35時限目 はじめてのサンオイル
詩子さんはゆっくりとマットの上に寝そべった。
すでにビキニの紐は解かれ、完全に背中がむき出しになっている。
白い肌は真新しいシーツのように広がっていた。
一方、ぼくはというと手が震えていた。
未だ立ちすくみ、事の重大性に対して処理しきれぬ頭は、フリーズしかかっている。
ぼくが。
詩子さんの。
背中に。
サンオイルを。
塗る!?
きっとラノベの主人公だったら、「なん……だと……」とかいいながら、仕方なく美少女にオイルを塗りつけただろう。
だけど、ぼくは無理!
仕方なくとか、そういう気持ちにもなれない。
恋人だからいいじゃんって考えもあるかもだけど、相手は詩子さんなのだ。
全人類がその肌に触れることを切望するような美少女の肌を、ぼくごときが触っていいのだろうか。
「帝斗くん、どうしました?」
「へ? あ、いや……。その……。ぼくなんかが塗っていいのかな」
詩子さんは首を傾げる。
「わたしは帝斗くんだから安心できるんです」
はわわわわ……。
ますます手が――いや、身体が震える。
え? 本当にいいの? ぼく、オイルを塗り塗りしてもいいの?
「ぼ、ぼく……。オイルとか塗るの初めてだし」
「誰でも初めてはありますよ」
蠱惑的に笑う。
何か誘われているような気がした。
「ちょっと! お兄ちゃん、何をやってるのよ」
叫んだのは、詩子ハンターの理采だった。
泥棒見つけた、といわんばかりに、ぼくをゆびさす。
ダッシュで近づいてくると、ぼくたちに飛びかかる。
あぶない、と思った刹那、ぼくたちの間に大きな影が浮かび上がる。
「やあやあ、君が帝斗くんの妹さんだね。私は詩子の父だ。よろしく」
「まあ! 詩子さんのお父様?」
先ほどまで夜叉が宿っていた理采が一変する。
少女漫画のヒロインみたいに瞳を輝かせ、羨望の眼差しを向けた。
「1度君とはじっくりお話をしたかったんだ」
「まさか理采を養女にしたいというお話でしょうか。確かに理采は幼女ではあるのですが、未来の成人病患者を養わなければならないですし。簡単にお受けするわけには」
未来の成人病患者ってぼくのことか!?
そのぼくに朝からちゃんこ鍋を振る舞おうとするのは、どこのどいつだよ。
お兄ちゃん、泣いちゃうよ!!
「はっはっは! なかなか想像たくましい娘さんのようだ。どうだい、これからビーチバレーをみんなでやるところなんだが」
「よろしいですわ、お父様。東洋の魔女――もとい、幼女と呼ばれた理采の実力を見せてあげますわ。おっ――――ほっほっほっほっほ!」
高笑いとともに、理采は行ってしまった。
なんかテンパりすぎて最後はお嬢さまみたいになっちゃった。
どうやら、ぼくの妹はどこかへ行ってしまったらしい(リアルに)。
そんな中、詩子さんのお父さんがぼくの方を見て、サムズアップしている。
頑張れよ、という激励のつもりなのだろう。
どうやら、ぼくのために理采を遠ざけてくれたらしい。
さすがは姫崎グループの総帥だ(関係ないか)。
でも、お父さん。
今からぼくは、娘さんの背中を縦横無尽にしゃぶりつくすことになるのですが、親としてそれはいいのでしょうか?
