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絶対無理と思っていた学園一の美少女と付き合い始めたら、何故か甘々な関係になりました  作者: 延野正行
第2章

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31時限目 人生最悪の日と、最良の日。

2章終了です。

 随分、迷ったけどようやくぼくは姫崎邸に辿り着いた。


 気がつけば夜だ。

 煙突から飛び出したようなちぎれ雲の間から、星が瞬いているのが見える。

 広く整備された歩道を、上品なデザインの街灯が照らしていた。


 高級住宅街のど真ん中、一際大きな姫崎邸はお城ようにそびえている。


 静かだった。

 きっと心配した詩子さんファンが大挙しているのかと思っていたが、そんなことはない。

 たぶん、姫崎家の方でなんらかの対策を打ったのだろう。あるいは会長が。

 ともかく、ぼくとしては有り難かった。


 意外とどこにでもあるようなインターフォンを押す。

 ただしっかりと監視カメラが付いていた。

 見られているようで、少し緊張する。


『はい……』


 聞き覚えのあるバリトン声。

 洗馬州さんだろうか。

 顔が見えないので、なんとも判断しづらい。


「い、1年C組の大久野帝斗と申します。以前、お世話になった……」


『どのようなご用件でしょうか?』


「詩子さんのお見舞いに来ました」


 わずかな沈黙が流れる。


『生憎とお嬢さまは真竜王グジャラスの呪いを受け、臥せっておいでです。現在、聖域に結界を張り、7人の解呪師(ブレイカー)が呪いの呪い返しを試みている最中です。何人も近づけるなというお達し。申し訳ありませんが、終末の咆吼を叫ぶ第33番目の夜までお待ち下さい』


 絶対、洗馬州さんだ。

 相変わらずだなあ、この人。


 とはいえ、はいそうですか、と引き下がるわけにはいかない。


「せめて今日学校でもらったプリントを渡させてください」


 また沈黙。


『ほほう。賢者の原盤をお持ちか。しかし、貴様のような邪悪な血が流れし悪鬼を、優翼の姫君に会わすわけには――』


『なに? 洗馬州、どうしたの?』


 会長の声だ。

 ぼくはすかさずインターフォンに向かって叫ぶ。


「会長! ぼくです! 大久野です!!」


『大久野くん?』


『貴様、やめろ! それ以上、呪いの言葉を詠唱すれば』


『なになに? もしかしてお見舞いかい?』


『耳を傾けてはなりません、亜沙央お嬢さま。お嬢さまも魔猿邪サルベストルの呪傷を、その身に帯びることになりますぞ』


『相変わらず甘いな、洗馬州は。私はすでに第7階梯まで進んでいる。第三魔皇王程度の呪いでは、無効化してしまうのだ』


『なんと! すでに御身は人の器から外れたと仰るのか』


『はっはー。君の礫帝の天眼アサグリファからもらった第三蝕の瞳は飾りなのかい?』


 あの-。

 ひどくどうでもいいので、入らせてもらえないでしょうか。


 この2人が合わさると余計にウザいなあ。


『わかってないなあ、帝斗くんは。シリアスシーンを緩める意味でも、ここで笑いをとっておかなくちゃ』


 100%いらないと思います。


『そんなこというと、開けてあげないよ』


「すいません。もう何もいわないので、開けてもらえないでしょうか」


『うん。素直というのは美徳だよ』


 鉄の門が自動的に開いていく。

 なんだか2人の話を聞いてたら、魔王城に囚われたお姫様を救いにきたような気分になってきた。


『ふっふー。それは面白そうだ』


 余計なことをいうんじゃなかった。





「みんな騒ぎすぎなんだよ。本当に風邪なんだから詩子は」


 姫崎邸の長い廊下を歩きながら、会長はケラケラと笑った。

 その後ろにぼくはついていく。


 前に来た時は昼間だった。

 夜の屋敷も足元灯がついていたりして、また違ってみえる。

 ひっそりとしているのは相変わらずだ。


「あの……。ご両親は?」


「前にもいったかもだけど、両方とも忙しい人たちでね。家族が揃うなんて滅多にないことなんだ。それでも、愛情は注いでもらってる。この通り、元気だし。生活に困ることもない。特に寂しいと思ったことはないね」


