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38時限目 保健室と生徒会長

今日で最終回まで更新していきます。

改めて、ここまで読んでくれた方に感謝申し上げます。

 日本は寒かった。

 どうやら今年初の木枯らしが観測されたらしい。

 南国にいたぼくにとっては、まさに天国と地獄(ヽヽヽヽヽ)だ。

 飛行機でたった4時間しか移動していないのに、地球の裏側から来たかのような違いがある。


 学校へと向かう足取りが重い。

 それは決して、久しぶりに1キロ近く遠泳したことが理由じゃないだろう。


 とうとうぼくの足が止まる。

 冬の装いをした学園の生徒たちが、追い抜いていった。

 これから大きな損失を味わうだろう生徒たちの姿が、眩しく映る。


 あの楽園の最後に聞いた壮絶な言葉……。

 吐いた白い息とともに、ぼくは思い出していた。



 ◇◇◇◇◇



「お、お言葉ですが、姫崎さんのお父さん」


 はじめに言葉を吐いたのは、鈴江だった。

 武道を嗜んでいるからか。

 生来から肝が大きいのか。

 大人――それも大きな会社の社長を前に、毅然とした態度で向き合った。


「みか――大久野くんはふりなんかしていません。2人は本当に恋人同士なんです」


「ほう……。それは詩子も認めていることなのかな?」


「そ、それはそうだと思います。そもそも詩子さんから告白したと」


「詩子が自分の露払いのために、優しそうな大久野くんを選んだとは考えられないかね」


「それは――」


 鈴江は1歩後退する。

 代わりに反撃したのは、意外にも賀部先輩だった。


「2人の関係はお互いのものとしても、円卓を解体することには納得できません。我々に落ち度はあったとは思えませんし、これからもつつがなくお嬢さまの学生生活をお守り出来ると自負しております」


「そーにゃ。そーにゃ」


 鳥栖さんも合いの手を入れる。

 しかし、真具さんは1歩も引くことはなかった。

 むしろ余裕すら感じられる。


「もう1度いう。君たちの本分は学業だ」


「しかし、我々はそれをおろそかにしているつもりは」


「今はそうかもしれない。だが、賀部君。君は来年受験生だ。それまで円卓という組織にいるつもりなのかい?」


「――――!」


「そもそも姫崎告白管理委員会という異様な組織があることが問題だ。君たちは私の娘を立派に守ってくれている。私自身はそのことを大いに評価し、感謝している。だが、世間から見ればどうだろうか?」


 ぼくらの返答を待たず、真具さんは言葉を続ける。


「姫崎グループの社長令嬢が生徒を集め、自分を守らせている。実態を知らないものからすれば、社長令嬢が生徒を集めて徒党を組み、学園を動かしていると見られるかもしれない」