「い、良いお父さんだね」
「父ですか? はい。家にはあまりいませんが、会った時はとっても優しいんです」
ふーん。
いいなあ。
大会社の社長って聞くと、なんか偉そうな人のイメージあるけど、詩子さんのお父さんはなんか違うみたいだ。
「帝斗くん?」
「あ。ごめん」
そうだ。サンオイルを塗らなければ。
ぼくは改めて向き合う。
1度ごくりと喉を鳴らした。
覚悟を決めよう。
彼女は誰でもない。
ぼくの恋人なんだ。
たとえ、肉親であっても触れてほしくない。
手の平にオイルを取り、薄くのばす。
「いくよ」
柔肌にそっと触れた。
「つめっ」
詩子さんの背中が弓反る。
あっ、と甘い吐息のようなものが漏れた。
慌てて手を離し、「ごめん」と謝罪する。
「いいえ。すいません。ちょっと驚いただけですから。続けてください」
「う、うん」
怖々ともう1度詩子さんの肌に触れる。
少しだけびくりとしたけど、今度は耐えてみせた。
柔らかい。
それにすごいすべすべしている。
当然だが、ぼくの肌とはまるで違う。
ぼくが鋳鉄なら、詩子さんのはセラミックを触っているかのようだ。
「動かすね」
「はい。ゆっくりお願いします」
なんか変な気持ちになってくる。
ぽやん、と思考がかすむ。
キスの最中のような頭の中が焼けるような感覚と似ていた。
ぼくの手は注文通り、詩子さんの背中を滑っていく。
時々、詩子さんは「うっ」と身体を震わせた。
敏感なのかな。
ちょっと気になる。
慣れてくると、少し悪戯心が芽生えた。
背中に伸びていた手を、脇の下に滑らせる。
「はあ、あん!」
思いの外、大きな吐息を漏れた。
しまった。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「ご、ごめん」
「いえ。わたしの方こそ。その……ごめんなさい。わたし、脇の下は弱いんです」
そ、そうなんだ。
初めて聞いた。
こんなところで、詩子さんの意外な一面を知る。
「じゃあ、脇の下はやめようか?」
「いいえ。どうせならお願いします」
「くすぐったいよ」
「な、なるべく我慢します」
じゃ、じゃあ……。
ぼくはもう1度、脇の下に手を伸ばした。
「はう――」
また詩子さんは悲鳴を上げる。
歯を食いしばりながら、脇の下から伝わってくる感覚に耐えていた。
ぼくは彼女の様子をうかがいながら、オイルを塗る。
ようやく終わると、彼女はふうと息を漏らした。
2人は疲労困憊だ。
たかがオイルを塗っただけなのに、激しくとはいかないまでも、息を切らしている。
つとぼくは詩子さんの太股に目がいった。
「詩子さん……。足の裏側はいいの?」
「ふえ?」
振り返った詩子さんの顔は、若干恍惚としていた。
意味を理解するのに数秒要する。
「じゃあ、そっちもお願いしていいですか?」
「う、うん」
お互いあっさりと頷いてしまった。
なんでだろう。
オイルを塗っているだけなのに。
いや、大好きな人の肌に触れているだけなのに、気持ちが高揚してくる。
いつも以上に、そのきめ細かな肌が麗しく見えてくる。
もっと触りたい。
そう。
自然と思える。
その時のぼくに躊躇というものはなかった。
もう1度、オイルを手の平に取り、同じように薄く伸ばす。
まず詩子さんの太股に触れた。
「ひやっ」
一瞬、詩子さんは足をばたつかせる。
冷たいのではなく、きっとくすぐったいのだろう。
何故か、反応でわかるようになってきてしまった。
ぼくは続ける。
もうお構いなしだ。
慣れてきたという理由もあるだろうけど、ぼくの中で「もっともっと」という欲望がふつふつと沸き上がり、手を動かしていた。
マッサージするようにオイルを伸ばしていく。
上質な肉のような張りのある肌は、ぼくの手を押し返してくる。
「はんんん」
「うくっ」
「はあ……」
時折、詩子さんの甘い吐息が聞こえてくる。
時間はあっという間だ。
ぼくはオイルを塗り終えてしまった。
「これでいいかな」
詩子さんは大きく息を吐く。
もう終わってしまったのか。
そんな残念そうな気持ちが表れていた。
少し頭を抱えながら、態勢を変える。
キュッと膝を揃えながら、女の子座りをした。
いまだに目はとろんとしていて、耳まで赤くなっている。
「帝斗くん……。ありがとうございます」
「ううん。こちらこそ……」
なんだか気まずい。
詩子さんと目が合わせられない。
すごくはずい……。
「帝斗くんってオイル塗るの。うまいんですね」
「そ、そんなこと……」
「なんか……」
ちょっとえっちです。
詩子さんは笑う。
依然として、その顔は赤かった。
次回も1時間後です。
 




