29時限目 月明かりのダンス
午前中にぼくたちの出し物は終わり、午後から自由となった。
園市は所属しているアニ研の展示物が心配だといって、部室の方へ行ってしまう。
詩子さんはというと、これから円卓の女の子達を招いてのお茶会らしい。
日頃の労をねぎらおうと、会長が企画したそうだ。
その時間だけは、詩子さんとのお話も許可されるらしい。
ぼくの1時間と少し似ている。
よって、ぼくは時間を持て余していた。
適当に1人で廻っていると、前の方から知り合いが歩いてくる。
「鈴江……」
「なんだ、帝斗か」
整えられたボブカットに、パリッと糊が利いたブラウス。
ブリーツスカートを揺らす姿は、どこからどう見ても女子生徒だ。
けど、男だ。
「お前の心の声はいつも冗長だな」
「癖なんだよ!」
って、なに鈴江まで心の声を読んでるんだ。
会長の影響かな。
「顔を見ればわかる。い、一応、これでも幼なじみなのだからな」
そんなにぼくって顔に出るタイプだろうか。
「ところで、こんなところで何をしているのだ、帝斗」
それはこっちの台詞だ。
鈴江は円卓の幹部の1人。
今頃は、詩子さんと楽しくお茶会をしてる最中のはずだけど。
「ああ……。あれな。私は断った」
円卓に所属している女子生徒は、中高合わせて延100人以上。
それを1つのクラスに入れるのは無理があるらしく、お茶会の参加が許されたのは半分だけらしい。
幹部は参加が許されているのだが、鈴江は1つでも席が減るならと断ったそうだ。
「優しいね、鈴江は」
詩子さんの代わりに、ぼくは鈴江をねぎらう。
すると、かあと赤くなった彼女は一気にまくし立てた。
「わ、わわわ私の場合、姫崎さんとは何度かお話したことがあるからな。べ、べつにおおお茶会じゃなくても話す機会はある。なら権利を譲るのは当然で」
そんな動揺しなくてもいいのに。
変な鈴江だ。
「で――、お前は?」
「プラプラしてただけさ。ぶっちゃけ、暇」
「園市は――ああ、そうか。アニ研か」
「うん? 俺のこと呼んだか?」
背後を振り返ると、園市が立っていた。
なんかげっそりやつれているように見える。
何かあったんだろうか。
「なんだ、鈴江か。てっきり帝斗がナンパしてるかと思ったぜ」
「ぼくがそんなことするはずないだろ」
詩子さんがいるのに!
「だよな。この人だかりの中で、お前が玉砕を選ぶほどバカじゃないよな」
くはははは、と園市は笑う。
ぬぬぬ……。言いたい。
今、目の前にいるのが、園市が大大大大大好きな姫崎詩子の彼氏だということを。
「お前ら、いつの間にそんなに仲が良くなったんだ?」
「まあ、最近色々あってね」
「ふむ。旧交を温めていたというわけか」
園市がキラリと眼鏡を光らせる。
「何だ、園市。……嫉妬か? 自分だけ仲間外れになったから」
「バカか、貴様は。男に嫉妬してどうすんだよ」
「な! バカとはなんだ、バカとは!」
「なんだ? 高校生にもなって、バカという言葉を知らないのか?」
「まあまあ、2人とも落ち着いて」
なんかこの感じ、懐かしいなあ。
昔っから反りが合わないというか。
いつもこうやって、ぼくが仲裁に入ってたっけ。
ようやく落ち着くと、園市は眼鏡を押し上げた。
改めて鈴江を見つめる。
視線に気づき、鈴江は頬を赤らめた。
「あまりジロジロみるなよ」
「心配するな。男に欲情するほど、俺は落ちぶれてはおらん」
「む――」
あーあ、また険悪になっちゃった。
園市はこう切り出した。
「――ったく。ますます可愛くなりやがって。てっきりそういう格好は中学で卒業できているのかと思ったが、逆だな。うちの学園、自由すぎるだろ」
鈴江が中等部から光乃城学園に通い始めたのも、その自由な校風にあった。
他の高校では男女で制服が決められているが、ここではそんなことはない。
男子が女子の制服を着ていても、咎められないところが、気に入っているらしい。
まあ、さすがに自由すぎない? って思っちゃうけどね。
「前から聞きたかったんだが、トイレはどうしてるんだ、お前?」
「うっ」
鈴江は思わず仰け反る。
視線をそらし、もじもじと身体を動かした。
「まさか……。女子トイレに入っているのでは?」
鈴江は即答しない。
だが、沈黙は「是」という言葉があるとおり、園市の予感は見事的中したのだろう。
「やはりな。前にお前が女子トイレに入っていくのを見てな」
「な! 見てたのか!?」
「ああ。今から女子トイレに隠しカメラでも設置しようかというような不審な動きをしていた」
園市……。その表現はどうかと思う。
想像は付くけど。
「は、はじめは男子トイレで用を足していたのだ。けど、男子から怖がられてしまって。それで勇気を持って、女子トイレにいったら」
『あら。新氏さん、こんにちは』
『ねぇねぇ。前から聞きたかったんだけど、化粧品なにを使ってる』
『肌白くて、羨ましいって思ってたの』
『今度、買い物いこうよ』
「思いの外、違和感なく受け入れられてしまい……」