「なんとなく気持ちはわかります」


 ぼくも両親が不在がちだからわかる。

 子供の頃から両親がいないと、それが当たり前になって、何も感じなくなる。

 一方で、強烈に他者を愛してしまう傾向にあると思う。


 ぼくにとって、たぶん詩子さんはそういう対象なのだろう。


「さてついたよ」


 見たことがある扉に辿り着いた。

 つい先日、ぼくと理采、鈴江、会長、そして詩子さんとでバカ騒ぎをした部屋だ。


 会長はノックする。

 返事はなかった。

 まだ寝てるのかな。


 無造作に会長は扉を開ける。


「いいんですか?」


「折角、来たんだ。恋人の寝顔ぐらいみたいだろ」


 詩子さんの寝顔……。


 かあ、と反射的に顔が熱くなる。

 そんなぼくを見ながら、会長は猫のように笑った。


「ウブだねぇ、君は。――いや、君たちはか。さ、入るよ」


 足を忍ばせ、ぼくたちは部屋に入る。

 前とさほど変わらないロケーションだ。

 違っていることと言えば、テーブルの上に薬が置かれていること。

 そして、詩子さんが寝息を立てて眠っていることだった。


「ふむ。よく寝てるね。風邪薬が効いているのかな。……ほら、帝斗くん。そんなところに突っ立ってないで。もうちょっと近づいたらどうだい?」


「は、はい」


 入り口付近でもじもじしていたぼくは、恐る恐るベッドの詩子さんに近づいていく。

 そっとのぞき込んだ。


 真っ白な肌。

 桃色の唇。

 長い睫毛は下を向き、黒髪は軽く結われ、左肩から流れていた。

 寝息を繰り返すたびに柄物の布団は上下している。


 か、かわいい……。


 魂が奪われそうだった。

 他に何も考えられない。

 ただただ詩子さんの寝顔を見入ってしまった。


 教室でいる時の澄まし顔とも、ぼくとおしゃべりする時の笑顔とも違う。

 “無垢”だった。

 まだ何も知らなかった頃の詩子さんというべきだろうか。

 とにかく、ひどく幼く見える。


「朝、大変だったんだよ」


「え?」


 会長はぽつりと言う。

 詩子さんの前髪を撫でると、当人は少しむずがった。


「体温が38度もあって、フラフラなのに。学校に行こうとするんだ」


「ど、どうして、そんな無茶を!」


 思わず声を張り上げた。

 ぼくの声量に驚いたのか、それとも言動に驚いたのか。

 会長はキョトンとした後、くつくつと笑った。


「それを君がいうのかい?」


「?」


「大久野くんのために決まってるじゃないか」


「!!」


「君に会いたい。1日だって、1時間だって、欠かしたくないのさ」



『病気でしんどいことよりも、帝斗くんに会えないことの方が何万倍も辛い』



 詩子さんはそういって、結局意識を失ったらしい。


 ああ……。わかるよ、詩子さん。

 そうだよね。辛いよね。

 ぼくも本当に辛かったよ。

 君に会えないのが。

 学校で、たった1時間だけ、会えないことがこんなにも辛いこととは思わなかった。


「まったく……。君は――いや、君たち(ヽヽヽ)は愛し愛されているんだね。羨ましいよ」


 そっとハンカチを差し出す。

 意味がわからなかったが、ぼくのお腹にかかった滴を見て、気づいた。

 泣いていたんだ。


「す、すいません」


「男の子が何度も女の前で泣くもんじゃない」


「は、はい……」


 強くなろう。

 改めてぼくは誓った。

 この涙を飲み込めるような男に。

 彼女に心配をかけることのない恋人に。

 ぼくはなろう。


 ハンカチは受け取らず、ぼくは制服の袖で拭った。

 会長はやれやれと肩をすくめる。


「それじゃあ。お邪魔虫は退散しようかな。ごゆっくり」


「いいんですか?」


「信じてるよ、君を。――なんなら。弱ってる妹に襲いかかってもいいんだよ」


 し、しませんよ。……た、たぶん。


 また会長はケラケラと笑った。

 そして天井に向かって言う。


「洗馬州、お前もいい加減にしろよ。詩子にマジで嫌われるぞ」


 何も反応はなかったが、しばらくして「ちっ」と舌打ちするのが聞こえた。

 人の気配が消える。

 また天井裏から見ていたのか、洗馬州さん。


 会長は出て行った。

 ぼくと、ベッドで安眠する詩子さんだけだ。


 緩やかな時間が流れる。

 昼間あれほど重たく感じたのに、今は逆に秒針の音が早く聞こえた。


 ベッドの横で正座し、彼女の寝顔を見つめる。


