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41時限目 告白審査試験開始

この話含めて、ラスト3話です。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

 詩子さんの転校が発表された。

 光乃城学園は失意の空気に包まれる。

 一方、同時に発表された最後の告白審査試験に、闘志を燃やすものもいた。


 試験は受験生に配慮し、卒業式前の3月に決まった。


 審査は1~3次試験があり、3次が最終となる。

 1次が、一般常識なども含む学力テスト。

 2次が、体力試験。

 3次が、小論文という形式になっている。


 受験者数は中高合わせて1200人の生徒がいる中、半分に迫る541人が願書を提出した。これは過去最高だ。おそらく、最後と言うことで記念受験と思って参加しているものもいるのだろう。


 そしてあっという間に当日になった。


 1日目は学力テスト。

 実は、それほど難しい試験ではない。

 学校の勉強をきちんとやっていれば、難しくない問題ばかりだ。

 問題は時事問題だ。

 政治社会はもちろんだけど、有名なアイドルグループのメンバーが卒業した順番に並べなさいなんて問題もある。

 さながら一般企業の1次試験の様相だった。


 ぼくは試験が始まる間、鈴江にも手伝ってもらいながら猛勉強した。

 円卓のメンバーに教えてもらうのは、ひいきかもしれない。

 けど、彼女から言わせれば、初めて受験するぼくは、過去に試験を受けた経験がある生徒と比べて不利なのだから、おあいこなのだそうだ。


「それに……。私は帝斗に受かってほしい」


 といってくれたことが、印象的だった。

 顔が赤くなっている理由はよくわからないけど……。


 おかげで1次試験を通過することが出来た。

 鈴江は我が事のように喜んでくれた。


 2次試験に進めたのは、半分以下の211名。


 その試験が始まる。

 ここからが問題だ。

 体力試験。

 その名も――。


「【姫崎詩子への愛を距離で表現する長距離走】のはじまりだぁぁぁああああ!!」


 審査試験の大元締めである会長が宣言する。

 テンションが現す通り、ノリにノっていた。


「君たちは詩子が好きか!?」



 おおおおおお!!



「詩子が海外だろうと、地獄の底にいようと、お前たちはついていく覚悟はあるか!?」



 おおおおおおおおおおおおおお!!



「他の誰よりも愛しているというなら、その愛を距離で示せ!!」



 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!



 ようは一定の距離のタイムを競うわけではなく、1歩でも1メートルでも多く他人よりも長く走ったものが勝ちという、地獄の無制限長距離レースだった。

 長く距離を走った受験生の上位5名が、最終試験へと駒を進める。

 すでに告白審査試験ではおなじみになっている体力試験だった。


 ぼくはハチマキを巻く。

 発破を掛けるように、太股を叩いた。

 オークのぼくにとって、長距離走はスポーツの中で1番といっていいほど、苦手だ。

 だからといって、手をこまねいていたわけではない。

 朝夕、妹に付き合ってもらいながら、走り込みを続けてきた。

 簡単にへたばるつもりはない。


「おう。帝斗も1次試験受かってたのか?」


 前屈していると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 顔を上げると、園市がぼくと同じくハチマキをして立っている。


