぼくは、2つ席を挟んで座っている。
「付き合うことに決めたんだろ。ほら、もっと寄った寄った」
ぼくたちは顔を合わせる。
見つめ合った後、お互い頬を染めながら、会長の指示通りに座った。
嬉しいけど、照れくさい。
不思議だ。
好きな人が隣に座っただけで、身体が熱くなる。
それともぼくは、入学当初のことを思い出しているのだろうか。
「さてー。ともかくおめでとうと祝福しよう、ご両人」
「あ、ありがとうございます」
ぼくは礼を述べる。
横の姫崎さんは気恥ずかしそうに俯く。
膝に置いた拳をキュッと握りしめた。
「だが、予想していると思うが、これからが大変だ」
その通りだ。
今、姫崎詩子を取り巻く状況を鑑みれば、どれだけ困難であるかなんて考えなくてもわかる。
だけど、ぼくは――。
「ぼくが彼女を守ります!」
はっきりと言った。
姫崎さんの肩がびくりと動く。
やがて、ぼくを見ながら少し涙をにじませた。
「グッド!」
会長はニヤリと笑う。
「いい返事だ。だが、まあ……。詩子と付き合うということは、個人でどうこう出来るレベルを超えている。よしんば、君が彼女を守ったからといって、その事に注視しては君たちが良好な関係を築くのは難しい。お付き合いするからには、きちんと愛を語る時間が必要だ」
「えっと……。つまり、会長は何がいいたいんですか?」
「君たちのお付き合いに、我が円卓が支援するといっているのさ」
「それは有り難いんですけど……。そうすることよりも、ぼくたちが付き合っているということを公表すれば、いいんじゃないですか?」
ぼくは手を挙げて、意見をいった。
会長は長い赤髪を振る。
「それは悪手だよ、大久野くん。詩子に彼氏が出来たからといって、世間は彼女から興味をなくすことはないだろう。むしろ、一層苛烈に彼女と、そして彼氏である大久野くんを取り上げることになる」
なるほど。
姫崎さんはすでにマスコミに取り上げられるぐらい有名人だ。
それに彼氏が出来たとなれば、沈静化しはじめていた状況が、再び加熱するかもしれない。
「それに、公にしないと決めたのは詩子の望みなんだ」
「姫崎さんの?」
「そうです」
頷いたのは、姫崎さんだった。
「わたしが頼みました。わたしを好いてくれる人の中には、少し過激な人もいます。もし、大久野くんがわたしの彼氏だと知ったら、何をするかわかりません」
「そ、そうか……」
ぼくは少し目線を落とす。
すると、姫崎さんは頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ううん。いいよいいよ。姫崎さんは、ぼくのために決断してくれたんだ。実際、頼りない彼氏だしね」
「そんなことはありません! 大久野くんは、とても素敵な人だと思います」
「ありがとう」
とはいえ、頼りないことに変わりはない。
ちょっと身体を鍛えようかな。
ともかく、腕立て100回。腹筋100回やるか。
……出来るかどうかは自信はないけど。
「ううん。初々しいね。私が思っていた以上に、大久野くんはいい男のようだ。詩子ぉ、時々でいいから私にも貸してくれよ」
「だめ! 何をいってるのよ――」
お姉ちゃん!!
珍しく姫崎さんが声を荒げる。
それだけでも驚くのに、衝撃の発言を聞いて、ぼくは石のように固まった。
やがて石化から脱したぼくは、絶叫する。
「おねぇえちゃん!!」
可憐な姫崎さんと。
苛烈な生徒会長。
ぼくは反射的に見比べた。
「うそ……。全然似てないんですけど」
ぼくの言葉にいち早く反応したのは、生徒会長だった。
「失礼な。私の本名は姫崎亜沙央。歴とした姫崎詩子の姉だぞ」
「マジですか!!」
真偽を確認するため、隣を見た。
姫崎さんはこくりと頷く。
対して、生徒会長――正体『姫崎亜沙央』は獰猛に笑った。
この人が姫崎さんの姉……。
ってことは、某財閥系企業の社長のお嬢さまってこと!?
