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34時限目 パパ・エンカウント

 がるるる……。


 ぼくは唸りを上げる。

 犬のように歯をむき出し、壮年の男を睨んだ。

 対する男は、依然として首を傾げている。

 状況がわかっていない感じだ。


「帝斗くん!」


 詩子さんがぼくと男の間に入った。

 そこで初めて、彼女を見つめる。


 はわ……。


 呆然とした。

 詩子さんの水着姿が、ちりちりと焼き付いていく。


 シンプルな白の三角ビキニ。

 それ以上いうところがないシンプルイズベストのお手本のような水着だ。

 パレオに、ビスチェ、あるいはレースアップ。

 きっと彼女ならどんなデザインでも似合っただろう。


 けれど、詩子さんには“それ以上”が必要なかった。

 着飾るなんて以ての外だ。

 ただそのままの詩子さんを出せばいい。

 そう訴えてかけてくるような美しさだった。


 ぼくの腹の中からこみ上げてきた怒りは、すっかり消え失せていた。

 ひたすらぼくは、水着の色以上に豊かな白い肌をさらした詩子さんを見つめてしまう。


 自然と――。


「綺麗だよ」


 ぼくの声は、白無垢姿の新婦を褒め称えるかのように柔らかかった。


 きっと不意打ちだったのだろう。

 慌ててぼくの前を遮った詩子さんの顔がみるみる赤くなっていく。

 きゃ、と可愛い悲鳴を上げながら、自分の肢体を隠し、蹲った。


「あ、あんまりジロジロ見ないでください」


 困った顔で懇願する。

 それが溜まらなく可愛い。

 でも、ごめん、詩子さん。

 見ないでくださいっていわれても、どうしても視線が外れないんだ。


「詩子の恋人か」


 そうだ。忘れていた。

 詩子さんの水着姿も大事だけど、今はこの男だ。


「あなたは誰ですか!?」


 怒りが再燃し、ぼくは再び噛みついた。


「待ってください、帝斗くん。誤解です」


「誤解?」


「えっと……。この人は――その……」


「詩子、そんな風に蹲ってないで、きちんと紹介しなさい」


 男の人はたしなめる。

 忠告に素直に従うと、詩子さんは手で男の人を指し示した。


「お父様……」


 おと……。

 お父様ぁあああああああああ!!!!


「こちら、わたしがお付き合いさせてもらっている大久野帝斗くんです」


「ほう。……これが、詩子のお気に入りの」


 穏やかな笑みを浮かべ、男の人は鬚を撫でた。


 嘘だろ。

 この人が詩子さんのお父さん。

 しかも、姫崎グループの現総帥(トップ)

 ぼくでも知ってる日本で指折りの経営者だ。


「し、失礼しました!」


 砂埃を上げながら、ぼくは後ろに下がる。

 膝を突いて、額を砂浜に付けた。


「すいません。知らなかったとはいえ、その――。詩子さんのお父さんにいきなり」


 やばい。

 良い人そうだけど、この人は指先1つで日本を、いや世界だって動かせる人だ。

 それを一介の高校生が、怒鳴ったり、睨んだり。


 も、もしかしてドラム缶に詰められて海に放り投げられたり、事故に見せかけて殺されたりするのだろうか。


 いや、それよりも詩子さんのお父さんというのが重要だ。

 彼女にとって、大切な人なのに。

 それなのに、ぼくは――。


「むふふふ……。そんな畏まらなくていいよ、大久野くん」


 土下座するぼくの近くにやってきた会長は、そっと耳打ちする。


「やろうと思えば、痛みもなく一瞬でいける(ヽヽヽ)よ」


 ひぃひいいいいいいい!!