 すると、睫毛が小刻みに動いた。

 眠り姫はゆっくりと瞼を開く。

 判然としない表情を、ぼくの方に向けた。


 目を細め、隣にいる人物を特定しようとする。

 譫言のように尋ねた。


「みか……ど…………くん……?」


「うん。ぼくだよ、詩子さん」


「え? でも、ここって……」


 辺りをうかがう。

 もしかして、彼女は例の教室にいると思ってるのかもしれない。

 次第に自分の置かれた状況を理解しはじめた。

 みるみる顔が真っ赤になっていく。


「わたしったら、帝斗くんにこんなはしたない顔を」


 小さく悲鳴を上げて、布団で自分の顔を隠す。


「そんなことはないよ。綺麗な寝顔だったよ。惚れ直しちゃった」


「もう――。いるならいるっていって下さい」


「ごめん。気持ちよさそうに寝ていたからさ」


「わたし、気持ちよさそうに寝ていました?」


「傍目にはそう見えたけど」


「そうですか」


 詩子さんは被っていた布団を払う。

 美しい顔を再びぼくの前にさらした。

 やや思い詰めた表情でぽつりと口にする。


「辛かったです。帝斗くんに会えなかったのが」


「ぼくもだよ」


 安心させるように笑うと、詩子さんは少し笑顔を取り戻す。

 けれど、すぐに真剣な表情に戻った。


「だから、せめて夢の中ではって思って、ずっと寝ていたんです」


 なるほど。

 だから、メールをしても返信が来なかったんだ。


「でも、全然帝斗くんに会えなくて……。だけど、一時ようやく会えたんです。会えたというのはおかしいかな」


【例の教室で待ってます】


 そう――ぼくからのメールが届いたのだという。

 飛び上がって喜び、すべてを投げ打って彼女は教室に辿り着いた。


 そして――。


「会えたんです」


 大きなオニキスの瞳がぼくの方を向く。


「帝斗くんに」


 口元を布団で隠す。

 恥ずかしいというよりは、こみ上げてくる嬉しさに困惑してるようにも見えた。


「ぼくも会えてよかった」


 本当に大変だった、今日は。

 人生最悪の日と、人生最良の日が一緒くたにやってきたような感じだ。

 鈴江と会長に感謝しなきゃ。


 感謝という言葉が浮かんで、ぼくはお見舞いなのに何も用意してこなかったことに気づく。ともかく、プリント類は渡したけど。


「何かしてほしいことがある?」


 ぼくは尋ねた。

 なんでもいい。

 いや、今ならなんでもできそうなんだ。


 詩子さんは少し迷ってからこう答えた。


「手を繋いでください」


 布団の横から手を差し出す。


「それだけでいいの」


「はい。本当はキスしてほしいですけど」


「――――!」


 ぼくは思わず息を呑む。


「でも、風邪を移していけないので。今日は手で――」


 我慢できなかった。

 ぼくは詩子さんの唇に、自分の唇を押し込む。


 うっと声を上げながら、ぼくたちは長いキスを続けた。


 糸を引く。

 それを名残惜しそうに、ぼくたちは眺めた。


「もう……。風邪、移っちゃいますよ」


「詩子さんの風邪なら移ってもいいかも」


「それじゃあ。今度はわたしがお見舞いに行きますね」


 それはどうかな。

 理采がいるし。

 むしろ、妹にしかメリットがないような気がする。


 ぼくは鼻の頭を掻きながら、苦笑いした。


「明日は学校に行きますから」


「無理はしないで休んでよ」


「明日もわたし、いないですよ」


「もう大丈夫だから。……でも、メールはほしいかな。あと詩子さんの写真も」


「わかりました」


 穏やかに笑う。

 ようやく、ぼくが知る詩子さんに出会えたような気がした。


予告通り、2章がこれにて終了です。

終章につきましては、来週末(11月11日前後)に一気に投稿させてもらおうと考えていますので、しばらくお待ち下さい。

今のところ、おそらく間に合うと考えているのですが、不測の事態も考えられます。

都度Twitterや活動報告にてご連絡させていただきますので、良ければフォローやユーザー登録していただければと思います。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブクマ・評価・感想をいただけると、今後の活動の励みになりますので、

よろしくお願いします。

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