「けれど、そんなこと1度だって」


 鈴江が反論する。


「姫崎の方で情報操作してたからね。実際はひどいものだ。詩子に取材させてくれないことをいいことに、言いたい放題の記事を書こうとする輩がいる」


 真具さんは詩子さんを遠い外国の静かな町で暮らさせようと考えていたらしい。円卓はそれまでの時間稼ぎ。緊急の措置だった。

 結局、はじめから彼女の転校は決まっていたのだ。


「詩子さんは――」


 みんなが論戦を繰り返す中、ぼくは唐突に切り出した。


「詩子さんは知っているんですか?」


 しんと静まり返る。

 学生の刃のような質問に対して、蝶のように返していた真具さんは一瞬言いよどんだ。


「……詩子にはまだいっていない。だが、きっと理解してくれると私は信じている」


 そうしてぼくたちの南国での生活は終わった。

 日本に帰り、そして3連休が終わって、学生生活が再開しても、纏わり付いた重たい空気は晴れることがなかった。



 ◇◇◇◇◇



 詩子さんはいつも通りだった。

 校門前でファンに迎えられ、野良告白に合い、辛辣な返しで斬っていた。

 教室でも相変わらず円卓の兵隊たちに守られながら、授業の用意をしている。

 ぼくと目が合うと、ほんの一瞬だけ薄く笑みを浮かべた。


 まだ真具さんは何もいっていないのだろう。

 娘に反対されるのは、お父さんもわかっている。

 もしかしたら、ギリギリまでいわないかもしれない。


 ぼくも普段通りであろうとした。

 だけど、ダメだ。

 詩子さんの横顔を見るなり、猛烈に胸が苦しくなってくる。


 4時限目。

 ぼくは堪えきれなくなり、その日授業中涙を流してしまった。





 気分が悪いといって、ぼくは教室を飛び出した。

 向かった先は、保健室だ。

 本当に気分が悪かったのだ。


 寝たら治るとは思わなかった。

 でも、寝ること以外に今この状況から逃げる術を知らなかった


 保健室は開いていたが、養護教諭はいない。

 代わりにいたのは、何故か生徒会長だった。


「おやおや……。どっかで見たオーク顔だと思ったら、大久野くんじゃないか」


 おやぁ、と会長は無造作に近づいてくる。

 ぼくの顔をのぞき込むと、蛇のように目を細めた。


「泣いているのかい、君。全く泣き虫だねぇ。リトルオークのくせに」


 ぴん、とぼくのおでこを弾く。

 赤くなった額を抑えながら、会長を睨んだ。


「会長こそ、なんでここに?」


 元気って言葉が、美少女化したような会長にとっては、保健室ほど不相応な場所はない。


「元気が美少女化ねぇ。面白い心の声(モノローグ)だ」


 さも当然のようにぼくの心を読む。


「私だって人の子だよ。木の股から生まれてきたわけでもないのさ。気分が悪くなれば、保健室に来ることだってある」


 どっちかというと、会長は気分を悪くさせる方だと思いますけど。


「今日は随分と荒んでるねぇ、君は。とても我が妹の恋人とは思えない。もっとこう君はいじりがいがあって、可愛いと思っていたのだが」


 リ〇ちゃん人形みたいな認識はやめてください。

 ぼくだって人間なんですよ。リトルオーク顔ですけど、オークそのものじゃない。

 気分にむらが出ることだってあるんだ。


「それにどうして、こう……。ぼくが情緒不安定なのか。会長だってわかってるでしょ」


「ハーレム展開がなかったことかい? 残念だったね」



 詩子さんのことです!!



「そんな大きな声を上げるなよ。仮にもここは保健室なんだ。病人がそんな大きな声を出してちゃ。説得力がないだろ」


「いつまでとぼけてるんですか、あなたは!」


 会長はあの時、何も言わなかった。

 詩子さんと真具さんの1番近くにいるのが、会長だ。

 そんな人間が何もいわなかった。

 そして、ぼくたちに何もいわなかった。

 円卓がなくなることも。

 詩子さんがいなくなってしまうことも。

 きっと会長は全部知っていて、あの場で沈黙を貫いたんだ。


 だけど、ぼくには卑怯に映った。

 余計、この場でお茶を濁そうとおちゃらける会長を許すことが出来なかった。


 ぼくの思いは決壊する。

 いや、すでに壊れていたのかもしれない。

 教室――いや、真具さんに「恋人のふり」と呼ばれた時から。


「会長はどう思っているんですか?」

「詩子のことかい?」

「そうです!」


 ぼくは即答する。

 細い喉元に槍でも突きつけるかのように、会長に迫った。


「ま――。仕方ないんじゃないかな」


 仕方ない、だと?


 自分でもぞっとするぐらい、暗い心の声が聞こえた。

 仕方ないってなんだよ。

 詩子さんがどこかへ行っちゃうんだ。

 あなたが作った円卓も解体される。


 それが仕方ないって……。


「冷静になれよ、大久野帝斗」


 フルネームで呼ぶ。

 会長の声もまたどこか低く、そして聞いたこともないほど暗かった。

 椅子を引くと、背もたれに豊かな胸を押しつけるようにして座る。


「よく考えても見たまえ。父もいったと思うが、来年私も3年生だ。つまり受験生になる。そして必然的に、生徒会長から降りることになるだろう」


 あ――。


「よって兼務していた姫崎詩子告白審査委員会――つまり円卓のトップも降りることになる」


「だから、どうだっていうんですか? 誰かがやればいい。そうだ。鈴江ならきっとやってくれる。会長から言いにくいなら、ぼくから――」


「父もいったが、あくまで円卓は時限的な組織だ。学園側との話し合いでね。今年度一杯と決められていたんだよ」


 それはつまり、3月まで。


「そもそも異様だ。一生徒を守るための組織なんて。父のいったことは正しいんだよ。そんなの学校生活じゃないだろ。円卓なんて持ち上げているが、ここはキャメロットでも、アヴァロンでもない。単なる中高一貫の教育機関なんだ。それが正常に戻るだけ」


「じゃあ、詩子さんとぼくはどうなるんだ!」


 ぼくは叫んでいた。

 保健室の真ん中で。


 好きだ。

 大好きなんだ、詩子さんのことが。


 なのに……。

 なのにこんなお別れ方をするなんて。

 あんまりだ。


 これじゃあ、本当にぼくは――いや、ぼくたちは詩子さんを守(ヽヽヽヽヽヽ)るために付き(ヽヽヽヽヽヽ)合ってただけ(ヽヽヽヽヽヽ)じゃないか(ヽヽヽヽヽ)


 ぼくたちは恋人を演じていたんじゃない。

 本当に好きで、付き合っていたんだ。

 それを(ふり)だったなんて、絶対にぼくは認めない。


「ああ。そうだ。君たちは恋人だったと思うよ」


「そうです。誰がなんといおうと――」


「考えてもみたまえ」



 1日1時間しか会えない恋人同士が、本当に付き合ってるといえるかね?



「それを誰が認めてくれるんだい?」


 すとん、とぼくは床に座り込んだ。

 滂沱と涙を流しながら、頭の中は真っ白だった。


 会長の言葉はとても残酷だ。

 けれど、もっとも残酷だったのは、ぼくはその言葉に一瞬でも怯んでしまったことだった。


「心配しなくていい。君たちは3月まで恋人同士だ。それまで私が全力で守るよ」


 ぽん、とぼくの肩を叩く。

 そのまま静かに会長は保健室を出て行った。


次回更新は1時間後です。

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