「まさかお前が試験を受けるとはな」


「そっちこそ。悲願の1次試験突破おめでとう」


「皮肉か! くそ! ここまで来たら、絶対受かってやるぞ、俺は!!」


 闘志を燃え上がらせる。


「幼なじみとはいえ、手加減はせんぞ。お前はライバルだからな」


「わかってるよ」


 張り切ってるなあ、園市。

 でも、ぼくも一緒だ。

 負けるわけにはいかない。

 なんとしてでも、ぼくは最終まで進まなきゃならないんだ。


 号砲が鳴る。

 一斉にスタートを始めた。

 校内のトラックを走ると、校外へ出て、決められたコースを周回する。

 そこでいきなり事件が起きた。


「な――」


 思ってた以上にペースが速い。

 よく見ると、先頭は陸上部やサッカー部など、長距離走を得意とする受験生が固まって、ペースを上げていた。


 このペースじゃ、絶対もたない。

 ぼくは自分のペースを維持しようとするけど、血気盛んな集団に埋もれ、なかなか自分のペースで走れない。


 これは作戦だ。

 最初からハイペースにしてふるい落とすつもりなのだろう。

 より長く走った方が勝ちとはいえ、詩子さんへの告白の権利がかかった試験で、冷静になる方が難しい。

 受験者の半分以上が、術中に引っかかっていた。


 2時間後……。


 いよいよ脱落者が現れはじめる。

 ぼくはなんとか自分のペースを取り戻し、脱落していく受験生を横目で見た。

 そのほとんどが、最初のハイペースに巻き込まれた人たちだ。


 4時間後……。


 人もまばらになってきた。

 いよいよサバイバルレースになってくる。


 すでにぼくの身体は悲鳴を上げていた。

 膝と踵が猛烈に痛い。

 気を抜けば、止まってしまう。

 体力のことよりも、如何に走っていられるかが問題になってきた。


 さすがにこれだけ走っていると、周回遅れになっていく。

 まだ陸上部の選手たちは走っていた。

 そのストライドはまるで衰えていない。


 そんな中、ぼくと同じくヘロヘロと走っている生徒を見つけた。

 園市だ。

 今にも止まりそうになりながら、右に寄ったり、左に寄ったりして危ない。

 見てるこっちがハラハラする。


「園市、大丈夫」


「あん? ……なんだ。帝斗か」


 見たこともないほど、声も身体も疲れきっていた。


「お前、根性あるな。てっきりもうリタイヤしてるかと思ったぜ」


「はは……。ぼくも不思議……」


 そうだ。

 昔のぼくなら――詩子さんに会う前のぼくなら、はじめの数周でギブアップしていただろう。いや、そもそも試験すら受けなかったはずだ。


 だけど、今は違う。

 なんとしてでも、ぼくはサバイバルレースを生き延びなきゃならない。

 そして――。


「好きな人に、ちゃんと好きって伝えたいから」


「ふーん」


「な、なんだよ」


「珍しいとおもっただけだ」


「何が?」


「帝斗、誰にでも優しいだろ。誰にでも問答無用で平等というか」


 そ、そうかな?

 あんまり自覚はないけど。


「だから、何か特定のものに固執するというか……。お前にして珍しいと思っただけだ」


 園市の言うとおりだ。

 子供の頃から両親が不在がちだった。

 故に、あまりわがままもいってこなかった。

 何かを欲しても、すでにその欲を抑えてきた。

 諦めるが癖になっていた。


 だから、人をこれほど欲したのは、人生ではじめてのことかもしれない。


 そうだ。

 きっとこれはわがままだ。

 でも、決して諦めてはいけないわがままなんだ。


「ダメかな?」


「ほしいからほしい。好きだから好きという。案外難しいものだ。だけどな。それがダメだっていう世界なんぞ、俺は滅びろって思うね」


 ぼくは苦笑した。

 相変わらず、園市の言い方はなんか回りくどい。


「園市もたまにいいこというな」


「たまにとはなんだ! たまにとは!」


 園市は反射的に反応したが、それはぼくの声ではなかった。


 同時に振り返る。

 男子の体操服を着た学生が走っていた。

 見覚えのある顔に、ぼくと園市は声を揃える。


「「鈴江!!」」


 それはぼくたちの幼なじみ。

 新氏鈴江だった。


「おま、その格好――」


「鈴江が……。男子の体操服を着ている」


「わ、悪いか! い、一応、私はど……動物学的にいえば男だしな」


 一応じゃなくても、鈴江は男子だと思うけど。


 いや、それよりも円卓のメンバーは試験に参加できない決まりじゃ。


「会長との交換条件というヤツだ」


 もしかして、その男装が?


 すると、ぼくと園市は盛大に笑った。

 足の痛みとか、疲れとかなんか一気に吹き飛んでいく。


「わ、笑うなよ!」


「んで? お前も、詩子さんに告白するのか?」


 鈴江はぼくの方に視線を向けた。

 口をへの字に曲げ、むぅと睨む。

 だが、すぐに園市の方を向いて、反論した。


「ま、まあ……。そんなところだ」


「帝斗といい。お前といい。一体、どんな心変わりがあったんだ」


 園市は頭を抱えた。

 ぼくと鈴江は笑う。


「まあ、昔からのよしみだ。疲れているなら、風よけぐらいになってやる」


 そういって、鈴江は先導する。


 まさか――。

 ぼくを援護するために、試験に参加したのか。

 あれほど着るのを嫌がっていた男物の服装をしてまで。


「は! そういって、俺たちより距離を稼ごうって魂胆だろ」


 園市は鈴江の横に並ぶ。


「帝斗! ペースは俺の方が上だから、前走るぞ。ついてこられるならついてこい」


 それって、園市も風よけになるってこと?