思った以上に、笑えない理由だった。
すると、園市は鈴江の肩を叩く。
「お前に残された道はただ1つだ。タイへ行け。タイへ」
園市はケラケラと笑う。
「いや、ホント真剣に考えてるんだが」
マジな答えが返ってきた。
と、ともかく――。
「久しぶりに3人揃ったんだから、一緒に巡ろうよ」
「な! 男3人と廻るのかよ。俺にはヒカリちゃんという彼女がいてな」
「はいはい。バーチャルな彼女でしょ」
「違う! ヒカリちゃんはプラスチックアレルギーで、スマフォのスクリーンから出られないだけだ」
「ちょっと! 帝斗、そんなに押すな。ブラが外れる!」
それぞれの言い分を聞きながら、久しぶりにぼくたちは、旧交を温めた。
3年の空白が一気に埋まっていく。
1つの結論として、ぼくも、園市も、鈴江も小さい頃と何も変わっていない。
お互い少し背が伸び、少し大人に近づいただけだ。
たまにはこんな学園生活もいいかもしれない。
◇◇◇◇◇
「そんなことがあったんですね」
薄暗い例の教室で、ぼくと詩子さんは向かい合い、他愛のない話をしていた。
お互い今日の文化祭について話す。
詩子さんは劇のこと、お茶会のことを話してくれた。
円卓の兵隊たちには有意義な時間だったけど、彼女にとっても意味がある時間だったらしい。
円卓の生徒は、詩子さんと話をするのを、基本的に禁止されている。
でも、逆をいえば詩子さんも、円卓の女子生徒たちと話すことを禁止されていることになる。
だから、普段どういうことを思っているのか、常々知りたかったようだ。
優しい彼女のことだ。
きっと自分は迷惑をかけているのではないかと悩んでいたのだろう。
だけど、結果は逆だった。
詩子さんの側にいられるだけで幸せだという子がほとんどだという。
あと面白いことに、兵隊の3分の1ぐらいは、さほど詩子さんが好きというわけではないそうだ。
綺麗だとは思うのだけど、熱狂的に支持しているわけではない。
ただ、可哀想だなって思ったから、協力してくれているらしい。
「それを聞いて、ちょっと自分が思い上がっていたことを知りました」
小さく舌をぼくに見せ、詩子さんは反省する。
人にはそれぞれの見方がある。
そして立場があって、心がある。
彼女は外を見ながら、自分の狭さを恥じていた。
詩子さんは、定期的にこうしてお茶会をすることを決めたそうだ。
そのために時々、ぼくとの1時間を借りたいらしい。
「帝斗くんには本当に申し訳ないんだけど」
「ううん。詩子さんがそうしたいならいいと思うよ。ぼくも兵隊さん達に守られている側だからね」
「ありがとうございます」
詩子さんは感謝する。
すると、校内放送が鳴り響いた。
これから後夜祭が始まるらしい。
参加する人間は、校庭に集まれ――なのだそうだ。
外を見ると、オレンジの光が見えた。
行灯風の照明器が、ぐるりと校庭のトラックを囲む。
そこに男女が集まり始めていた。
やがて、音楽が流れる。
何か懐かしい音だ。
確か……。オクラホマミキサーだっけ。
よくアニメでは見るけど、今時フォークダンスをやるのか。
だが、みんな楽しそうだ。
踊れる人の動作を見ながら、見よう見まねで踊り始める。
「帝斗くん」
振り返る。
肌寒い秋風がふわりと長い黒髪を揺らした。
月明かりを受けたぼくの女神が、そっと手を差し出す。
「踊りませんか?」
柔らかな目元を持ち上げ、頬は赤くなっていた。
ぼくは少し照れくさそうに頭を掻く。
「ぼく、踊ったことないんだけど……」
「大丈夫。わたしが教えますから」
「お手柔らかにお願いします」
ぼくは詩子さんの手を取る。
言われるまま手を組むようなポジションを作った。
意外とフォークダンスって密着するんだな。
もう何度も詩子さんとは、身体をくっつけている。
けれど、何度機会があろうとも慣れることはない。
初めての頃と同じだ。心臓はいつも通り激しく脈打っていた。
「まず左。今度は右……。もう1度――」
詩子さんは熱心に教えてくれる。
彼女はいつも一生懸命だ。
教わってみると簡単なものだった。
ぼくたちは風とともに吹き込んでくる音楽をたよりに踊り続ける。
月光をスポットライトにした詩子さんを見ながら、ぼくは想像する。
いや、見えたといっていい。
ドレスを着た詩子さんが、華やかなスカートを翻しながら踊る姿を。
じゃあ、ぼくはどうだろう。
彼女のロミオになっているだろうか。
はっきり言って、自信はない。
でも、ぼくはロミオにならなくていい。
ぼくはぼくだ。
大久野帝斗。そして彼女はジュリエットじゃなくて、姫崎詩子。
彼らは彼ら、ぼくらはぼくらの愛の育み方がある。
人それぞれに考え方があるように。
ぼくたちはぼくたちの付き合い方を進めていく。
校庭から聞こえる音楽に合わせ、楽しそうに踊る恋人を見ながら、ぼくはそう胸に秘めた。
キャンプファイヤーとか、夜学校に残るとか難しい世の中ですが、
せめて作品の中では楽しんでいただければ。
 




