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33時限目 水着ですが、何か?

 灼熱の太陽。

 空の際まで広がる青い海。

 押し寄せる潮騒と、白い砂浜。


 あれ? えっと……。

 すっごいどっかで見たような光景(ぶんしょう)のような気がするんだけど。

 どこだっけ? ま、いっか。


 ともかくぼくたちは、日本から約4時間。

 赤道近くの南の島にやってきた。

 島自体はさほど大きくはない。島の外周を3時間ぐらい回れる小さな島だ。だけど、山あり、沢あり、そしてビーチがありと、地形は一通り揃っている。


 1番驚いたのは、島すべてが姫崎家のものらしい。

 プライベートビーチならぬ、プライベートアイランドというわけだ。

 ホテルや病院まで建っていて、浜には水上コテージが並んでいる。

 まさに南国のドリームアイランドというわけだ。


「おいおい。帝斗くん。そんなさも潰れそうな地方の遊園地みたいな名前で呼ばないでくれたまえ」


 水着に着替え、砂浜で待ちぼうけを食らっていたぼくに声がかかる。

 言動と声音から誰かはすぐにわかった。


「別にそんなつもりじゃ――ぶぐぅ!!」


 吹き出す。

 瞳に映った会長の姿を見て、目がくらくらした。


 ビキニだ。

 褐色の肌をこれでもかと露出し、たわわな胸にはくっきりと谷間がそびえていた。

 健康的な長い足に、くの字に曲がったウェスト。

 こう見ると、スタイルの良さはもしかして詩子さんを凌駕しているかもしれない。


「ぬふふふ……。大久野くん、乗り換えるなら今のうちだよ」


 猫のように笑う。

 ぼくはハッと顔をそらし、一旦心を落ち着けた。


「地下鉄の乗り換えじゃないんだから。そんなことしませんよ」


「その割にはツッコミにキレがないようだが」


 全く、この人……。

 人をからかうために生まれてきたんだろうか。


「私は人を幸せにするために生まれてきたんだよ。その恩恵を受けているのは他ならぬ君だと思うが……」


 ぐ――。反論できない。

 こういう正論をさらりというところも苦手だ。


「大久野帝斗、それが姫崎会長に対する態度か?」


 偉そうな物言いが、会長の背後から聞こえてきた。

 大きなビーチパラソルを片手に、浜辺に現れたのはパレオを来た女性だった。

 会長よりも長身で、会長よりもさらに大きな胸を水着で押さえ付けている。

 スタイルも抜群なのだが、如何せんぼくを睨む目つきが怖かった。


 名前はえっと……。


「賀部記子くんだ。円卓の優秀な参謀で、私の友人でもある」


「そんな会長! 滅相もありません」


 そうだ。賀部記子先輩だ。

 詩子さんの影に隠れてるけど、意外とファンが多い。

 なんといっても、推定Gカップと思われるバストに目がいかない男子はいない。


 円卓のメンバーだけあって、何度か詩子さんと一緒に歩いているのを見かけた事があるけど、こうして面と向かって喋るのは初めてだ。

 真面目そうな人だな。

 会長が「参謀」というだけあって、暴走気味の彼女を上手く舵取りするのが役目なのかもしれない。


「私は会長の犬です!!」


 潮騒しか聞こえない静かな砂浜に、賀部先輩の声が響き渡った。

 今にも「わん」と吠えそう勢いで、恍惚とした顔を会長に向けている。


 前言撤回。


 なんでだろう。

 詩子さんの周りは会長を含めて、変な人しかいないのは。

 よくこれで詩子さんが守られているなあ。


「にゃははは……。そんなこといわないでよ、大久野ちん」


 さらに声が聞こえる。

 現れたのは小学生――もとい――ぼくのクラスメイトの鳥栖ひとえさんだった。


「ちょっと。大久野ちん。今、なんか失礼な心の声(モノローグ)を入れなかった?」


 鳥栖さんはこちらにやってくる。

 眉を八の字にしてぼくを睨んだ。


「べ、別になにもいってないよ」


「ふーん。ところで、ひとえの水着姿はどうかにゃ? 欲情したかにゃ?」


 くるりとその場で一回転する。

 鳥栖さんのは、フリル付きのタンクトップビキニだった。

 そのフリルの端を摘まむようにセクシーポーズを取るのだが、如何せん子供にしか見えない。

 その手の好事家なら欲情するかもだけど、残念ながらぼくの年齢制限外だった。


「大久野ちん! ひとえは同級生なんだけど!!」


 鳥栖さんは「にゃあああ」と威嚇する。

 ははは……。完全に怒らせてしまったようだ。


「何を期待しているんだ、ひとえは」


 次に現れたのは、鈴江だった。

 白地にドット柄のワンピースタイプの水着を着用している。

 他の円卓の人たちとは違って、露出が少ないものの、玉のような肌が一層際立って見えた。


 ごくり……。


 思わず息を呑む。


「な、なんだ、帝斗……。そんなジロジロ見るな」


「ご、ごめん」


 頬を赤らめる鈴江を見て、ぼくは反射的に謝った。

 でも、すっごい似合ってる。


 ――って!


 ちょっと待て!