「園市は素直じゃないな」


「お前にいわれたくないわ、鈴江」


 2人はいがみ合いながら、ぼくの前を走る。

 風よけになってくれたんだ。


 幼なじみたちを見ながら気づく。

 ぼくは決して欲がなかったわけじゃない。

 ただ自分がほしいものは、すでにあったから、満足していただけなのだと。


「2人ともありがとう」


「なんかいったか、帝斗?」


 なんでもない。


 そうだ。

 自分がほしいものは、自分の前にあった。

 そしてこれは、それを取り戻すぼくの試練なんだ。



 ◇◇◇◇◇



 夜になった。

 郊外での周回が終わり、安全のため今は学園の内周をまわっている。


 200人以上いた受験生は、その数を1桁まで減らしていた。


「おい。そろそろいいじゃね」


 先頭を走っていた陸上部の生徒が振り返る。

 残っていたのは、同部が2人、サッカー部が1人、柔道部が1人、文化部で唯一残っている演劇部が1人だった。


「さすがに足が痛くなってきたな」

「大会も近いし、そろそろいいだろう」


 他の部の人間も同意する。

 ようやく足を止めた。


 他に数名がまだ走っているが、もう何周も周回遅れにしている生徒だ。

 彼らの勝ちは揺るぎなかった。


 その側を1人の生徒が走って行く。

 身体が丸い――小太りの生徒だった。


「おいおい。あのデブ、まだ走ってるぜ」

「見ろよ、あの顔」

「今にもぶっ倒れそうじゃん」

「そこまでして、告白したいのかねぇ」

「おーい。がんばれよ、おデブくーん」


 声援を送る。


 郊外コースと、校内コースを合わせると、10周以上も周回遅れにしている。

 5人は余裕だと思っていた。


 疲れを残さないように5人は入念にストレッチする。

 1人、また1人と脱落していくのを見届ける中、まだ1人の生徒は走っていた。


「あのデブ、まだ走ってるぞ」


 すでに月は高い位置にあった。

 煌々と月明かりを受けながら、手を前にし、舌を出した姿で黙々と走っている。

 まるでゾンビだ。いつ倒れてもおかしくないのに、その生徒の瞳が揺るぐことはなかった。


「今、何周だ」


「5回は目の前を通っていったかな」

「あと、5周すると追いつかれるってことか」

「大丈夫だろ。その前にへばるって」


 推測は外れた。

 残り1周走れば、追いつくところまでくる。


「ちょ! 俺、今から走ってくるわ」


 1人の生徒が立ち上がる。

 だが――。


「おやおや。どこへ行くのかにゃ?」


 現れたのは、パーカーを着た小学生。

 もとい、円卓メンバーの1人鳥栖ひとえだった。


「なにって今から、走りに――」


「ルールを知らないかにゃ? 止まった時点で測定は終わり。今から走っても、追加されないにゃ」


「ふざけんな! 俺たちはまだ余力が残ってるんだ」

「そうだ。我々はまだまだ走れる!」


「走りたければ、走るがいい」


 背後に現れたのは長身の女性だった。

 その胸にたわわと実ったGカップに、否応でも反応してしまう。


 同じく円卓のメンバー――賀部記子だった。


「血気盛んなお前たちにはちょうどいいだろ。だが、あくまで1度走った距離までだ。つまり、今走っている生徒が、お前たちを追い越した時点で、1人脱落することになる」


「そんな――」


 5人は同時に息を呑んだ。

 今にも止まりそうなのに、最後に残った生徒は自分のペースで走り続けている。

 やがて、こちらに近づいてきた。


「くそ! 来るな!」

「こうなったら、力尽くでも――」


 1人の生徒が走って行く。

 柔道部の人間らしく、大きな身体をしていた。

 その前に1人の生徒が踊り出る。

 男子の体操服を着ていたが、女性のようなしなやかな肢体をしていた。


 しかし、振るう剣は若武者のような剛の太刀筋だった。


 一刀の下、柔道部の生徒を叩き伏せる。

 ふっと息を吐くと、鈴江は顔を上げた。

 こちらに向かってくる生徒を迎える。


「帝斗、もう少しだぞ! 頑張れ!」


「そうだぞ、大久野ちん! あとちょっとだにゃあ!」


「…………」


「賀部先輩もなんかいうにゃ!」


「円卓のメンバーは試験に中立だ。お前たちが応援しているのを大目に見てやってるだけでも有り難いと思え」


「空気よめないにゃあ……」


「お前の古くさい語尾の方が、空気を読んでいないと思うが」


「にゃんだとぉ!」


 そうこうしてるうちに、帝斗は目の前を通過していく。


「よくやったぞ、帝斗!」

「やったにゃ、大久野ちん!」


 陽が沈んだグラウンドに歓声が舞い上がった。


 上位5人を抜かし、数メートル走ったところで、帝斗は前のめりに倒れる。

 砂埃が舞い、冬の夜風がさらっていった。


 鈴江は慌てて幼なじみに駆け寄る。

 息はあった。

 どうやら疲れ果て、そのまま眠ってしまったらしい。


「こいつめ。脅かすなよ」


 鈴江は柔らかな頬をつねる。

帝斗の顔はどこか幸せそうだった。


次回、最終時限目(1時間後)。

次々回がエピローグとなります(明日20時に更新予定)。


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