 許してください。

 家には1人の妹が。

 それにぼく、まだドーテーなんです。


「おいおい、亜沙央。初対面の人間の前で物騒なことをいうな。ただでさえイメージが大事な商売なんだぞ」


「何をいいます、父上。第1話で主人公に力を貸してくれる好々爺というポジションなのに、終盤で実は悪者でしたって顔をしてるのに」


「むぅ。私はそんな顔をしてるかね」


 首を傾げる。

 言葉の意味がわかるんだ。

 さすがは姫崎グループの総帥――って関係あるか、これ。


 詩子さんは恐る恐る進言する。


「あの……。お父様、どうか帝斗くんを許してあげてください」


「はははは……。お前も、お前の恋人もせっかちだな。別には私は何も怒っとりゃせんよ」


 すると、詩子さんのお父さんはぼくの丸い肩に手を置いた。

 ぼくは上げる。

 ニカッと歯を見せた顔は、どことなく詩子さんが笑った時と似ていた。


「詩子の父の姫崎真具(まがね)だ」


「大久野帝斗です。う、詩子さんとお付き合いさせてもらってます」


「はは……。それは最初に聞いたよ。なかなかパンチのある自己紹介だった」


 手を差し出す。

 ぼくは戸惑いながら掴むと、引き上げてくれた。


「うちの娘をよろしく頼むよ」


 2回、ぼくの肩を叩いた。


 え?

 それだけ?


 いや、もっと何かあるんじゃないだろうか。


 うちの娘はやらんとか。

 身の程を弁えろ、庶民が。

 40代みたいな下っ腹を引っ込めてからいえ、とか。


「むふふふ……。自己評価は低いね、大久野くん」


 振り返ると会長が笑っていた。

 お父さんと同じく、肩を叩く。

 すると、何事もなかったかのように浜の方へと歩き出した。


「気に入られたんだよ。あの人は真っ直ぐな若者が好きだからね」


「は、はあ……」


「それに君と詩子がお付き合いする時に、しっかり身辺調査はしてる。君にやましいことがないことは重々承知の上さ」


 し、身辺調査……。

 さすがは姫崎グループ。


「当然だろ? なんなら君が持っている同人CGのデータの数でも教えようか」


「うわああああああああ! ちょっと待って!」


「同人CG?」


 詩子さんが首を傾げる。

 はわわわわ……。反応しちゃったよ。


「詩子、同人CGというのはだな――」


「か、会長! は、早くビーチで遊びましょう」


「なんだいなんだい。藪から棒に。そんなに私のおっぱいポロリをみたいのかい。エロ同人みたいに」


 お願いします。

 それ以上、何もいわないでください。

 男の子には、女の子に触れてほしくない秘密があるのです。


「じゃあ、1つ私のいうことを聞いてもらおうか」


「な、なんですか?」


 嫌な予感しかしないんだけど。


 すると、会長はぼくの手を引く。

 手早くマットを敷くと、いきなり水着のホックを外し始めた。


「なななな、なにをやっているんですか!?」


 突然の会長の奇行に、ぼくは顔を背ける。

 対して、羞恥心というものが溶けている会長は、ケラケラと笑った。


「むふふふ。水着回といえば、これじゃないか」


 取り出したのは、サンオイルだった。

 ま・さ・か……。


「さあ、私の背中にそのドロッとして、ぬるっとしたものをぶちまけたまえ」


 言い方!

 もっと言い方あるでしょう!!


「これで白かったら完璧なのに(しょぼん)」


 何が完璧なんだよ。何がしょぼんだよ!

 卑猥さがバイ〇ルトみたいにパワーアップしただけじゃないか!!


 ぼくの激しいツッコミも空しく、会長はマイペースだった。

 水着をはだけると、大きな胸をマットの上に押しつける。

 つぶれたシュークリームから、今にも生クリームが出てきそうだ。


「やらしいねぇ、大久野くん」


 ぐああああ!