 鈴江は男だ。

 男なんだ。

 落ち着け! 落ち着け、大久野帝斗。


「てか、さも当然のように女性ものの水着を着て現れるなよ、鈴江」


「べ、別に良いだろ。ワンピースタイプなら、身体のラインとかわかりにくいし。その下腹部についてるものも」


「にゃははは。大久野ちん、満更でもない感じだにゃ。良かったね、鈴江」


「何をいっているのだ、ひとえ。べ、別に帝斗に褒めてもらわなくても」


 ますます頬を赤らめる。

 な、なんでそこで顔を赤らめるんだよ。

 恥ずかしいなら着てこなきゃいいのに……。


「さーて、メインイベントだぞ、大久野君」


 会長はぼくの二の腕を肘でこつく。


 ごくり……。


 ぼくは思わず息を呑んだ。

 そうだ。会長の言うとおり。

 ここからが(他の女の子たちには悪いけど)メインイベントなんだ。


 会長たちが砂浜に水着で現れた。

 それは今から、プライベートビーチで遊ぶためだ。

 当然、詩子さんもここに来る。

 水着姿で。

 さっき砂浜に来る前に小耳に挟んだ話によれば、詩子さんはぼくのために水着を新調したらしい。

 それを聞くだけで、心がふわふわする。

 楽しみでしかたなかった。

 きっと、とっても似合っているだろう。


 ただ……。


 頭の中にちらつくのは、機内で見た夢の話だ。

 詩子さんのスクール水着。

 あれはあれで貴重な姿であるのだけど、ぼくとしてはもっと別のものを見たかった。


 人影が近づいてくる。


 期待に胸を膨らませた。

 まだ何もしていないのに、血が頭のてっぺんまで上がってくるのがわかる。


 現れたのは、濃紺の水着。

 あれ? もしかしてあれって、まさか……。


 それは紛れもなくスク水――。


「何よ、お兄ちゃんのエッチ」


 ――を着た理采(いもうと)だった。


 ちょっと!

 なんで、理采がここにいるんだよ!


「いるんだよって……。理采も会長さんに連れてきてもらったの。それに三日間とはいえ、可愛い妹を家で1人にする気?」


「確かにそうだけど……」


「いいじゃないか、大久野くん。しかし、理采ちゃんはなんでスク水なんだい? それともお兄ちゃんはそっちの方が興奮するのかな?」


 会長はこちらを見て、ニヤリと笑った。


 そ、そんなわけないでしょ。

 まあ、詩子さんのスク水姿は素晴らしかったですけど。


「い、いきなり連れてこられたから、すぐに出せる水着がこれしかなくて」


「なるほど。じゃあ、後で水着のレンタル店に行こう」


「ホントですか? ありがとうございます」


 理采はペコリと礼を述べる。

 折角の海だし、スク水じゃあなんだしね。


「会長、すいません。よろしくお願いします」


「うむ。任せたまえ。私はこれでもセンスが良い(ヽヽヽヽヽヽ)方なのだ(ヽヽヽヽ)


 ごめんなさい。

 途端に不安になってきました。


「ところで、詩子は見なかったかい?」


「詩子さんですか。あちらに?」


 理采は手で指し示す。

 見ると、詩子さんは1人の男の人と一緒に歩いていた。

 普通にこっちに向かってきたかと思えば、不意に立ち止まる。

 詩子さんが身を翻した瞬間、男の人は彼女の細い腕を掴んだ。

 何やら口論を始める。


「どうしたんでしょうか?」


「にゃはー。もしかして、我らが『姫騎士』様はナンパをされてるのでは?」


 鳥栖さんはぼくの方を見る。

 歯並びのいい歯茎を剥きだし笑った。


 ナンパ……。


 確かにそう見えないわけではない。

 それに対して、何か詩子さんが嫌がっているようにも見える。


「ああ。あれはね――」


 会長の説明をそこそこに、ぼくは砂浜を駆けだした。

 何度も足をもつれさせながら、言い争う2人に近づく。


 自分でいうのもなんだけど、ぼくは温厚な人間だ。

 滅多に怒ることはない。

 でも、今ぼくは明らかに憤っていた。

 胸に滾る激情を抑えきれず、男の前に立ちはだかる。


「おい!」


 ぼくは息を切らしながらも、叫んだ。

 自分でも驚くほど大きな声だった。


 よく見れば、男は結構な年のようだ。

 やや白髪混じるオールバックに、整えられた口ひげ。

 洗馬州さんと同じく好々爺というイメージはあるものの、下腹部にはど派手な水着を着用していた。


 ぼくを認めると、キョトンと首を傾げる。

 構わず、詰め寄った。


「その子から離れろ!」


「君はなんだ?」


 壮年の男は眉間に皺を寄せた。

 顔の印象とは逆に、細身だが割と鍛え抜かれた身体をしている。

 対して、ぼくはというと、プヨプヨだ。

 喧嘩をしたら、もしかして負けるかも知れない。


 ――そんな勝ち負けなど、微塵も考えず、ぼくはただただ詩子さんを守りたくて、こういった。



 ぼくは……。その人の恋人だ!!



 白い砂浜と青空に挟まれる中、ぼくの声は静かなビーチに広がっていった。


「ほう。君が――」


 男は目を細める。

 ようやく詩子さんの手を離す。

 そして、ぼくの前に立ちはだかるのだった。


次も1時間後です。

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