と、とても見えないんだけど。
ルックスは悪くないと思うけど、完全に社長令嬢という言葉からしとやかさが抜けているような気がした。
「くくく……。頭が高いぞ、未来の義弟よ」
「ま、まだ決まったわけじゃ」
ちらりと姫崎さんを見る。
すると、また目が合ってしまった。
かあ、と再び顔が赤くなる。
下を向き、そのまま2人で固まってしまった。
「そんなに見せつけてくれるなよ、ご両人。本気で略奪したくなるだろ」
ダメです、そんなの!
寝取られ禁止!
「さーて、事実を伝えたところで君たちに1つ約束をしてもらいたい」
「約束……?」
「それは君たちにとって、辛いことになるかもしれない。その代わり、君たちの関係を我々は全力でバックアップする。姫崎詩子の姉として、この光乃城学園の自治のトップの矜恃にかけてね。……覚悟はいいかな?」
ぼくたちは、1度目を合わせる。
互いにその覚悟を確かめ合うと、会長の方を向いて頷いた。
会長は「グッド」といって、咳を払う。
そして人差し指を立てた。
「1時間だ」
最初、その数値が何を示すか、ぼくたちにはわからなかった。
会長は説明を続ける。
「君たちが君たちでいられる時間。平たく言えば、こうして会える時間を、1日1時間だけと決めてほしい」
会長のいいたいことは、すべてを聞かずともぼくにはわかった。
姫崎詩子は常に人から注目を受ける美少女だ。
その世間の目をそらし、たった2人のために時間を確保する。
それは途方もない労苦の末に掴む時間なのだろう。
昨日、姫崎さんと告白した後、まるで雪崩のように東棟に人が入ってきたのを見なければ、会長の言葉を信じなかったかもしれない。
1日1時間だけ会える恋人たち。
果たして、それは恋人と言えるのだろうか。
でも、ぼくは姫崎詩子さんと付き合うことを決めた。
その覚悟は、もうとっくに昨日の告白に込めてある。
「わかりました」
「いいの、大久野くん?」
尋ねたのは姫崎さんだ。
申し訳なさそうに、ぼくを見つめていた。
「会えないってわけじゃない。1時間しかじゃなくて、1時間も姫崎さんとこうして話すことが出来る。十分とはいいがたいけど、ぼくは幸せだよ」
「…………」
「詩子はどうする?」
姫崎さんは少し迷った後、顔を上げる。
「従います」
「ありがとう、2人とも。……まあ、その1時間は何をしようが君たちの自由だ。なんなら不純なことをしてもいい」
「お、お姉ちゃん!!」
「別にいいんだよ、そこで起こることは、円卓は一切関知しないつもりだからね。詩子、勝負下着を買いに行くの。付いてってやろうか?」
「しょ、勝負……」
みるみる姫崎さんの白い肌が、まるで赤い鎧で纏うように朱色に染まっていく。
あ、あんな姫崎さんを見るの初めてだ。
けど、姫崎さんの勝負下着か……。
白かな、赤かな、黒という可能性も。
「私は黒だと見るね」
だから、人の心の声を聞くのは、やめてください!
会長の説明が終わると、ちょうど予鈴が鳴った。
「残念だが、今日の1時間はこれでおしまいだ」
「え? これってその1時間なんですか?」
会長がいたのに……。
「なんだよ、人をお邪魔虫みたいにいうなよ。まあ、今日はオリエンテーションだと思ってくれ。本番は明日だよ、大久野くん」
井戸端会議の主婦みたいに下世話な笑みを浮かべるのをやめてくれますか。
「さて、では明日どこで会いたい?」
「どこって?」
「君たちの1時間をどこで使うのかって話さ。あらかじめいってくれれば、用意をする」
うーん。どうしようかな。
特に思いつかないなあ。
「姫崎さんは?」
「えっと……。私はここでもいいですよ」
うん。そうだね。
東棟は割と静かだし。
結構、落ち着く。
「じゃあ、明日の放課後。この教室で」
「わかった。ベッドを用意しておこう」
「お姉ちゃん!!」
姫崎さんはごおっと背中に炎を燃え上がらせ叫んだ。
席を立ち、お姉さんに挑みかかる。
こうしてぼくたちは、1日1時間だけ恋人になることが決まったのだ。
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