 なんでこんな時に限って、心の声(モノローグ)で変なこと呟いちゃうかなあ。


 マットに顔を横たえる。

 準備万端といった感じだ。

 ぼくは渡されたサンオイルを見ながら、ごくりと唾を飲み込む。


 えっと……。本当にいいのかな。


 そう思ったのも無理もない。

 何か後ろから凄い視線を感じたからだ。

 どす黒い泥のような――もはや殺気といってもいい気配。


 振り返る。

 賀部先輩が般若の面でも被ったかのような形相で、ぼくを睨んでいた。


「会長……」


「なんだい?」


「ぼく……。おそらくオイルを塗った時点で、ドラム缶に詰められて南の海に流されてしまいそうなので、適役をご紹介します」


「え~。君以外に、適役なんていないと思うけどなあ」


「いや~。割と近くにいると思いますよ。ねぇ、賀部先輩」


 ぼくは賀部先輩に振った。

 さっきまでぼくの喉を食いちぎらんという勢いで睨んでいた表情が一変する。

 素知らぬ顔でこっちに近づいてきた。


「う、うむ。かかか、会長の柔肌にじかに触るなど恐れ多いことだが。し、仕方ないヤツだな。大久野がそこまでいうなら、か、かか、代わりにやってやらんこともない」


 すっげぇしたそう。

 耳まで赤くなってるし。


「なんだ、賀部くんか。まあ、いいや。大久野くんがそこまでして私にサンオイルを塗るのが嫌なら、賀部くんにやってもらおう」


 その方がいい。

 まだぼくは死にたくないし。


 一方、賀部先輩は成層圏まで突き抜けそうな勢いで舞い上がると、ぼくの手からサンオイルをひったくる。手の平でサンオイルを伸ばす様は、今まさにこの一瞬の時のために練習してきたかのように手慣れていた。


「はあ……。はあはあ……。じゃ、じゃあ、会長。はあはあ……。いきますよ。はあはあ……。い、痛くしませんから」


 完全に変態じゃないか。

 まともな人いないの円卓って。

 リーダー格がすでにまともじゃないから仕方ないけど。


 賀部先輩は会長の肌に触れる。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


 なんとも要領を得ない悲鳴を上げた。

 表情が完全にエロ同人で出てくるキメ〇クの美少女みたいな顔をしてるけど大丈夫かな。


 何はともあれ会長の攻撃を回避できたことはいいことだ。

 いくら知り合いで、詩子さんのお姉さんとはいえ、肌に触れてオイルを塗るのは、さすがに気が引ける。


 さて、ぼくはこれからどうしようか。

 詩子さんと一緒に海で遊ぼうかな。

 ここは姫崎グループが所有しているプライベートアイランド。

 一般人は立ち入れないことになっている。

 ぼくたち以外にいるのは、ここで働く従業員ぐらいなものだ。


 そういえば、ずっといってなかったな。

 ぼくたちは学校の創立記念日と土日の3連休を利用して、ここに来ている。

 もっとも日本を出て、海外のこんな暖かい南国まで来ると知ったのは、飛行機の中でだけどね(親が海外で暮らしているからもしもの時のために、パスポートはぼくも理采ももっている)。


 前の晩に詩子さんからメールで招待があって、待ち合わせ場所にいったら、いつも通り洗馬州さんにトランクに詰め込まれた上、睡眠剤まで飲まされた。

 てっきり姫崎家にいくのかと思ったら、南国行きの飛行機に乗せられていたというわけである。


 まさかお父さんに会うことになるなんて。

 せめて、その一文でもいいから教えてほしかった。

 なら、もうちょっと身綺麗な格好をしたのに。


「帝斗くん」


 凜と詩子さんの声が聞こえた。


 まあ、いいや。

 ここでは気兼ねなく詩子さんとおしゃべり出来る。

 ぼくにとって――いや、ぼくたちにとってはパラダイスかもしれない。

 出来れば、ずっといたいと思うけど、制服姿の詩子さんを見れないのも寂しい。


「なに? 詩子さん」


 ぼくは振り返った。

 真っ白なビキニを着た彼女が、やや頬を上気させて立っている。

 何度もお世話になった太ももをモジモジさせながら、気恥ずかしそうにいった。


「わたしに塗ってくれませんか?」


 詩子さんの手の平にはサンオイルが載っていた。


次回も1時間後です。

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